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一人部屋に籠り本を読んで


私の名前はソフィア・アスカルト。

アスカルト伯爵家の長女として生まれた。

優しく頼れる父は国の宰相をしており国王の信頼も篤い。

そして、父と同じく優しく美しい母に兄。


裕福で立派な家に生まれ、素敵な家族に恵まれた。

私は生まれながらに本当にたくさんの幸福を与えられていた。


だからなのか……

幸福を得すぎた代償なのだろうか……


私は他の人と同じようには生まれなかった。


まるですべての色素が抜け落ちたような真っ白な髪に、血のように真っ赤な瞳。


私の容姿は異質だった。


外に出れば奇異な視線を向けられ、「呪われた子」と陰口をたたく人もいた。



それでも家族は私をとても可愛がってくれた。

頭を優しくなでてくれる父、抱きしめてくれる母、いつも傍にいて守ってくれる兄。


優しい家族はいつか私のことをわかってくれる人が現れると……

きっと素敵な友達ができると言ってくれるけど……

そんな人が現れるなんて思えなかった。


だから私は自分の部屋に閉じこもった。

できるだけ、人の目につかないように……


そして部屋の中でいつも本を読んだ。

たくさんの素敵な物語は私に辛い現実を忘れさせてくれた。



私はお気に入りの本を開く、それは王女様と女の子の友情の物語。

『エメラルド王女とソフィア』

主人公の一人である女の子は私と同じ名前だった。

物語のソフィアは、それは美しい黒髪に瞳を持っており、明るくみんなの人気者である女の子。

そんな素敵なソフィアのもとに、国の王女様が現れる。


『とても、きれいな髪ね。少しだけ触っていいかしら』

王女はソフィアにそう言って微笑む。ソフィアは、はにかんだ笑顔を作る。


呪われた私には味わうことのできない素敵な物語。


だから私は一人部屋の中で、自分が物語の主人公になる空想をする。

空想の中でだけは人気者の素敵な女の子になれるから……




★★★★★★★★★★★




「ソフィア、お城であるお茶会に参加してみなさい」


ある日、父がそう言ってきた。

私はいままでお茶会に参加したことはない。

外に出ればこの容姿のせいで奇異の目を向けられるのに、そんなものに出たくはなかった。

私はそう言って断った。

しかし、いつもはすぐに引いてくれる父がこの日はなかなか首を縦に振ってくれなかった。


「いいかい、ソフィア。お前には魔力がある。だから十五歳の年を迎えたら学園にいかなくてはならない。ずっと部屋に籠っているわけにはいかないのだよ。今回のお茶会は王子主催で沢山の貴族の子供たちがくる。その中にはお前と一緒に学園に行く者もいる。辛かったら早めに帰ってきても構わないから、少しずつでも外の世界に慣れていかなければいけないのだよ」


