42話 感傷と鑑賞
大分間が空いてしまいましたが、42話投稿です。
ツルギが冒険者の予想外の動きに悩まされている時、名無しの遺跡の外では白鷹の同盟第2部隊が入り口を囲むような布陣を行い完全に遺跡の入り口を包囲していた。
現在白鷹の同盟第2部隊総員120名弱は遺跡の攻略を行う為の布陣を行っている。その陣容を一言で説明するならば『白い』だ。
金属鎧を身に着ける者も、革製の軽量装備を身に着ける者も、魔法使いのようなローブを身に着ける者も、純白といっていいほどの汚れのない白に染められた装備を身に着けているのである。しかもその布陣は一切の乱れが無くほとんど音も立てていない。
白鷹の第一部隊に有った乱雑さも、裝備の多様性もなく職業毎に適したほぼ同じ規格の裝備を持っていた。
この陣容をもしこの世界の住人が見れば、その乱れの無さと美しさから戦場に降り立った神の軍勢のようだと思ったかもしれない。
「下らない…………随分と下らないものに成り下がった」
しかしながらそんな白き布陣の端からその軍勢に対して暗い声でケチを付ける人物がいた。
そう唯一この場で、白鷹に連なるものではない人物――――『破壊者』キサラである。
共にこの場に来たはずのブラッドフラワーの姿は無い。
グシオスとの戦闘で武器を失ったブラッドフラワーは白鷹の本営まで戻りはじまりの街にある彼女たちのギルドにまで武器を取りに戻っているのだ。
故にキサラはこの場に居る白鷹の以外の唯一の部外者となっていた。
ブラッドフラワーが側に居ない時のキサラは色々と危うい、不安定と言っても良い。
一時的な同盟とはいえ、味方である白鷹に気まぐれで攻撃する可能性すら有る。そんなことは彼女のギルドのメンバーだけでなく、白鷹の面々も知っている。だが、今彼女はジッと白鷹の陣容を観察していた。そしてブラッドフラワーはこうなることを予見していたからこそこの場を離れることができたのだ。
「スキルは…………どいつもこいつも似たようなスキル取りばかりしてる……テンプレ通りにやって何が楽しいんだか…………うん、見る価値なしだ……装備の方を見よう」
一人だけ青いコートの様なローブを身に着けているキサラは、白き布陣を汚すなとでも言われたかのように布陣の端の端、白鷹のメンバーからかなりに距離を離した場所でカネミツマートのロゴが入った木箱を椅子代わりにして腕を組んで座っていた。その表情は非常に冷めたものである。本当につまらない物を見るように白き布陣を、正確にはその布陣を構成しているプレイヤーたちを眺めブツブツと呟いていた。
「属性耐性………各属性20%……却下だな話にならない。強度…………防御力90…………一般普及品よりはマシな程度、お話にならない…………パッシプ強化は……無しか……ケチりすぎだろう『白騎士』」
如何なる手段を用いたのかキサラの目には第二部隊の面々が身に着ける白き裝備の詳細が見えていた。
それらのデータは一般的に普及している裝備よりも白き裝備が格段に上だということを示していたが、キサラの眼鏡にかなう物ではなく悪態ばかりが独り言として漏れていた。
「斧は……攻撃力120……ダメだなあれじゃ私の結界一枚すら切り裂けない…………杖は…………属性ブーストもキャストキャンセラーも無し……か、ノーマル過ぎるね。大規模レイド決戦用裝備『ホワイトウィング』…………本当に興ざめだね。どうしてこうなった」
「いやキサラ。そんなこと言えるのはアンタぐらいだよ。あれを持ち出すと大抵のギルドは引くんだぜ?」
キサラの口から独り言のように吐き出されていた毒のような言葉に何者かの反応があった。
その声の主の言葉にキサラは暗かった表情を無表情なものに変えた。そしてキサラは布陣から目を離し自らの背後に立つ人物を無表情なままその目に捉えるが……背後に立っていた青年エルフを確認すると暗い表情を一変させ口元に笑みを浮かべて親しげに言葉を投げかける。
「あの程度で?あれじゃあ私が当初設計した当時の性能の五分の一も発揮できていないよ。本気で言ってるかい?ラルク君」
「そりゃあアンタの設計が完全に採算度外視の一部の精鋭メンバー向けの裝備だったからだろう。今のアレは一般メンバーの能力底上げ用だ。あの時ともう情勢が違うんだよ…………あとラルフだ。俺の名前はラルフ。そこそこ長い付き合いなんだから良い加減名前覚えてくれないか?つーか、前から言おうとは思ってたけどわざとだよなそれ?」
キサラに声を掛けられて嫌そうに口を開いているのは装備こそ白い革鎧に変わっているが以前名無しの遺跡3層でツルギと戦い、最終的にはメリジューヌに胸板を貫かれ死亡したラルフである。
「いやいやわざとではないよ?どうも、どうでも良い人の名前はうろ覚えになってしまってね。許してほしいラルヴァ君」
「絶対わざとだ!つーかさり気にどうでも良いとか酷くないか!?多分今ここに居る面子じゃ俺が一番付き合い長いだろ!?それをどうでも良いってのは流石に……」
「フフン~私のどうでも良いの範囲は普通の人より随分と広いんだ。もし私に名前を覚えて欲しかったらせめてチーちゃんと5分は戦えるようになるんだね」
