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【1988年7月】



 朝の教室で、金田龍二が新聞を開いていた。普段ならスポーツ欄か芸能記事を読み込むはずが、その日ばかりは少し違っていた。


「なあ、これさ、ちょっとヤバくねえ?」


 金田龍二が、新聞の一面を掲げて俺の席に近づいてきた。この人物は、通学中の電車内で、新聞を器用に折り畳んでいるらしい。


「未公開株……? ああ、リクルーティングか」


「ああ、就職情報の会社だけど、政治家に株をばら撒いてたんだとよ。上場したときに倍以上になるから、賄賂みたいなもんらしい」


 二度目となるあからさまな話であるが、こうして高校の教室にいると、現実感のない「遠い世界の話」にも感じられた。先月に川崎の再開発の資金流用に絡む一報が出て、さらに拡大した状況となっている。


「でも……、なんでこんなに静かなのかな。これ、もっと大ごとになってもおかしくないよな」


 そう疑問を述べたのは、市川透だった。学年首席のこの人物は、文系を選んでいる。レベルは様々あるが、新聞で取り上げられるような政治の方面へと進むつもりなのかもしれない。理詰めで物事を考える彼が、眉をひそめているのが印象的だった。


 確かに、内容の重さのわりに、さほどの騒ぎにはなっていない。


「まあ、好景気の中だから、ってことかもしれない」


「みんなに余裕があるから、たいした話になってないってことか?」


「続報次第じゃないのかな」


 実際には、この疑惑は燎原の火のように政官界に広がり、最終的には首相が退陣する事態にまで発展するはずだ。


 この政治とカネの一件が、事理民本党の腐敗の象徴となり、ソーシャル党の拡大につながる。その流れは、政治の混乱期を招く呼び水の役割を果たすことになる。


 重い話の中で、さらに重々しい調子で口を開いたのは金田だった。


「しかし……、汚職事件って、ちょっとお食事券みたいだよな」


 そのコメントが、やや硬くなっていた教室の空気を弛緩させる。話に参加していなかった幾人かの口許にも、微苦笑が浮かんでいる


「音ではまったく同じだからなあ。お食事券での汚職くらいなら、まだ可愛げがあるんだが」


「確かにな。……教師への賄賂とかは、無理だよなあ」


「成績に手心を加えろってか? それこそ処分対象だろう」


「金田は、成績がまずい状態なのか?」


「部活もあるんでなあ。今年は初戦敗退だったが、来年はなんとかしたいんで」


 二年生ながら、この人物は野球部の中心選手であると聞いている。両立は難しいのだろう。


 俺の部活事情は、歴史研究同好会の幽霊部員である。もっとも、学業に専念するほどのモチベーションもないのだけれど。


 エルリアは美術部に所属して、主に絵画を手掛けているとのことだ。元の世界で習っていた画風は、この時代には新鮮に映るようで、それ目当てで見学に来る生徒もいるらしい。


 久世は相変わらず科学系のクラブに全般的に関わり、やや激しい実験を幾つか企画して教員に目をつけられているそうだ。市川は生徒会方面からの熱烈な勧誘をかわしながら、パソコン同好会で活動している。思い思いの学生生活が紡がれつつあった。


 

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