【1988年5月】
このところ、立川駅北口の雑居ビルの三階にあるゲームセンターに立ち寄る回数が増えていた。というのも、瑠夏が単独で顔を出しているとの情報を得たためである。
その日、後輩であり友人でもある少女の姿は、「アヴェニューファイター」の筐体の前にあった。機嫌よくプレイしているようなので帰ろうとしたところで、なにか嫌な感じがした。
声をかけようかと逡巡していると、学ランを着た男子高校生数人が瑠夏に近づいた。なにやら、剣呑な雰囲気でのやりとりが展開されている。
慌てて駆け寄ると、既に言い合いが始まっていた。
「ゲーセンでゲームをして、なにが悪いのよ」
「でかい顔するんじゃねえ、って言ってんだよ」
むきー、となっている瑠夏は、そう簡単には収まらないだろう。俺は、立ち塞がるように知己の前へと割って入る。
あぁん、と凄まれても、眼前で二人が死んだ経験のある俺に怯えの感情は湧いてこなかった。ただ、実際に有形力を行使されれば、また話は別となる。
と、四十代くらいの角刈りの店員さんもやってきてくれた。
「ちょっと、騒がないでください」
「そんなこと言われたって。こいつらが難癖つけてくるのよ」
「は? なんだ、てめえ」
再燃しそうな気配に、俺は双方に向けて言葉を投げる。
「そこまでにしとけって」
店員さんも割って入り、どうにか暴発は免れることができた。店外に出ると、瑠夏が俺の足を蹴りつけてきた。
「痛いって」
「八つ当たりくらいさせてよ。あのヤンキーどもが。女が格闘ゲームやってなにが悪いってのよ」
「まったくだな」
アヴェニューファイターシリーズで一方の象徴的な存在となる女性キャラは、確か第二作からの登場だったはずだ。だからといって、女子禁制なんてことがあるはずもない。
「こうなったら、フラッシュで一勝負付き合ってよね」
「それはかまわんが……、俺じゃあ相手にならんだろうに」
「誰でもいいからボコボコにしたい気分なの」
ひどい話ではある。そして、俺は地元に戻ってそれはもうボコボコにやられたのだった。
暴走族、ヤンキー。そんな言葉が校舎内を駆け巡っていた。窓越しに正門を見やると、そこにいたのは前日に立川のゲーセンで瑠夏に絡んでいた連中である。不格好に改造されたバイクが三台、人は五人である。
本人を出すわけにはいかないし、彼らもこのままでは収まらないだろう。俺は、仕方なく訪問者のところへと向かった。
「昨日のゲーセンの件かい?」
「おう、お前か。……兄貴。こいつが、邪魔したやつです」
リーダー格に向かってそう告げたのは、瑠夏に食ってかかっていた人物である。
「あのアマはどこだ」
「よしときなって。学校で女の子に暴力を振るうとなると、さすがにただじゃすまないぞ」
「なら、よそでやるさ。……お前をいたぶっていれば、出てくるかな。お前の論法じゃ、男ならいいんだろ?」
そうは言ってないだろ、と思いながらも、その流れで警察を呼んでもらうのが早いかな、なんて考えているうちに、歩み寄ってくる人物の姿が目の端に写った。見知った少女の姿を認めた俺は、心の中で頭を抱えた。
「なんだ、外人だと?」
相対する連中が戸惑うのはわかる。まさか、金髪碧眼の女子高生がやってくるとは思っていながったのだろう。
「ここは神聖な学び舎ですのよ。押し入るのは許しません」
びしっと立ち姿を決めて、まっすぐに指差す姿はゲームのスチル絵のようである。小物っぽい若者は一瞬威圧されたようだったが、すぐにいきり立った。
「俺らは、ゲーセンに入り浸っているアバズレに用があるんだ。邪魔をするな」
「瑠夏は、アバズレなどではありませんっ」
「……ルカっていうのか、あいつ」
内心でしまったと思っているはずだが、エルリアは凛とした態度を崩さない。ただ、確か攻撃魔法は使えないはずだったのだが……。
「なら、お前を連れていけば、そのルカってのがやってくるのかな?」
身構えるエルリアの前に回ろうと動き始めたところで、また足音が聞こえた。
