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【1990年9月下旬】

【1990年9月下旬】


 ゲーセンの店員と客として付き合いのあった、そーちゃんこと天川颯一郎がバイトの同僚という間柄となっている。実際はそこそこに年長なのだけれど、ごく自然に対等に接してくるのだから、度量が大きいのだろう。


 当然のように龍栖神社関連にも絡んできて、秋祭りの運営にまで加わってくれている。人に指示を出すタイプではなく、すっと足りない場面に手助けに行く感じで、潤滑油的な貴重な存在だった。もっとも、その現場を俺が見ていると気づくと、照れてなのか知らんぷりをしていたけれど。


 休憩時間に、参道の手すりをじっと眺めているからなにごとかと思って聞いてみると、スケボーに向いていそうな地形らしい。


「ただ、神社でスケボーってのは不敬な感じだよなあ?」


「うーん、安全面に問題がなければ、いいんじゃないのかな。ただ、それならむしろ、コースを整備するのもありかも」


「マジか? スケボーはわりと毛嫌いされていて、自由にできる場所がないんだ。ちょっとアウトロー的な雰囲気があるせいかな?」


 確かに、日本で市民権を得るのは、もうしばらく先の話になりそうだ。モトクロスなんかも同様だろうから、併せてコースを設置するのもありかもしれない。


 そんなことを話していると、不意にそーちゃんが口笛を吹いた。視線の先に目を向けると、神楽台にエルリアと杉森紗良ちゃんを始めとする、巫女の集団が登場していた。俺から見ると、だいぶ安定した状態となっているが、それだけに初見だと神々しく見えるらしい。まあ、この巫女舞が定着しただけでも、龍栖神社を残した意味はあっただろう。


 社務所に戻ると、声をかけてきたのは杉森氏……、紗良ちゃんのお父さんだった。


「お忙しいところに、氏子の仕事までやってもらっちゃって申し訳ないです」


「なに、これはこれで気分転換になるからかまわないさ」


 都銀勤めであるからには、バブル崩壊の予兆は感じ取っているだろう。株価は下落しているが、土地などはまだ高止まり状態なので、大騒動にはなっていないのかもしれない。


「それで、相談なんだが、祭りの時期を確定させたいんだ」


「祭りは、秋祭りでよいんじゃ?」


「ああ、祭りというか、活動時期だな。どれだけ人を集めるかに絡んでくるんで」


「そうですねえ。秋祭りで巫女舞はやるとして、七五三の時期に縁日は欲しいところです。あとは、初詣対応くらいでしょうか。ただ、どれもあまり派手にする必要はないと思いますが」


「春にやっていたカラオケ大会はどうするんだい?」


「そうですね……。あれは、神社の催しではなく、場所だけ使って有志でやる形にしましょうか」


「それもありだな。……祭りは年に一度でいいのかな?」


「ひとまず、それで回してみて、また考える感じにしませんか。七五三と初詣も、祈祷は手を抜かないにしても、他は簡素で構わないと思いますし」


 やや納得がいっていないようだったが、ほぼ活動を停止していた神社なのだから、すべての行事を万全にする必要もないのである。もう少し緩やかに進めてほしいところだが、おそらく元来の処理能力が高くて、気になってしまっているのだろう。


 いずれ、バブルが崩壊すれば、杉森氏も忙殺されて手も回らなくなると予想される。その頃までに、もう少し人手を確保しておいた方が無難かもしれなかった。


 社務所方面に向かうと、ばあちゃんが桜庭さん、美羽ちゃんとミネストローネの仕上げをしていた。元々はロールキャベツから発展したために、肉団子が入った食べ応えのあるシチュー的なものとなる。さらに、和風だしも効かせて、今回は粉チーズを多めにトッピングしていて、満足感高めの軽食になっていた。


「お祭りでのミネストローネも、すっかり定着したね」


「そうねえ。悠真の挽き肉豚汁もおいしいんだけど」


「あれは、あんまりハレの日の食べ物って感じがしないから」


 そんなやりとりをしながらも、準備は進んでいる。容器は、紙コップを使用していて、必要に応じて割り箸を使ってもらう形が取られていた。


「なにか、派手な食べ物も出した方がいいのかな。でも、やりすぎると雰囲気を壊しちゃいそうだし」


「そうですね……。小金井には、そんなに名物もありませんしねえ」


 人出はそこそこだが、定着させるためには満足感を高める必要があるのだろう。ただ、どこまでエンタメ方向に傾けるかは、悩ましいところでもある。


「神社でなにか栽培とかするかなあ」


「それもよいですね。こもれび食堂で使う食材を作るのも良いですし、果物なんかでも。野菜を提供している周辺の農家さんにも、助言いただけそうですし」


「栽培体験の話も来てるんだっけ」


「そうなんです。……まあ、今のところ登校拒否の子は来ていないんですけど、そのイメージが強いみたいで」


 登校拒否、という言葉は前世の末期では不登校と言い換えられていたようだが、この時期はわりと腫れ物扱いである。戸塚ヨットスクールにまつわる一連の事件がワイドショーで熱烈に取り上げられてから、まだ十年も経過していない。


 こもれび食堂は、いわゆるフリースクールではないのだけれど、どうも外からは近しいものに見えているらしい。未就学児が朝から来る場合もあるので、誤認されやすい状態ではあった。


 提供を始めようというところで、やってきたのは巫女舞を終えた面々だった。


「おつかれさま。初参加のみんなも、ありがとうね」


 ばあちゃんのねぎらいに、緊張しましたー、などと明るい声が響いている。エルリアと杉森紗良ちゃんがツートップとなり、年少の子らが続く形となっている。三番手は必ずしも定着せず、思い出作り的な一度きりの参加の場合もあるようだが、それはそれでよいことなのだろう。


「トミさん、あまり根を詰めないでくださいね」


 紗良ちゃんの言葉に、ばあちゃんは笑顔で力こぶを作ってみせた。エルリアがその背後に回って肩を揉み始めると、ややくすぐったげな表情を浮かべていた。



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