伯爵家に遊びに行きました
十八話、十九話を更新させていただきましたm(__)m
夏が終わり、そろそろ秋が近づいてこようとしている。
ソフィアとその兄のニコルが我が家を訪れてくれるようになり、数週間が経った。
ソフィアが来てくれるようになり、メアリも仲間に加わり、私のロマンス小説ブームはさらに過熱した。
沢山の本を愛読しているソフィアのお蔭で、私の本のジャンルの幅も大いに広がった。
ちなみに今の私のブームは魔性の魅力を持つ伯爵と少女のロマンス小説だ。
女性は元より男性まで魅了してしまうほどの魔性の魅力を持った美しい伯爵が、町に暮らす普通の女の子と恋に落ちるラブ・ロマンス小説。
ソフィアのお勧めで読み始めたこの小説は―黒い髪と瞳を持つ、伯爵である美しい青年が主人公だ。
ソフィアが「実は主人公がお兄様にちょっと似ている気がして好きなんです」とこっそり教えてくれた。
「身内の贔屓目ですけど」とソフィアは恥ずかしそうに言っていたが……
小説を読んでみると、確かに似ている気がした。
ジオルド、キースを含め美形には見慣れている私だったが、ソフィアの兄ニコルはまた他の人とは違う独特の雰囲気を持っているのだ。
よくできた人形のように綺麗な顔、美しい黒い瞳は見るものを引き込んでいくような不思議な魅力を持っている。
このまま成長すると、本当に小説の伯爵のように女性はもちろん男性までひきつけてしまうのではないかという雰囲気を確かに感じる。
しかし、そんなソフィアの兄ニコルのことは未だによくわからない。
ジオルドたちと同じ攻略対象であるニコルはゲームの説明書には攻略対象の中では一番の常識人となっていた。
それに、大切な友達の兄でもあるので、ぜひ仲良くしたいのだが……
なにせ、彼はほとんど自分からしゃべらない。
しゃべったとしてもほぼ必要事項だけで一言、二言で会話が終わってしまう。
私の周りには常に賑やかな面々が集まっているため、口数少ないニコルとはほとんど言葉を交わすことがないのだ……
しかし、それでもソフィアを大切にしているのは伝わってくるし、私たちへの気遣いもあり、とてもいいお兄さんである。
そしてソフィアもそんな兄をとても慕っているのがよくわかる。
また、噂ではジオルド、アランと同じく、学問の成績もよく、剣術の腕もたつなどスペックの高い人物らしい。
機会があればぜひ、もう少しお話しして親交を深めたいのだけど……
と思っていたところに、その機会はやってきた。
「よかったら、我が家に本を見に来ませんか」
ソフィアの蔵書を『見たい見たい』と日々、繰り返していたら、遂にソフィアからお誘いを受けることができたのだ。
まあ、ちょっと強引にこちらから迫った感はあったが……
「いいのですか!」
万歳して飛び跳ねて喜ぶ私にソフィアは笑ってくれたが、傍に控えていたアンは「奥様に見られたらまた怒られますよ」と眉をしかめていた。
こうして、私はアスカルト家へ遊びに行くことになった。
メインはソフィアとの小説トークだが、もしかしたら、もう少しニコルと話ができるかもしれない。
兄を大変慕っている可愛い友達とこれからも仲良くしていくためにも、今回の訪問でニコルと二言以上の会話をしようと心に決める。
そうして約束の日をむかえ、私はソフィアに聞く沢山の蔵書に心躍らせ、アスカルト家へと向かった。
因みにクラエス家の箱入り娘である私にはキースが付き添ってくれた。
お母様からも「くれぐれも粗相のないように」とだいぶ心配された。
もう何度かお茶会にも参加しているし、親戚筋ではあるがメアリの家にもお邪魔しているし、まったく問題ないのに、お母様はだいぶ心配性だ。
そうして、キースと共に訪れたアスカルト家はクラエス家ほどの大きな屋敷ではないが、清潔で趣味のいいお屋敷だった。
召使さんに案内されて通された客間で出されたお茶をいただいていると、そこに突然、おそらくお父様たちと同じくらいの年齢であろう美しい男性とこれまた清楚で美しい女性が寄り添って現れた。
当然、ソフィアが現れると思っていた扉から現れたその美しい男女に私はただただポカーンとなった。
えーと、この美しい方々は一体、誰だろう。
するとそんな私に向かって男性の方が眩い笑みを浮かべた。
