第8話 治療と自己紹介
リリアに先導され、広間の一番にある扉を開けると部屋が有った。
どうやら、此処が議場らしい。
リリアは議場に入るとドカッと一番奥の席に腰掛けた。
メリジューヌさんはリリアの座った椅子の左後に移動して、椅子には腰掛けず立ちっぱなしだ。
僕はどうすれば良いのだろう?
「ツルギは、我の横に掛けよ」
僕が所在無げにしていると、リリアが僕の座る席を指定してくれた。
言われるまま僕はリリアの右の席に腰掛けて、部屋を見回す。
議場というから広い部屋なのかと思ったが、思ったよりは狭い部屋だ。
恐らく十畳くらいだろうか?
部屋の中には大きな木製の丸型テーブルが置かれていて、椅子が10脚ほどテーブルに備え付けられている。
部屋はテーブルと椅子がほとんど占有しているので、他には家具らしきものが無く、壁には恐らく国旗なのだと思うが赤地の生地の上に角のような物が描かれた旗が掛けられている。
「メリー今日はお前も椅子に掛けよ。怪我に触る」
僕が部屋の様子を見ているとリリアは自分の左後に立っているメリジューヌさんに声を掛けた。
「いいえ姫様。従者たる者、主と同じ席に付くわけにはいきません」
なるほど。従者というのも大変だ。
しかしこれで、メリジューヌさんの怪我が悪化しても僕が色々困る。
僕も一声掛けてみよう。
「メリジューヌさん、怪我が悪化したら大変ですよ。今日はリリアが言っている通りにした方が良いですよ」
「む……そうですね。ツルギ様も、そう仰るなら座りましょう」
メリジューヌさんは一番近い椅子を持ち上げ自分が立っていた所に椅子を置き、腰掛けた。
メリジューヌさんが腰を椅子に落ち着けた丁度その時、扉が開いた。
「姫様お待たせしました。マルトメントを連れて参りました。他の者も間もなくこちらに参ります」
「マルトメント=マルバス、姫様の命により参上しました。ハイ」
オーカスさんがどうやら件のマルトメントさんを連れてきたらしい。
そして、マルトメントさんの容姿に僕は驚いて固まってしまった。
獅子だ!頭がライオンだ。いや、手もライオンだ。二足歩行のライオンだ……
しかも、白衣に似た服を着ている。
僕が固まっているとリリアが声をかけてきた。
「ツルギ、この獅子人はここで治療師をやっている者だ。何も恐れる事は無い。獅子だからといって汝に食いついたりはせぬ」
どうやら、リリアはマルトメントさんを見て怖がって固まっていると思ったらしくマルトメントさんが安全な事を伝えてくれたが、別に僕は恐れて固まっていた訳ではない……
「…………」
言葉が出ない。
リリアはまだ黙って固まっている僕を見兼ねて、マルトメントさんの安全性を続けて僕に説き続けている。
「そう、怖がるな。こやつは獅子獣人だが、戦闘に特化している種族のクセに戦闘能力が無くて治療師なんぞやっている変り種だ。危険性は無い」
リリアは見当違いをしている。
僕が固まってるいる理由はそんなことじゃない……僕は猫が好きだ。いや、猫科の動物が好きだ。古今東西あらゆる猫科全て大好きだ!
子供の頃の、将来の夢はライオンとトラとチーター飼う事だった。
まぁ、その夢は大人になるに連れて、猫に囲まれて暮らしたいという現実的な夢に変じたのだが……
良いなぁあの鬣モフモフしたい。
こんな間近でライオン(二足歩行だが)を見られるなんて感動だなぁ。
そして、僕が固まって声も出せないのを見かねたのかマルトメントさんがリリアに話しかけた
「いやー、姫様仕方ありませんよ。私等の先祖は人間食ってましたからね、そこの方がビビるのも仕方ないですハイ」
と、ボリボリと鬣を掻きながら仰るマルトメントさん。
あの語尾に『ハイ』と言うのは口癖か何かだろうか?
しかし、良いなぁ。鬣良いなぁ、仲良くなって今度鬣触らせてもらおう。
仲良くなるにはまずはこちらから挨拶しなければ!
