表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第二話 ログアウト不能

 「あんた、結局のところ、考え過ぎなのよ」


 テーブルいっぱいに並んだ料理に舌鼓を打ちながら、彼女はそう言い放った。――どうやら、いつの間にか反省会が始まっているらしい。


 仮面は相変わらず外さないままだが、コロンビーナタイプらしく口元はしっかり開いている。食事に不便はなさそうだ。

 それよりも――


 「……楽しんでるところ悪いんだけど、それ何?」


 「何って? ……うーん、何だろ?」


 綺麗な皿に盛られた、色彩豊かな食材の数々。さすがはユグドラシルだ――並のゲームとは、解像度ひとつ取っても段違いだ。

 ただ、その精密さゆえに、モチーフとなった食材の中には、いわゆる“ゲテモノ”と呼ばれる類まで、妙に生々しく再現されている。


 そして今、彼女のフォークが向かっているそれは――。

 ……とてもじゃないが、僕には手を出す気になれない代物だった。


 今回の舞踏会のクリア報酬は、この街一番の高級レストラン――アンドフリームニルのディナーペアチケット。

 正直、VRMMOの報酬としては扱いに困る。実際、多くのプレイヤーは迷わず換金を選んだらしい。店の格を考えれば、それなりの値もつくのだろう。


 僕も、その一人になるはずだった。

 ――強く、そう進言したはずだったのだが。


 「貸し切り、だってさ」


 目の前の“功労者”は、悪びれもなくそう言って、次の一品に手を伸ばす。

 ……結果として僕は今、場違いなほど豪華なディナーに付き合わされている。


「君こそ、もう少し考えた方が……。あっ」


 軽く乾いた音が弾けた。

 彼女はフォークを咥えたまま、満足げに目を細めている。どうやら、相当気に入ったらしい。


 「ん〜、なに?」


 口いっぱいに頬張ったまま、間延びした声が返ってくる。


 「いや、何でもない……」


 「あっそ……。あ、そういえば——まだ名前言ってなかったよね」


 思い出したようにフォークを抜き、彼女は小さく笑った。


 「私は相沢愛良。よろしくね」


 「相沢……って、それ、本名?」


 「えっ!? あっ、ちが——いや、うそ、っていうか……」


 一瞬だけ視線が泳ぐ。


 「えぇ……と、嘘でもないんだけど。まぁ、ここでは“アイリ”でいいよ」


 「あぁ……。僕はユマークだ。よろしく」


 「ユマくんだね。こちらこそ、よろしく。」


 会話を遮るように、執事の衣装を纏ったNPCが空になったメイン皿を静かに下げる。入れ替わるように、最後のデザートが運ばれてきた。


 ――リンゴンベリーソースをかけたバニラアイスに、シナモン風味のりんごのコンポート。


 ――ホワイトチョコのムースには、ブルーベリーとラズベリーがたっぷりと盛られたグラスデザート。


 さらに――カルダモンがほのかに香る小ぶりのシナモンロールには、ベリーとサワークリームが添えられている。


 どれも甘さの中に心地よい酸味を感じさせる香りで、アイリのテンションは一気に頂点まで跳ね上がった。

 ――だが、量が多い。どう考えても、食後に出てくる分量ではない。


 「なぁ、アイリ。ちょっと聞いていいか。」


 「ふぁに?」


 頬張ったままの声。いつもと同じはずなのに、少しだけ不機嫌そうにも聞こえる。


 「あっ……いや、やっぱいい。」


 「なによ、それ。気になるじゃない?遠慮しないで言ってみなさいよ。スリーサイズ以外なら答えてあげるわ。ちなみに彼氏は募集中。」


 (……そんなこと聞いてない。というかこの子、距離の詰め方が雑すぎるだろ。)


 「いや、なんでアイリはあのチケットを換金しなかったんだ?売ればそれなりの資金になったはずだし、このイベントだって時間は限られてる。あれ以外にも色々あったのに、結局ほとんど参加できてないだろ。」


