いきなりプロポーズ!?
ついラスの笑顔につられ、その手をとる。
すると、今までの説明で頭がぼーっとしていたらしい颯が、ハッと目を見開いた。
「手!手、つないでんじゃねー!」
「え?」
仁菜は颯の方を振り向こうとしたけど、ラスがそれを許さなかった。
「行こう!」
ラスは明るく言うと、そのまま仁菜の手を引いて、部屋を出ていく。
仁菜は意外に強いラスの力に逆らえず、早足でそれについていった。
「ま、待て!」
その後を、颯が追いかける。
他の大人たちはそのあとをゆっくりついていった。
白い廊下を通っていくと、やがて厚い扉が見えた。
それをラスが開くと、途端にむわりとした空気が仁菜の全身にまとわりつく。
広いバルコニーのようなそこは、白いてすりに囲まれていた。
「あっつ……」
まるで真夏のような、喉や胸を押しつぶすような暑さ。
まぶしい太陽から発せられる光が、じりじりと肌を焼く感覚。
ブラウスの上にカーディガンを着ていた仁菜は、たちまち汗びっしょりになった。
「うわあ……」
手でひさしを作り、バルコニーからの景色を眺めた仁菜は驚く。
そこに広がるのは、見たこともないような街だった。
何でできているのかわからない、つるりとしたビルやマンションみたいな背の高い建物がずらりと並んでいる。
その建物どうしの間には、空を覆うくらい数多くの電線が張り巡らされていた。
地上はアスファルトのようなもので多い尽くされ、その上に通る人は……豆みたいに小さくて、よく見えない。
(た、高い……)
めまいを感じた仁菜は、バルコニーの手すりからあとずさった。
そんな仁菜の肩を、颯が後ろから支える。
「大丈夫か?
つうか、すげーなこりゃ……」
バカは高いところが好き。
その言葉を証明するように、颯はどこかわくわくしたような顔で、遥か地上の白い街を見渡していた。
「これがランドミルの都。もっと遠くにいくと、もっと低い建物もあるし、もうすこし余裕があるかな」
ラスの言葉どおり、その街を一言で現すなら『ぎっちぎち』だな、と仁菜と颯は思う。
道幅はトラックが通れるくらいはあるけど、建物が密集しすぎている。
そして、緑というものがどこにもない。
見渡す限り真っ白で、活気がない。
仁菜はこの都からなんとなく、白骨遺体を連想してしまった。
「なんだか落ち着かなさそうな街だな」
颯が言うと、アレクとカミーユが苦笑した。
「そうそう、見せたいのはこれじゃなくてね」
ラスが目配せすると、シリウスがうなずく。
シリウスは壁に向かい、扉の横をとんとんと叩く。
すると突然もうひとつの扉が現れ、ゴウンという音とともに壁が開いた。
「ええっ!?」
忍者屋敷か!
突っ込む間もなく、その壁の中から、銀色の何かが飛び出してきた。
「なにこれ!?」
「おおっ!」
颯が目をキラキラさせる。
壁から出てきたのは、銀色の乗り物だった。
颯のバイクに似ているけれど、車輪がない。
あるのは座席と、ハンドルと、ペダルのようなもの。
どこが継ぎ目かわからない、つるりとした銀色の異世界バイク。
サイドについている燃料タンクやマフラーらしきものをベタベタ触りながら、颯ははしゃいだ。
「すげー!なんだこれ、すげー!しびー(渋い)!」
「コレにのって、ちょっと外に出るよ」
「マジかああっ!?」
颯は今までにない笑顔で、カミーユから運転法を教えてもらっている。
そんな颯を、仁菜は少し冷めた目で、遠くから見ていた。
(いいよねえ、おバカは。
バイクさえあれば、どこでも楽園なんだね……ん?)
よく見ると、出てきた異世界バイクは3台。
自分たちは6人。
(ってことは、誰かと二人乗り……?)
と、いうか。
(ここ、けっこうな高さがあるけど……あのバイクで、いったいどうやって外へ?)
疑問に思っていると、颯が曇りのない笑顔で「ニーナ!」と手招きをした。
「なんで、もうまたがっっちゃってんのよう……」
「ぶつくさ言ってねえで、後ろに乗れよ!」
「はあ?」
「バカ王子は何かあっちゃいけないから、シリウスに載せてもらうんだと!」
颯が指差した方を見ると、ラスが少し不満げに、シリウスの後ろに載っていた。
そして、きゅっとシリウスの腹に手をまわし、頬を背中にぴたりとつけた。
(か、かわいいんだけど!)
