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学園入学

15歳の春。

学園に入学する季節である。


キルスティにとっては、ゲームの始まりを意味する。


あぁ、この学門、ゲームのオープニングに出てきたなあなんて考えながら門をくぐると、後ろから「きゃあ」と声援が上がった。


王家の紋章を付けた馬車が、門の前に乗り付けていた。


馬車で通学する貴族が大半なので、驚きはない。

ちなみに、キルスティは鍛錬も兼ねて歩いてきている。

最近は妃教育も大詰めといったところで、剣を握る時間も少ないのだ。


リヒャルトは馬車から降りると、礼を取る貴族の群れがまるでモーゼのなんたらのように左右に割かれた。

それらをまったく気にせず、リヒャルトはまっすぐに歩いてくる。


周囲の注目を浴びながら、キルスティも淑女の礼をした。


「制服似合っているよ、キルシー。ただ、丈が少し短いようだね。貴女には特別製の物を用意させよう」


ここ数年でぐっと下がったリヒャルトの声が、キルスティの服装を責めた。


キルスティには、右足に貴族令嬢らしからぬ傷跡はある。

それが少しでも見えることは、王子の婚約者としては失格なのだろう。


しかし、キルスティにとっては、王妃を守った勲章。

というか、特別製なんて作らせるのは申し訳ない。


「ありがとうございます。でも、私一人に特別製など勿体ないと思いますので、お見苦しいかとは思いますが、どうぞこのままで」


足首くらいしか見えていないのだから、傷も全長から考えればそれほど見えていない。

今日のうちに、このキラキラ王子は初恋を経験するのだ。

そう考えると胃がキリキリする気がする。


出会いイベントは、入学式の後。

キルスティの頭の中で、ゲームのオープニングの入学式シーンが流れる。


これからの振る舞い方次第では退学するかもしれないという不安と、でも黙って見過ごすわけにもいかない事情の間で、キルスティはここのところ気が気ではなかった。


「見苦しい、ね。そういうことを言っているのではないんだけどね」


リヒャルトは困ったように笑った。


「…では、男性の制服を着ましょうか。私は背丈があるほうですし、見るに堪えないということはないと思います」


ここ3年ほどでキルスティの背はぐんぐん伸びて、背丈だけでいうなら宝塚の男役でもできそうなほどだ。

残念ながら、背が低いはずだったリヒャルトの追い上げが激しく、今では彼の方が頭一つ分ほど大きいが。


実のところ、ゲームでのキルスティはリヒャルト王子の護衛の意味合いが強いキャラクターなので、男性の制服を着ていたりする。

今回制服を注文する際に、なんとなく気乗りせず女性の制服を身に着けたのだが、上背のせいもあってか自分でもそれほど似合っているとは思えない。


リヒャルトはキルスティの頭のてっぺんから足先までを眺めてから、「うむ」と唸った。


「まあ、人よけの意味ではいいかもしれないね」


「人よけですか。周囲に威圧感を与えていますでしょうか…」


少しきつい容姿のキルスティは、人に意地悪をしそうに見えるかもしれない。


「キルシーに威圧感は期待していないよ」


だったら、なんの期待をしているのだろうか。


そこで、キルスティは大事なことを思い出した。


「今日はできるだけ私と一緒にいてください」


「…どうしたの?入学式で不安?」


「はい。まあ…」


曖昧に返す。

ヒロインとの出会いイベントを邪魔したいからなんて言うわけにもいかないし、キルスティは器用に嘘をつけるタイプでもない。


「あー…うん。今日はずっと一緒にいるよ。クラスも成績順だから一緒だろうし。うん。ずっと一緒にいれる。あー…ならもうスカートの丈はそれでいいや。」


なぜかリヒャルトは制服の件を折れてくれた。






ヒロインとリヒャルトが初めて会うのは、講堂の裏手である。


新入生の挨拶は、ヒロインが行う。

勉強の機会に恵まれていたわけではないはずの彼女だが、なかなか優秀なのだ。


つい最近まで貴族ではなかった彼女は、やっかみを兼ねて排他的なご令嬢方に呼び出され、そこでこっぴどく洗礼をくらうのである。

そこで、颯爽と現れるのが、さわやかイケメン枠のリヒャルト第3王子殿下だ。


…のはずなのだが。


「身分の差なく、学びある良き学校生活を送れるよう、勉学に励んで参ります」


新入生代表挨拶は、なぜかリヒャルトだった。


「リヒャルト殿下は、とても優秀であられるのですね」


よどみなく話すリヒャルトに、ご令嬢方がざわめく声がする。


ゲームでは、母親の暗殺から心を閉ざし優秀さを隠しているという設定だったはずなのだが、なぜか最近のリヒャルトは聡明さを隠そうとしない。


ここ数年、妃教育で王宮に通っているキルスティの部屋に押しかけては、一緒に勉強などをしていたが、特に外国語においての成績は優秀で、今では3か国語を話すバイリンガルである。


