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不穏

「ふわあ、まだ眠いや。やっぱり学校休もうかな。」

雪は普段通り遅刻ギリギリに家を出ながら大きなあくびをする。今日もお母さんや流星に呆れられたが聞く耳を持つ気はなかった。

昨日の遠足が終わりやっと休めると思ったのも束の間、その次の日から学校があるのだ。

雪は元々学校が嫌いで仕方なかったが遠足の次の日の学校はより苦痛で憂鬱だった。重たいまぶたを開きながら何とか学校が見えるところまでやって来た。

「はあ、何で今日も学校があるんだろう。遠足の次の日くらい休みにしてくれたらいいのに。」

雪はぶつぶつと文句を言いながら校門をくぐり抜ける。雪は筋肉痛で少し歩くだけで体の全身に苦痛が響いた。しかし周りのみんなはまるで昨日の遠足がなかったかのように何ごともなく歩いていた。

そんな周りにイライラしながらも歩いていると後ろからポンと肩を叩く音がする。後ろを振り向くとそこには蓮の姿があった。

「よっ、そんな顔してどうしたんだ?学校は始まったばかりだろ。」

「わっ、蓮ってば急に話しかけないでよ。びっくりするじゃん!」

「悪い悪い、それより雪も教室に向かうんだろ?それなら一緒に行かないか?」

遠足の疲れも感じさせないほどにいつも通りの蓮に雪は尊敬の目線を向ける。

そう言えば蓮は部活に入っておらず朝はいつも一人で通っているようだ。雪も特に用事は無いため教室まで一緒に行くことにした。

「うん、私も蓮と色々話したかったし一緒に行こう。」

「そう言ってくれて嬉しいよ。ほら、そのバッグ持ってやるから貸しな。」

蓮はそう言って雪が重そうに持っていたバッグをヒョイっと軽そうに持ち上げた。蓮はいつも気が利く。

「ありがとう。蓮は優しいね。」

「これくらい、いいってことよ。それよりもっと体力をつけろよな。」

「私は運動なんてする気ないから。それより早く行くよ。」

雪はムスッとしながら歩き始めた。蓮だって部活に入っていないのに何故そんなに力があるのか分からない。雪の周りは全員運動部ではないのに全員雪よりも体力があった。蓮や青葉はともかく雪と同じインドア派の日向も意外と体力あるのが納得できない。