仁菜は腐女子ではない。断じて、そうではない。
BL漫画なんて読んだことないし、そうじゃないアニメもラノベも、今まで全く興味なかったんだけど……。
萌え……。
仁菜は自分の中に、腐女子の芽が芽生えつつあるのを感じた。
「ニーナ、早く」
ラスにうながされ、仁菜はハッと腐の世界から現実に引き戻される。
横を見ると、アレクとカミーユも準備万端。
(こっちのペアも、これはこれで……)
「おいニーナ。さっさとしろ!」
(……ちっ。ちょっとくらい現実逃避させてくれてもいいのに)
仁菜はしぶしぶ、颯の後ろにうんしょうんしょと乗った。
颯がハンドルに手をかけると、お尻の下からバイクが起動する振動が伝わってくる。
「……なにしてんだよ」
「ん?」
「ちゃんとつかまれよ」
颯が仁菜を振り返る。
「つかまってますが……」
仁菜は両手を座席につけていた。
それでじゅうぶんだと思ったから。
しかし……。
「アホ!俺様にくっついてろ!バカ王子みたいにしなきゃ、振り落とされるぞ?」
……くっついてろ?
ラスみたいに?
振り落とされる……?
黙って首をかしげる仁菜。
その細い手首を、颯は乱暴に握った。
そして導かれたのは、颯の引き締まった腹筋のあたり。
「手はここ!二人乗りの常識だろうが!」
「……!!」
ぐい、と引っ張られ、仁菜はコアラみたいに颯の背中にはりついてしまった。
颯の広い背中……についた、『喧嘩上等』の刺繍に顔が当たる。
(だ、だ、抱きついてるみたい……!)
いやだ、恥ずかしい、不本意だ。
まさか、『喧嘩上等』の刺繍にキスするはめになろうとは!
仁菜は不覚にもドキドキしてしまう自分を認めたくなかった。
しかし……。
「……残念……」
「えっ?」
「……お前、Bないだろ」
「……な、なああっ!?」
密着した背中から、人のバストサイズを割り出すなあッ!!
カップ数の計算の仕方も知らない、バカのくせに!!
仁菜は真っ赤になって反論する。
「バカにしないでよバカ!
これでも、ギリでCありますからっ!」
「あーはいはい、勉強ばっかしてて運動しなかったから、胸筋が発達しなかったんだな、可哀想に。
ごまかさないでいいから、しっかりつかまってろって」
「ごまかしてなんか……っ」
言い争いの最中に、他2台のバイクのおしりから、青い炎が見えた気がして、口を閉じる。
次の瞬間、2台のバイクはふわりと宙に浮かんだ。
「ま、まさか……!」
「ハヤテ、ニーナ!」
ラスの手から、こちらに何かが投げられる。
颯が受け取ったそれは、ゴーグルのような形をしていた。
他のメンバーは、いつの間にかそれを装着済み。
「まさか、本当にこれで、ここから外へ……?」
「そういうことらしいぜ。ほれ」
颯に乱暴にゴーグルを付けられ、再び手を腹筋に回された。
「じゃ、ちゃんとついてきてねー」
「おうよー」
お尻の下の振動が強まる。
そして、自分たちの体がふわりと宙に浮く感覚がした。
2台のバイクはふわりと手すりの上まで浮上し、そこから急降下すると、街の電線の上を水平に突っ切っていく。
「う、う、うそでしょぉぉぉぉぉぉ~っ!?」
「舌噛むぞ!黙れ!」
颯は怒鳴ると、ハンドルをにぎった手に力を込めた。
そして、2人が乗ったバイクは無事に……
異世界組の運転を完璧に模倣し、彼らのあとを追いかけていった。
つまり。
(おおおおおお、落ちる!!速い!!
ムリムリムリ~!!!!)
急降下し、内臓が口から飛び出そうな気持ち悪さのあと、ものすごいスピードで空中を切り、熱風にさらされる。
なんとか颯にしがみついていると、彼からは……。
「イーエッフー!!
異世界、最高だぜーひゃははははー!!」
なんて笑い声が聞こえてきた。
どうやら、制限速度とヘルメット装着義務がない異世界は、颯にとって本当の極楽みたいだ。
(うえええん、こんなアドレナリンジャンキーについていけないよ~!!
