いざ、神宮町へ
「渡瀬さん、起きて。もう目的地に着いたよ?」
暖かくとても心地よい温もりに包まれる中突然大きな声と共にとてつもない不快感が襲って来る。
「んむ、もうそんな時間なの?まだ眠たいんだけど。」
ガタンゴトンと揺れる電車で雪は目を瞑って快適な睡眠をとっていた。電車のような心地のよい乗り物は雪にとってはゆりかごだ。
梓の優しい声とポンポンと肩を叩く感覚で雪はゆっくりと目を覚ました。まだ電車の中だということは時間自体はそこまで経っていないはずだ。
雪は朝からの疲れで少し体が重く今も睡魔と疲労が雪を襲う。
周りを見るとこの時間帯ということもあり学生が多く電車内も賑やかだった。そして隣に座る梓は何故か少し怒ったような表情で雪に不満を訴えかけていた。
「もう、渡瀬さんと電車の中でゆっくりお話ししようと思ったのに。」
「ご、ごめん。あまりにも眠すぎてつい。ふわあ、帰ったら早く寝よ。」
疲れというのは一日で回復する訳もなく普段から十分な睡眠を取らない雪はこういった暇な時に寝る癖があった。
そのせいか日向にもよく呆れられるし流星にも猫みたいだと揶揄われていた。確かに雪は呑気な猫かもしれない。
「もう、夏バテの危険もあるんだから早く寝ないとだよ?それに肌だって真っ白だし。」
「梓ってば急にお母さんみたいなこと言わないでよ。私は色白のままでいいの。・・・というか梓だって肌白いくせに。」
雪はそう言って梓のすべすべで綺麗な肌をツンツンした。梓は雪達よりも外に出る機会は多いがそれでも平均よりも明らかに白かった。
「ひうっ、そ、そこは触らないで。恥ずかしいよ。・・・それにほら、早く降りないと電車行っちゃうから!」
「わっ、恥ずかしいからって急に走らないでよ!私は体力がないんだってば!」
梓は突然雪を置いてとてつもない速さで電車の出口まで走り出した。周りには終点ということもありほとんどの人がおらず雪は誰もいなくなった電車の中を急いで追いかけた。
梓は既に見えなくなったが雪はなんとか追いかけて駅の中の人混みを何とかかき分けていく。おそらくだが梓は駅を出たところあたりで冷静さを取り戻しているはずだ。雪は面倒くさいと感じながらも何とか進む。
「うぅ、流石大宮市。こんなところ私には無理だってば。」
雪は愚痴を吐きながら普段の町の何倍もの人混みをただひたすらに進み続けた。
雪達の周りで最も都会で有名な大宮市、その中でも一番大きく繁栄している場所こそが今雪達のいる神宮町だった。
雪達の住む磯部町や雪達の通う学校のある御園町もそれなりの都会ではあるがこの神宮町は他とは比べ物にならない程の都会である。今の時間帯は学生や社会人、そして観光客などたくさんの人たちで賑わっていた。
それほどに神宮町は有名で御園町の駅から一時間弱掛けてでもいく価値がある。
「うぅ、もう限界。道も分からないし梓もどこか行ったしどうすれば。」
雪は一度駅の外の開けた場所まで来ると大きなベンチに座って大きなため息を吐いた。
かくいう雪もこの神宮町に何度も来たことがある訳ではなく大宮町の地形は殆ど知らずにいた。雪のような引きこもりが外に出る訳が無い。
「と、とりあえず梓に連絡しないと。ってもう充電がない!」
雪のスマホは既に電源を押してもつかずただの板だった。もちろん地図も持たない雪はその場でうずくまることしかできないでいた。
「本当にどうしよう。やっぱり誰かに聞いたり?いや、警察署に行った方がいいのかな?ああ、でも私には無理だよ!」
雪は大きな声を出しながらベンチに座ったまま足をバタバタとさせる。この大都会でひとりぼっちの雪は明らかに浮いていた。
この空気感に耐えられない雪は早速行動に移そうとするが陰キャの雪にはそれも不可能だった。
そもそも人と話すこともままならず、その上で普段外に出ない雪には土地感というものがなかった。
「とりあえず一旦あそこの優しそうなお姉さんに話そう。えっと、本日はお日柄もよく・・・いや、最初はこんにちはからかな?」
雪は一人でシュミレーションしながら近くのお姉さんに声を掛けることを決意した。その瞬間雪の後ろからものすごい勢いで誰かがぶつかり雪はそのまま地面にダイブする。
神宮に来たばかりなのにもう帰りたい。
「うげっ、なんで毎回こんな目に遭わないといけないの。これだから外は嫌なのに。」
雪は都会の洗礼を受けながら顔を上げる。そこには雪がぶつかった女の子が心配そうな表情で雪を見ていた。
「ご、ごめんなさい少し急いでいたから。とりあえずこのハンカチで汚れだけでも・・・って渡瀬雪?!」
「え。なんで水白さんがこんな所に。」
二人はお互いに顔を合わせながら不可解な顔になる。ここまでいくと奇跡を超えて呪いでしかない。
「えっと、とりあえずここで会ったのも何かの縁だし助けて欲しいんだけど?」
ここで水白に会えた喜びと不安を胸にとりあえず雪は水白に助けを求めるのだった。
「つまり貴方は友達と大宮まで来たのはいいけど逸れて一人になっちゃったってことね?」
「うん、そのせいでさっきから困ってたんだ。スマホの充電もないし水白さんがいてよかったよ。」