「はじめまして、私はニコルとソフィアの父でダン・アスカルトと申します。こちらは妻のラディアです」
「ラディア・アスカルトと申します」
男性に促され隣の美女も微笑んで挨拶をしてきた。
なんと!ソフィアとニコルのご両親だったのか!通りで美形だと思った。
―ということはこの男性がその優秀さをかわれて、王様が直々に宰相の職に取り上げられたという噂のアスカルト伯爵だということか。
私は微笑むアスカルト夫妻を見つめた。
ニコルと同じ黒髪に瞳のアスカルト伯爵に、淡い金色の髪に青い瞳のアスカルト夫人は二人とも物語の中からでてきたのではないかと思えるほど美しかった。
さすが、美形兄妹の両親である。
そんな二人にボヘーと見惚れている私の腕を横にいるキースが軽くゆすった。
「姉さん、挨拶」キースが私だけに聞こえるように小声で言った。
そうだった!ここは貴族のご令嬢としてきちんと挨拶をしなくては―
「……はじめまして、カタリナ・クラエスと申します。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「弟のキース・クラエスと申します。よろしくお願いいたします」
私がご令嬢らしく優雅に挨拶をし、続いてキースが丁寧に礼をする。
うん。きちんと挨拶できた。
それにしても……なんで、ソフィアではなくご両親がやってきたのだろうか。
疑問が顔に出ていたのだろう。
「私たちが先に挨拶させていただこうと思い、娘はまだ呼んでいないのです。今頃、自分の部屋であなたが来るのをソワソワしながら待っていますよ」
アスカルト伯爵が私の疑問に答えてくれた。
「そうですか」
とりあえず、二人が先に現れた理由はわかったが……
ご両親から改まって挨拶されるというのもなんだか緊張する。
メアリの家には何度か遊びに行ってはいるが、メアリの父親は仕事で屋敷にいないことが多いとかで、最初のお茶会でお目にかかって以来、会っていない。
なので、友達の家に遊びにきてご両親にこうやって改めて挨拶するのは初めてのことだ。
緊張してやや硬くなった私の元に、アスカルト夫人が優雅に歩みよってきた。
「娘から、カタリナ様の話は沢山、聞いております。あなたに出会ってから娘は本当に楽しそうで……ありがとうございます」
アスカルト夫人はそう言って私に手を差し伸べた。
近くで見ると本当に美しい女性だ。
そしてその顔立ちはソフィアによく似ていた。
私は差し伸べられた夫人の手に、だいぶ緊張しながら自分の手を重ねつないだ。
「こちらこそ。ソフィア様とお話するのがとても楽しくて、仲良くしていただけて嬉しいです」
ソフィアのお蔭で、実に充実したロマンス小説ライフが送れている。
ソフィアに出会えなければ、ここまで充実した小説ライフは送れなかったであろう。
これからもぜひ、仲良くしてもらいたい。
私の言葉にソフィアによく似たアスカルト夫人がつないだままの私の手を強く握った。
「ソフィアにあなたのような素敵な友達ができ本当によかった」
そして、妻に続いて夫のアスカルト伯爵にも頭を下げられた。
「私からも礼を言わせてほしい。カタリナ・クラエス嬢、本当にありがとう」
「え、あのこちらこそ、はい」
美しすぎるご夫婦にそろって頭を下げられ、緊張のあまりしどろもどろになってしまった。
せっかく、最初の挨拶はちゃんとできたと思ったのにこれでは台無しだ。
しかし、そんなしどろもどろで怪しい令嬢にもアスカルト夫婦は優しい笑みを浮かべてくれていた。
なんと素敵で優しいご両親なのだ。
そうして、優しい笑みを浮かべた二人は「では、娘たちに声をかけてきます」と退室していった。
去りゆく後ろ姿もそれは美しかった。
二人を見送ると、私はためていた息を吐き出した。
……なんだか緊張した。
そして……とりあえず、歓迎されているようで良かった。
私はおそらくこの残念な悪役顔のせいで普通顔の人より、いい印象を残しにくいのだ。
優雅に微笑んだつもりでも悪役の嫌味な笑みになってしまう可能性も高い。
お城のお茶会で声をかけただけで、逃げられたのは悲しい思い出だ。
アスカルト夫婦が出て行った扉を見つめながら、私は隣に立つキースにこっそり耳打ちする。
「とっても綺麗で、優しいご両親ね」
「そうだね」
キースも笑顔で同意してくれた。
