水白の実力
「おーい、渡瀬さん大丈夫?ほら、水買ってきたから飲んでいいよ。」
「ありがとう梓。ぷはあ、何で体育祭ってわざわざ暑い夏にやるんだろう。動いてないのに暑いよ。」
雪はテントの中で梓から受け取った水を飲み干した。あまりの暑さに雪は干からびそうになっていた。
外では未だに暑くそれぞれのチームが大盛り上がりだった。
「ほら、今はまだ第二種目の障害物競争だよ。垣根さんも参加してるし応援しようよ。」
「えぇ、別に日向の応援なんてしなくていいよ。どうせ勝つし面倒くさいもん。」
雪と梓で明らかにやる気に差があり雪は日向の応援もする気などない。なんといっても日向は運動神経自体はよくこういった障害物競争は寧ろ得意分野だった。
日向はずる賢く自分が勝てる競技しか選ばないため応援するまでもなかった。これは雪の日向に対する信頼の表れとも言える。
「だとしても友達として応援するべきだよ。渡瀬さんだって誰にも応援されなかったら悲しいでしょう?」
「いや、別に私は悲しくなんてないよ。それに私は・・・って梓?」
雪はこのままダラダラとテントで過ごそうとするが何やら梓の様子がおかしくなり笑顔のまますごい力で雪の手を握った。
「ねえ、渡瀬さんも垣根さんを応援するよね?まさか垣根さんを応援せずにダラダラするつもりじゃないよね?」
梓はいつもとは違う圧力で雪を見つめる。断ったら死が待っていると確信した雪は無言で何度も首を縦に振った。
「も、もちろん。それなら今すぐ日向の応援に行こっかな。ほら、梓も早く行こう?」
「ふふっ、渡瀬さんならそう言うと思ったよ。それじゃあ垣根さんが一位を取れるように応援しよっか。」
雪の必死の命乞いに梓は満足というように笑顔のいつも通りの梓に戻る。今の梓には先ほどまでの恐ろしさは完全になくなっていた。
「よーし、なんだか力がみなぎって来るよ。今なら日向の応援も頑張れそう!」
雪は恐怖で顔を歪めながら立ち上がる。雪は梓が怒っている姿を初めて見た。普段優しい人が怒ると怖いというのは本当らしい。
雪はもう二度と梓には逆らわないと誓いながらテントを出て日向の見える場所に移動した。
「ほら、垣根さんがあんな所に。垣根さんは一位を取れるかな?」
「うーん、日向なら余裕だと思うよ。ふわあ、さっさと応援して戻ろう。」
雪があくびをするのとほぼ同時に障害物リレー開始のピストルの音が鳴る。開始と共にどのチームもすごい勢いで走り出した。
日向は第三走者でまだ出番はなく暇そうにしていた。その後ろではなんと青葉の姿もあった。
「ふわあ、みんな早いね。私にはこんな障害物まみれなコース走れる気がしないよ。」
「渡瀬さんは走る気がないだけでしょ。それよりそろそろ垣根さんの番だよ。」
梓は雪に呆れたように雑に扱いながらクラスメイトを応援している。ちょうど次が日向の番で雪も応援することにした。
日向は前の人からバトンを受け取るとそのまま勢いよく走り出した。
日向は勢いよく走るとそのままハードルやらネットやらを楽々と抜けて一位の状態で独走していた。
「わあ、垣根さんってあんなに速いんだね。垣根さんはインドア派だと思っていたから何というか意外かも。」
「うーん、日向って意外と運動はできるよ。ただ面倒くさがってるだけで。」
「つまり二人は似たもの同士ってことだね。・・・もっと本気で取り組めばいいのに。」
梓がやれやれというようにため息を吐いているが雪にも譲れないものは当然ある。雪のモットーはいつだって本気を出したら負けだった。
そのまま日向は一位を保ったまま次の走者に交代するエリアまで来た。日向はそのまま青葉にバトンを渡して今度は青葉がものすごい勢いで走り出した。
その速度は日向よりも速くなおかつ爽やかで颯爽としていた。周りの歓声も今までで一番大きく誰よりも注目されている。
