木下と和解せよ
「これにて五つの種目が終わりまして現在の順位ですが白組一位、赤組二位、青組三位の黄組が四位です。どこのチームも接戦なので頑張ってください。」
グランド全体に放送が鳴りそれに応じるようにいろんなところから歓声が聞こえる。体育祭が始まってそれなりに時間が経ったがいまだに盛り上がっていた。
「へえ、赤組も結構頑張ってんじゃん。二位なら全然いいんじゃない?」
「ふふっ、渡瀬さんと垣根さんが頑張ったおかげだね。私達のクラスはみんなすごいよ。」
二人の話を聞きながら雪は絶望する。確かに今赤組は波に乗っているがそれだけではダメだった。
「おーい、雪ってば何落ち込んでんの?今は喜ぶとこじゃん。」
「はあ、そうもいかないんだよ。私の命がかかってるんだから。」
水白との戦いに勝つには一位になるのが絶対条件だった。つまりどれだけいい点数を取ろうが白組と僅差であろうが負けたら意味がない。
そんな中での赤組二位はまさに雪にとっては最悪といえる。
その上に次に雪が出る種目の二人三脚も近づいており、まだ木下との和解も済んでいなかった。そろそろ木下と話し合いをしないといけない。
「はあ、雪ってばまたよく分かんないこと言ってる。もっと気を抜けばいいのに。」
「それが出来たら苦労はしないよ?私には色々と事情があるの!」
雪はスマホを出して木下にメールを送ろうとする。しかし、雪が木下の連絡先を持っているはずもなく途方に暮れるしかなかった。
「はあ、本当にこんなことってある?もう、早く帰ってゲームがしたいよ!」
雪は一人で大声を出しながら騒ぎ立てた。今の雪は羞恥もなく周りを気にすることもなかった。
「うわっ、今日の雪はいつもの十倍変なんだけど。変なキノコでも食べた?」
「渡瀬さん、一旦落ち着こう?ほら、周りもみんな見てるし熱中症とかの可能性もあるから。」
正気じゃない雪に日向と梓は気まずそうに雪から少し距離を取る。今の雪は誰の目から見ても常軌を逸していた。
「いやそんなの無理だよ。だって私にはこの体育祭が命より大事なんだから!」
雪は今の現状のヤバさを何とか伝えようとする。ただ水白との戦いのことを梓に言えず雪はその場で行き詰まった。
その瞬間、時間の残されていない絶体絶命の雪のポケットにあるスマホが勢いよく振動した。確認するとその宛先は青葉からで『校舎裏に来てほしいな』と短めのメッセージが送られていた。
「はあ、今は青葉の相手をしてる暇なんて・・・いや、待てよ?もしかしたら青葉ならこの状況を何とか出来るかも。」
突然一筋の光を差し込まれた雪は目をキラキラと輝かせる。青葉は木下と仲がいいため青葉であれば木下を納得させられる可能性がある。
「よーし、そうとなれば早く校舎裏に行かないと。そういうことだから少し行ってくるね。」
「おい、雪ってばまたどっか行くの?」
「渡瀬さんがあんなにハキハキ動くなんて。明日は嵐かも。」
雪は困惑する二人を置いて早速青葉の指定した校舎裏に向かった。校舎裏に来た雪は辺りを見渡しながら青葉を探す。
当然周りには誰もおらずポツンとしていた。雪が校舎裏で一人で待っていると突然背後から青葉が抱きついて来る。
「おーい、やっと二人きりになれたね!ずっと雪ちゃんと会いたかったよ。」
「わっ、青葉ってば急に抱きついて来ないでよ。びっくりするじゃん!」
「えへへ、雪ちゃん大好き!雪ちゃんと会えなくて寂しかったもん。」
青葉は相変わらずの距離感で雪に抱きつくとそのまま頭をすりすりと擦り付ける仕草をする。その姿はまさに猫だ。
「はあ、私汗かいてるからくっつかないで。というかここに私を呼んでどうしたの?」
「えへへ、ただ私が雪ちゃんと一緒にいたかっただけだよ。ほら、頑張った分エネルギーチャージしないと。」
青葉は雪の話を聞くこともなくいつものように近い距離感で接している。そんな青葉がもどかしいが早速本題に入ることにした。
「まあ今は距離が近いのも許すよ。それより青葉にお願いがあるんだけどいいかな?」
「雪ちゃんが私に?雪ちゃんのお願いなら何でも聞くよ!」
雪の必死なお願いに青葉は嬉しそうに顔を明るくしてキラキラさせる。時間もなく早く木下と和解したい雪は簡単に今の状況を説明することにした。
「実はもうすぐ二人三脚が始まるんだけど木下さんが出てくれそうにないんだ。だから青葉の方からも説得してくれない?」
「ふむふむ、確かにそれはまずいかも。それなら那月ちゃんもそこにいるし今から話し合おっか。」
「木下さんがそこに?ってうわあ!」
雪が疑問に思いながら振り返るとそこには何故か木下がいてすごい形相で雪を睨んでいた。
あまりの唐突さに雪は声を荒げながら青葉の後ろに隠れる。今の状況は雪にとって最悪でしかなかった。
「もう、雪ちゃんってば驚きすぎだよ。丁度那月ちゃんがいるんだし二人で話し合いなよ。」
「いやいや、それは無理だってば!それに木下さんの目が怖いし。」
今までの流れを何も知らない青葉はほんわかとしていた。今の木下を見るに雪がまともに話すことなど無理に決まっている。
「はあ、青葉が急にどこかに行くから着いてきてみたらこんな所で渡瀬と抱き合っているなんて。・・・本当に最低。」