挨拶を終えたリヒャルトが、檀上から降りてくる。

ふと目が合って、その青い瞳の目元が優し気にほころんだ。


勘違いしてしまいそうになる、とキルスティの胸がじくじくした。





結果的にいえば、ヒロインとリヒャルトが接触することはなかった。

あの後のリヒャルトは、さっさとクラス表を見に行って、キルスティと同じクラスであることを「やっぱり」と言って喜んだ。


念のため講堂の裏を見回ろうとしていたキルスティだったが、にこにこと笑みを浮かべたリヒャルトが横に張り付いていたせいで、見に行くことが出来なかった。

まあ、お手洗いの前まで付いてきたときはさすがに驚いたが。


そこは丁重にお断りして、教室で待っていてもらう。

お手洗いから帰る途中、ふと呼び止められた。


「ああ、ここにいたんだ。キルシー」


「あら。エルノー。貴方、今までどこにいたの。教室で待っていたのに」


「あー、なんか色々と巻き込まれてね」


近寄ってきた双子の弟のエルノーが、困りましたというように肩をすくめた。

キルスティはああと納得した。


この弟、実はかなりモテるのだ。


公爵家の三男坊ではあるが、優秀な騎士であり、成人と同時に父の持っている爵位の中から伯爵位を頂戴する予定だ。

なかなかの有力株にも関わらず来まった縁談がないので、ご令嬢方からの人気は厚い。


「女の子に囲まれるのが嫌だからって、馬車で来たのではなかったの?」


「馬車から降りた後に囲まれたんだよ。なんとか逃げて入学式には出たけど、その後人目を避けて講堂の裏に行ったら、女の子が複数人のご令嬢に絡まれててさ」


「え…」


ヒロインは新入生代表の挨拶をしなかったというのに、それでも絡まれていたというのか。


「なんか最近子爵家に入ったとかで?振る舞いがなってないとか色々難癖付けられててさ」


「それでどうしたの?」


「一応止めたけど。本当はああいうのは男が介入するとさらに苛烈になりそうだから遠慮したほうがいいんだろうけど。さすがに入学1日目で絡まれるのはちょっとね」


出会いイベントはキルスティの知らないところで起きていた。

しかもまさかの攻略対象ではない弟のエルノーがそのままリヒャルトの立場になり変わっている。


「キルシー!エルノー!」


キルスティご絶句していると、廊下の向こうから、元気に手を振りながら、男子生徒が駆け寄ってくる。

廊下を走るの厳禁、なんて言う暇もない速度だ。

3年生である証明の緑のネクタイをつけている彼は、言わずもがな、よく見知った顔。


「アレクシお兄様」


「入学式の準備で生徒会が忙しくてさ。やっと抜けてきたんだよ。といっても、もうすぐオリエンテーションが始まるかな」


「入学おめでとう」と笑うと、キルスティとエルノーの頭を撫でた。


兄のアレクシ•アッテ•フロンツェルは、フロンツェル家の次男で、短い銀髪に青い瞳の美丈夫だ。


そして、いわずもがな、アーラ祭18歳以下の部門で毎回優勝をいただいている。

彼が18歳以上の部門に上がらないかぎり、悔しいことにキルスティとアルノーの優勝はなさそうだ。


ちなみに18歳以上の部では長兄が猛威を振るっている。

フロンツェル家、毎年アーラ祭のトロフィーは総なめである。

全方向抜かりなしがフロンツェル家の家訓だ。


「そういえば、アレクシお兄様の昔の制服をお貸しいただきたいのですが……」


「なあに。第二ボタンでも欲しいの?」


「いりません。こちらにもそういう風習はあるのですね」


「こちら?」


「いえ。リヒャルト様から、制服のスカートが短いと……傷が見えるのを気にしていらっしゃるんだと思います。なので、ズボンでも履こうかと」


「うーん? それ、そういうかんじかな?」


アレクシが首を傾げる。


「兄様。キルシーにそういうの期待しても仕方ないよ。底抜けに何も分かってないから」


「どういう意味よ」


唇をとがらせた妹に、兄2人はやれやれとため息を吐いた。


「リヒャルト様は、制服のこと似合ってないって言ったの?」


「……それは似合っていると」


「だったら、そのままでいいんじゃない?僕も似合ってると思うよ。ここの制服、腰がきゅっとしてて可愛いよね」


「それ、貴方が腰フェチなだけなんじゃないの」


「筋肉フェチのキルシーに言われたくない」


アレクシが「まあまあ」と2人の肩を叩いた。


「じゃあ、俺はそろそろ行こうかな。キルシーたちも早く教室に行きなさい。放課後は生徒会室で待ってるよ」


「え?」


「入るだろ。生徒会。たぶん王族のリヒャルト殿下は強制参加だぞ」


となると、その婚約者と側近のフロンツェルの双子もまた、強制参加だろう。


ゲーム通りでいけば、成績優秀者のヒロインも生徒会に入るはずだ。

できればリヒャルトとは接触させたくないところだが、こればかりは邪魔のしようもない。

というより、エルノーと近づけないほうがいいのだろうか。

出会いイベントはエルノーに発生しているのだ。


「ほら。教室行くぞ」


エルノーに促されて、キルスティはうんうん唸りながら歩き出した。

頭がごちゃごちゃして考えがまとまらない。


前途多難というやつだった。


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