影の温度
目的地であるベースには、僕たちの居住区と、少しだけ離れた場所に先生が住んでいるセンターがある。
センターまでの所要時間はおよそ二十分程度に設定されていた。確かに無駄のない、カルカラらしい設定の仕方だ。
浮遊率も適度なもので、プレートから離れすぎない高度を常に維持できている。
低速と高速を繰り返すシフトは、素晴らしいリズムと正確さだった。
過ぎる風の音色に聞き入っているうちに、いつの間にかセンターの頂上部が見えてきた。
「カルカラ、そろそろ着くけど、先生に伝えておくことはない?」
「ああ、今日は特に何もないな、宜しく言っておいてくれ」
カルカラへの確認を済ますと同時に、誤龍は緩やかに速度を落とし、センターの正面玄関の前で停止した。
「それじゃ、また後で」
そう言うとアシヒコは軽やかに誤龍から降り、玄関に向かった。
「先生、今戻りました」
薄暗く静まり返ったセンター内にアシヒコの声だけが響く。どうも自分以外の存在が感じられなかった。
「先生? いらっしゃらないのですか?」
もう一度訪ねてみる。おかしい、普段のこの時間なら、先生はまだ解析作業を続けている時間帯のはずだ。
「先生?」
諦め半分で一声掛けると、突然奥の鉄扉が開かれ、部屋の照明が一斉に灯った。
「アシヒコ君か? すまんね、今日は地下フロアで解析していたんだ」
扉から現れたのは、元は白衣と思わしき襤褸を纏った、鉄製の人形。もとい、アシヒコ達が先生と呼んでいる存在その人だった。
「そうだったのですか、忙しいところすいません。一応今日の採集に関しての報告をと思ったのですが」
「そう言えば今日の報告はまだもらっていなかったね……。 ということは、こんな遅くまで採集していたのかい?」
機械仕掛けの鉄制人形が、抑揚のない喋りでアシヒコに問いかけた。
「はい、少し考え事をしながら採集していたら、気付くとこんな時間に」
「ほう、考え事とは良い事だね、実に有意義だ。ところで採集自体はうまくいったのかい?」
「ええ、組み込めそうなものをいくつか、これがそのリストです」
アシヒコは手首に巻いてある報告用のデータリンクを取り外し、先生に差し出した。
「ご苦労様、リストを確認したら必要なものだけ指示するよ。恐らく明日の夜ぐらいになりそうだから、明日の採集予定は変更だね」
「分かりました、スケジュールを組み直して報告します」
アシヒコは一通りの報告を終え、センターを出ようとした去り際に、先生に呼び止められた。
「そうそう、アシヒコ君、言わなくても理解していると思うが君達はあと二年だからね、スケジュールの組み方はよくよく考えて行うんだよ」
「はい、よく考えて組むようにします。今日もありがとうございました」
「うん、それではまた明日」
センターを出ると、すぐに冷えた気流がアシヒコの首筋を撫でた。
大気の流れが冷えて固まったような夜。月光に照らしだされた影は、うつろいゆく自分という存在の儚さを切り取ったもののように思える。
僕たちにはあと二年しかない。
よく解っている。
あと二年で、僕たちはこの世界から出ていかなければならない。
それが僕たちの寿命だから。