バカッ、バカッ、颯のバカァァァ~!!)
仁菜は恐怖のあまりあふれ出した涙(は、ゴーグルの中で飛散した)と鼻水を、思い切り『喧嘩上等』の刺繍になすりつけた。
「か~りものバ~イクでは~しりだっす~♪」
やっと異世界バイクが地上に着いたとき、颯はこんな替え歌を歌いながら、仁菜を下ろしてやった。
三半規管が熱風でかき回され、ふらふらになった仁菜の肩に手を回す。
しかし仁菜は、その仕草にドキドキしている余裕はなかった。
(き、気持ち悪い……)
懸命に息をしていると、ラスが駆け寄ってきた。
「ニーナ、大丈夫?」
「はあ……なんとか……」
同じくらいの背丈のラスが、自分の顔を覗き込んでいる。
そして、そっと手を伸ばした。
「あーあ、髪がボサボサ」
白く細い指先が、仁菜の乱れた髪をすいていく。
なんだかそれだけで、毛先までラスティカルエッセンスで綺麗になりそうな気がした。
もちろん、そんなことはないのだけど。
「おら!見とれてんじゃねえ!」
──ずびし!
意外に気持ち良くてぼーっとしていたら、颯から分け目にチョップが!
「ひど……っ。痛いんだけど!」
「女の子になんてことするんだよ!
ハヤテ、ひどいぞ!」
「うっせえ!」
3人でわーわー言っていると、ゴホンと咳払いが聞こえてきた。
おそるおそる振り返ると、シリウスが冷たい視線でこちらを見ている。
「そ、そうだ。ニーナ、こっちにおいで。
ついでにハヤテも、来たかったら来れば?」
そう言ってラスは、目の前の建物を指差した。
それは灰色の金属の柵と有刺鉄線で囲まれた、巨大な塔だった。
白く、円筒形の塔には、やはり継ぎ目がない。
仁菜のいる世界とはまったく違う技術で、建てられているように見えた。
「普段は王族しか中に入れないんだけど、今回は特別だよ」
ラスに招かれ、頂上が空の雲にかかっているほど高い、その塔の内部に入る。
すると、そこにあったのは螺旋階段。
そして……。
「すごい……」
仁菜は思わずため息をもらした。
塔の内壁は、古代エジプトの象形文字によく似たもので、埋め尽くされていた。
小さな絵が、壁一面に描かれている。
「この塔は、この国ができた時から建っていたんだ。
一説によると、神様が建てていったものらしい」
「神様?」
「この世界には昔、無数の神様がいたんだって。
そしてランドミルの初代の王は、科学の神様だって言われてる」
ラスの声と6人の足音が、塔の中で反響する。
導かれるまま螺旋階段を登っていくと、ラスがある地点で足を止めた。
「ここ、見て」
指差された壁画を、仁菜と颯がのぞきこむ。
するとそこには、3センチくらいの人らしき絵が描かれていた。
人が銃や剣を持ち、角やキバが生えた生物に対峙している。
そんな風に見えた。
その人と未知の生物の間には、水のようなものが描かれている。
「これが、今の状況。
境界の川の楔がなくなり、人間と魔族が衝突するときがやってきた」
ラスが真剣な顔で言う。
「この壁画は全て、神が遺していった予言だと言われている。
その横を見ろ」
シリウスが背後から声をかける。
言われたとおりに視線をうつすと、そこには……。
「あっ!」
「おおっ?これ、俺らにそっくりじゃね?」
川から飛び出す、二人の人間の姿が……。
それは、仁菜の着ている制服と、颯の着ている特攻服とそっくりなものを着ている。
「そう、それはお前たちだ」
アレクの低い声が、塔にこだまする。
「これから起こることが全部かかれているわけじゃないんですが、そこに添えられている言葉を訳すと、だいたいこんなことになります」
カミーユが優しい声で説明したのは、こんなこと。
境界の川の結界が崩壊し、人間と魔族が争う時がくる。
そのとき、異世界から勇者と一人の少女が現れる。
勇者は魔界の『風の樹』の実を得て、人間の世界を救うだろう。
そのためには、王の家系の者の手助けが必要である。
「……えっと、その勇者が颯ってことはわかりましたけど、あたしは?
