メイドカフェ
「それじゃあ、僕は部活があるからここで。」
「ごめんね渡瀬さん。私も今日は部活だから。それじゃあまた明日会おうね。」
「うん。それじゃあ二人とも部活頑張ってね。」
放課後になり、いつものように部活に向かう二人を雪は手を振って見送った。
何も予定の無い雪だけがそこにポツンと残った。
「ふう、それじゃあ私も早く帰らないと。」
雪は教室で二人と別れると急いで玄関へ向かった。山尾に見つかるよりも先にこの学校を後にしないといけなかった。
屋上で山尾はお願いを聞いて欲しいと言っていたが雪にはそんなことを聞いてる余裕はなかった。ジュースを飲みながらゲームをするという雪の至福の時間を邪魔される訳にはいかない。
幸い山尾はまだ教室で青葉達と話していたしすぐに帰れば見つからないはずだ。そもそも山尾には雪以外にも頼る人が沢山いるだろうから逃げたところでそこまで困らないだろう。
雪は下駄箱から靴を取り出して学校を出ようとした。
「よお、一体どこに行こうとしてんだ?まさか逃げる訳じゃ無いよな。」
「ひっ、山尾さん。どうしてここに?」
突然後ろから現れた山尾に雪は終わったなと確信した。さっきまで青葉と話していたはずなのにどうしてここにいるのだろうか?
雪の今日の至福の時間は完全に潰えるのだった。
「お前がすぐに帰ろうとするから急いで追って来たんだよ。とりあえずアタシのお願いを聞いてくれよな?」
「そ、そんなこと言われても困るよ。私は忙しいから。」
「忙しいと言ってもどうせゲームしてるだけだろ。今日一日だけでいいんだ。本当に頼むよ。」
山尾は手を合わせて雪に頼み込む。
雪が暇な事は既に見抜かれていて何も言えなくなる。
「大事なお願いなら青葉とか木下さんに頼みなよ。私じゃ多分力不足だよ。」
確かに山尾とは友達になったが山尾は友達が多いんだから雪以外にも頼る人がいるはずだ。
特に青葉は部活はやっていないと言っていたし山尾のお願いも喜んで聞いてくれそうだ。しかし山尾はどこか都合が悪そうにしていた。
「それがアイツらには言えないというか。今頼めるのが渡瀬くらいしかいないんだよ。」
「そんなこと言っても困るよ。私だってやりたいことがたくさんあるんだから。」
雪は意地でも家に帰るつもりだ。
それに青葉達に言えないこととは何だろうか。もしかしたら怪しい組織に加担されるのではないだろうか?
「本当に頼む!人手が足りなくて困ってるんだ。」
「人手って何?もしかしてバイトでもしてるの?」
そういえばこの高校はバイトが自由だった。雪もお母さんにバイトをしろと強要されているが何とか断っていた。
「ああ、実は今日のバイトがアタシともう二人いたんだが二人とも別の用事ができちゃったんだよ。今日だけでいいから入ってくれないか?」
そう言って山尾は雪に頭を下げる。
「おい、あれ見ろよ。あの女、山尾に頭を下げさせてるぜ。」
「嘘!あの子は一体何者なの?」
周りにもすごい目で見られており、もはや雪に退路はなかった。
このままじゃヤンキーに頭を下げさせた女として学校で有名になってしまう。
それに友達が困っていたらできるだけ助けてあげたい。バイトは一度もやったことがないけど一日くらいなら雪でもできるはずだ。何より早く山尾には顔を上げて欲しかった。
「分かったよ。今日だけでいいならそのバイトしてあげるよ。だから早く頭を上げてよ!」
雪が諦めたように答えると山尾は一気に顔を明るくした。
「本当か!渡瀬ってばいい奴だな。それじゃあ時間もないし早速行くぞ。」
「ちょっと!そんなに急に引っ張らないでよ。」
山尾は雪を無理やり掴むとそのまま何処かへと向かって行ってしまった。
雪は既に死を覚悟するのだった。
「ねえ、本当に私も行かないとダメなの?早く帰ってゲームしたいんだけど。」
「今更もう遅えよ。ここまで来たんだから最後まで付き合ってくれよな。」
山尾は無理やり雪を運びながらバイト先へと向かっていた。既に三十分は歩いていると思うがまだ目的地に着く様子はない。
「それにしても山尾さんは何のバイトをしてるの?青葉達に言えないバイトってすごい気になるんだけど。」
「ま、まあ着いたら分かるよ。とりあえず後少しで着くから。」
さっきからずっとぼやかす山尾に雪は疑問を持っていた。雪は今すぐにも逃げ出したかったが今更逃げ出すことなど雪には出来なかった。
「そういえばバイトの給料っていくらなの?」
「ああ、時給千五百円だよ。」
「千五百?バイトってそんなに貰えるものなの?やっぱり闇バイトなんじゃ。」
学生のバイトにしては明らかに値段がおかしい。こんなの絶対に裏があるに決まっている。
「だから違うってば!ただちょっと恥ずかしくはあるけどな。」
「ん?今何か言った?」