「だから、来るなって言っただろ」
「言われてないし」
瑠夏の反論は、まあ、事実ではある。
「やっとお出ましか」
「なによぉ、格闘ゲームでこてんぱんにやられたからって、お供を連れて仕返しに来たっての?」
憤慨したのは、暴走族然とした集団の中心人物だった。
「あれは、2Pのボタンが壊れてたからだろうがっ」
「そんなの、ゲーセン側に言ってよ」
なんだか、ろくでもない諍いであるようだ。
「いずれにしても、うちの若いもんに因縁をつけたからには、落とし前をつけてもらおうか」
「いちゃもんをつけてきたのは、そっちでしょう」
「……なんだって?」
じろりと睨まれた舎弟的な人物がおろおろとしている。
そのタイミングで、重なった足音がやってきた。
「よお、何やってんだ、お前ら」
声を発したのは、二年でも同じクラスの金田龍二だった。腕を組んで仁王立ちして見せる彼の周囲には、多くの運動部員が並んだ。
多少の距離を起きながら、金田が言葉を続ける。
「いいバイクだなあ。ただ、すまんが、ここで練習をしたいんだ。今日のところは、退いてくれないか」
「ああ、誤解もあったようだしな」
頭目格がバイクに跨ると、他の者もそれに倣い、爆音を響かせて帰っていった。
「すまん、助かったよ。どうなるかと思った」
「一人で勝手に向かって行った奴が何を言いやがる。ちょっとは頼れって」
「でも、瑠夏と俺の話だからなあ」
「お前らが相手なら、俺らも関係者だろうが、って言ってるんだ」
「その視点は持ち合わせていなかったな……。わかった、ありがとうな」
「ああ。相談しろって話だ」
鼻息が荒いが、それだけ心配をかけたということなのだろう。そして、今更ながら教師が幾人かやってきていた。
職員室に連行されたのは、やむを得ないところだろう。
俺たち……、エルリアと瑠夏と俺とは職員室で教師陣と対峙していた。
「君たちは、校外のゲームセンターに入り浸っているそうだな。校則で禁じてはいないが、今回のようなトラブルを招くとなれば、我が校の校是たる「自立自存」の観点から適切とは言い難い」
そう言い放つ国語担当の教師に、俺は頷いた。被害者の責任を問うのか、との話はあるけれど、ゲームセンター通いの正当化は難しいだろう。ただ……、ゲーセンに立ち入っているのは、俺と瑠夏だけだ。
口を開こうとしたら、瑠夏に先行された。
「今回の騒動の原因は、あたしにあります。あたしがゲーセンに行っていて、トラブルを起こしました。エルリアは、一切関係ありません。悠真も、トラブルには関係していません」
「……だが」
「エルリアは、単純に悠真を心配して、連中に立ち向かってくれただけです。悠真は……、あたしを心配して、ゲーセンに立ち寄り、仲裁してくれた状態でした」
「ま、俺も揉めてる現場に居合わせましたのでね。同罪でしょう」
「罪というわけではないんだが……」
やや考え込みながらそう応じたのは、歴史担当の教師だった。実際問題、西城高校の校則に校外での行動を縛る規定はない。ただ、さすがになんの対応もなしとはしづらいだろう。
結果として、立川のゲーセンへの立ち入りを自粛する、ということで話はついた。
下校途中、夕焼けの中で瑠夏が呟いた。
「……ごめんね。巻き込んじゃって」
「気にするなって。実質お咎めなしだし。まあ、瑠夏ひとりじゃ、説得力はなかっただろうしな」
俺がそう言うと、彼女は小さく笑った。
「やっぱり、あたしには小金井のゲーセンがお似合いってことかな」
「ま、しばらくはホームグラウンドで過ごすのがいいんだろう」
そこで、エルリアが声をかけてきた。
「ゲームセンターとは、そんなに楽しいものですの?」
「いや……、もう、生活の一部。でしょ、悠真?」
「まあ、そうだな」
「一度、行ってみても?」
「似合うとは思えないが……、ま、試してみるのはいいかもな」
……その日、小金井のゲーセンに足を踏み入れたエルリアは、電子音の洪水に耐えられずに早々に帰宅したのだった。