「立花剣です。マルトメントさん是非仲良くさせてください!」
しまった。気合が入りすぎてつい大きな声が出てしまった。
猫科は耳が良いのに大丈夫だろうか?
「ええ、こちらこそ宜しくお願いします。ツルギさん」
良かった。大丈夫なようだ。
少しずつ仲良くなって、いずれあの鬣は触らせて貰おう。
触らせて貰う事を考えるとついつい、顔がニヤけてしまうな。
「う、うむ、ツルギも分ってくれた様で何よりだ。」
若干リリアが僕の顔を見て引いてる。
ニヤけ顔を見て引かれたか?
挨拶の後、マルトメントさんはリリアの怪我を見るためにリリアの元に移動した。
オーカスはさんは、僕と反対側のリリアの横の席に掛けた。
「それでは、ケガの部位をお見せください」
「うむ、分った……とっ何を見ておる、ツルギ。乙女の太股を凝視したいのは分るが、ここは背を向けるのが礼儀であろう」
「あ、はい」
素直に僕は背を向けた。
「僕はリリアの太股を見てた訳じゃない。マルトメントさんを見てたんです!」とは口が裂けても言えない。
リリアの女性としての沽券に触りそうだし、マルトメントさんは男性のようだから僕が熱視線を送っていたら色々な事を疑われそうだからだ。
それにリリアの太股なら、止血の時散々見たしね。
「姫様、魔力で自然治癒をされなかったのですか?随分血を流されたようですが」
「そこのツルギを召喚して魔力切れだ。魔神を召喚した時に大気中のマナも持っていかれてな、補充もままならなかった」
「なるほど。傷自体は今直せますが、流した血は回復できませんのでしばらくは安静にされてください。それでは治癒魔術を掛けますね。ハイ」
「うむ、宜しく頼む」
何か、後ろでホワァァンという音がする。
「んんっ」っとリリアの聞き様によっては艶っぽい声が聞こえてくる。
その後、音が途絶えるとリリアの傷を診る為にしゃがんでいた、マルトメントさんの立ち上がる気配がした。
「終りました。では、次はメリジューヌさんですね」
「はい、お願いします」
どうやら、もうリリアの治療は終ったらしい。
凄いな治療魔術。凄いなマルトメントさん!
でも待てよ?
これでメリジューヌさんが完治するなら僕もう、ここに居る必要無くないか?
そして、僕がここに居る理由を考えているその時、背後で困惑の声が上がった。
「んん?治療魔術が、かき消される?メリジューヌさんこの傷はどの様にして負いましたか」
「竜殺金属?とやらのトラバサミで負傷しました」
「なんですかソレ?聞いた事もないんですが詳細を教えてくださいハイ」
「説明しましょう!」
突如部屋に女の声が響いた。
ずっと黙っていた、ミッチーの声だ。
「何!?何処に居る!姿を見せろ女!我輩達の目をどうやって誤魔化している」
「気配をまったく感じませんね。声だけの転写でしょうか?」
オーカスさんが椅子から立ち上がり剣を引き抜く。
マルトメントさんは何か専門的な事を言っている。
「私はツルギ様の腕に付いている導きの腕輪です。ミッチーと呼んで――――」
正体を明かしたミッチーが、メリジューヌさんの時と同じ挨拶を行った。
僕は正面を向き二人に腕輪を見せてミッチーの声が腕輪から出ているのを確認して貰い、ミッチーの存在証明を事無き終えた。
その後にミッチーは竜殺金属の説明をマルトメントさんに伝えた。
「なるほど呪物による傷ですか。治療魔術を阻害するなら、一度解呪の必要がありますね」
そう言うとマルトメントさんは服に取り付けてある試験管らしき物を3本取り外した。
マルトメントさんが着ている服は白衣に似ているが腰の周りにベルトのような試験管入れが付いている。
恐らく、治療に必要な物なのだろう。
「これで足りるかどうか……我、呪いを解き崩す者也、我が魔力と触媒用いて、この術式を崩さん!解呪!!」