「あ、それ無理っすわ。もうラルクでもラルヴァでもいいわ」
「ふむ、それは残念だ」
ラルフはあっさりとキサラへの抗議を諦める。キサラが提示した内容があまりにも酷だったからだ。
そんなラルフの反応にキサラは淡白な反応を返したが、一呼吸置いて若干熱を帯びた言葉をその笑みに歪められた口から紡ぐ。
「で、お爺ちゃんは元気?あれからまったくインしてこなくなったけど」
「ん――――そこでどうしてうちのジジィの話になる」
「いやだってうちのチーちゃんと戦える数少ない人だったしさ、君といえば彼の孫という位置づけだろう?」
「あー…………うん、まぁ体は元気だよ。ただ頭の方はちょっとダメかもしれねぇ。最近は俺のことを親父と間違えやがる………」
「そうか………じゃあ『魔人』ヤブサメの伝説は不敗のまま終わるのか………それは惜しい……実に惜しいな……それに悔しいな」
最後の悔しいという言葉だけを小さくラルフに聞こえないように呟いたキサラの表情には苦渋が満ちていた。それどころか目にうっすらと涙らしきものすら浮かびかける。
(チッ嫌なシステムだ)
感情表現を100%トレースし、表すAOのアバターの性能をキサラは今心底恨めしく思っていた。
現実同様にポーカーフェイスができないわけでもないが、今回の場合はそれができないほどに感情を動かされていた。
キサラがこういった強い感傷に似た感情をブラッドフラワー以外の他人に持つことは珍しい。それどころかほぼ皆無と言っていいほどだった。それほどにラルフの祖父というのはキサラの感情を動かす人物だったのである。
かつてAOには『魔人』という称号と通り名で呼ばれたプレイヤーが居た。
プレイヤーネームはヤブサメ。数少ないαテスターにして一時期対人戦において最強と呼ばれていたプレイヤーである。
流鏑馬の名が示すとおり弓を扱うプレイヤーであったがその強さは常軌を逸していた。無敗だったのだ彼は、一度も対人戦においての敗北は無かったのである。
しかも最盛期にはキサラとブラッドフラワーのコンビを一人で相手にして、勝利を収める程であったのだから魔人と呼ばれるのも頷けよう。
「まぁやめようぜ。ジジィは戻ってこねぇし、ボウガンも無くしちまった。耳が早いアンタなら知ってんだろ?もう終わった話だ」
魔人の武器の名は『音追いの矢』。ボウガンであるのに『矢』という名が与えられているマヌケ感が出ている武器ではあるがAO内では伝説になっている武器である。
『音追いの矢』はAO正式サービスから少し経った頃に行われた森林大陸の魔王討伐というレイドイベントが催された時のレイドボスが持っていた武器でレアドロップとしてヤブサメが手にした物であった。
その後多くのプレイヤーが『音追いの矢』のを奪取するためにヤブサメを襲撃したが、その全てを撃退。暫くした後『音追いの矢』は老齢からのボケが進行し引退する事になったヤブサメから孫であるラルフの手に渡った――――が、ラルフが名無しの遺跡3層で一度死んだ事によりツルギの手に渡り、更にツルギからグシオスの手に渡りブラッドフラワーの手によって破壊されたのである。そう、ブラッドフラワーがグシオス自身よりも『音追いの矢』に拘っていたのは過去の因縁が有ったからなのだ。
「あぁ、うん。まぁ色々耳には入ってるよ。復帰直後にアレを持ち出すなんて失敗だったね」
(彼には悪いけど、出来れば手に入れたかったんだよなぁあのボウガン。チーちゃん張り切りすぎなんだよ。一応破片だけならあるんだけど……コアの宝玉は回収できなかったしなぁ……)
キサラはそっとコート型ローブのポケットに手差し入れる。
そこにザラついた感触の木片が――――AOの伝説の武器の残骸が入っていた。
キサラはあのカーバンクルが起こす暴風の中『音追いの矢』の残骸を回収していたのだ。
目的は『音追いの矢』という伝説のボウガンを自らの手で修復するためである。しかしながら修復の要であるコアとなる宝玉はいくらは探しても見つからなかったので、この残骸の一部を何に使おうかと迷ってはいた。
回収した残骸の材質は強力な魔力を秘めた古木、しかも謎の魔術文字の刻印が表面にビッシリと彫り込まれていて破片となった今も何かの魔術を起動させようとしている。
はっきり言ってこれを売却するだけで始まりの街で小さな商店を開くことが出来る土地が買えそうな値打ち物だ。
魔術の触媒にしてもよし、新たな武器の材料にしてもよし、いらないなら売ってよしと捨てておくにはもったいないものである。
武器にしようか触媒にしようか、それとも売ってブラッドフラワーの武器代にしようか?白鷹の布陣を眺め悪態を付きながらもキサラはずっと迷っていたのだが…………今キサラの中で第四の選択肢が出現していた。
(――――そうだ。ほとんどゴミになっちゃったけど遺品みたいなもんだし彼に返しちゃおっか?いやでもなんのメリットも無いしなぁ。ただであげるのはもったいないよなぁ……うーん、でもお爺ちゃんには色々とお世話になったし……クソあのジジィ勝ち逃げしやがって!!)
