不断の出力
ベースに戻ると、あからさまに不機嫌を呈した様子でリストをまとめていた。
「明日の採集予定変更だって? さっきラインで連絡があった」
予定を組み直すのが億劫なのだろう。何しろ、この先二年分のスケジュールを考えて組み立てた予定なのだ。そう何度も変更していては目的に達しない可能性だって出てくる。
「大丈夫だよ、変更といってもまだ三日だけだし、むしろ採集のスケジュールだけなら順調なんだから何も問題ないさ」
僕は楽観的な意見を述べたつもりだったが、カルカラにはそれが尚の事気に喰わない。
「まだ三日? 違うね、既に三日も変更を与儀なくされているんだ。もしかしたら余暇に使えたかもしれない貴重な三日間をだ……。結局のところ、先生には何も理解っちゃいない、そういうことだろう?」
一気にまくし立てられたことでアシヒコはすっかり消沈してしまっていた。何故なら少なからずアシヒコも同様の思いを先生に対して抱いていたからだ。
僕等の寿命はきっちりあと二年で管理されている。
でも先生には寿命という概念が無い。
そもそも僕らとは時間の扱い方が違うのだ。
先生は、仕事にいくら時間がかかったとしても、確実で安定した手段しか用いない。時間が短縮されるかもしれないという理由で、僅かなリスクを冒すようなことはしない。
僕らには残された時間をどう使うか、綿密なプランを組むように言い渡されている。そこにも仕事時間を短縮するような指示は一切されていない。
確実さ、堅実さが最優先事項で、そこに時間の要素を考慮することは許されていなかった。
ややもするとその非効率的な手段は、僕たちを管理する為に図られた措置の一つなのかもしれない。
自由な時間を与えない為。
確実に管理下に置いておく為の。
そんな空想をしていても仕方がない、どう考えたって時間は過ぎていくし、僕等に設定された寿命は僅かにも変動しない。
「でもカルカラ、言われた事には従うしかないよ。ここで喚いても何も変わらない。僕等に出来ることは、僕等がそういう想いだったって事を誤龍に入力する事だけだよ。そうして僕等を引き継いだ次代のヒトがそれを見て、判断してもらうしかない」
そう、何も変わらない。
「だとしてもだ、不満を言う自由ぐらいはあるだろう? 確かに今までの十六年間、先生に従わなかった事なんてなかった、でも、それは先代の意志だったからであって、決して心から信じて付き従っていたわけじゃない」
先代二人の採集係りは、先生の指示に最期まで反抗し続けたらしい。事実データに残されたプランを見るに、それは明らかなようだった。だが、先代が次代のヒトに望んだ事は、先生の言うことに従う事だった。
先代が何を思ったのかは分からない。もしかすると、寿命が近づいた事による影響なのかもしれないし、反抗する事にそもそも意味などなかったのかもしれない。
それに先生は先代の事を特に気にしていなかった。反抗していた事も、先生にとっては取るに足らない事だったらしい。
それに、次代に当たる僕等は先生の言うことに素直に従った。勿論そのように先代に設定されていたからだが、だとしたら先代も、その先代に反抗するよう設定されていたのだろうか。少なくともデータの中に、そういった記録は残っていないのだが。
ふと、その連綿と続く僕等に至る歴史を思い起こした。
ヒトの寿命はきっちり十八年に設定されている。そして発生から消滅までのほとんどを、ベースと言われる区切られた区間内で過ごすことになる。ここにはセンターと言われる施設があり、主に先生のような機械仕掛けが管理していた。
機械仕掛けは様々な役割があり、先生の担当は採集と区分だった。
アシヒコとカルカラは、十六年前に同時に発生し、先生によって管理されてきた。
やがて先生の担当する採集を手伝う為、ベースのいたる箇所を誤龍で飛び回り、日や時期によって異なる種類のショクブツを持ち帰った。
ショクブツは、ヒトの手によって造られた人工物の中でも特別に珍しいもので、特性として増殖、複製が見られる。
様々なショクブツは、かつては徹底して管理区分されていたが、何かが起きて以来それに纏わる情報の一切が消失してしまったらしい。
その為に、改めて区分と管理が必要となり、まさに先生はその為に設定された機械仕掛けだった。
それからどれだけの時間が経過したのか、今となっては先生自身と、誤龍に残されたデータ上でしか確認する事はできない。
誤龍はヒトのバックアップであり、分身のような存在だった。ヒトのアウトプットをひたすらインプットしていく。そして、ヒトの足以外、唯一の移動手段だった。その方法は浮遊飛行であり、運行には特殊な設定を組むことが要求される。
ここでは発生したヒトは、誤龍がインプットしてきた先代までのヒトデータを元に情報を入力され、設定される。つまり今のアシヒコやカルカラは、そのヒトデータの蓄積そのものなのだ。
蓄積さえされていれば、消滅したとしても次代が同じ情報を共有してくれる。だから寿命というものに特別な感慨は沸かないはずだった。
だが、ある時から二人の考えは変わりはじめた。
アシヒコはプレート下にある地上を見た時から。そしてカルカラは地上を見たアシヒコと接するうちに。
穢れた地上への憧れが、蓄積されてきた情報と微妙な齟齬を生むまでに時間はかからなかった。