「おい、見ろよ。朝比奈さんってば可愛いな。しかもデケェし。」
「ああ、この大きさはやべえ。体育祭の後俺告ろうかな。」
男子達が青葉を下心で見ており雪は何故かモヤモヤしていた。青葉はそんな目で見て欲しくないという気持ちが強い。
「見てよ、朝比奈さんすごい速いよ!ずっと一位だもん。」
「まあ、青葉はこれくらい余裕だよね。って水白さん?」
青葉は真っ先に次の走者に交代し幸先としてはとても良かった。しかし、次の走者の中に水白がおり梓が何故か少し動揺していた。
「ちーちゃんがいるのは少しまずいかも。ちーちゃんは中学の時陸上部だったから。」
「えっ、そうなの?いや、でも赤組と白組は割と差が開いているし大丈夫なんじゃ?」
梓から聞かされる衝撃の真実に驚きつつも雪は冷静さを保った。日向や青葉のおかげでリードしていたこともあって一位の赤組と三位の白組にはかなりの差がある。
そしてこの障害物リレーは学年別に分かれており一年生の分は水白がアンカーだ。つまりどれだけ水白が速くても絶対に赤組には追いつけないはずだった。
しかし、水白は前の走者からバトンを受け取るとそのまま勢いよく走り出した。そのスピードは日向や青葉とは比べ物にならないほどで少しずつ赤組との差も埋まっていく。
「ねえ、嘘でしょ?水白さん速すぎない?」
「ふふっ、ちーちゃんは昔から陸上部でトップだったから。だから今部活をしてないのが不思議なくらいだよ。」
「いや、そんなこと言ってる場合?一応私達のチームを応援すべきだと思うけど。」
梓は水白のことを嬉しそうに語る。ただそんな間にも赤組と白組に差はなくゴールももう既に近かった。
大事な点数をかけた戦いということで周りが緊迫の中雪も静かに息を飲んで見守った。
そしてその後すぐにゴールテープが切られてゴールのピストルが鳴る。ただどちらが勝ったかはまだ分からずに雪は審査員の判定を心待ちにした。
「障害物競争一年生の部、一位は白組です!」
もはやどちらがゴールしてもおかしくないという状況で僅差で先にゴールしたのは水白のいる白組の方だった。
勝ちを確信していた赤組はもちろん他のクラスもまさかの白組の勝利にざわついていた。
そんなまさかの展開の中で雪は顔を暗くしながら息を飲んだ。
「ま、マジ?私、水白さんに勝てる気しないんだけど・・・」
昨日の申し込まれた決闘に勝てないことを確信した雪はその場で絶望することしかできなかった。
「はあ、本当に疲れた。僕があれだけ頑張ったのに二位って。」
「ふふ、お疲れ様。垣根さんも十分頑張っててすごかったよ。」
日向が汗だくで戻ると梓が水とタオルを持って優しく微笑む。日向は水とタオルを受け取りながら周りを見渡した。
「そういえば雪はどこにいんの?さっきから見当たらないけど。」
「えっと、渡瀬さんならあそこで倒れてるよ。私にも理由は分からないけど。」
梓と日向は困惑している様子でテントで落ち込む雪を見つめる。
雪がこうなった原因も簡単で水白との戦いに絶望したからである。
ただでさえやる気もなく面倒だったというのに水白に勝てないことが確定して雪は絶望した。このままでは水白に負けて梓と会えなくなってしまう。
その上まだ木下とも和解しておらず雪の出る競技も三つ残っているという最悪の連続だった。
「おーい、雪ってば何してんの?そろそろ雪の出番だと思うけど。」
「うえっ、もうそんな時間?!やばい、速く行かないと。」
ぐだっとしていた雪は日向の発言に慌てて周りを確認する。周りを見渡すと既にテントに人がたくさん集まっていた。
雪は慌てて立ち上がるとそのまま走って本部のテントに向かって行く。日向と梓はその様子を微笑ましく見守っている。
「渡瀬さんってなんだかんだで体育祭を楽しんでるよね。」
「まあ、アイツは面倒さがってるだけだから。って何笑ってんの?」