キサラの数少ない人間らしい感情と損得勘定が彼女の脳内でせめぎ合う。一部余計なものも混ざっているようだが、そのせめぎ合いは段々と激しくなり激しくなると同時に眉間に皺が寄り機嫌が良いとは言えない表情になる。
「まぁ俺もジジィから脱却する良い機会だったのかもしれねぇな。そんなことより飲むか?元々コレを渡そうと思ってこっちに来たんだ。ほらよっと」
見ようによっては怒っているようなキサラのそんな表情を見て空気を読んだのか、ラルフが缶のようなものキサラに放り投げる。
キサラは突然物を投げられたので思考の戦争を一旦停止させて缶のようなものを左手で受取り、ラルフに向かって刺すような鋭い視線を向けた。
「フンッ飲むか?って言いながら投げるなよ。聞いてから投げろよ」
ラルフに文句を言いながらも、キサラの視線は手の中にある缶に集中していた。
「うるせぇな。いらねぇなら返せよ。最近値段上がってたけぇんだぜソレ…………アンタソレ好きだったろ?」
キサラは缶を受け取った後懐かしいという感情覚え、そして自らの手の中にある缶コーヒーらしきものから目を外せなくなっていた。
缶は黒色をベースに白鷹のエンブレムである白い鷹のロゴが描かれている。そしてロゴの下には日本語で『過糖コーヒー』と書かれている。そんな明らかに体に悪そうな名前のコーヒー缶を手の中で転がし、キサラは強く強く心を動かす。
「ん、まぁね………折角だし貰おうか」
強い感傷と共にキサラは缶コーヒーのフタをカパリと開ける。
キサラが懐かしさを感じたのはこれが白鷹が内部メンバー限定に販売しているものだったからだ。
ちなみにこのコーヒー自体に特殊効果は特に無い。あえて言うならば若干眠気が消えるくらいだろうか?だが、キサラは白鷹に在籍していた時代1日1本はこの缶コーヒー飲んでいた。中々に現実で味わえない味だったからだ。そして、この異常に甘いコーヒーが飲めなくなった事についてだけは白鷹を抜けた時にほんの少しだけ後悔した。
(少し味が落ちた気がする……財政難が過ぎて豆のランクを落としたの?まぁ2度とこれを飲む機会もないだろうしユックリと味わおう)
AOにおいて飲食というのはさして重要なものではない。
中にはステータスアップ効果のある食品もあるが、ほとんどがただ味と食感と偽りの満腹感を与えてくれるだけの嗜好品だ。そのような物はNPCが一般販売していることは無く、料理スキルを持つ職人プレイヤー作成の物となる。
そしてそれをギルドが大量生産し支給品や内部メンバー向けに限定販売するとなると余程に余裕のあるギルドしか行えないことであったし、それを行える白鷹は力のあるギルドであるという証明でもあった。しかしながら今は違う。その嗜好品の質が落ちているということは、白鷹自体の質が落ちていることを匂わす十分な材料となり得た。
チビチビとキサラは缶コーヒー飲みながら白鷹の陣を眺め続ける。
その間ラルフもキサラの横で習うように無言で白鷹の陣を眺め続けるが、缶の半分ほど飲んだ所でキサラはちらりラルフを一瞥し問いかける。
「で、あの意味の無い攻撃はいつまで続けるんだい?」
「知らねぇ、つーか意味が無いわけじゃねぇだろ」
「そう?私には時間稼ぎしてるだけに見えるけどね」
キサラがラルフから視線を外し白鷹の陣の最前面に目をやる。
そこでは10数名の魔術師や神官職業のプレイヤーと少数であるが楽器を持ったプレイヤー達が集まり泥人間を生み出していた。
その集まっている面々を見るとまず全面に立つのは3人の術士。
周囲の大地に杖突き刺すと魔術を施し次々と泥人間を生み出している。
そうして20体ほどの泥人間が生み出された後、術式を展開していた術士たちはヨロヨロと力なく後ろに下がる。そして今度は後ろに控えていた術士が全面出てに同じように泥人間を生み出していき、その間に後方に下がった術士は設置式のエリアヒールが展開された場所で休憩している。
(クレイデコイの無限召喚陣形…………関ヶ原……あっ長篠だったかな?あれの要領だよねアレって、合理的なんだろうけどさぁ。力技過ぎてどうかと思うよ)
今泥人間達を召喚しているのは魔術師系統に属するサモナーという職業の者たちだ。
サモナーは攻撃魔術スキルをほとんど行使できなく、あのような召喚生物を使役して戦闘を行う。
召喚生物は喚べば喚ぶだけ戦力となるので単純に数でのゴリ押しが強く少数を圧倒するような戦闘では非常に役に立つ。しかもプレイヤーが有していない特殊能力を持つ者も多く、様々な召喚生物を駆使すればどんな戦場にも対応できる――――のだが人気は無い。
(よくもまぁ1PT分あんなマイナー職集めたもんだ。まぁ連中だからできる構成だね…………せめてもう少し質がよければアレでも良かったんだろうけどねぇ)
キサラはその特殊編成のPTを見ながら羨ましさを若干感じつつ呆れた表情で素直な感想を心のなかで述べる。