白く淡い光がメリジューヌさんの足首を照らす。
そして、何か黒い煙のような物が足首から昇り始めた。
その直後淡く白い光のドス黒い光に代わりそのまま光が消えてしまった。
「強い呪いですねハイ。一番強い触媒を使いましょう。姫様魔力補充薬を使いますが宜しいですかね?」
「構わぬ、使え」
マルトメントさんはリリアの許可を貰って懐から蒼い小瓶を取り出して、一気にグビッと飲み干した。
その後、マルトメントさんが呪文を唱えた所先程より多く黒い煙が出た。今度は淡く白い光も出続けている。
1分ほど黒い煙が出続け、最終的には何も出なくなった。
「解呪完了ですねハイ。それでは、治療に移りますね」
マルトメントさんは、また青い小瓶を取り出しグビっと飲み手を傷口に当てた。
「この者の傷を癒せ、治療」
先程リリアの治療してた時と同じくホワァァンという音が足首から響き、傷が塞がり竜の足に鱗が生えていく。
そして傷が塞がった所で、音が途絶えた
「どうですか?メリジューヌさん」
「まだ少し痛みがあるようなのですが……」
「おや?やはり竜種の傷は私の治癒術の腕では完治しませんか……魔力補充薬も切れてしまいましたし後は薬符を使って自然治癒を待つしかないですね」
「そうですか。足自体は普通に動かせるようなのですが、戦闘は難しいですか?」
「ええ、表面上くっつけて後は内部の自然治癒を待つ状態なので10日は激しい運動は避けてください。ハイ」
どうやらメリジューヌさんの怪我は治療しきれないらしい。
これは、僕が頑張らないといけないな
「ツルギよ聞いての通りだ。暫くの間、汝に防衛線の主力を担ってもらう」
「分ってるよリリア、その為に僕は此処にいる。仕方無かったとはいえ、僕がメリジューヌさんを怪我させたのだからその間位は責任は取る」
「ツルギ様、これは私が愚かだった故に責任を取る等と言われないでください」
「いいや、他のやり方は有った筈なんだ。僕の責任ですよ」
「しかしツルギ様私は――」
「止めるのだ二人共。元を正せば我が無能故にこの状況になっておる。全ては我の責だ」
リリアはメリジューヌさんの声を遮って今度は自分の責任だと言い出した。
確かに領地で起こった事は領主の責任なのだろうけれど、更に元を正せば全てはリリアの話に出て来た人間の王国と天使、それに冒険者達のせいだ。
それに、リリアの無能という言葉も僕は違うと思う。
人間の王国の突然の裏切り、突如現れ無限に湧く冒険者、彼女達が起こっている状況を的確に対処する事等出来なかったであろう。
むしろその状況で生き残り、抵抗出来ているだけリリアは有能だと思う。
「いえ、姫様それは我輩達親衛隊が不甲斐なかったばかりに――――」
今度はオーカスさんが自分達親衛隊に責が有ると述べようとした時だった。
部屋の陰鬱とした空気を晴らす声と共に部屋の扉が突然開いたのだ。
「チースッ!ベアトリス=ビュレト、姫様の命により参上にゃ!」
「コッセル姫様の命により参上したっす!」
そこには猫耳の女と広間で見た灰色の毛並みの二足歩行の土竜が立っていた。
扉を開けた異形二人は独特な口調で挨拶をし、部屋に入ってきた
「お前たち姫様の御前だぞ。その口調はなんとかならんのか」
オーカスさんは、今入ってきた二人を見て頭が痛いという風に片手で顔を抑えてそんな事をぼやいてる。
「良い。オーカスあれらはあれらの種族の方言というものがある」
「しかしですな――」
猫耳女はリリアの言葉に乗ってオーカスさんの言葉を遮って意見する。
「そうにゃ!オーカスのおっさんは堅苦し過ぎにゃ!」
「なんだと、この獣人が言わせておけば調子に乗りおって」
「オーカス時間が惜しい抑えよ!汝ら二人も席に付け、紹介したい者がいる」
二人が言い争いになる寸前にリリアが止めに入った。
この二人仲が悪いのだろうか?
