李玖。その2
「逃げるの…………?」
俺の心臓は、水無瀬のその一言により、一突きされていた。バクバクと心拍数が上がっていくのがわかる。
「水無瀬は、俺と一緒にいたくないだろ。」
「私を言い訳にしないで下さい!」
「………………ッ!?」
「わ、私は……今日ずっと考えてました。偽の恋人の事、金持さんとの事、妹さんとの事、そしてキスの事。 全部全部考えてました。そして、気付いたら、授業終わっちゃってました!」
「水無瀬…………。」
「私、人を好きになった事、今までで一度しかないんです。小さな頃に仲良くなった男の子。それ以来、ずっといなかった。 でもね、高校に入ってから、ずっと李玖君の事が好きだったんです。 でも、中々言い出せなくて……つい、偽の恋人なんてコトを理由にして、彼氏にしちゃってました。」
「………………。」
「だから、高崎さんと李玖君がキスしたって聞いて、初めて心の底から悲しかったですし、心の底からムカつきました! ギュッてしたいのは私なのに、キス……したいのは私なのに、デートしたいのも私なのにって。 ごめんなさい、偽の恋人提案して恋人ごっこして、一人で浮かれてたクセに都合いいですよね……。」
水無瀬は心の中をすべて曝け出してくれた。普通ならこんなに話せやしない。余程勇気がいったはずだ。
「水無瀬、悪かった。俺がフワフワして頼りないせいで傷付けた……。本当に悪かった…。」
「そんな、気にしないで下さい!私こそごめんなさい……!」
「……なぁ、水無瀬。ちょっと話したい事があるんだけど……。時間いいかな、無理強いはしないから。」
俺は水無瀬に話しておきたい事があった。これだけ自分の気持ちを曝け出してくれた子だからこそ、俺も話さなければと思ったのだ。
「はい……いいですけど……。雪菜さんは?」
水無瀬は少しばかり気まずそうに、俺に雪菜の事を尋ねてくる。
「アイツならなんか用事があるとかで、先に帰ったよ。」
「そっか……。」
俺と水無瀬は付かず離れずの距離で、無言のまま歩いた。この様子だと、水無瀬も図書委員をサボるつもりらしい。
図書委員長がサボるとは珍しいが、もう三年生だから、そろそろ委員会も勘弁してくれ、と先生に無言の抗議だな。
「ここだよ、俺の実家。」
俺が水無瀬に見せたかった、話したかったのはこの実家の事である。
「ちょ、ちょっと待って下さい!ここって、近所でも有名な豪邸ですよ!? 表札無いからどなたか存じ上げなかったのですが……。 まさか、李玖君のご両親が…………?」
確かに水無瀬の言う通り、この辺りではちょっとばかり有名な豪邸だ。坪数は750以上あり、使用してない部屋ばかりの勿体ない物件である。
「残念ながら、母親は他界してるんだ。だから父親が一人で住んでいる。 でも、最近足を悪くしたみたいで、使用人さんを雇ったらしい。」
「ご、ごめんなさい……私、知らなくて……。」
「いや、謝ることないよ。俺が紹介したんだから。 確か、水無瀬さんは経済学を学んでるよね。 『城ヶ崎』で聞いた事ある企業は?」
「ま、まさか……………世界でも一目置かれている、日本が誇る大財閥の『城ヶ崎コンツェルン』……ですか!?」
流石は大学で、経済学部に入る為に学んでいるだけの事はある。サッと名前が出て来たな。
「そう。俺は、その社長の息子。でも、俺は俺で別の会社を設立している。」
「えーーと、ちょっと待って下さい。急過ぎて中々思考回路が追い付きません。………つまり、私は今、城ヶ崎コンツェルンの社長の息子さんと話していて、社長の息子さんに告白したって事……ですか?」
「まぁ、そうなるかな。」
「ーーーーーーーーーーーーッ!?」
俺の言葉に余程びっくりしたのか、水無瀬はそのままヘナヘナと地面に座り込んでしまった。
「良かったら中に入らない? 話したい事があるんだ。」