サモナーが不人気な理由はシンプルだ。極めて燃費が悪いのだ。
普通、魔術師系統の職業がスキル使用するには魔力であるMPを消費する。これはあたり前のことであるが、召喚は更に体力であるHPまで消耗てしまうのである。
しかも、魔術師系統に属するサモナーのアバターはそう頑丈ではない。連続で召喚を行えば術者すぐにHPが底をついてしまう。これはサモナー単体のソロ性能が絶望できであること示している。
ならばヒーラが居るPTプレイ専用の職業と考えればどうか?とAOをプレイする大体数の人間が一度は考えるが、直ぐに継続的な回復をヒーラーに負担させてしまうという痛い点に気づく。
ヒーラが回復を行うのにもMPを消費するのだから、圧倒的な火力を出せるが継続的にHPを消費する職業をPTに入れたがるヒーラーはあまり居ないというのが現状である。下手をすればヒーラーのMPを枯渇させるのを早め、PT全体の回復が行えなくなる可能性があるからだ。
バックアップ体制さえあれば圧倒的な物量で攻める事は出来るが継続戦闘能力が皆無、またPTでも嫌煙されがちそんな職業がサモナーである。しかしながら今白鷹の陣営はそのバックアップ耐性を整えていた。
白鷹のサモナーの数は9人、3人の術士が大量の泥人間たちを召喚し限界が来れば次の3人の術士と交代し後方の地面設置式の回復魔術が展開されているエリアで休むというのを繰り返している。
だが、バックアップ体制はそれだけではない。これだけではいずれヒーラーのMPが枯渇してHPを回復どころか召喚師のMPすら枯渇してしまうからだ。
(バード………詩人、うちにも一人欲しいんだよねぇ。人口が少ないのが本当に惜しい職だ)
回復エリアの更に後方、そこではリュートやハープそしてエレキギター(何故か電源がないのに音は出ている)を奏でる4名の詩人達がいる。
楽器が統一されていないのは白鷹でも本当にレアな部類に入る職業の者たちなので専用のレイド用決戦裝備が用意されていなからだ。
職業としては支援職系に入る詩人もまた、不人気な職業の一つだ。むしろAOにおいて一番不人気な職業なのではないかと?思われる職業だ。
まず、ソロ性能は皆無といっていい。スキルはほぼ支援か妨害系に統一されている。そのスキルも演奏エリア全体に特殊効果を与えられるという強力なものなのだが、欠点があり敵味方判別がまったく効かないというものである。
支援効果を与えれば敵のモンスターまで強化してしまうし、妨害系の演奏を行えばモンスターだけでなく味方も漏れなく効果に入ってしまう。音で影響を与えているのだから敵味方判別が効かないというのは当たり前なのだがこれを通常のPTプレイで運用しろというのが無理な話なのである。
そんな詩人達であるが、このような大部隊やPTの垣根を超えた連携を行う場合非常に役に立つ。大規模な範囲に味方しか居ない状況が作られるからだ。
味方しか居ないのなら彼らの支援スキルは非常に強力だ。現に泥人間たちの無限召喚を行えているのは彼らの演奏のおかげなのだから疑いようのない事実だった。
詩人達が奏でる曲の名は『マナの躍動』という激しいけれど優しげな曲だ。この曲、スキル説明文には『範囲内にいる生物のMP回復力を高めます』と、簡素に書かかれてあるがその実態は恐ろしいものである。
魔歌、魔曲、この世界ではそう呼ばれている魔術系統が有る。魔術詠唱の代わりに歌や演奏を行い音が続く限り継続的な術式を行使し続けるという強力な術式だ。
そして彼らの奏でる曲『マナの躍動』もまた魔曲の一つである。この曲は周囲の大地や森に響き、浸透し、魔力を強引に引き出すのだ。そして引き出した魔力を一定エリアに集め、そのエリア内に存在に強引に流し込むという力技を行っている。
(仕組みとしてはまぁ単純だけど、よくこれだけ珍しい職業を集めたもんだ。うん、そこだけは褒めてあげよう――――)
キサラは目を細め、この白鷹の陣の中央に座しているだろう第2部隊の指揮官が居る方向に視線を送る。
「褒めてあげよう」心の中でキサラはそう思いつつもその視線には賞賛の色は無く、呪詛めいた恨みの視線が混じっていた。
そしてその呪いの視線は陣の中央を囲むような形で重装の前衛職達が布陣しているので第2部隊の指揮官に届くこと無い。だがキサラは心の中で陣の中央に居るである指揮官の通り名を呼び、聞こえもしない筈の問いかけを行う。
(――――だけどね、『アップダウン』質が最悪だよ。あれでは攻め落とせない。お前は時間を浪費している。ただの引き伸ばしだ何も変わらない。どうするつもりだい?まさか作戦を放棄するつもりじゃないよね?これじゃあ私の計画が狂ってしまうじゃないか、そろそろ私は我慢の限界だよ?あぁもう早く早く早く―――)