 「あれ?もしかして、この料理、気に入らなかった?」


 食い気味に被せてくる。わざとらしいほどの話題転換だった。


 「いや、普通に美味かったよ……って、そうじゃなくて。今後のことを考えると、ちょっともったいないなって思っただけだ。」


 「……そっか。ごめんね、無理やり付き合わせちゃって。」


 声音が、少しだけ落ちる。

 けれどそれも、次の瞬間には――


 「でもさ、ほら。こういうのって“今”しか味わえないじゃない?」


 軽い調子に戻っていた。

 ――笑っている、いつも通りに。

 けれど、その奥にあるものまでは読み取れない。


「いや、責めてるわけじゃない。ただ……なんていうか、今しか見てない感じがしてさ。危なっかしいというか、目が離せないというか。」


 「なにそれ。もしかして、私に惚れちゃった?」


 間髪入れずに被せてくる。

 さっきまでの空気を、無かったことにするつもりか。


 「は?」


 「そういうのはね、もう少しお互いのことを知ってから言うものよ?」


 「いや、だからなんでそうなる!」


 「ちょっと、お花摘みに行ってくるね」


 そう言って、アイリは席を立った。

 軽い足取り。いつも通りのはずの背中。

 ――なのに。

 ほんのわずかに、その歩調が速い気がして、妙に引っかかった。


 ◇


 今日はヴァルプルギスの夜。

 外では、軽やかな音楽と賑やかな笑い声が途切れることなく続いている。

 その喧騒から切り離されたように、店内は静まり返っていた。


 「……はぁ。」


 通路の壁に背を預け、アイリは小さく息を吐いた。

 ここならばユマークの視界に入らない。意図せず貸し切りとなったこの空間には、他のプレイヤーの姿はなく、すれ違うNPCもアイリに構う様子はない。彼女にとっては好都合だった。


 「……ほんと、やだな。」


 ぽつりと零れたその声には、もう先程までの明るさはなかった。俯いたままの横顔が、何かを隠すように沈んでいる。


 ――時間は、限られている。

 ふいに、あの一言が脳裏をよぎった。


 「……分かってるよ、そんなの。」


 正しい選択。効率のいい行動。無駄のない進み方。そんなの考えれば、すぐに辿り着く答え……。


 「でもさ……」


 そこで、どうしても言葉が途切れる。

 ――代わりに、指先に力がこもった。


 「……それじゃ、ダメなんだよ」


 かすれる声。

 誰に向けたものでもない、ただの独り言。

 それでも――誰かに聞いてほしかった。

 胸に溜まったこの感情を、どう扱えばいいのか分からない。


 沈黙が落ちる。

 時間が、止まったみたいに動かない。

 ――もう少しだけ。やがて、


 「……よし」


 小さく息を整え、アイリはぱん、と頬を叩く。


 その瞬間――

 張り詰めていたものが、ほんの一瞬だけ緩んだ。

 零れかけた表情。

 言葉にならない何かが、喉元までせり上がる――

 けれど。


 それを押し込むように、もう一度だけ息を吐く。そして、何事もなかったかのように表情を作り直した。


 「湿っぽいのはナシ、っと。」


 そう呟いて、踵を返す。

 この頃にはもう、迷いはない。足取りも、呼吸も、いつも通り。――先ほどまでの空気など、最初から存在しなかったかのように、綺麗に消えていた。


 「――待たせたら、うるさそうだしね。」


 小さく笑って、アイリはテーブルへと戻っていった。

 

 ◇


 アイリの心配は、ひとまず杞憂に終わった。

 広い店内に一人残されたユマークは、ウインドウをじっと見つめたまま、何かを考え込んでいるようだった。


 「お待たせ。どうしたの?」


 「あっ、いや……。そろそろ接続が切れる時間だと思ってな。」


 「あっ……ほんとだ。いつの間にか、日付も変わってるね。」


 零時二十分――間もなく、強制ログアウト。

 夜十一時から始まったユグドラシル初の公式イベント《ヴァルプルギスの夜》


 睡眠周期はおよそ九十分。多少の個人差はあるが、イベント開始前から接続していたことを考えれば、そろそろ限界が来てもおかしくはない。


 「……今日は、楽しかったね。」


 アイリはそう言いながら、テーブルの縁を指先でなぞる。


 「そ、そう……だね。」


 「あっ、思ってないでしょ。」


 くすっと、小さく笑う。

 揶揄われているのは分かる。けれど、それに乗る気にもなれなかった。


 「いや、そんなことないよ。」


 一拍、間が落ちる。

 ユマークは一度だけ視線を上げて――すぐに逸らした。


 「……じゃあ、アイリ。明日は何時頃、入ってこれる?」


 「ごめんね。明日は、ちょっと無理なんだ。」


 ほんのわずかに――返答が遅れた。


 「そっか……用事があるなら、仕方ないよ。」


 「うん。」


 静寂の中で――

 その短い相槌だけが、かすかに余韻を残す。

 ――だが、それもすぐに溶けていった。


 「あれ?」


 「どうした?」


 「そう言えば私、今日はちょっと早めに入ったはずなのに、まだ……、」


 その言葉が終わるより先に――


 「レディアンドジェントルマン。ユグドラシル初の公式イベント《ヴァルプルギスの夜》は、お楽しみいただけましたでしょうか?」


 不意に、声が“流れ込んだ”。

 空気を震わせたわけじゃない。

 耳元で囁かれたわけでもない。

 ――直接、内側に響くような、不気味な声。


 二人は反射的に周囲を見渡したが、視界に映るのは無機質なNPCたち。

 当然、彼らがこんな声を発するはずがない。


 「なに……どこから聞こえてるの?」


 「……頭の中だ」


 一拍、遅れて――理解が追いつく。


 「誰かが、直接……僕たちに干渉している」


 「ご明察。こんなにも早く気付くプレイヤーがいるなんて意外でした。ですが――」


 「今宵の宴は皆様にとって、いわば決起集会。あまり不安を煽るような真似は、お控えくださいませね。」


 ――聞こえてる?

