勝負を挑まれました
畑が復活して数週間がたち、すっかり夏も盛りになった頃。
ついにメアリとアラン王子の婚約が正式に決まったとの知らせを聞いた。
そして本日、クラエス家を訪れたメアリに早速、その話を振ってみた。
「メアリ、婚約が決まったそうで、おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます。私も王子様の婚約者になりました。カタリナ様と一緒で、とても嬉しいですわ」
メアリはとっても嬉しそうだが……どうもそれがアランを慕っているというようには聞こえない。
「えーと、メアリはもうアラン様とは会ったの?」
「ええ。お会いしましたわ」
「……それで、どうだった?」
「どうとは?」
「その……どんな方だったかな……と思って」
一応、名台詞を先に使ってしまった手前、アラン王子には少し罪悪感があった。
台詞を失ったアラン王子は無事にメアリを魅了できたのだろうか。
「とても綺麗な方でしたわ。それとカタリナ様と同じように、私が世話をしている庭を褒めてくださいましたわ」
「おお。それで?」
うん。とりあえずそこはシナリオ通りなのね。そして、気になるのはその後だ。
「それでとは?」
「えーと、褒められてその後は?」
「……それだけですが」
メアリが不思議そうに首をかしげる。
なんですと!?それだけ?いや、例の台詞はどうしたのだ……言わなかったのか?
「その、えーと。メアリの緑の手のこととか言わなかったのかな?」
「……緑の手……まあ、カタリナ様、もしかしてお聞きになったのですか?!」
「……ということは、言われたのね?そうなのね?」
なんだかとても照れた様子のメアリに食いつくと、メアリがなんだかもじもじとしながら続けた。
「恥ずかしいですわ。まさか、カタリナ様ご本人のお耳に入ってしまうなんて……」
「そうか、やっぱり言われたのね……ん。ご本人って?」
「え、だってお聞きになったのですよね。私がカタリナ様に『緑の手を持っている』と言っていただいたことをアラン様にお話ししたのを」
「え!?メアリの方から言ったの!しかも、私が言ったって!」
「ええ、カタリナ様からあんな風に言っていただいて、本当に嬉しくて、ついアラン様にもお話してしまいましたの」
そう言ってメアリは頬をバラ色に染めた。
……つまり、なんだ。
アラン王子が「メアリは緑の手を持つ特別な女の子」という台詞を言う前にメアリ自身が「カタリナ様に緑の手を持っていると言われましたの」とアラン王子に言ってしまったわけだ。
……それはもうアラン王子言えないよね。先に言われちゃったもんね。
ごめん。アラン王子。
その後も、メアリにアラン王子のことを尋ねるも、好感は持っているようだが……好意を感じているようには見えなかった。
本当にごめん。アラン王子。
……まあ、でも婚約者になって接点ができたのだから、これから王子の魅力に気づいていくはずだ。
頑張れアラン王子。
なんとなく、遠い目をしている私を、メアリが「お腹がすきましたか?」と心配してくれる。
本当によいお嬢さんだ。
結果的に二人の邪魔をしてしまったが、ぜひ幸せになって欲しい。
二人の仲を取り持つことなどできそうにない私は心の中でそっと応援することにした。
そうして数週間くらいたったある日のことだった。
畑にてそろそろ収穫も最後だろう野菜たちを取っている時だった。
「お嬢様、王子様がお嬢様に用事があるとご訪問されました!」
なんだか、ひどく慌てた様子のアンがやってきて言った。
「アンったら、何を慌ててるのよ。ジオルド様なら、いつものようにそのままここに来てもらえばいいじゃない」