それは意味のない事だった。もちろんキサラも理解してそんな事をしている。だがキサラはそうでもしなければ、下らない思考でもしていなければ耐え切れなくなっていた。
焦れているキサラは今、どうしようもなく焦れている。白鷹の今の現状を見て遅々として進まない戦況を見て限りなく限界までに焦れていた。焦れて焦れて焦がれてギリギリの所で踏み留まっている。
今は我慢できている。自らの目的のために我慢はしているがそろそろ限界が近い。そう感じつつキサラの思考は加速していく。
(空気を送り込まれすぎて破裂する寸前の風船?それとも熱された餅?まぁどっちも同じか?あぁもうなんでも良い早く早く早く、一秒でも早く―――彼に――――)
「で、なんで時間稼ぎなんだよ。一応は攻略が進んでるじゃないのかアレ」
何気ないラルフの声に、熱されたキサラの思考にピシャリと冷水が浴びせられる。
(あっあぶあぶぶ危っなぁああ、ヤバかった。今のは帰って来れなくなる所だった)
ラルフに声を掛けられキサラは熱された衝動に焼かれて焼け落ちかけていた理性を急速に冷却し修復して行く。
そして数秒の間をもって、未だにあたふたとしている心の内を見透かされないように極めて冷静な素振りを作り落ち着いた声でラルフに返答を行う。
「ん…………あぁ、だって予定時刻だって過ぎてるし、全然本隊で進軍する気配がないじゃない」
ラルフはキサラの言葉を受けて中空を見上げ、AOのシステムが表示している時計に目を向ける。そして何かを確認し納得したような声を出す。
「おぉ本当だ。確かに予定より遅れているか……」
「でしょ?これじゃあまったく話が違うじゃない」
キサラが聞いている話では本来ツルギが泥人間マーチと呼んでいるあの攻撃はどうしても第2部隊の本隊が動けない間の繋の攻撃のはずだった。
よく言えば威力偵察、悪く言えば間に合わせ。
冒険者たちにとってはそんな程度の認識の攻撃を本隊が動けない間に行い本隊が動けるようになれば全軍で突撃し遺跡の第一層を制圧する予定だったのである。
「約20分遅れってところか?時間厳守のアベレールにしちゃ珍しいなこりゃ」
「おや?君は『アップダウン』が遅刻していると思ったのかい?」
「じゃねぇの?」
「違うね。あいつは絶対なんらかの理由で作戦を遅らせている」
「なんでそう言い切れる…………まぁ、野郎だってが昼メシ食うのが遅れることもあるだろうよ」
第2部隊の本隊が動けない理由それは昼食であった。
昼食の為に進撃タイミング逃すなど命を掛けて名無しの遺跡を守っている魔族達に知られれば鼻で笑われるどころか、怒りすら買いそうな事だが彼らとAOのプレイヤー達の事情は違う。
AOプレイヤー達にとってこれはゲームにしか過ぎない。時間になれば一度AOから落ちて食事を取るなんて当たり前であるし、急用が入ればレイド中であろうとAOから落ちる。それがプレイヤー達の常識である。しかしながら皆が思い思いの時間に昼食を取るためにゲームから落ちていては団体行動ができない。なので白鷹ではこのように長期間の狩りに出る場合は事前にタイムスケジュールを組み決まった時間に皆でお昼休憩に入るのだ。
そしてこのように時間をきっちりと決めておけば、日頃会社や学校で遅刻厳禁とされている日本人は時間を守るということを教育されている民族なので9割9分の人間が遅刻せず返ってくる。
こうしてツルギの何故敵は泥人間でしか攻めてこないのか?という疑問の一端は単純な理由だった事が発覚した。
しかしながら昼休憩なんてものは日本社会の何処にでもあってもおかしくないものでツルギならば気づいておかしくないのだが、これにも理由があった。
ツルギが動きがない冒険者たちを訝しみながら遅い昼食だとエルフパンをかじっていたのはこの世界の時間で15時手前、対して冒険者たちはきっかりと正午に昼休憩に入っている。
この事象は時空がズレている証拠だ!とかそういう難しい話ではなく単純な話で、この世界と日本には時差が有るのだ。
これは単純なことで思いつきそうな話であるが海外渡航経験のないツルギにとっては気づけ無いことであった。
「あの規律大好き人間がそんなことすると思うかい?」
「いや、まぁ世の中何が起こるかわからねぇし、そういうこともあるんじゃねぇか?」
「ふむ、なるほど。確かにそれは一理あるね。しかしだよライル君。あの男が連絡も無しにそんなことをすると思うかい?」
「まぁ無いだろうな。あいつがもし、遅刻するなんてレアな事態に陥るんなら余程のことが無い限り連絡は絶対入れるだろうな。あと、ラルフだ……もういい加減それやめろ」
「そう、そうなんだよ。あの全プレイヤーの模範を自称する男が、筋金入りの八方美人が何も連絡もなしに遅刻する訳がない」
さらりとキサラはラルフの抗議の声を無視し語り続ける。