「うちのお母様も、アスカルト夫人みたいにもう少し穏やかになってくれればいいのに、いつも眉間に皺を寄せて怒ってばかりなんだから、あれでは美容にもよくないわ」
「……姉さん。……母さん自身もたぶんもっと穏やかに暮らしたいと思っているはずだよ」
優しく綺麗なアスカルト夫人に、我が母を思い出しちょっぴり愚痴った私に、なぜだかキースが切ない視線を送ってきた。
意味がわからず私はきょとんとなりキースを見つめた。
そんな私の様子にキースがため息をついた所で、ソフィアが現れた。
後ろにはいつものようにニコルが付き添っている。
急いできたのかソフィアの息は乱れ、頬も少し赤く染まっていた。
しかし、同じ速度で来たはずなのだが、ニコルの息はちっとも乱れていないのだからさすがだ。
「カタリナ様、ようこそおいでくださいました」
ちょっぴり頬を赤くした頬で微笑んだソフィアは今日もそれは可愛らしかった。
そうして、私はソフィアとの楽しいおしゃべりを堪能し、アスカルト家の素晴らしい蔵書の数々もみせてもらった。
そこにはソフィアが今まで読んできたという沢山の物語の本が並んでおり、私はとても興奮した。
ちなみに今日はキースがいてくれたためニコルを一人、蚊帳の外にすることはなかった。
さすが、年の近い男の子同士、そこは無口なニコルでもそこそこ話すことがあるようで、私とソフィアほどではないが、ほどほどに会話が弾んでいるように見えた。
そして、楽しい時間はあっという間にすぎていった。
学問の講義の時間はあんなに長く感じるのに、こういう時間は時計が早送りされているのではないかと思うほどに早いのだ。
まだだいぶ名残惜しいが、あまり遅くまでお邪魔していては、お母様に怒られてしまう。
私は抱えきれないほどの本をソフィアから借り、帰宅することとした。
そうして、アスカルト兄妹に玄関で帰りの挨拶をしている時だった。
「あ、大変!先ほどお話したおすすめの本を部屋に置いてきてしまいましたわ」
ソフィアが声をあげた。
「ああ、さっき言っていた本ね?」
確か、今一番のソフィアのおすすめ本だ。
ソフィアが書斎でその魅力を熱く語ってくれ、そのままおいてきてしまったようだ。
「そうです。すみません。今、とってまいります」
「ソフィア、また次の時でもいいわよ」
今にも書斎に走り出しそうなソフィアに私はそう言って遠慮したが……
「いえ、本当に素晴らしい本なので、ぜひとも早く読んで頂きたいのです。待っていてください」
そう言って、ソフィアは書庫へと引き返していった。
一応、貴族の令嬢としてドレスで走るのはいけないという意識からかかなり急いだ速足だ。
そんなソフィアの背中に前世の友達あっちゃんが重なった。
きっと、ソフィアなら前世の世界でも一緒にマンガを読んだり、アニメを見たり、乙女ゲームもしてくれる気がした。
ああ、本当に素敵な友達ができた。
私がソフィアの背中をうっとりと見つめていると、それまで黙っていたニコルがおもむろに口を開いた。
「カタリナ・クラエス様。改めて妹のことのお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
そういえば、今日はニコルともっと話をしてみようと思っていたのだった……
結局、アスカルト家の蔵書に興奮し、ソフィアとの小説トークが楽しすぎてすっかり忘れてしまっていた。
これは少しでも話をして仲良くなるチャンスである。
「いえ、こちらこそ。私の方が仲良くしていただいてありがたく感じていますのに……ご両親にもそのように言っていただいて」
「……両親が」
そういえば、屋敷についてからニコルの両親が挨拶にきてくれたことを二人には話していなかった。
「はい、お二人が来られる前にわざわざ挨拶にきてくださったのです。素敵なご両親ですね」
「……そうですか、ありがとうございます」
ニコルが無表情でそう返し話は終わってしまった。
それでも今までの中では最長なやりとりだったのだが……
とても、いっぱい話したとは言えないレベルだ。
キースは一体、このニコルとどんな話をしていたのだろう。
その話術を姉にも分けて欲しい。
それとも私が男の子なら、もう少し続く話題がだせるのだろうか。
……なにか話題は……そうだ!