「ははっ、そんな顔しないで少しは外に出たらどうだ?アタシが見てやるから。」

「それは嫌だ。引きこもってゲームする方が幸せだもん。」

雪と蓮が騒いでいると周りもざわつきながら二人を見ていた。その視線に雪は嫌になる。ただその目線は雪よりも蓮に対しての目線だった。

「ねえ、何であの二人が一緒にいるの?」

「さあ、カツアゲでもされてるんじゃない?山尾って不良じゃん。」

「確かに、渡瀬さんも山尾に絡まれて可哀想だね。」

コソコソと話す声は当然雪達の耳にも入った。ただ雪は自分に目を向けられるよりも蓮の悪口を言われたことの方に苛立っていた。

「ちょっと、蓮はそんなことしないってば・・・」

蓮は確かに見た目は怖いがとてもいい人ということを周りにも知って欲しかった。雪はコソコソと呟く人達の元へ向かおうとしたが蓮に腕を強く掴まれる。

「待って、わざわざ行かなくていいよ。アタシのことは気にしなくていいから。」

「いや、でも今のは明らかに蓮のことを。それに蓮は悔しくないの?」

蓮は雪を掴んでいた腕をどかした後コソコソと話している二人に目を向ける。すると慌てたように二人組は昇降口の方に向かって行った。

蓮は特に怒ってる様子もなくただいつも通りに雪を見ていた。しかし、そんな蓮に対して雪の方がイライラしていた。

「別に。これくらいのことよく言われるから慣れてるよ。」

「だとしても私は許せない。だって蓮は優しいのに。」

蓮はいつも優しく雪を助けてくれる。そんな蓮が悪く言われているのが友達として嫌だった。

蓮はそんな雪を見て嬉しそうに笑っていた。

「ありがとう。その気持ちで十分だ。アタシには雪や青葉、那月達がいるから。」

そんな風に明るく笑うに蓮に何も言えなくなる。きっと蓮も昔から誤解されて辛い目に遭っていたのだと思う。

「分かったよ、蓮がそう言うなら私はこれ以上口を出さないよ。」

「ハハっ、雪は優しいな。ただ雪だって周りには気をつけろよ。」

「もちろんだよ。って急に頭を撫でないでよ!」

まるで犬のように頭を撫でる蓮を雪は睨みつけながら無理やり払った。雪だって周りによく思われていないことは何となく分かっていた。

昨日のバスで帰る時からずっと変な目線が気になった。おそらく青葉と一緒にいたのがバレたのだろう。

「人の嫉妬、特に女の嫉妬ってのは怖いからな。もし何かあったら周りを頼れよ。」

「それは・・・もちろん理解してるよ。そりゃあ何事もないのが一番だけど何があったら日向や蓮に頼るけど。」

モヤモヤと心の中で辛い気持ちが込み上げてくる。雪にとってはいつまでも何事もなく学校生活を過ごせることが一番だ。中学の頃のようにはなりたくない。

いじめられなかったとしても誰かに裏切られたくなどなかった。もう、軽蔑したような顔で誰かに罵倒されたくはなかった。

ずっと思い出してしまうのだ。あの時のトラウマが断片的に現れる時がある。その都度雪は震えて泣きそうになる。今も脳裏の片隅にはトラウマがちらついていた。少しでも気を抜いたら吸い込まれそうになる。

「おーい、雪ってば話聞いてるか。何か嫌なことでもあったのかよ?」

気がつけば雪はその場で立ち止まって考えごとをしており不審に思った蓮が雪の顔を覗き込んでいた。そんな蓮を見て雪はハッとする。

「ご、ごめん少し考え事しちゃってた。それより教室に着いたし入ろっか。」

「おう、それじゃあアタシは青葉達の所に行くから。」

「うん、ありがとう。それじゃあまたね。」

教室の中に入る山尾を手を振って見送った後、雪は一人静かに深呼吸をした。

「はあ、つい昔のことを思い出しちゃったよ。もうこのことは忘れようとしてたのに。」

雪は大きく深呼吸をして覚悟を決める。もう、誰かを傷つけはしないと心に誓って。

雪は気を取り直して教室の扉を開けた。いつも通り雪の机周りにいる二人に微笑みながら授業が始まるのを待った。














「男子は残りグランド五周、女子はグランド三周!」

「うへえ、もう無理。少しでいいから休ませて。」

外は太陽が出ておりジリジリと暑い日差しが雪達を襲う。もう五月の中旬ということもあり下手したら熱中症になるほどの暑さだった。

体育の時間になるとクラスのみんなは体操服に着替えて元気よくグランドを走り出すが雪だけはグランドを一周しただけですでに限界を迎えていた。

なんと言っても体育は雪のもっと嫌いな科目だった。筆記テストだけでは賄いきれないほど雪の体育の成績は悪く、最も成績の悪い科目だ。

「渡瀬さん、もう少ししたら終わりだから!だから三人で頑張ろうよ。」

「うぅ、無理だよ。というか何で二人は余裕そうなの?」

日向も梓も息を切らす様子もなく呆れた様子で雪を見ていた。梓に至っては雪を支えながら走っているためもはや超人だ。

「はあ、だから雪の体力がないだけだってば。もっと体力つけなよ。」

「もう、だからお腹を触らないでよ!私はこれでいいんだから。」

お腹を触る日向に雪は鬱陶しく感じていた。さらに後ろの梓がとんでもない顔をしている。

「垣根さんっていつも渡瀬さんにベタベタ触るよね。私はいつも渡瀬さんに触るのを躊躇ってるのにずるいよ。」

「ご、ごめんってば。これはもう癖というか雪とは家族みたいなものだから。」

「へえ、垣根さんが羨ましいよ。二人はいつから一緒にいるの?」

「うーん、日向とは小さい頃からずっとかな。家が近くの幼馴染だし。」

日向は物心ついた時からずっと一緒にいた。その上中学の頃から唯一雪を裏切らずに隣にいてくれた大切な親友だった。だから日向の言うように家族同然だった。

「むぅ、垣根さんは羨ましいな。私だって渡瀬さんと親友になりたいのに。」

「何言ってるの?梓も私の親友なのに。」

雪は平然とそう答える。梓は高校に入った頃から一緒にいてくれる親友だった。確かに出会ってから期間はそこまで経っていないが話が合うしいつも雪に優しくしてくれてる。何よりこんなに天使のように優しい女の子は他に存在しない。