猫耳女と大型土竜はリリアに言われてオーカスの横の席にそれぞれ腰掛けた。
その時、猫耳女に一瞬睨まれた。
やはり基本的には人間は嫌われているのだろうか?
その後リリアは僕の紹介を終らせ、今この部屋に居る面々を紹介を始めた
「そこに居る猫耳が獣人部隊の小隊長のベアトリス=ビュレトだ。マルトメントと同じ獣人で種族は猫獣人と呼ばれている」
紹介されてベアトリスと呼ばれた女を見る。
マルトメントさんと同じ獣人らしいが、マルトメントさんとは違い顔はほぼ人間だ。
喋る時に猫のような牙が口から見えるが、ほぼ人間と同じと言って良いだろう。
身体も人間とそう変わらない、身長は160cm前後、肌の色は僕と同じ黄色人種に近い。
一見線の細そうな体格に見えるが足の筋肉は凄い付いている。
後……メリジューヌさんほどではないが胸もソコソコ大きい
髪の色は明るいピンクで、一緒に頭に付いている猫耳もピンクの毛が生えている。
顔付きは生意気な感じたが愛嬌が有り、人の顔だが猫特有の愛らしさが出ているのかもしれない。
そして服装は、正直目のやり場に困る。
青色のタンクトップのような物の上に茶色の皮のジャケットを羽織っており、同じ素材らしきホットパンツを穿いている。
健全な15歳男子としてはタンクトップから見える胸の谷間と綺麗な足にマルトメントさんとは別の意味で目が釣られてしまう。
僕がベアトリスさんを観察しているとベアトリスさんは僕に声を掛けて来た
「ベアトリスにゃ。専門は魔獣言語を使っての魔獣指揮にゃんだが、今は魔獣達が戦闘に出られないので獣人部隊の小隊長みたいな事をやっているにゃ。宜しくにゃ人間」
ベアトリスさんは宜しくと言いつつ、また僕を睨みつけてくる。
胸に目が行ったのがバレてしまったのだろうか?
だが、あの敵意のある目はそれだけだろうか?やはり僕が人間だからか?
とりあえず、このまま睨み続けられても困るので挨拶は返す。
「先程リリアにも紹介してもらいましたが立花剣です。宜しくお願いします」
「うむ、二人とも前線に立つ身だ。仲良くやるようにな。次はそこのモグル族のコッセルだ。獣人とは違う魔獣に近い種族だが言葉は分る。この遺跡の整備などをやってくれている。」
今紹介されたモゲル族のコッセルさんも観察する。
特徴はずばり二足歩行の体調1m前後の灰色の土竜だ。
それ以外言いようがない。
魔獣に近い種族との事だが、獣人との違いは僕には良く分らない。今度リリアに詳しく聞いてみよう。
コッセルさん個人としての特徴は服装はポケットが多めに付いてる灰色の作業着らしき物を着ていて、下も同じような作業ズボンを穿いている。
僕がベアトリスさんの時と同じようにはコッセルさんを見ていると、コッセルさんは席から立ち上がり挨拶してくる。
「モグル族のコッセルっす。自分等モグル族はこの遺跡の土木作業全般を担当しているっす。宜しくっす」
なるほど見た目通り土木作業担当なのか。
やはり、名無しの魔神が言ってたのは彼らの事だろう
これは仲良くしておいた方がよさそうだ。
「はい、宜しくお願いします」
「では次だ。治療師のマルトメントはもう紹介したな。オーカスは紹介したが何を担当しているかは伝えていたか?」
「いや、リリアの親衛隊の人だとは察していたけど細かい所は聞いてない」
「そうかでは、改めて紹介しよう。そこのオークの騎士がオーカス=バルガスだ。我の親衛隊の副隊長をやってくれている。今はここの残存兵力の総指揮を担当している者だ」
副隊長?隊長は城が落ちたときに亡くなったのだろうか?まぁ、今聞くことではないな。
「改めて宜しくお願いします。オーカスさん」
「こちらこそ、よろしく頼みますぞ」
「うむ、これで各員の紹介は終わりだ、と言いたい所なのだが、実はもう一人紹介したい者が居るのだが……ベアトリスよ、グシオスは何故来ぬ」
「あの犬野郎は逃げた冒険者の敗残兵狩りにゃ、ついでに偵察もしてくると言ってたから暫く戻って来ないと思うにゃ」