確かに、魔力のある私は十五歳になったら強制的に学園にいかなければならない。

ずっと部屋に籠って空想ばかりしていられないのもわかっていた。


少しずつでも慣れていかなければいけない―

私は、なけなしの勇気を振り絞ってお茶会への参加を決めた。



そうして私は兄と一緒に、生まれて初めてのお茶会に参加した。


お城の庭園の一角で開かれた煌びやかなお茶会。

そこには今まで見たことのないくらいの沢山の人がいた。


初めこそ、兄と共に沢山のお菓子やお茶のならぶ会場を物珍しく眺めていたのだが……


兄と少しはぐれた途端、私はすぐに何人かの貴族の子供たちに囲まれてしまった。

彼らは皆、一様に険しい顔をしていた。


そして彼らによって私は庭園のはずれの木の下に連れてこられた。


「あなた、このお茶会は王子たちが初めて主催されるとてもおめでたい場だということがわかっていますの!」

「そうだ!お前のような呪われた子がいるとせっかくのおめでたい場が台無しになる!」

「だいたい、そのような気味の悪い姿でよく人前に出てこられたものだな!」


彼らは口々に、私を罵った。


気味悪がられているのも、嫌われているのもわかっていたはずなのに……

私はぐっと唇を噛みしめた。

やはり、部屋から出るべきではなかった。

ずっと、部屋に籠っていればこんな目に遭うことはなかったのに……

そう思った時だった―


「そこをどいてくださいますか」


そのよく通る声は私のすぐ後ろから聞こえた。

振り返るといつの間に現れたのか、まるで物語の中のエメラルド王女のように威厳ある雰囲気の少女が立っていた。


少女はその一声で、私の周りを囲んでいた人たちを簡単に追いやってしまった。


一体、何が起こったのかよくわからなかったが……

それでも、私はこの少女に助けられたのだということだけはわかった。


そうして茫然としている私に、少女は優雅に微笑んで、颯爽と去っていった。

私はしばらくその少女の後ろ姿を眺めていた。





その後、しばらく木の陰に身を隠し、先ほどの彼らが近くにいないことを確認してから私は会場へと戻った。

すると偶然に先ほどの少女を見つけた。


助けてもらったお礼を言わなければ……

私はめいっぱいの勇気を振り絞り少女に声をかけた。


「あの…」


振り返った少女は先ほど変わらず実に堂々としたたたずまいだった。


「あの……先ほどは」


緊張でうまく声が出せない。

少女の水色の瞳がじっとこちらを見ていた。

そして少女はおもむろに口を開いた。


「まるで絹のようにきれいな髪ね。少しだけ触れても構わないかしら」

「……え!?」


それは何十回と読み返した物語『エメラルド王女とソフィア』の台詞だった。

明るく人気者の主人公ソフィアはある時、町の外れで不思議な少女と出会う。

威厳ある雰囲気をまとった少女―その名は―


「……エメラルド王女」


私は思わず呟いていた。

すると―


「エメラルド王女とはロマンス小説の!あなた『エメラルド王女とソフィア』をご存じなんですか!?」


気づけば、目の前の少女に肩を掴まれていた。

私はただ、茫然とする。

一体、なぜこの少女が突然にエメラルド王女の台詞を口にしたのか……

そしてなぜ自分は今、この少女に肩を掴まれているのか……

なにが、なんだかわからなかった。


それに―

いままで、たくさん奇異な目や、冷たい目を向けられてきたが……


なぜか少女はキラキラした目で私を見つめている。

こんな目で見られたことのない私はさらに混乱する。


そして、少女の勢いに圧倒され、なにがなんだかわからず、繰り出される質問にただただ頷いていると……


「なにやってるの姉さん?」


横から怪訝そうな声がかかった。

声の方を見ると亜麻色の髪に青い瞳の美しい少年が立っていた。

どうやら少年は少女の知り合いのようだった。


「わ、ごめんなさい」


少年に指摘され少女は私の肩を離した。

そしてドレスの裾を掴むと優雅にお辞儀をした。


「失礼いたしました。私はカタリナ・クラエスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


それは本当に物語の王女様のような仕草で私は思わず見とれてしまう。

そして自分も名乗らなければと気づき、あわてて挨拶を返した。


「……ソフィア・アスカルトです」


すると、その後、信じられないことが起きた。


「ソフィア様!よろしかったら私とお話ししませんか?」


少女、カタリナが私の手を握りそう言ったのだ。


この子は一体何を言っているのだろうか……

私をからかっているのだろうか。


状況が理解できずに私はただ茫然と立ち尽くした。

そして―


「ソフィア様。今度、我が家に遊びに来て下さらないかしら」

「……あ、はい」



いつの間にか気が付けば…カタリナの家へと赴くこととなった。

約束を交わしながらも、私はこれが現実なのか、いつもの空想が見せている夢なのか判断できないでいた。




★★★★★★★★★★★




そしてついに約束の日はやってきた。


一人で外出などしたことのない私に優しい兄が付き添ってくれることとなった。

一つ年上の黒髪黒い瞳の美しい兄はいつもそっと私に寄り添い守ってくれていた。

今日も隣にいてくれる兄の存在はとても頼もしかった。



そうして勇気を振り絞って訪れたクラエス家では、出迎えた召使の人たちが私をみて驚いた顔をした。

そんなことにはもう慣れっこだったけど……


振り絞っていた勇気がだんだんしぼんでいく気がした。

もしかしたら、からかわれただけなのかもしれない……

通された部屋で不安になっていると、彼女は現れた。


上気した頬に荒れた息、急いでやってきたという様子のカタリナは私たちを見つめそのまま何も言葉を発しなかった。


やはりからかわれただけなのだろうか……

訪ねてきたのは失敗だったのだろうか。

私もなんと言葉を発してよいのかわからずに固まっていると、頼りになる兄が先にカタリナに声をかけてくれた。


「妹を招待していただいてありがとうございます。妹はほとんど一人で外出したことがないので、付き添いでまいりました。兄のニコルです」


兄の言葉にカタリナは我に返ったようにはっとした顔をした。


「こちらこそ、おいでいただいてありがとうございます。カタリナ・クラエスと申します」


おいでいただいてありがとうございます……からかったのではなかったのだろうか……

私はここにきてよかったのだろうか。