梓は照れたように頬を赤らめてもじもじしていた。毎度思うが梓の照れる基準がよく分からないでいた。

「ふえっ、私のことも親友だと思ってくれてたの?そっか、そう言ってもらえると嬉しいよ。」

「当たり前でしょ。日向も梓も私の大事な親友だよ。」

二人は雪のとってはかけがけのない存在だ。だからこそ二人とは何があろうと一緒にいたかった。

「ふっ、雪ってば本当に天然たらしだね。そんなんだからやばい女に囲まれるんだよ。」

「垣根さん、そのやばい女に私も含まれるの?」

「まずい、今のは失言だった。あ、梓はもちろん普通のいい子だよ。」

日向と梓は再び二人で漫才のようなことをしていた。雪は気にすることなくまだまだ道のりの長いグランドを息を荒らしながら走る。しかし、その瞬間後ろからものすごい衝撃で押されて雪は前へ倒れた。

大きな砂埃と共に身体に痛みが走る。

「うへっ、だ、誰なの?」

派手にこけた雪は梓に支えられながら顔を上げた。そこには雪のクラスメイトの女子が数人いて雪を見下すような顔で見ていた。

「あらごめんなさい、渡瀬さんが小さいからつい当たっちゃったわ。それにしてもあんなに吹き飛ぶなんて体感が弱いのね。」

「なっ、君たちわざと雪に当たっただろ!いくら雪でも少し当たったくらいじゃあそこまで飛ばないぞ。」

嫌味を言いながら見つめる女子達に日向は黙っていなかった。二人は雪を守るように立っていた。

「あら、私達がわざとやった証拠でもあるの?貴方達が喋りながら話していたからじゃなくて?」

「チッ、仮にそうだとしても雪を突き飛ばしたんだからごめんなさいの一言くらい言えば?」

二人とも一歩も譲る気はなくただお互いに見つめ合っていた。梓は雪の心配をしてるだけで何も言わず、彼女の取り巻き達もニヤニヤと笑うだけで何も言ってはこなかった。

授業中の暑い日差しの中少しの間沈黙が続く。その沈黙は本当は少しだけだったのかもしれないが雪にとってはものすごく長くに感じられた。そんな沈黙が続く中、先に動いたの日向だった。

「はあ、もういいよ。これ以上君たちと話しても無駄だ。二人とも早く行こう。」

「う、うん。渡瀬さんも歩ける?」

「大丈夫。いや、梓の肩を借りるね?」

日向は諦めたようにため息を吐くとそのまま彼女達を無視して走り出した。雪と梓も彼女達に気にすることなく走り出す。膝を擦りむいて若干痛いがそれでも何とか走ることはできた。

そして雪達が彼女達から離れようとすると中心にいる女子が笑いながら声をかける。

「ああ、そうだわ。最近日野さんってば調子に乗りすぎじゃない?これ以上変なことはしないことね。」

「そうよ、貴方はずっと陰でコソコソしてればいいんだから。」

そう言って笑う女子達に雪は胸が締め付けられる。雪の危惧していたことが現実で起こってしまった。これも全て青葉と一緒にいたからだろう。

雪は彼女達の笑いに耐えられそうになかった。しかし、そんな時に二人はそっと耳を押さえた。

「そんな低俗な煽り聞かなくていいから。それより早く保健室に行こう。」

「そうだよ。今はその怪我を治そう。我慢は良くないから。」

梓はそう口にしながら雪の長ズボンを捲った。すると割と派手に出血していた。足の関節を曲げるたびに体全体が痛む。少なくとも今の状態では体育の授業を最後まで受けることは不可能だ。

「そうだね、二人の言う通り一度保健室に行くよ。それより二人はあの人たちのことを知ってる?」

雪は名前も知らないクラスメイトに目を向ける。関心の薄い雪はほとんどのクラスメイトのことを知らなかった。梓は少し怒りを含んだ声で彼女達のことを語り出した。

「さっき渡瀬さんにぶつかった女子は後藤沙織といっていろんな人に噛みついてるって噂だよ。だから渡瀬さんも気にする必要はないから。」

「まあ、よくある女子の嫉妬ってやつだな。僕の一番嫌いなタイプだ。」

そんな風に淡々と答える。明らかに二人とも怒っているように見える。そんな二人を見て雪は少しニヤけていた。

「とりあえずニヤニヤしないで保健室にでも行ったら?合法的にサボれるぞ。」

「渡瀬さん一人で行ける?私も行ったほうがいいよね?」

雪を励ますようにわざと軽いことを言う日向と優しく寄り添おうとする梓に感謝しながら雪は一人で歩き出した。

「大丈夫、これくらいなら私一人で行けるよ。すぐに戻るから二人ともここで待ってて。」

雪は二人を心配させないように手を振った。本当はまだ辛くて怖いが雪には頼れるみんながいた。

雪は今後の心配をしながらも痛めた足を引きずって保健室へ向かって行った。

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