ジオルドは、初めこそ厳かに迎えられていたが、三日とあけずに来られるようになってからは、ジオルド自身から『とくに出迎えはいりません』とのお言葉があり、赴かなくても勝手に私の所にやってくるようになっていた。
私のほっかむり姿にもすっかり慣れられたので、お出迎えの衣装チェンジも必要ない。
なので、王子がきたからと慌てる必要は全くないのだ。
「違うんですよ。お嬢様。ジオルド様ではないんですよ」
「……ん?」
アンったら何を言っているのだ。パーティーでもない限り、ジオルド以外に我が家を訪れる王子はいないだろうに。
私はよく育ったきゅうりをもぎとった。
「ジオルド様ではなくその弟の第四王子のアラン様が来られているんです!」
「……え」
私は思わず、もぎ取ったきゅうりを土の上に落とした。
「……なんで?」
「理由はわかりませんが、とにかくカタリナ様に会わせろとのことです」
なんだか、とてつもなく面倒事が起こりそうな予感がした。
ダッシュで屋敷に戻り、アンの助けを借りお嬢様衣装に着替えるとアラン王子が待つ客間へと向かった。
そうして大急ぎで部屋へと行くと、なんだか偉そうな態度の少年が椅子にふん反りかえっていた。
「遅かったな」
少年はまだ、何の挨拶もしていないうちからそんな風に声をかけてきた。
非常にふてぶてしい態度の少年だ。思わず、頬がヒクヒクしてしまう。
「突然訪ねてきてその態度はなんだー」と怒りたい所だが……
この子はまだ八歳の子供。私はもう精神的には十七+九歳のいい大人だ。
私は自分に言い聞かせる。
「申し訳ありませんでした。支度に手間取りました。カタリナ・クラエスでございます」
「アラン・スティアートだ」
私が大人の対応で、笑顔で名乗ると、アランはまたまた偉そうに言った。
アラン・スティアート。攻略対象なだけあって、やはり美形である。
だが、双子であるジオルドとは似ていない。
ジオルドが金髪碧眼の正統派美形の王子様なら、アランは銀髪碧眼で野性的な美形だ。
しかし、美形ではあるが……
なんて、偉そうな王子なんだ。
まるで、記憶が戻る前の我儘令嬢カタリナのようだ。
同じ王子でもジオルドは、こんな風に偉ぶることはない。
ゲームでのキャラを考えると腹の中では何を考えているか不明だが、表面上は穏やかで謙虚な態度である。
そんな風に考えながら我儘王子アランを観察していると。
「カタリナ・クラエス。今日はお前に話がある」
我儘王子がなんだか、鋭い目を私に向けてきた。
「……えっと。なんでしょうか」
正直、今のアランと私には何のつながりもない。
まあ、私は今のところジオルドの婚約者だから、なんのつながりもないわけではないが……
ゲーム通りならアランはまだ今はジオルドを避けているはずだ。
特に、私の所にやってくる理由もないはずなのだが。
「メアリ・ハントを知っているな」
「……え、あっはい」
ん?なんだメアリのことか。
「メアリから、親しくしていると聞いているが」
「……はい。親しくさせていただいていますが」
アランの目がさらに鋭くなる。
なんだ、この王子様は一体何が言いたいんだ。
「メアリ・ハントは私の婚約者になった。知っているか」
「はい。存じておりますが」
「わかっているなら、みだりに誘惑をするな!」
「……誘惑ってなんですか!?」
アランは私を思いっきり睨みつけてきた。
私はただただ唖然とした。
いやいや、何を言ってんの?この王子、大丈夫か?
私がいつメアリを誘惑した……って言うか女同士で誘惑ってなんだ!
確かにメアリは可愛くて優しくて大好きだし、これからも仲良くしていきたいけど……
彼女にしたいとか、嫁にしたいとか思ってないから!そういう趣味はないから!