何をすればいいんですか?」
「それはですね……」
仁菜の質問に、カミーユが壁画を確認しながら説明を続ける。
少女は、勇者一行と行動を共にする。
きっと役に立つだろう。
旅の中で、彼女の心を手に入れた者には、永遠の幸福が約束される──。
「えっ、ええええっ!?」
なにそれ!?
あたし、そんなぼんやりした役割なの?
仁菜は言葉を失う。
勇者一行っていうのは、たぶんここにいる人たちのことだろう。
この中に、未来の彼氏がいるってこと……?
(ちょっと神様!そこを詳しく書いておいてよ!頼むよ!)
っていうか、あたしの幸福は誰がくれるわけ?
もしかしたら、貴重な女の子として、専用施設で大事にしてもらえるのかな~とか思ってたのに……。
なのに、勇者一行についていかなきゃならないの?
仁菜の頭に不満が募っていく。
(しかもこのひとたちイケメンだけど、颯を筆頭に一癖ありそうな人ばっかなんだけど!)
どうせ心を奪われるなら、かっこよくて、優しくて、勉強ができて、ついでにスポーツもできる普通の地球人がいい。
この人たちとは、文字通り住む世界が違う。
颯はヤンキーだし、おバカだからイヤ。
ラス王子は、自分より可愛いからキツイ。
他の人たちは大人で、全く想像がつかない。
「……この智慧の塔はね、この国の守り神なんだ。
この塔が守ってくれているおかげで、ランドミルはここまで発展できた。
魔族はこの地を侵略して、塔の大いなる力を奪おうとしてる」
ラスの真剣な声に、余計なことを考えていた仁菜は少し恥ずかしくなって、うつむいた。
その瞬間……。
「というわけでえ、俺と結婚して、ニーナ!
俺と一緒に、この国を救ってよ。
そしたら俺、幸せになれるからさ♪」
「ええっ!?」
急に明るくなったラスの声。
気づけば両手を、その美しい手ににぎられていた。
驚いて上を向くと、アクアマリンの瞳に、自分の姿が映っている。
その近すぎる距離に緊張していると、颯が割り込んできた。
「ちょっと待ったー!
調子こいてんじゃねーぞ、このバカ王子!」
「は?お前は黙ってろよ。
ねえニーナ、いいでしょ?
俺、家柄も申し分ないよ?王族だし、一生楽させてあげるから。
もちろん、子供はたくさん産んでもらわないと困るんだけど」
「こ、こ、子供ってなあ!」
おいおい、なぜ颯が赤くなるんだい。
仁菜は恥らうタイミングを失ってしまった。
ぼんやりしていると、後ろのシリウスから声がかかる。
「それは、最終段階ですよ、ラス様。
まずは風の樹の実を手に入れ、この国の環境を改善すること。
そしてこの塔を狙う魔族を討伐し、国の平和を維持することが先決です」
「そうですねえ。
国が滅ぼされては、結婚式もできませんからねえ」
「それに、彼女の意思を確認しないと。
自分の幸福のために彼女の意思を無視して花嫁にするなど、俺には理解できません。
彼女が可哀想だ」
のんびり言うカミーユ。
そして、唯一まともなことを言うアレク。
(アレクさん……す、素敵!)
この場で一番自分の人権を尊重してくれるアレクが、ヒーローに見えた。
「あたし、アレクさんと結婚したい……」
イケメンだし、身長高いし、無口だけど優しそうだし……。
ぽつりとこぼしたニーナの発言に、周りが慌てる。
「ちょ、ニーナ、こんなオッサンやめとけ!
デケエし、将来の介護が大変だぞ!」
「それに、軍人だよ!?
