73.落下する光
「グレイスさん、保健室へ急ぎます!」
「しっかりして!」
「足がどんどん腫れてきてるぞ!」
担架が到着し、グレイスはそれに乗せられてその場から運び出される。
その最中、グレイスは近くにいた生徒に声をかける。
「あの、マット、下に敷いてくれてありがとうございます」
グレイスがそう言うと、騎士科の生徒が気にするなとばかりに親指を立てる。
「いやいやなんの! マジで間に合ってよかった」
続いてその隣にいた生徒がにやりと笑う。
「もし間に合わなさそうだったら、俺達が折り重なって肉のクッションになるつもりだったんだけどな」
「っ!?」
体を鍛えた男子生徒達が積み重なる絵柄を想像し、グレイスは思わず笑ってしまった。
「あ、えっと、すみません……」
「ははっ、笑えるんならそれに越したことはないぞ! ……さっきは怖かっただろう。むしろ早く気付けなくてごめんな」
「ロアン様のこと、噂だって軽く考えてて悪かったよ。もっと気にしときゃよかった」
「いえ、そんな……こちらこそ、ご迷惑をかけてすみません」
グレイスを本気で労わる彼らに、彼女の内に熱いものがこみ上げそうになる。
彼らの優しさが、胸に刺さる。
と、ここでグレイスはロアンに投げ飛ばされた生徒達にも謝罪をする。
「あの、さっきは大丈夫でしたか? 私のせいで怪我をさせてすみません」
しかし彼らはどうってことないと豪快にグレイスの謝罪を笑い飛ばす。
「大丈夫だよ。あんなもん訓練中しょっちゅうだし、ただ手の甲擦りむいただけだしな」
「それより俺達こそ、止められなくて悪かったな」
彼らは「守れなくて悪かった」と言って頭を下げる。
ロアンとは違う。
それは本当に誰かを守りたい人たちの仕草だった。
すると傍にいた女子生徒が頬を膨らませる。
「本当にそうだよ! あんた達騎士志望なんでしょう!? あの人が強いのは知ってるけど、ちゃんと守りなさいよね!」
「いや本当そうだよな。面目ないグレイスさん」
「……いえ、皆さんが助けてくれたから、私はこうして無事なんです。本当に、ありがとうございます」
そう言うと、周囲にいる生徒達が笑顔を浮かべた。
――今、グレイスが述べた謝罪も感謝の言葉も、グレイス自身の嘘偽らざる言葉だった。
他の生徒に怪我をさせるつもりはなかった。
それが心から申し訳ないとグレイスは思っている。
そして彼らが自らの意志でグレイスを助けてくれたこと。
この学園に来て、グレイスは彼らを欺き、復讐するための材料として利用している。
それでも彼らはグレイスを慕ってくれている。
そのことに胸がどうしようもなく痛む。
けれど痛みを覚える資格はグレイスにはない。彼らのことを、グレイスは最後まで利用するのだから。
湧き上がった感情をグレイスはそっと胸の内に沈め、皆の知るグレイスとして微笑んだ。
◆
担架で運ばれる中、訓練場の入り口にあるアーチの影に、金と銀が混ざった、見間違うはずのない髪色の人物が立っていた。
彼の金の瞳は、先に拘束され引きずられるロアンを目にし、そして今担架に乗るグレイスを見つめている。
だがその姿は影と同化し、王太子であるのに、その存在がそこにいることにグレイス以外に気が付いた様子はない。
感情が見えないほどに無表情。
けれどすれ違った時、ほんの一瞬金の瞳が揺れていた。
その中に映る影が、更に濃くなっている。
彼は見ていた。あの場面を。
グレイスが落ち、ロアンが壊れた、その瞬間を。
グレイスはほんの少しだけ唇を吊り上げる。
――次で最後。
そしてグレイスは保健室へと運ばれていく姿をゆっくりと追いかける彼の姿を一度だけ視界に入れると、静かに目を閉じた。




