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【1993年12月】


【1993年12月】


「なあ、悠真。……そんなに急いで復帰しなくていいんだぞ」


 勤務先であるゲーセンの店長を務めるそーちゃんこと天川颯一郎は、だいぶ落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「いや、ばあちゃんのことは、しっかり見送ったから。あんまり怠けていると、心配されちゃうし」


「お前の活動する場所は、ここじゃない気もするんだがなあ」


 苦笑されても、現時点での俺が常時働く職場はこの「プレイタウン・フラッシュ」となる。


 投資方面は、シカゴ大で修士課程に在学中の夏目健吾に任せきりで、たまに届く判断要請によきようにと返すだけである。仕込んだアメリカ株は、順調に値を上げてくれていた。


 不動産投資方面は、話が来たら対応する程度となっているし、通販関連は早乙女航が仕切ってくれていて、手伝う隙間がない状態だった。


 夏の時期には、技術検討会の準備や後始末があるのだけれど、この季節にはそれも落ち着いている。


 それでも、このカストルム小金井のオフィスにいれば、誰かが顔を出して雑談やら打ち合わせやらが始まる場合が多い。携帯電話はまだレンタル式のものが普及し始めたくらいの頃合いで、人が気軽に交流できる場は貴重だった。


 そう言えば、派遣会社づくりの話では、利音さんから呼び出しが来ていたが……。まあ、またでいいか。


 なにしろ、眼前で稼働を待っているのは、初代ヴァーチャルファイターである。昨晩に搬入、設置されたものだった。


「次の格闘ゲーム大会は、ヴァーチャルファイターかい?」


「アヴェツーと二本立てにしようかと思ってる。盛り上がるかな?」


「おそらくね」


 ここ、プレイタウン・フラッシュでの格闘ゲーム大会の話題は徐々に広まっているようで、近隣からの参加者も出てきている。瑠夏は毎回出場するわけではなく、優勝者は固定されていない。外来者が制覇する会もあった。


「ところで、ゲーム大会なんだが、全部録画する必要は本当にあるのか? ちょっと、その手数が厄介なんだが」


「そこは、遠景での録画だけでもいいから、撮っておいてほしいんだ。デジタルデータにして、保存したいから」


「その価値はあるのか?」


「いつか史料になるかな、と思っている。……ただ、負担になるなら、年間チャンピオン大会とかだけでもいいが」


「チャンピオン大会……? 優勝者のみのトーナメント戦とかか。いや、それを師走になってから言うなよ」


「まあ、優勝者が出揃ってから、来年の早い時期にやるのでもいいし。……実力者の戦いぶりは、あとから振り返る価値があると思わないか? 世代の移り変わりも含めてさ」


「だな。始めたのは去年の今頃だったから、今回を第一回年間チャンピオンにするか」


 eスポーツという言葉は、存在はしているかもしれないが、まだ普及はしていない。


 この時代、ゲーム大会の開催はメーカー主導でも行われているし、メディアが絡む場合もあるようだ。ただ、本格的な大会は日本にはまだ存在していない。


「毎月の大会の優勝賞金は、今はいくらだっけ?」


「一万円だけど、実際はそれで観戦者に飲み物や菓子を振る舞うのが定番になっている」


「各回の優勝賞金を十万円に、年間チャンピオンに百万円を渡したら、盛り上がるかな」


「それは……、ちょっと限度を超えている気もするが、盛り上がるだろうな。ただ、経営的にはきついぞ、それ」


「賞金は別の財布から出すよ」


「頼もしいな。……ただ、賞金を大きくするなら、未成年の扱いと、警察への説明は考えた方がいいな。学校から変な目で見られても困る」


「そこは安西巡査と、西園寺法律事務所に軽く聞いておくか」


「軽くで済むのかねえ。まあ、大会が盛り上がれば、集客にもなるかな。もう少し売上は増やしたいからな」


「フラッシュ単体での収益は、あまり気にしなくていいんだけどな」


「いや、それは健全じゃないから。こもれび食堂と連携して、弁当や菓子の販売も始めているし」


「確かに、苦労の跡は見受けられるな」


 この時代のゲームセンターは、薄暗い中に電子音が響くのが相場なのだが、ここプレイタウン・フラッシュでは、テレビ観戦ができる軽食コーナーが拡張され、そのエリアは明るい状態となっている。令和の時代を生きた俺からすれば、喫煙可であるのが違和感を覚えるが、それでも既存のゲームセンターからは違う趣きを帯びてきている。


「ただ、正直なところ、儲けられているとまでは言えないからな」


「いや、社長も俺も、フラッシュでがっぽり稼ぎたいとかは考えてないんだ。ここは維持してくれれば、他に広がる。その波及効果はすぐには起こらないけど、いつかは実を結ぶ。それまで、守っていきたいと思っている。そのためにいい人材がいるなら、確保に動いてほしい」


「それなら、少し動いてみるかな。……俺は、ここを守ればいいんだな?」


「いや、できれば他の分野も……、ってのは、社長と調整してからじゃないとまずいか。とりあえず、ゲーム大会については、広げていきたいと思っていてね。いずれは、遠隔対戦も盛んになっていくだろうし」


「ははあ」


 格闘ゲームでの対戦は、わかりやすくて短時間で盛り上がるジャンルで、運営側からすればわりと単純だろう。


 他のジャンルでは、扱いが難しいものもあるし、さらには定着するかどうかわからないケースもある。


 さらに、ゲームに限らない大会運営まで視線を向けると……、いや、あまり先走るのはよくないか。まずは、このプレイタウン・フラッシュを基盤として、ノウハウと開催実績を積み上げていくべきだろう。それは、ゲーム大会に限らず、技術検討会にも巫女舞にも言えることだった。


「ところで、新婚生活はどうなんだ?」


「いや、特に変わらないよ」


「そんなわけないだろ」


「結婚したのは、ばあちゃんが逝く前に安心させるための方便だ。政略結婚みたいなもんだな」


「だが……」


 そのとき、自動ドアがするりと開き、金髪の人物が入ってきた。


「悠真。お弁当を作ったので持ってきました。不要でしたら、他の人に回しますが」


「いや、いただくよ。ありがとう」


 俺に弁当の包みを渡すと、エルリアは表情を変えずに踵を返し、往来へと戻っていった。


「……どこが政略結婚だって?」


「別に関係が冷え切っているとは言っていない」


「ごちそうさまです」


 苦笑して立ち上がったそーちゃんが歩み去るのを見送った俺は、席を確保して弁当を開いた。


 そこには、鶏の唐揚げと卵焼きに、海苔とちりめんじゃこのご飯……、ばあちゃんの定番の取り合わせだった。


「いただきます」


 唐揚げを口に放り込むと、懐かしい味が口中に広がった。



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