「遅刻の連絡はない。だが本隊は動かさず、あの牽制のような攻撃をずっと続けている。これはもう『アップダウン』は戻って来ていてわざと作戦を遅延させているか変更したと思わないかい?あぁ、ちなみに余程の事が起こっている場合は想定しなくていいよ。もしそんな事があれば彼の副官が引き継いで動いてるだろうから」
キサラの視線が再び召喚を行う魔術師たちに流れ、その中心でPTを指揮している異常なほど白い肌とショッキングピンクの髪の持つショートカットの少女に注がれる。
「おいおい、そんな都合よくあの言いなり軍団が動けるか?案外野郎が戻ってこなくて自分達で判断できないだけじゃねぇのか?あいつら予想外の事態にはまったく対応できねぇからな」
「ハンッ随分と身内に厳しい言葉を投げかけるね」
「事実だから隠しても仕方ねぇだろ。第2を構成している連中の大半あいつの生徒だ。アクティブに動ける連中はギルマスが居る第3部隊に配属されてるよ」
昔から白鷹に居るメンバーとアップダウンの生徒と影で呼ばれている者達は対立こそはしていないが、幾つかの派閥の様なものができている白鷹では折り合いが悪い。
ラルフも早めに昼から戻ったは良いものの、ほぼアップダウンの生徒たちで構成されているあの場所が居心地が悪くキサラの元を訪れたのだ。
「なるほど。通りで知らない顔も多いし、面白味が無い連中ばかりだと思った……まぁその可能性は無いよ。アイツの生徒はともかく、『アップダウン』って男は抜け目がない奴だ。絶対に自分が不足の事態に陥った時のマニュアルを周囲に言い含めているさ」
「ん…………まぁうん。言われてみればそういう奴かもな」
「思い起こせば、色々と思い当たるフシがあるだろ?」
二人共この場に居ない『アップダウン』の事を思い出し、苦い顔をしている。
どうやらこの二人は『アップダウン』と呼ばれる男に対してあまり良いイメージは無いらしい。
「まぁとりあえずは『アップダウン』は既に戻ってきている。ここまで納得してもらえたと思う。で、作戦を勝手に遅延もしくは変更させているという部分についても君を納得させる必要はあるかい?」
「いんや野郎が戻ってきてるんなら、野郎の意思でこれをやっているんだろうよ。じゃなきゃ連中が大人しく従ってるわけがない」
「うん、私も思う。さてそうなると『アップダウン』の目的だ。何か知らない?カイル君」
「もう1字しかあってないじゃないか!」
「あれそうだっけ?まぁそんなことはどうでもいいよ。なんか思い当たるフシはないのかい?」
「ねぇな。有っても言えねぇわ。一応アンタは部外者だしな」
「おや、以外に義理堅いね。今の白鷹に君がそこまで拘っているとは思わなかった」
「一応、これでも休止期間が有ったとはいえ在籍期間は長い方だからな。今の白鷹が気に入らないってのはアンタと同じだが俺はまだ抜けてねぇ。アンタは抜けた。そこの差だよ」
「なるほどなるほど、君はまさしくヤブサメの孫だ。愚問だったね許してほしい」
「そこでジジィを引き合いに出すんじゃねぇよ。俺の格好がつかねぇ」
「ふふん、格好かぁ。いやはや男の子だねぇ」
「うわっババァクセェ。あんた確か俺と1個違いだったはずだろ。今からそんなんじゃ先が知れるぜ」
「あーうん、そうなんだよねぇ。チーちゃんに良く言われるんだよソレ。でもさ私から言わせるとチーちゃんの方がオバサン臭いんだよ。そもそもにコーヒーとか紅茶より渋い緑茶の方が良いとか女子高生の好みじゃないと思わない?」
「いや、あの人はそういう雰囲気だしそれが似合ってる。絵になるんじゃねぇかな」
「え、なにそれ差別?私はババァ臭くてチーちゃんは絵になるってのは酷くない?」
「うーんそこの差は……あれだ。日頃の行いってやつじゃないか?」
「…………困った反論できない」
「だろうよ」
「反論できない」キサラはそう言った通りにそこで言葉を止め沈黙する。
ふと彼女は気づいてしまったのだ。こんな会話を、年相応の会話をAO内でブラッドフラワー以外としたのはいつ以来だろうか?と
最新の記憶は今のラルフとの会話だ。では、次は?――――記憶を遡ると、白鷹を抜ける前だったと気づく。
白鷹を抜けてからのキサラはずっと自らの目的だけのためにAOにログインしてきた。
このような会話をしたのは久しぶりだった。そして何故そんな脳内分析をしたのかも考える。その答えはすぐに出た。案外楽しかったのだ。このラルフとの会話が…………
(まぁ、後悔してるわけじゃないけどね。やはりMMOってのはこういう会話がないと成り立たないと思うよ。私はほら大きな目標があるから仕方がないけど、まぁこういう健全な楽しみ方も有ったんだなぁって再認識させられたよね…………感傷だなぁ、案外楽しかったんだ私………まぁ全部私が壊したものだし仕方がないね。さっ過去は忘れて今の話をしよう)
「まぁ、思い当たるフシが無いならいいよ。どちらにしろもうすぐ事は動くだろうしさ。そろそろ来るんじゃないのかい?『白騎士』の本隊がさ」