雪と水白はあれから少し場所を変えて小さな公園でゆっくりと話をすることにした。ここであれば安心して会話をすることができる。
「よく分からないけどよく分かったわ。渡瀬雪には借りもあるしその友達とやらを探す手伝いをしてあげるわ。」
「ほ、本当に?やっぱり水白さんは頼りになるよ!」
ドヤ顔で決めポーズをする水白を見て雪も目をキラキラとする。今の水白は救世主でありヒーローだ。
それと梓のことになると水白は色々と危ない気がして敢えて友達とぼやかすことにした。せっかく和解したのにまたさっきみたいになると困る。
「ふっ、もっと褒めてくれていいのよ。それでその友達がどこにいるか目安とかないの?」
「うーん、それがこの人だかりだから完全に見失っちゃて。駅周辺は探したけどどこにもいなくてさ。」
雪は困ったように周りを見渡す。どこを見ても人、人、人。この中で梓を見つけるのはイタリアンなお店の間違い探しよりも難しい。
「はあ?それじゃあ見つけるのは不可能じゃない。なんか他にもっと当てになる情報はないの?」
「えぇ、そんなこと言われても。・・・いや、それなら最近出来たショッピングモールに行きたいかも。」
雪は今使える頭をフル回転させ、答えを導き出す。梓とて頭がいいし無駄な時間は過ごさないはずだ。
雪のスマホが通じなかった時点で雪に何かあることを疑うのは必然。となると警察署に行くか最初から行く予定だったショッピングモールへ向かうところまでは予想できる。
「うん、最初はショッピングモールまで行きたいからそこまでの道のりを案内してくれない?」
雪が人に話しかけることが出来ないのは周知の事実。そのことを梓も考慮すると考えて雪はショッピングモールへ向かうことを決意した。
「それなら私もちょうど近くまで行くところだったから都合がいいわね。私にも時間がないし早く行くわよ。」
「ありがとう水白さん。水白さんはよくここに来るの?」
雪と水白はショッピングモールを目指して急ぎ足で歩き出す。
「そうね、色々あって神宮にはよく来るわ。なんてたってここが一番の都会だもの。」
「すごいね、私に神宮は無理かも。磯部や御園くらいがちょうどいいや。」
雪はゼェハァと息を荒立てながら水白の後をついて行く。やはり都会とは合う気がしない。
雪は近くに最低限のものさえあればそれでいいと思うタイプだった。むしろ一時間かけて大宮まで行く水白に関心する。
「あそこら辺もいい場所だけどやっぱり都会は便利でいいのよ。ってなんでもうそんな死にそうなのよ。」
「う、だってこんなに人がいるなんて・・・思いもしなかったから。」
雪は大勢の人混みに揉まれながら顔を真っ青にしてゆらゆらと歩く。今の雪は病人にしか見えない。
「なんで貴方はそんなに貧弱なのよ!早くしないといけないんだからもう行くわよ。」
「うえ、せめておんぶだけでも。」
「それだけは絶対に嫌!あと少しで目的地なんだから我慢して。」
水白はそう言って雪をおんぶする代わりに雪の背中をスリスリと優しく撫でた。
「ありがとう、おかげでもう少し歩けそう。やっぱり水白さんは頼りになるね。」
「こ、これくらいは普通よ。まあ、私を崇めてもいいけどね?」
水白はそう言ってドヤ顔をする。このドヤ顔も何度見たかとか。水白は少し癖が強くあまり関わりたくないタイプだがなんだか頼りになる。
「別にいいかな。というか本当に着くの?」
水白の扱いに慣れた雪はドヤ顔の水白を適当に流しながら周りを見た。人が多く進みが悪いというのを加味してもかなり歩いたはずだ。
「もうすぐ着くから安心しなさい。ほら、あそこに見える建物が今から行くショッピングモールよ。」
水白が指を差した場所には確かにとても大きく近代的な建物があった。
「はええ、あれが新しく出来たショッピングモールなんだ。あの距離なら行けるかも。」
目的地が思ったよりも近くてひどく安心する。この距離なら水白の案内がなくても大丈夫そうだ。雪は深く息を吐きながら胸を撫で下ろした。
「それじゃあ私は急がないといけないから先に行くわ。友達と合流できるといいわね。」
「ありがとう水白さん。水白さんって思ってたよりも優しいんだね。」
「一言余計よ!私だって貴方にお世話になったんだしこれくらいは当然よ。また学校で会いましょう。」
水白は周りをキョロキョロと見ながら人混みの中へと消えていった。一体水白がどこに向かっているか見当もつかないがとりあえず今は自分のことだけを考えることにした。
「ふぅ、梓は無事だといいけど。」
梓は普段から押しに弱くよく変な人に絡まれるから心配になる。困っている梓を助けたことが何度あったことか。
梓もショッピングモールにいることを願いながら雪は歩み始めようとした。しかし、
「うぅ、やっぱりもう無理!とりあえずトイレに行かないと。」
雪は吐き気を抑えながら急いで近くのトイレまで走り出す。雪のゲージはもうゼロだった。むしろ頑張った方だ。
そんな風に雪の歩みはナメクジほどの速度だったが梓と合流することを願いながら少しずつ進む。
梓と無事に再会して遊ぶために。