「ソフィアの兄でニコル・アスカルトといいます。どうぞよろしくお願いします」


兄が再び、カタリナに名乗った。

すると彼女は固まってしまった。

どうしたのだろう……


私はすっかり固まってしまっているカタリナが心配になり声をかけた。


「……あの、カタリナ様」

「ああ、ソフィア様。ごめんなさい。改めまして、ようこそおいでくださいました。よかったらこの前の続きをお話しさせて」


そう言って、カタリナはお茶やお菓子の準備されたテーブルに私を促した。



初めはすごく不安だったが、実際にカタリナと話しをすると、そんな気持ちは消えていった。

誰かと大好きな本の話をするのは初めてで、それはまるで夢のような時間だった。


そうして夢のような時間はあっという間にすぎ、気づくと日が傾きかけ、我が家の召使に「そろそろ、お暇しないといけません」と声をかけられた。


そうして促され立ち上がった私にカタリナが声をかけてきた。


「本当にきれいな髪ですね。少しだけ触ってもいいですか?」

「……え!?」


私の顔は自然とこわばった。

カタリナは一体何を言っているのだろう。

この気味の悪い白い髪がきれいなはずなどないのに……


気がつけば、私は出会った時からずっと思っていた疑問をカタリナに問うていた。


「カタリナ様は私のこの見た目が気持ち悪くないのですか?」


外にでれば奇異の目を向けられ、気味が悪いと囁かれてきた。


「……この老人のように白い髪に血のように赤い瞳………みんな気味が悪いと呪われた子だと言うのに……」


そんな私に綺麗な所なんてないのだ。

私はただ、気味悪がられるだけの存在なのだから……


「……呪われたって…いったい?」


茫然とした様子でカタリナが呟いた。


「中傷です……父の功績やわが家を妬んだものたちがそのように悪口を広めているのです」


兄の声はとても冷たく響いた。

こうやって、優しい家族はいつも私をかばってくれるけど……


「……でも私のこの姿が気味悪いのは変わらないわ」


私のこの異質な容姿にはいつも心無い悪口が付いてくる。

ずっとそうだった。

なんで私はこんな風に生まれてきたのだろう……

私だって物語の中のソフィアのように綺麗に生まれたかった。



「でも、私は綺麗だと思うけど……」


カタリナが呟いた。

きれい?なんのことを言っているのだろう。

私はカタリナを見つめた。


「私は、ソフィア様のその絹のような白い髪も、ルビーみたいに赤くキラキラした瞳もとても綺麗だと思います」


カタリナはそう言って私に笑顔を向けた。


絹のような白い髪、ルビーみたいに赤くキラキラした瞳。

それは本当に私のことを言っているのだろうか……

とても信じられないような言葉だったが……

カタリナその水色の瞳は嘘をついている様には見えなかった。


お茶会でまるで正義の味方みたいに私を助けてくれた人。

物語のエメラルド王女みたいな女の子。



「ですから、また遊びにきていただけると嬉しいです。そしてよければ、私のお友達になってくださいませんか?」


カタリナが私に手を差し出す。



『きっとソフィアのことをわかってくれる素敵な友達が現れるよ』

そう言ってくれる家族に頷いたことはなかった。

だって、そんな人現れるはずないのだから……


そんな人、いないと思っていたのに―


皆に奇異な目で見られるこんな私を―

綺麗だと、友達になろうと言ってくれる人が現れるなんて―


私は震える手をカタリナの手にそっと重ねた。

彼女はその手をぎゅっと包んで、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。





これは夢なのだろうか……茫然とする私に馬車のなかで兄が滅多に見せない笑顔でいった。


「友達ができてよかったな」


友達……そんなものできるはずないと思っていた。

だからずっと部屋に籠り一人空想して過ごしてきたのだ。


でも、本当はずっと友達が欲しかった。

ずっとずっと欲しかったのだ。


カタリナが握ってくれた手の温もりに、嬉しそうな笑顔を思い出す。


私はずっと欲しくて、でもずっと諦めていたものを手にすることができたのだ。





そして、その後クラエス家に通うようになった私は、双子の王子様たちやカタリナの弟、カタリナの友人とも親しくなった。


ずっと、自分の部屋だけだった私の世界は一気に広くなった。




カタリナの友人であるメアリが私に言った。


「少し前まで、私はずっと自分が嫌いでした……この茶色の髪も瞳も嫌だったんです」


私はとても驚いた。

カタリナ同様に堂々として、とても立派な令嬢にしかみえないメアリが自分を嫌いだったなんて……

それにこんなに綺麗な髪や瞳を嫌うなんて信じられないと思った……


「でも、カタリナ様が私のことを素敵だと、好きだと、可愛いとたくさん言ってくださったから……今はもう自分が嫌いではなくなりました。この髪も瞳も好きになりました。だから、きっとソフィア様も大丈夫ですわ」


メアリはそう言って私を見つめた。


ここの屋敷に集う人たちはメアリを含め誰も私を気味悪がったりしない。


そしてカタリナにいたっては、私の髪も瞳も綺麗だ、素敵だといつも言ってくれる。

あんなにみんなに気味悪がられたこの見た目を……本当に心から褒めてくれる。


私もいつか、メアリのように自分が好きになれるだろうか……

この異質な見た目も受け入れられる日がくるのだろうか……


先のことはまだわからない。

でも、今の私はそんな日も来るかもしれないと思うことができた。


「ありがとうございます」


私はメアリにお礼を言う。

するとメアリは不敵な笑みを浮かべた。


「でも、カタリナ様は渡しませんからね」




部屋の中一人籠り本を読んでいるのが一番だとずっと思っていた……


でも、飛び出した世界で私はそれ以上のものを見つけることができた。


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― 新着の感想 ―
逆ハーどころか、同性ハー?の匂いがしてきたゾ あと前半動きカタリナのラグいので注意
[良い点] ここまで読んで、キースとソフィアが特にお気に入りです。もちろんカタリナも当然お気に入りです。自己肯定感の薄い人が自分に自信を持つ。何よりカタリナから愛されてる。そう言う意味では、TVドラマ…
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