「まったく、勝手に動きおって……仕方ない今回はこの面々で軍議を行なうとしよう」
「では、私は下がりますね。ハイ」
リリアが軍議の開始をしようとすると、マルトメントさんが席から立ち上がり部屋から出て行こうとする。
「マルトメントよ。無理に下がる必要は無い。今回は特別に参加を許すので話を聞いていけ」
「いえ、姫様申し訳ありません。今回の戦闘で大分怪我人が出ましたので患者が溜まっているのですハイ」
「む、そうかならば仕方ないな必要が有ればまた呼ぶ。下がって良いぞ」
「はい、それでは失礼いたします」
そう言って、マルトメントさんは部屋から出て行った。
「では、軍議を始めようと思う。ツルギは新参だが特別にこの軍議の参加を許す。光栄に思うが良い」
相変わらずの上から目線で僕にそう言って来るが……まぁ良い加減慣れた。
おや?ベアトリスさんがまた僕を睨みつけてきた。
何なんだこの猫娘、僕になんか恨みでもあるのか?
まぁいいや、無視しよう無視。
僕は猫科は好きだが猫耳のコスプレ娘とかは別に好きではない。
むしろ、偽者臭くて好きではない。
ベアトリスさんの耳は本物のようだが他がほぼ人間だ。
マルトメントさんのようにリアルな猫科でもないし、無理に敵意を向けてくる相手と仲良くする必要も無い。
それに戦闘の疲れも残っているので、無駄な労力は負うのは嫌だ。
早く話を進めよう。
「OK分った。で、僕は具体的に軍議に参加して何をやればいい?」
「それについてなのだがな、先に汝に問いたいことが有る」
「問いたい事?」
「まずは、汝の能力についてだ。何か能力があるのではないのか?」
「能力?んー腕輪を使っての罠の設置くらいかな」
「我を守った石壁とメリーを退けた罠か。あれは魔力を消費して作っているのか?」
「そうだな。ミッチーからの説明だと、遺跡の大気中のマナと冒険者達を倒した時のマナ結晶を吸収して魔力に変換して作っているらしい」
「む、大気中のマナを使うのか吸魔石の運用に影響が無ければ良いが……」
そうか、吸魔石はこの遺跡の大気中のマナを吸収してインフラ機器の動力源にしているんだったな。
確か広間の空気の入れ替えをしたり、地下水の浄化を行なっているとリリアは言っていた。
僕が罠を置いて広間で皆が窒息死というのは本末転倒だ。
ミッチーに大気中のマナを吸収しても問題ないか聞いてみよう。
「ミッチーその辺りどうなんだ?」
「そうですね。吸魔石のマナ吸収は設置されている場所から広範囲にマナが濃い位置から吸収しますが、私の場合は同じ階層のマナを吸収する程度ですので場所選んで使えば大丈夫でしょう」
「だそうだ。リリア問題ないか?」
「うむ、それならば問題無さそうだな。基本的な戦闘は1層と2層になるはずだ。3層のマナと地下のマナさえあれば問題はなかろう。しかし、それだけか?汝ができる事は?」
「ん、僕が持ってる特殊な能力はこれだけだぞ」
正確にはまだ僕はミッチーの能力を全て把握している訳ではない。
戦闘を終えて、リリアの事情を聞いて、今度はこの部屋の軍議に参加予定だ。
聞く暇がなかったのだ。
追々それはミッチーに聞くつもりではあるが、今聞く訳に行かないので今回は罠しか作れないと言っておいた方が無難だと判断した。
「ふむ、我は汝の事を名無しの魔神に迷宮作成と防衛に長じている存在と聞いているが、防衛はミッチー殿の力を見れば理解できる。しかし作成とはなんだ?それは出来ないのか?」
やはり、魔神からその話を聞いていたか、僕のソレは能力では無くて知識と経験だ。
しかも、ゲームで経験しただけであって、現実で得た物ではない。
素直に話しても鼻で笑われるだけな気がするが……一応正直に話すか。
「それは能力ではなくて僕の経験と知識だな」
「む、汝は迷宮を作った事があるのか?」
「いや正確には迷宮作成の経験が有るけど、それはゲームでの話だ。実地でやった事があるわけではない」
「競技遊戯?汝の世界では競技で迷宮を作るのか?」
ん?競技遊戯?何か、言葉が違って伝わっているのか?
