【1989年3月】
三学期も終わりに近づいた頃、雨宮瑠夏から放課後に呼び出された。
「ねえ、ゆうまっち。ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだけど」
「おう、なにごとだい?」
そんな軽いやり取りで誘われて向かったのは、校舎の一角……、空き教室だった。そこでは、非公認の「ゲーム同好会」が使用しているそうだ。
中に入ると、二人の生徒がすでに待っていた。
「早乙女航です。よろしくお願いします」
笑顔の男子が手を差し出してきた。素直に握手を返すと、人懐っこい笑みが浮かぶ。ゆるくウェーブのかかった髪とあいまって、柔らかな印象が生じた。
対して、隣の女生徒はそっと会釈してきた。
「……山原恵里菜。グラフィックと音楽を担当してる」
静かな雰囲気をまとった小柄な少女は。名乗りながらも、視線をモニターに注いでいる。
「ふたりとも一年生。現状は、あたしも入った三人体制。……で、今回の企画なんだけどね」
瑠夏がモニターの画面をこちらに向ける。そこには、カタカナばかりのタイトルと、お世辞にも洗練されているとは言えないドット絵のキャラクターが表示されていた。
「自作なのか? すごいな。そして、これって88だよな」
88とは、この頃のパソコンの主流であるPC8801のことで、通称がハチハチなのだった。より上位の98もあれば、別メーカーのMZシリーズやFM7なども人気となっている。OSの仕様が統一される前の、乱立期の真っ只中である。
「そーなの。RPGっぽいものを作ろうと思ってる。ほら、パソコン雑誌でも自作ゲームのコーナーとかあるじゃない?」
「なるほどね。いじってみても?」
「もちろん」
笑顔で応じる早乙女の声に、山川さんの声が重なった。
「まだ、バグは多いけど」
どこか突き放したような調子ではある。
「あー、なるほど、テキスト表示特化か。キャラを育成して、能力が一定値を超えたら次に進めるってことかな? ただ、なんか世界観がふわっとしてるな」
遺跡を探索しているようなのだが、ギャグなのか、シリアスなのかがすぐにはわからなかった。
「そうそう、そこを補完してほしいの。ストーリーの整合性とか、得意分野そうだから」
瑠夏は両手を広げ、困ったように笑った。丸投げをするつもりだったわけか。
「早乙女くんがキャラクター考えてて、恵里菜ちゃんが動作周りをやってくれてるの。あたしは……、うーん、全体の流れと進行かな」
「瑠夏はゲームそのものは作らないのか?」
「んー……、自分でプレイするのは好きなんだけど、作るのは、なんていうか、裏側を支える方が向いてる気がして」
その言葉に、山原さんが小さくうなずいた。どうやら、二人の間ではすでにそういう役割分担ができているらしい。
「了解。じゃあ、ちょっと考えてみるよ。平成初期のテキストRPG……。ようするに、ネタ勝負だよな」
モニターに映る未完成のドット絵は、どこか滑稽で、懐かしく感じられる。牧歌的な時代の中で、どういう爪痕を残しに行くべきだろう? ただ、できれば世界観構築が得意なスタッフを呼び込みたいところではあった。