そう、この第2部隊だけが白鷹の同盟の全戦力ではない。未だ『白騎士』が率いる本命部隊が残っているのだ。その『白騎士』が率いる本隊は現在、この名無しの遺跡に向かってきている。そして『白騎士』の本隊させこの場に到着すればもはや『アップダウン』の意思に関係なく、第2部隊は『白騎士』の指揮のもと名無しの遺跡に突撃することになること間違いないだろうとキサラは確信していた。
「そこは野郎が部隊を止めている理由次第じゃねぇか?ギルマスも結構な保守的な性格だし、本当にヤバイ理由があるなら動かねぇだろう。下手すりゃ撤退もあるんじゃねぇの?」
「それは無いね。撤退だけは絶対にない。君等は崖っぷちだよ?撤退するくらいならこんな大規模で無理な狩りを計画しない筈だ」
「ゲッうちってそんなヤバイ状況だったのか!?」
「は?何を今更……あぁ、もしかして私が部外者だから一応とぼけてるのかな?なら、それは無意味な事だ。白鷹が火の車だってのは裏じゃ結構有名になってきている話だから――――」
「いやほんとに知らねぇ。言っただろ復帰したばっかだって、財政とかそんな詳しい所に顔を突っ込んでねぇんだよ。そもそもにそういうのは全部裏方に任せてたし俺は戦う専門だしな!」
「あぁそうか、そういえばそういう人だったね…………」
ふと、キサラは彼の祖父のヤブサメもこのラルフも白鷹の運営に関しては無頓着だったことを思い出す。
そして彼らほどでないにしても、ほぼほぼの古参と言われる者たちがそういった内務的な事を『白騎士』に丸投げだったことも思い出した。
「でもねぇ君みたいに古くから居る人がそういうことに関わろうとしないからこんな事態に陥るんだよ?」
「うわっまたババァクセェのが始まった」
「むぅまたババァっって言ったな。ふぅ…………そもそもに――――」
呻くように嫌そうにラルフから吐かれた言葉に、キサラは大きくため息を付き何かを言うのを諦める。
「そもそもになんだよ」
「なんでもない、忘れてくれ」
ラルフのようなタイプに無理やりに何かをやらせようとしてもダメだという事をキサラは一癖も二癖もある自らのギルドのメンバーから学んでいた。
しかも自分は白鷹の部外者になったのだからこれ以上小言を続けてもラルフに嫌われるだけだという事も重々承知していた。
「ま、何にせよ。『白騎士』が到着するまでは暇だって事さ」
「あぁそれはちがいねぇな」
「うん、じゃあ私は白鷹ウォッチングにもどるよ。君はどうする?」
「あー……俺もそろそろPTの方に戻るか……」
「そっじゃあ元気で」
「あぁまたな」
ボリボリ頭を掻きながらラルフは自らの仲間たちの元へ戻ろうと歩みを進めだした。
その背中を見ながらキサラはまた思考を開始する。
(また……ね。あるのかなそんな時が………あー駄目だ。ほんと感傷的になってる。いつもどおり戻らないといけないね。えーとなんだっけ……あぁそうだ『アップダウン』だ。アイツ本当に『白騎士』が来るまで動かないつもりなの?あの八方美人の格好付けが自らが無能だと証明する行動を取るとは思えないけど……動かないんだよねぇ。アレはクソ野郎だけど馬鹿でも無能でもない。絶対にそれなりの理由があって動きを止めてるんだろうけど……)
「ん?なんだありゃ………つーか誰だ」
思考を進めるキサラにラルフの声が届き、キサラは立ち去ったばかりのラルフに視線を向ける。
「何事だい?」
「中から誰か戻ってきたみたいだ」
「中?ダンジョンの中からかい?」
「あぁ、なんだけどよぉ。知らない奴だ」
釈然としない、そんな声で答えるラルフの視線は遺跡の入り口のサモナー達が居た辺りに固定されている。
その口ぶりからラルフが知らない人物が遺跡から戻ってきたようだ。
「君、復帰したてなんだろ?じゃあ知らない奴が居てもおかしくはないだろう?」
「まぁうんそうなんだが……白鷹の裝備を付けてるからうちの面子なのは間違いない。だけどあの裝備見ろよ。精鋭向けの奴だ。第2にあの裝備を支給をされてるやつはいねぇ」
「んー精鋭向けかぁどれどれー」
キサラは腰掛けて木箱から立ち上がりラルフの横まで駆け寄る。
そしてラルフの視線の先に居る人物に自らも視線を向けて、早速その精鋭向け裝備とやらを吟味し始めた。
(ふんふん~属性耐性はまぁ通常のものより上がってるのか、材質はレザーで斬撃耐性有りで―――)
キサラ視線の先には泥まみれになった小人の姿がある。
その純白の裝備は泥に汚されその目を限界まで見開き口を叫ぶように精一杯開いている。だが、絶叫が発せられていない所をみると声が出せない状態にあるようだ。
そしてその異常事態に対応しているのが召喚陣形で回復を担当していたヒーラー達だ。一体何が起こったのか小人に聞いているようだが、小人は声が出ないので答えたくても答えられてない。それどころか正気を保っているのかも怪しい状態だ。