「ふふっ、二人とも似たもの同士だなと思って。やっぱり幼馴染だからかな?」
「はあ?梓ってば何言ってんの。僕と雪は全く似てないっての。」
梓と日向は雑談をしながら雪の出番が来るのを気長に待っていた。その間も雪は全力で急ぎながら何とか本部のテントの中に入った。
「はあ、何とかギリギリ着いた。まだ大丈夫だよね?」
雪は辺りを見ながら自分の席へと着いた。既に第三種目が終わり借り物競争が始まる直前だった。
雪は借り物競争の第一走者であり既にスタートの位置につかないといけなかった。
「それでは第四種目の借り物競争を始めたいと思います。出場者の皆さんはスタート位置についてください。」
グランド全体に放送が響き渡り雪はそれに従ってスタート位置に着く。
雪は自分の出場する競技の中ではこの借り物競走が一番自信があった。
何故ながら借り物競走という種目はもちろん足の速さも大事だが何よりいかに早く目当てのものを持って来れるかにあった。
お題によればどんなに速い陸上部にだって勝てうる競技といえる。雪は赤組を勝たせるために思い切り息を吐いて身構えた。
「それでは第四種目借り物競走を開始します。よーい、どん!」
ピストルが思い切り鳴るのと同時に雪は全速力で走りながらお題の書いてある紙が置いてある机の前まで来る。
ここのお題の選択が命運を決めるが雪はお祈りをしながら一番上の紙を取った。
「えっと私のお題は・・・ってこれならいける!」
雪は紙に書かれているお題を見て勝ちを確信する。雪は早速自分のテントに戻ることにした。
借り物競走といえば時計やメガネなどの物、はたまた特定の人物など地雷ともいえるお題がいくつもある。その中で雪は最も簡単かつすぐに思い当たる人物が一人いた。
雪は早速自分のテントに着くとそのまま青葉の手を握りながら強く引っ張った。
「青葉、お願いだから一緒に来て!青葉の力が必要なんだよ。」
「ふぇっ、わ、私でいいの?」
雪の発言に青葉は顔を真っ赤にしながらもじもじとしている。それだけではなく周りもあり得ないほどにざわついていた。
「おいおい、日野さんが朝比奈さんを指名ってどういうことだ?」
「まさか抜け駆けとか?マジあり得ないんだけど。」
周りがざわつき青葉が真っ赤になっている中、雪は気にすることなく青葉を掴んだまま走り出した。
お題さえ達成してしまえば後は簡単で雪と青葉は全力で走りながら他の追随を許さない速度でゴールした。
雪が梓を連れてゴールしたことによりクラスだけでなくグランド全体がざわつく。中にはありもしない噂を立てるものやブーイングをするものまでいた。
「やった、何とか一位だ!はあ、本当に良かった。」
一位を取れた雪はひどく安心しながら胸を撫で下ろした。早速一位を取れて幸先がいい。
雪が安心していると青葉が雪の手を勢いよく握りもじもじしながら正面を見た。
「えっと、雪ちゃんが私を選んでくれたってことはそういうことだよね?つまり雪ちゃんは私のことを・・・。」
「えっ、何のこと?私が選んだお題は。」
何か明らかに勘違いしている青葉に訂正しようとした時に司会の人が雪のお題を見ながら大きな声でアナウンスする。
「それでは一位の渡瀬さんが選んだお題を見ていきましょう!えっとお題は『騒がしい人』です!」
司会の人がそう言い放つとグランド全体はしーんとなる。そして雪の手を握っていた青葉の手が凍りつき真っ白になる。
青葉はそのまま雪の手を握ったままカチコチと固まってしまった。
「そ、そんなてっきり雪ちゃんは私のことを好きかと。」
「青葉!?いきなり固まってどうしたの?ねえ、青葉!」
青葉の気も知らずに鈍感な雪は無言で固まる青葉を勢いよく揺らした。
周りでは安心したのか拍手や歓声が鳴り響きまさに最悪な構図になっていた。
雪はよく分からないまましばらくの間青葉を元に戻すのに必死になるのだった。




