婚約決まりました
とりあえず何とか正気に戻った私はアンにことの経緯を聞いた。
つまりは私がまったく聞いていなかったジオルド王子の話についてだ。
ジオルド王子は今回、私に消えない傷をつけてしまったことに深く責任を感じているらしい。
そして、傷をつけてしまった責任をとるとおっしゃったそうだ。
そして王子の責任をとる=嫁にもらうということらしい。
いやいや、ジオルド王子まだ八歳でしょ。早すぎるでしょ。
……と前世の私は思うが、今世において決して早すぎることではないこともわかっている。
今世でも八年分の記憶はあるのだ。
たしか半年前にはジオルド王子の二つ年上の兄王子も十歳にして婚約を発表していた。
それに一応、今世の私、カタリナ・クラエスの家は公爵家であり、王家に嫁いでも問題ないお家柄なのだ。
なので、特に問題はないのだが……
天使のような美しい王子様と婚約して、後々は王妃様になれるかもしれない……
他の貴族のご令嬢からしたらまさに夢のような出来事だろう。
この話を聞いた父母もそれはそれは喜んでいる。
しかし……私としては……正直、とても面倒なことになったとしか思えない。
だって、社交界デビューすら嫌でしかたないのに……
よりによって王子様と婚約、王妃様候補なんて……大変以外の何物でもないじゃないか……
あぁ、今からでも断りたい……
でも、あんなに喜んでいる家族や召使の皆様を前に「やっぱり嫌です」なんて言えない……
……憂鬱だ……私は大きなため息をつく。
それにしても、ジオルド王子もこんな小さい傷ひとつでー
しかもほぼ、私の自業自得でできた傷ひとつに責任感じて婚約なんて……
私はもう一度ため息をつくと小さな手鏡を覗き込む。
鏡の中には憂鬱な顔をした少女が1人映っている。
額にちょびりとした傷も浮かんでいる。
前世の平凡狸顔に比べれば、美人の分類に入る顔。
しかし、水色の目はきゅっと吊り上り気味で鋭く……はっきりいってきつい印象が強い。
薄い唇を少しあげて微笑めばまさに、『ザ悪役令嬢』といった風貌。
しかも中身は元野猿のオタク女子。
とても、あの聡明で美しいジオルド王子に釣り合うとは思えない。
私は今日何度目かわからない大きなため息をついた。
★★★★★★★★★★★
色々話したくてそわそわしている父母が非常に面倒だったので、「まだ、体調が優れないので休ませていただきます」と告げ早々に部屋に引きこもった。
前世で私が使っていたベッドの三倍以上あるご立派なベッドに横になる。
正直この五日間は熱にうなされ、やっと落ち着いたと思ったら王子のご訪問……
前世の記憶をちゃんとふりかえる時間もなかった。
なので、やっと一人になれた私は前世に思いをはせた。
前世の私は普通のサラリーマンとパート主婦の三番目の子として生まれた。
女は私一人だったので家族にはとても可愛がられて育ったと思う。
小学生の頃は兄二人と野山をかけずりまわって過ごした。
中学に入りオタクの友達ができ、一気にオタク街道を突っ走った。
マンガ、同人誌、アニメDⅤD、ゲームを買いあさる日々を過ごした。
高校に入ってからはオタ友の勧めで乙女ゲームにも手を出し始めていた。
あぁ、そういえば買ったばかりの乙女ゲーム、結局ちゃんとクリアできないまま終わってしまった……
自転車で爆走して大通りに突っ込む数日前に私は最新の乙女ゲームを購入していた。
オタ友のお勧めで購入した中世ヨーロッパ風世界での魔法学園を舞台とした乙女ゲームだった。
かなりはまって学校から帰るとご飯とお風呂以外の時間はすべてそのゲームに費やしていた。
あの晩は腹黒ドSな王子様とのハッピーエンドに向けてひたすらセーブを重ね、選択肢を選んだ……
しかしなかなか、うまくいかずにだいぶむきになっていた……
そして気が付くと日が昇りはじめていたのだ……
あぁ、なぜあんなにむきになって……
もっと早く寝ていれば……
後悔は先に立たない……昔の人の言葉は本当に正しい。
なんとかかんとか朝までにはクリアした作り笑顔が得意のドSな腹黒な王子様。
一見するとおとぎ話に出てきそうな正統派王子様なのに中身はかなり腹黒のドSな設定だった。
なんでも完璧にできてしまう彼は誰といても常にどこか退屈でつまらない日常を過ごしていた。そんな彼のもとに、退屈を吹き飛ばす明るく元気で破天荒な主人公があらわれる。しだいに主人公に興味を持ちはじめ、やがてそれが恋へと変わる―というストーリーだ。
この王子様がなかなかひねくれた性格の持ち主で、好感度が思うように上がらないのだ。
そして、この王子様ルートのライバルキャラも厄介だったのだ。
幼少の頃から王子と婚約している公爵家のご令嬢。
幼少の頃に王子のせいで額にできたという傷をたてに婚約したという。
この傷があるうちは、王子は自分のものだと、王子を束縛し、主人公をいじめ倒し二人の仲を引き裂くのだ。
しかし、実際の傷はとうに消えている。
そして腹黒王子もそれに気がついてはいるが、とりあえず他の令嬢への防波堤代わりにそのままにしているという事実がしだいに明らかになるのだが。
とにかくこの悪役のご令嬢の邪魔立てのすごいことすごいこと。
もう、かなりイライラさせられたものだ。
……あれ、これどこかで聞いたことある話だ……
……幼少の頃に王子のせいで、額にできたという傷をたてに婚約…王子を束縛する令嬢……
このゲームのドS王子の名前はたしか……ジオルド王子……
悪役令嬢にも名前はあった…………たしか、カタリナ・クラエス公爵令嬢!?!?
私はあわててベッドから起き上がり手鏡で自分の顔を覗き込んだ……
悪役顔の少女が険しい顔でこちらを見ていた。
……悪役顔のはずだ……だって、悪役なんだから……
でも、そんな……
「うそでしょ~~~~!?!?」
本日、二度目の絶叫が屋敷中に響きわたった。
そして、お嬢様はもう一度ちゃんとお医者さんに診てもらった方がよいのでは……とささやかれることとなった。