もしかすると、ゲームが競技遊戯という単語でリリアに理解されているのか?
何故、言葉が通じるのかと思っていたが、リリアが言っていた翻訳魔術とやらの影響でこの世界に無い意味合いの単語を自動的に近い単語に変換しているのかもしれない。
ゲームのことを聞かれたらなんと答えるか迷っていたがリリアは競技だと思ってくれているみたいだし、説明は少し楽になるな。
「ああ、そうだ。DGという仮想の世界で迷宮を作り防衛能力を競う競技がある」
リリアにはPCゲームと言っても良く分らないだろうし、変な翻訳になっても困る。
こんな感じの説明が無難だろう。
「仮想の世界というのは良く分らないが、迷宮での防衛力を競う競技とはどのような競技なのだ?」
「迷宮を作成して、罠と防衛部隊を配置して財宝や迷宮核という物を守りながら、対戦者を撃退する競技だ」
DGには迷宮を守る防御フェイズ以外に、他者の作った迷宮を攻める攻撃フェイズというものも有るが今回は関係ないので説明の必要は無いだろう。
「ほう、我等の今の状況と似ているな」
確かにリリア達が置かれてる状況はDGの内容と酷似している。
財宝を3層に避難している人々として、迷宮核を吸魔石と置き換えればそっくりの状況だ。
名無しの魔神が僕に声を掛けた理由はこの状況が理由だろう。
リリアは僕の話に興味を持ったようで続けて質問をしてくる。
「防衛部隊の配置という事だが、汝は防衛部隊の指揮等も可能か?」
「出来ないよ。やれと言われれば、必要な状況に応じて各部隊への移動命令と防御施設の指定くらいは出来るかもしれないけれど」
「なるほど、簡単な指揮は出来る訳だな。して、汝はその競技どの程度の腕なのだ?」
「僕のDGの腕は世界で2番目に優れている」
「2番目?まさか、全体の競技人口が二人や三人という事は有るまいな?」
「プレイヤーは500万弱だったと記憶している」
「500万の中で2番目とな!?」
リリアはDGのプレイ人口と僕の順位を聞いて純粋に驚いているようだ。
普段あまり人に評価されない分野の誇りだっただけに少し嬉しい。
「あぁ、だから魔神が僕を選んだ理由はこの技術が理由だと言っていた」
「名無しの魔神め。何か特殊な能力を持っているから人間なんぞを送り込んだと思い込んでいたが…………まさか今時迷宮作成の経験が有る者が居るとはな」
「今時という事は、この世界では迷宮作成を作ろうとする者はあまり居ないのか?この世界だと迷宮とか結構作りそうなイメージなんだが」
オークや獣人達が居る世界なのだ。
ならば、中ボスぽい魔物が何処かで迷宮とか作っていてもおかしくないと勝手に思っていた。
「今時迷宮なんぞ作って引き篭ってるのは、邪悪な行いをして命を狙われている魔術師か、古い時代の魔王の真似事をしたい魔族か、カビの生えた古い竜族位だ」
リリアが述べたのは僕がこの世界に来る前に名無しの魔神と話して思っていたイメージと同じだ。
やっぱりそう思うよなぁ。色々と現実的じゃないよね迷宮。
ロマンはあると思うけど……
しかしまぁ今回の仕事に望むレベルの迷宮を作れる人がこの世界に居なくて、僕が呼ばれた可能性もあるなコレは……
「まぁそんな訳だから、腕に自信が無い訳じゃないけど実地でやれるとは限らない。それでもリリアが良いならって感じかな」
「面白い!ならば、ツルギお前にはこの遺跡に篭城する為の迷宮化と防衛案の立案を任せよう。」
おや?予想外の返答だ。
「良いのか?さっきも言ったけど、僕の経験は仮想世界の遊びの競技での物だ。実地だと役に立つか分らないぞ?」