 いや、違う。思考が“拾われている”。


 あり得ない。

 ……いや、止まるな。思考を止めるな。


 (こんな芸当ができる存在なんて――)


 《ガタンッ》

 その瞬間、意識がわずかに外れた。

 思考に没入しすぎた反動で、現実の輪郭が一瞬だけ遅れる。


 「――っ、アイリ!」


 呼び止めるより早く、彼女はもう動いていた。椅子を蹴り、振り返ることもなく――外へと駆け出していった。


 切妻屋根の街並みに、通りを覆う石畳。

店内から眺めていた景色と、何ひとつ変わらない。

 プレイヤーの姿が疎らなのは、おそらく大半が広場に集まっているからだろう。


 彼女の背中を捉えたのは、思っていたよりも早かった。

 店を出て、すぐ――

 足を止めた彼女は、その場でゆっくりと周囲を見渡す。

 その仕草だけで、分かる。

 ――気づいている。


 暖色に縁取られた街並み。

 談笑しながら歩くプレイヤーたち。


 つい先ほどまでと、何も変わらない光景。

 ――だからこそ、歪だ。


 僕らはまだここにいる。

 この景色を見ている。

 強制ログアウトの時間は、とうに過ぎているはずなのに。

 ――なぜ。


 「……なんで?」


 呆然と立ち尽くす彼女からは、先ほどまでの勢いが消えていた。零れた声にも、あの明るさはもうない。


 「それは、これから皆様に次なるイベントへ参加していただくためです。準備はよろしいでしょうか?」


 あの声が、また脳裏に直接響く。

 一人ひとりに語りかけているはずなのに、

 まるで――二人に向けて話しているような錯覚。もし、これを他のプレイヤー全員にも同じようにしているのだとしたら――


 「……待てよ。それ、“これから”って……あまりにも横暴じゃないか」


 口にした言葉は、もっともらしい抗議。

 だが――


 ――本心ではある。

 ――けれど、本意ではない。


 このイベントが始まった瞬間から感じていた違和感。

 こいつは、“何も教えない”。

 《ヴァルプルギスの夜》の詳細も、

 《沈黙の舞踏会》のクリア条件も。


 普通の運営なら、最低限の指針くらいは示すはずだ。だが、それをしない。

 ――意図的に。


 プレイヤーの自主性に委ねている、などという殊勝な理由じゃない。

 だとしたら――

 ヒントすら与えられないのであれば、もう少し――

 この場を打開する策を練る時間が欲しい。

 

 「ふむふむ……なるほど。あなたの意見はごもっとも。いやぁ、いけませんねぇ――年を取ると気が急いてしまって、つい結果を急いでしまう。悪い癖です」


 ――心まで読めるのか。

 心の奥に沈めたはずの思考が、表面を撫でられているような不快感。


 「ですが、ご安心くださいませ。皆様がログインされた時点で、端末レイザには時のレイヤー遷移を五十八万倍に設定しております」


 「ですので――現実世界では、まだ千分の九秒ほどしか経過しておりません。……考える時間は、たっぷりとございますよ」


 千分の九秒?

 五十八万倍……だとすると――


 「夢が醒めるのは、およそ百年後……か。」


 瞬きよりも短いはずの時間が、途方もなく引き伸ばされている。

 ――馬鹿げてる。


 「おや、計算が速い。素晴らしい。」


 楽しげな声が、間髪入れずに被さる。


 「頭の良さは――これから先、きっと何かと武器になりますからね。」


 「さて。それでは皆様には、《虹の橋ビフレスト》の先――ミズガルズを目指していただきます。そこにレイザ用コンソールを設置してありますので、操作して“レイヤー遷移”を等倍に戻してください。」


 「……まさか!」


 「今、皆様の時間は“光速に限りなく近い速度”で進んでいます。思考も、感情も、摩耗も――次に目覚める頃にはどうなっているか……。」


 一拍、わざとらしく間を置いてから、


「……興味深いところではありますねぇ。」


「ふざけるな! こんなのやってられるか! 俺は帰るぞ!」


 異変に気づいたプレイヤーの怒声が、場の空気を引き裂く。


 「おや? あなたは《ユグドラシル》は初めてですか?ここには“ログアウト”なんて物騒な機能は、最初から存在しませんよ。」


 くすり、と愉快そうに笑ってから、


「この世界から離脱する方法は二つ。夢から醒めるか――それとも……。」


 わざとらしく言葉を濁した。こいつは明らかに――楽しんでやがる。


 「……まあ、私なら後者は御免ですがね。ドリームインターフェイスで受ける感覚は、現実と寸分違わぬものですから。」


 (仮想の死――痛みも、恐怖も、断絶も……全部、本物として脳に刻まれる。)


 (それを“何度も”味わえば――、)


 「それでは――、」


 声音だけが、やけに軽い。


 「それでは皆様の健闘を心よりお祈りしております。」


 ――イッツ、ショータイム。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