しかし、唖然とする私にかまわずアランは噛みついてくる。
「しらばっくれる気か!俺が誘ってもいつも『今日はカタリナ様とお約束が』と断られ、一緒にいる時もほとんどお前の話ばかりだ!それもこれもメアリが純粋なのをいいことに、お前が誘惑しているに違いない!」
「ちょっと、何それ!言いがかりもいいところだわ!」
けんか腰にたたみかけてくるアランに大人な私も我慢できなくなって叫んだ。
「何が、言いがかりだ!事実だろう!そんな顔して、純粋なメアリを誑かして!」
この俺様王子め、私が悪役顔だからって悪人と決めつけているな。
なんて腹の立つ奴なんだ。
「そんな訳ないでしょ!メアリがうちにくる約束している時に誘うあなたが悪いんでしょ!だいたい、本当に魅力ある人から誘われれば女の子はついていくわよ!あなたに魅力がないのよ!それに、私の話ばっかりなのはあなたの話がつまんないからでしょ!」
「……魅力がない……つまらない……」
私はつい怒りのままに思いついたことをそのまま叫びきった。
そして、叫びきった後に、はっとなった。
目の前のアラン王子の表情が固まっていた。
……やばい。やってしまった。
かっとなってついひどいことを言ってしまった。
そもそもは私が台詞を取ってしまったことが原因の一部かもしれないのに……
しかし、一度、口から出てしまった言葉を引っ込めることはできない。
背中に冷たい汗が流れる。
「……ふっふっふっ。ここまで面と向かって馬鹿にされたのは初めてだ」
「……え~と。今のは……その……」
アランは今にも顔から湯気を吹きそうなほどにご立腹だ。
ああ、私は取り返しのつかないことを言ってしまった。
「いい覚悟だな、カタリナ・クラエス。その暴言を俺への挑戦として受ける」
いやいや、してない。挑戦とかしてないから。
ちょっと口がすべっただけだから……
「俺と勝負しろ」
アランが高らかに宣言する。
★★★★★★★★★★
「……で、なんでこうなったのでしたっけ?」
アンが不思議でたまらないという顔をする。
場所は屋敷の庭。並んで立つそこそこに高さのある木の前である。
「いや、アラン様が『勝負の方法は女のお前に決めさせてやる』とか言うから……」
「……だからって、仮にも一国の王子と公爵家のご令嬢が……木登りって……いくら何でもなしだと思います」
「だって、人より得意で勝負できそうなことって、これしか思い浮かばなかったんだもの」
「いや、そもそもアラン様。絶対、木登りとかしたことないですって!お嬢様が『木登り』って言った時に完璧に固まってましたもの」
「いや、でも最終的にいいって言ったのはあっちなんだし……」
確かに『では木登りで』と提案した時のアランは完璧に固まっていた。
口をポカーンとあけたまま十秒近く動かなかった。
しかし『もしかして木登りはできませんか』と問えば『そんなわけないだろう!受けて立つ』と言って固まりを解いた。
よって、現在、庭で同じくらいの高さの木を前にこうして私にアン、アランにその召使さんたちで立っているわけだ。
ちなみに、優しく賢い我が義弟は、この騒ぎがお母様にばれないように相手をしてくれている。
勝負のルールは簡単だ。先にてっぺんに上った方が勝ちだ。
アランはしばらくポカーンと木を見つめていたが、やがて覚悟を決めたのか袖をまくり始めた。
むしろ、アランの召使さんたちの方がよほどあわあわしている。
そして「王子危険です」「おやめください」と必死に声をかけている。
私は比較的に動きやすいズボンタイプの服に素早く着替え、すでに準備は万端だ。
「では、アラン様。準備はよろしいですか?」
「……あぁ、いつでもかまわん」
「では、召使さんに始めの合図をかけていただきますね」
「お、おう」
そして、皆の見守る中、勝負は始まった。
そして、すぐに終了した。
もちろん。私の圧勝だ。
私はいつものようにスルスルと木に登り、ほんの数分でてっぺんに辿りついた。
しかし、アランは……そもそも木に登ったことがなかったのであろう。
私が登りついても、まだ一番下の枝のあたりでまごまごしていた。
こうして、勝負は私の圧勝に終わったわけだが……
「アラン様。これで勝負はつきましたので、もうよろしいでしょうか」
木に登ったこともないお坊ちゃまが、前世にて野猿の異名をとった私に木登りで勝てると思うなよ。
私はアランに勝ち誇った笑みを向けた。
するとアランは悔しそうな顔で睨みつけてきた。
「……まだだ……」
「え?」
「もう一度勝負しろ!今のは初めてで慣れてなかっただけだ」
今、アラン初めてと認めたな。やっぱり木登りしたことなかったんだな。
なら初めから言えばいいのに、この見栄っ張りめ。
「よろしいですけど。そんな簡単に私には勝てませんわよ」
「望む所だ!」
こうして、アランにせがまれ何度か、勝負をしたが……
結果は変わらなかった。
まあ、当然の結果だ。
そしてあろうことか……
「次こそは勝つからな。覚えていろよ」
アランが実にありきたりな負け犬発言をかまし、『またくる』と宣言をして去っていった。
こうして、私はこの後も引き続きアランの相手をすることとなった。