「構わん。あの魔神が態々人間なんぞを送ってよこしたのだ。それに意味が有るはずだ。それに汝がメリーを退けた事実もある。」
「メリジューヌさんを止めれたのは、ミッチーのおかげだよ」
「だが、ミッチー殿に指示を出したのは汝であろう。我はその汝の機転を評価しておる。」
「まぁ、評価してもらえるのは嬉しいけど後で僕にやらせて失敗したって言うなよ?」
「うむ、言わぬ。後はそうだな汝がやる事には部下も必要であろう。汝には一部の部隊の指揮権を与えよう。」
思ったより、僕に対するリリアの評価は高い様だ。
悪い気はしない。
迷宮化と防衛案はDGの事を流用できるかもしれないのでやってみようとは思う。
だが、部隊の指揮なんかやった事も無い。僕にはは無理だ。
評価してもらえるのは有り難いが、指揮権はお断りしよう。
「迷宮化と防衛案は分るけど指揮権なんていいのか?僕には難しいと思うぞ」
「何、一部の部隊だけだ。結果を出せなければすぐに指揮権は取り上げる」
「でも、何かあっても僕は責任取れないぞ」
「ふんっ!それを言い出したら何も出来んではないか、汝をその任に就けるのは我だ。最終的な責を負うは我だと思えばよい」
駄目だ。折れてくれない。
リリアは、もう絶対決定だ!という感じで鼻を鳴らした後に大きく頬膨らませてそっぽを向いてしまった。
この子頑固過ぎるだろう。
どうにかできないもんか……
その時突然ミッチーが頭の中で話しかけてきた。
『ご主人様、この話お受けになってください。恐らくその方がご主人様の力を発揮できると思います』
突然の脳内音声にびっくりしたが、ミッチーの話に頭の中で返答する。
『だけど、僕は部隊指揮の経験なんて無いんだぞ?』
『はいご主人様がご心配するのも分ります。ですが考えて見てもください。自由に兵を動かせばればそれだけご主人様の防衛案と罠は円滑に動かせます』
『まぁそれは確かに』
『それに魔族の皆さんは人間を嫌っています。下手をすれば戦っている最中に謀殺されたりご主人様を盾にする可能性すら有得ます』
『それは、僕が指揮権持っても同じじゃないか?』
『いえ、魔王の娘であるリリア様が指揮権与えているのです。その様な事を考える輩は減る筈です』
『そうなのか?リリアは確かにここの最高権力者の様だけど、個人の思想まで抑えられるものか?』
『魔族にとっての魔王とはそういうものです。娘であるリリア様も同上です』
ミッチーの言っている事は理に適っている。
対して僕はやった事が無い部隊指揮への不安だけだ……いや、僕の指揮によって味方の命が失われる可能性を恐れているんだ。
だが、どちらにして僕の防衛案や戦闘結果次第で死人が出るのは変わらない。
ならば、安全に戦えて自分の望んだ通りの結果を出せた方が良いに決まっているな。
『分った。ミッチーの意見はもっともだ。とりあえずやるだけやってみるか』
『はい、その方が良いと思います。では、リリア様にご返答されてください。ご主人様が黙っているので、可愛らしい顔で睨んでらっしゃいますよ?』
僕がミッチーとの脳内会議を行っている間に議場の皆の視線が僕に集中していた。
特にリリアは先程ではないが軽く頬膨らませて、僕を睨んできていた。
まぁやると決めたからには返答をしてしまおう
「分ったやるよ。リリアがそこまで僕を推してくれるんならやってやるさ」
僕がそう告げるとリリアは不機嫌な顔を吹き飛ばして笑顔になった。
「良くぞ言った。我が任命したのだしっかりと功績を残すようにな」
「期待に沿えるか分らないけど頑張るよ」
「うむ、ではツルギの受け持つ担当も決まったので軍議を始める!」
こうして、軍議が始まった。