いつ魔族にやられて死んじゃうか、わかんないよ!?」
「ハヤテに王子、さりげなくひどいと思うが……」
アレクは頬を引きつらせながら、若者2人をにらむ。
「ニーナ、お前は若い。
相手はゆっくり決めるがいい」
「そういうことですね。
焦っても、いいことはありません」
カミーユが納得したように、うんうんとうなずきながら笑った。
「と、いうわけで」
仁菜たちは、先ほどの部屋に戻ってきた。
帰りは安全運転でお願いしますと颯に頼むと、彼は文句を言いながらも、ゆっくり移動してくれた。
仁菜がつけた鼻水は、すでに刺繍の上でカピカピになっていた。
「塔の予言に従って、私たちは魔界へ向かって旅に出ようと思う」
シリウスが淡々と話し、異世界の住人たちがうなずく。
「まず、颯。
お前、何か武器は持っているか?」
あるわけないじゃん。
チームの集会場所には、金属バットとか鉄パイプがあるかもしれないけど。
そう思う仁菜の横で、なぜか颯はふんぞりかえっていた。
「おうよ、これが俺様の相棒だ!」
彼が特攻服のポケットから誇らしげに出したものは……。
親指以外の4本の指を入れるリングがついている、銀色のナックル。
別名メリケンサック。
はめて殴れば、自分の指の骨や間接が保護され、相手に与えるダメージは大きくなる。
「……それ、職務質問で所持してるのがバレると、軽犯罪法で捕まるよ……」
「なに!?聞いたことねえぞ!?」
「今どきナックル持ってる人なんて、そうそういないからじゃない?」
「だって、ナイフは危ないだろ!?
ヘタしたら、相手が死んじまうじゃねえか!!」
うん、だからね、ヤンキーはいちいちそんなこと考えないもんじゃないの?
でも言ってることは間違ってはないので、仁菜はあいまいにうなずいておいた。
「……使っていないだろう。
血のくもりがない」
アレクにびしっと突っ込まれ、颯は「うっ」とうなる。
たしかに颯のナックルは、ぴっかぴか。
歯の隙間の歯垢まで映りそう。
「さすが軍人……やっぱりアレクさん、素敵……」
大人の魅力に気づき、キュンする仁菜の横で、颯は必死の反論。
「だって、こんなんつけて殴ったら、相手の骨折れちまうだろ。
ヘタしたら……」
「死んじゃうよね」
横入りしたラスは、興味なさそうにナックルを見ている。
「それ以前に、痛いだろ!血が出るだろ!
喧嘩は素手で十分だ!」
「じゃあそれ、なんで持ってるの?」
「シブイから。あと、威嚇用」
「…………」
異世界の住人たちは、ため息をついて肩を落とした。
「あのねえハヤテ、人間相手にはそれでいいよ。
ほぼ素手で、いいんだけど」
ラスの呆れ顔に、さすがの颯も少しシュンとしてきた。
「魔族相手に素手は、そうとうキツイですよ。
その奇妙な打撃用武器を使ってもね」
「とすると衛兵隊から、予備の武器を貸し出しするしかないか」
アレクが立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
たぶん、武器を取りにいくんだろう。
そんなアレクの広い背中に、シリウスの制止がかかる。
「いや……予備では、魔界での戦いに耐えられないだろう。
それに、ニーナ殿にも武器か盾がいる」
「……では、どうしろと……?
異世界の人間は、『石』も持っていないんだろ?
ウラシマがそうだった」
『石』?
胆石とか尿血石とか、そういうの?
仁菜はまたまた現れた専門用語に疑問を持った。
だけど今言われてもたぶん、覚えきれないので、聞き流すことに。
「……勇者には、それなりのふさわしい武器が必要だ」
シリウスの酷薄そうな唇が、にやりと弧を描く。
「精霊族の谷の泉にある、伝説の剣を奪いに行こう」
その言葉に眼帯をしていない方の目を見開いたのは、アレク。
「…………!?」
「シリウス、本気ですか!?」
カミーユが責めるような口調で、シリウスに詰め寄る。
「本気だ。
そもそもあの剣は、我らが王の先祖の剣だ。
奪うという言い方が悪かったな。取り戻しにいこう」
「そんな……!」
きっぱりとした口調には、反論を許さない圧力があった。
カミーユも、どう言葉を続けていいのかわからないようで、黙ってしまう。
「……ラス様、いかがでしょう」
「俺はシリウスが良いって思うなら、それに間違いはないと思う」
ラスの迷いのない口調に、カミーユは「そうですか」とうなずく。
「アレク……異論は?」
シリウスがそっぽを向いていたアレクに聞く。
「……俺は……いや……。
王子の御心ならば、それに従う」
そう言った彼の声は、地を這うように低かった。
(アレクさん……本当は、イヤなんじゃ?)
眉間にシワを寄せるアレクの顔を見て、仁菜は胸がざわざわと騒ぐのを感じた。
こうして一行は、まず精霊族が住む『精霊の谷』へ向かうことになったのである。