山尾の最後の方の言葉がよく聞き取れず頭を傾げる。絶対に何かあることだけは分かったが。
「何でもねえよ。それよりここがアタシのバイト先だ。とりあえず中に入るぞ。」
山尾はそれだけ言うと小さなお店の前で止まった。ここが山尾のバイト先か。何の店か分からないが外装はとてもおしゃれだった。
周りには他に何もなく、まさに穴場といった感じだ。
「すごいおしゃれなお店だね。すごい高級なカフェだったりして。」
雪は店の前にある看板を見ると同時に全てを理解して固まった。山尾が頑なにバイト先の情報を言わない理由が分かった。
「そういうことだ。何も説明しなかったのは悪いが手伝ってくれないか?」
「無理だよ!メイド喫茶なんて聞いてないんだけど?」
申し訳なさそうに山尾は謝るが雪はこの状況に戸惑っていた。山尾が何か隠しているとは思っていたがまさかメイド喫茶だとは思いもしなかった。
「本当に人手が足りないんだ。給料はちゃんと貰えるしやりがいもあるから頼む!」
「そんなに頼みこまれても無理なものは無理だよ。そもそも山尾さんは何でメイド喫茶なんてやってるの?」
山尾はヤンキーの様な見た目で明らかにメイド喫茶にいるような見た目ではなかった。それに性格的にもメイド服とか着なさそうだというのに。
「しょうがないだろ。ここは給料が良くてその上、家に近い天職なんだから。」
「だとしても私は無理だよ。そもそもメイドなんて可愛くないといけないじゃん!」
雪の知る限りメイドはキャラとして売っており、顔が大事なはずだ。こんな大して可愛くない陰キャでは客など集めれないはずだ。
「それに関しては大丈夫だよ。渡瀬は可愛いから。」
山尾は雪の前髪を優しくあげてニコッと微笑んだ。
「そういう問題でもないよ。私が恥ずかしくて耐えられないの!」
普通の会話すら苦手だというのにいきなりメイドなんてできる訳がなかった。
「とりあえず時間がないんだ。一旦中に入ってくれ。」
「だから私には無理だってば。無理やり運ばないでよ!」
雪は無理やりメイド喫茶の中へと連れられていった。
店の中もとてもオシャレでまるでメイド喫茶には見えなかった。
山尾と雪がお店に入るとメイド服を着た女の子が数名いた。
「いらっしゃいませご主人様。って蓮じゃない。今日は人が少ないんだから早く入ってよ。」
「うっす、今すぐ入ります。それと今日は代理を連れて来ました。」
山尾はそう言って雪をメイドの女の子達に紹介した。メイドの女の子は雪に興味津々だった。
「もしかしてこの子が代理の子?すっごい可愛いじゃん。」
「髪とか整えてメイクしたら可愛くなるよ。ほら、とりあえずメイド服に着替えよっか。」
「あの、私やっぱり帰りたくて。少し待ってはくれませんか?」
「だーめ。とりあえず私達が可愛く仕上げてあげるからこっちに来てね。」
「ちょっと、助けてよ山尾さん!」
「悪い。ここまで来たらもう諦めろ。ちゃんと給料は貰えるんだから。」
雪はメイド二人に捕まると抵抗も虚しく試着室へと連れて行かれた。
「渡瀬、とりあえずアタシが仕事内容について軽く教えるからついて来てくれ。」
「う、うん。すぐに行くから待って。」
メイドさんに無理やりメイクされてメイド服を着せられた雪は既にげっそりしていた。この調子じゃ絶対にバイト終わりまで持たない。
「あら、貴方が臨時の雪ちゃんね。雪ちゃんってば超可愛いじゃない。これは絶対に人気が出るわよ。」
「あの、どなたですか?」
突然現れた女性?に雪はじっと見つめられ、居た堪れない。耳や舌など至る所にピアスをしていてとても痛々しい。
「紹介するよ。この人がここの店長の月島さんだ。見た目で分かりづらいが男性だからな。」
「月島渚よ。よろしくね雪ちゃん。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
店長は声は男声だが見た目は明らかに女の子だった。頭がおかしくなりそうだ。
「それにしてもこの格好で本当に接客するの?」
「渡瀬なら大丈夫だよ。ここの客はちゃんと良識あるし何かあったらアタシを呼んでくれればいいから。」
さっきからスカートが短くて恥ずかしい。こんなフリフリな格好で表に出るなんて雪にはハードルが高い。
「そんなに緊張する必要はないわよ。とりあえず一度接客して慣れましょうか。」
「いきなり接客するんですか?」
「そうよ。一度接客したら一気に自信がつくから。ほら、ちょうど来たあの可愛い女の子の相手をしてあげて?」
雪は嫌々ながらも表へ出てお客さんの対応をすることにした。男性の接客よりはマシではある。
「あれ、雪ちゃんだ。どうして雪ちゃんがメイドさんになってるの?」
「な、何で青葉がここに?」
突然メイド喫茶に現れた青葉に雪は固まることしか出来なかった。