ここはせっかくだから前世の知識を生かしてやろう!
前世十七年の記憶もちの実力を見せてやろうじゃないか!
まだ義弟には負けられないわ。
話題……話を続ける……私は必死に記憶を辿った。
そして―
その話につかまると三十分は解放されないと有名だった隣のおばちゃんのことを思い出した。
これだ!!
とにかく話を続けるエキスパートである、隣のおばちゃんのトークの力を持ってすればきっと長い会話をすることができるはずだ。
そうだ、まず出だしはおばちゃんがよく用いていたあの台詞で―
「ご両親はあんなに素敵で、妹さんはあんなに可愛くて、ニコル様は本当に幸せ者ですわね」
私はおばちゃんにならい満面の笑顔を作った。
ちなみにこれはおばちゃんが父にいつも言っていた『あんなに素敵なお嫁さんもらってこの幸せ者め』のアレンジだ。この台詞をかけられたら最後、父はもう三十分は帰ってこられなかったものだ。
うん。完璧におばちゃんを再現できた。
しかし……
「……幸せ者……」
なぜだか、ニコルの雰囲気が変わった気がした。
「え、あの……」
「……俺は幸せ者だと思うか?」
顔はいつもと変わらない無表情なのに、なにかが違う。
突然、変わったニコルの様子に私は狼狽える。
ああ、しまった。台詞のチョイスを失敗してしまったのかも……
「素晴らしいご家族がいらっしゃるからその……違うのでしょうか?」
おずおずと私が呟くと……
ニコルはその黒い瞳で穴の空きそうなくらいにじっとこちらを見つめてきた。
そして―
「……違わない。俺は尊敬できる素晴らしい両親と、優しく可愛らしい妹を持ってとても幸せなんだ」
そう言ってニコルはそれはそれは嬉しそうに……笑ったのだった。
出会ってから数週間立つが、彼の笑った顔は一度も見たことがなかった。
ソフィアからも兄は普段からあまり笑わないのだと聞いていた。
そのニコルが笑っていた。
それもそれは嬉しそうに―
常々、美しい少年だと思っていたが、微笑みを浮かべたその顔は普段の何倍にも思える美しさだった。
まさにそれは今お気に入りのロマンス小説の魔性の伯爵の浮かべる万人を魅了する笑みそのものの様だ。
なんと、まさかのニコルが本当に魔性の伯爵だったなんて……
そうしてそのまま固まっていた私の呪縛を解いてくれたのは大事そうに本を抱え戻ってきたソフィアだった。
「カタリナ様、この本です」
そう言って本を差し出してくれた愛らしいソフィアによって正気に返った私が、ふと横をみると……
我が可愛い義弟キースも茫然として、すでにまたいつもの無表情に戻っているニコルを見つめていた。
これはやばい!うちの可愛い義弟が魔性の魅力にやられてしまった!
主人公とは恋に落ちてもらいたくはないが、それでも相手が同じ男性というのも危険すぎる!
このままでは大切な義弟が、道を踏み外してしまうかもしれない。
私はソフィアがもってきてくれた本をありがたく受け取り、さりげなくキースをニコルからガードしつつ、アスカルト家を後にした。
そして帰りの馬車の中では……
「……まさか、ニコルが本当に魔性の伯爵だったなんて、これから先、キースを魔の手から守り切れるかしら……」
「……まさか、またライバルが増えるなんて、一体、どれだけタラシ込めば気が済むんだ……」
私とキースはそれぞれ、窓の外を眺めながらぶつぶつ呟き続けるのだった。