「いやいや、これは本当に誤解だから!それに私が青葉に呼ばれた方だよ?」
明らかに誤解をしている木下は雪を思いきり睨みつけた。
ただでさえ誤解を解くのは難しいと思っていたがこうなると誤解を解くのは不可能といえる。青葉のことを好きな木下にこの光景は地雷中の地雷だった。
雪はあわあわしながら次の作戦を考えて青葉は今の状況が分からずにのほほんとしていた。
「別に何だっていい。やっぱり私は渡瀬のことが心底嫌いだから。」
「いや、だから話くらいは聞いてよ!ねえ、木下さん!」
雪の叫びも無視したまま木下は別の方向に向かって行った。雪は追いかけようとしたがそこで一度立ち止まる。
「やっぱり最初から木下さんと仲良くするのが無理だったのかな?みんなには悪いけど二人三脚は棄権しようかな・・・。」
雪は出来るだけ頑張ったつもりだったが結局全てが無駄だった。雪はこれ以上木下を引き止めるのも無駄だと判断してグランドに戻ろうとした。
「待って、そんなことしちゃダメだよ。雪ちゃんもボーッとしてないで早く那月ちゃんを追いかけるよ!」
青葉は雪の手を思いきり引くとそのまま木下が消えていった方に向かった。
「ちょっと、青葉ってばいきなりどうしたの?ねえ、青葉ってば!」
雪は大声で騒ぎながら青葉に無理やり引っ張られて木下を追いかけることになってしまった。雪がどれだけ叫ぼうと青葉に届くことはなかった。
「おーい、那月ちゃんってばいるなら返事して!」
「ぜえはあ、ちょっと一旦休ませて。このままじゃ倒れるから。」
青葉は雪の手を強く握りしめたまま誰もいない校舎の中を走りながら木下を探していた。青葉の声は大きく校舎全体に響いている。
そんな中で雪はもう体力も残っておらず限界に近かった。青葉に振り回されて雪はぐったりとしている。
「ほ、本当に少し休ませて。このままじゃ木下さんを見つける前に私が倒れるから。」
雪はもう無理と言わんばかりにふらつきながら青葉の方に倒れた。ふらふらの雪を見て流石の青葉も同様する。
「えっと、雪ちゃん大丈夫?もしかしてもう少しゆっくり歩いたほうがいい?」
「う、うん。さっきからずっとそう言ってるよ。青葉ってば本当に強引なんだから。」
「むぅ、だって雪ちゃんが二人三脚を棄権するなんて言うから。それに私はもっと二人が仲良くして欲しいし。」
雪は青葉から離れて少しふらつきながら木下を追うことにした。青葉は強引すぎるが確かにここで諦めるのもおかしい。
「だけど私がどうしようとも木下さんが私を嫌ってるんだもん。これに関してはどうしようもないよ。」
「おかしいなあ、確かに那月ちゃんは頑固な所もあるけど私には優しいのに。」
「えっと、それは青葉は知らなくていいよ。あはは。」
青葉は心底不思議そうに頭を傾げているがおそらく青葉以外の全員が木下が雪を毛嫌いしている理由を知っていた。
というより雪が木下に嫌われている要因の殆どが青葉が原因だった。もちろんこのことを本人に伝えられる訳がないのだが。
「というか青葉は何で私と木下さんに仲良くして欲しいのさ?どう見ても無理じゃん。」
青葉は明るく誰とも仲良くなれるが故に人間関係の複雑さや嫉妬や妬みを意識してなさそうだった。そうでないとこうまでして雪と木下を仲良くさせようとは思えないはずだ。
「二人とも私の大事な友達だからに決まってるよ。私は二人の魅力をいっぱい知ってるからこそ二人にももっとお互いのことを知って欲しいなって思うかな。」
「ふーん、青葉って天然というかどこか抜けてるよね。それに周りをあまり見てないというか。」
雪は少しうんざりしながらも青葉の話を聞いて自然とニヤつく。青葉といると何故か心が軽くなり不可能だと思うことでも頑張りたいと思ってしまう。
「そうかなあ、私は結構周りを見てると思うよ?毎日雪ちゃんのことも見つめてるし。」
「ああ、あの目線ってやっぱり青葉だったんだ。私が言いたいのは青葉はあまり人の気持ちを本当に理解しようとしてないというか、できてないというか。」
雪の言葉に青葉は行き詰まるようにしんと黙った。おそらく青葉も少しは自覚しているのだろう。
「・・・それはそうかもね。ふふっ、でも私はその程度じゃめげないよ!それでも私はみんなと寄り添うし二人をぜったいに仲良くさせるから。」
「はあ、また無茶なことを。青葉は無謀だし無鉄砲なんだから。」
雪は呆れながら青葉を見て大笑いする。気分もかなりマシになる。
「でも雪ちゃんが私の面倒を見てくれるでしょ?もちろん那月ちゃんも。うーん、二人は共通点も多いし絶対上手くいくと思うけどなあ。」
「・・・まあね。私がそうして見せるよ。根気強く頑張ろうかな。」
木下とは最初こそ絶対に分かち合えないと思った。それは木下だけでなく水白にもいえる。
木下はプライドが高く雪という邪魔な存在を嫌悪している。でもその分情熱を持っておりそれほどに青葉のことを思っている。
雪もその気持ちは少し分かる上に本当に少しだが共通点もあった。
それだけで木下と通じ合えることが出来るようになると今の雪は信じて疑わなかった。
木下と和解するため、そしてこれからも青葉と梓と一緒にいるために雪は少しだけ本気を出すことにした。
「よーし、となればやることは一つ!まずはあっちに行こっか。」