「チッ一体何がありやがった」
(おっ毒に対する完全耐性かぁ。石化耐性とかも欲しい所だけど量産品には酷かなぁ。まぁあのホワイトウィングよりは若干オリジナルに―――――あぁそうかやっぱり此処に―――)
キサラはその異常事態をまったく気にする風もなく小人が身に着ける裝備のみに興味を示し、観察を続けていた。
小人が身につけていた鎧にまぁ量産品の割には頑張ってるんじゃないかな?と甘口の評価をつけようとした時に思考停止させた。小人の背中にキサラにしか見えていない何かの装置が取り付けられたからだ。
「クヒッ」
そしてその口からは不気味な堪えきれなかった笑いが漏れ出した。
「あん?なんか言ったかキサラ?」
「ううん?なんも言ってないよ」
キサラはラルフに愛想よく答えるが、その視線を未だ小人に――――正確にはその小人の背中に集中させている。
(うん、ここまでだ。さよなら過去の私、おかえり元の私)
「ん、そうか。んじゃなんかヤバそうだしちょっと行ってくるわ」
「行くってあそこにかい?」
「いや、流石にアレは新米連中に任せてはいられねぇだろ」
「へぇ君にしては責任感の有る言葉だ」
「んまぁな。誰かさんはそれがお望みなんだろ?」
「あぁさっき私が言った言葉を気にしているのかい?」
「そんなんじゃねぇけど、まぁ偶にはな」
(人間って死ぬ前に普段と違う行動をするっていうけど、これもソレの一種なのかな?――――では、死にゆく者に選別を与えましょう。ごめんねチーちゃん。本当はチーちゃんの為に使おうかと思ってたけど……)
「あらそうなの?やんちゃなラルフ君が成長して人の言う事を聞くなんて、お姉さんちょっと感動しちゃうわね」
キサラの口から発されたのは直前まで発されていた男性的な言葉ではなく、甘ったるさを感じる声色の女性的な言葉である。その言葉を聞いたラルフは一瞬目を見開いたあと、その目を細くし、鋭いものへと変事させる。
「キサラてめぇその喋り方―――」
「えぇ、そうね」
キサラは敵対する相手には、破壊衝動を抑えるために男性的な言葉遣いを止めて女性的な言葉遣いで対応する事をラルフは知っている。
「―――それに俺の名前を」
そしてラルフの名前を間違えなかったことにより数分前までの関係性が終わった事をラルフは理解していた。
「えぇここからは『まだ』協力関係だから敵ではないけど、馴れ合いはお終いよ」
「チッそうかよ……」
ラルフはそんなキサラを見たくもないと視線を外し、騒動が大きくなりかけている遺跡の入り口に向かおうとする。
「待ちなさいラルフ君」
「あん?なんだよ、馴れ合いは終わりなんだろ?まだ用があんのか?」
甘ったるいキサラの声がラルフは心底嫌なのかしかめっ面で振り返り、キサラはそれを妖艶な笑顔で迎える。
「お姉さんから成長したラルフ君に選別よ?要る?」
キサラの手からラルフの返答を待たずに六角形の平たく黒い物がラルフの顔めがけて放り投げられる。
「うおっ危ねぇ。これは?」
ラルフは顔面にその平たい物体が直撃する前にキャッチし、その物体を見て毒気が抜かれたような顔をしてキサラを見ていた。
「アイアンアミュレット、材料はさっきもらったコーヒーの空き缶とちょっと前にそこで拾った木片を使ったわ。あ、ゴミと拾った物で作ったからって馬鹿にしないでね?貴方達が付けている裝備よりずっと属性耐性が高いわよソレ」
「そうじゃねぇよ。馴れ合いは終わりなんだろ?なんでこんなものを俺に寄越す」
「コーヒーのお礼よ。あら?不満そうね。それじゃあ駄目?」
「…………いや、貰おっておくよ。ありがとう」
少しだけ不満そうにしながらもラルフはアミュレットをポケットに押し込み、再び遺跡の入り口に向き直る。
「じゃあ行くわ。じゃあなキサラ」
「えぇさようならラルフ君。もし――――」
「もし、なんだよ?」
「なんでもない、行って目障りよ」
「チッ」
ラルフが舌打ちし、騒動の中心に向けて有るき出しキサラもラルフに背を向けてさきほど腰掛けていた木箱の元へと戻っていく。
(言えないよねぇ。もし白鷹がダメになったらうちに来いなんてさ……彼はまぁ気性が激しいところはあるけどまだまともな人間だし、『白騎士』やヤブサメほどに壊れちゃいない。なら、彼は私達と一緒に歩むべきじゃない)
そんな事を考えながらキサラは木箱の元へもどり、ゆっくりと腰を下ろそうとした瞬間だった。
「うお?うおぁあああ!?のああああ?」
「キャアアアアア!!」
炸裂するような轟音とミシっと大地が揺れる感覚をキサラをおそったかと思うと人の悲鳴が響き、遺跡の入り口から大量の熱気と風がキサラの元へ届く。
しかしながら、キサラはそれが怒ることを知っていたかのようにまったく動じず腕を組み観察する。
(おや?引きこもっている割には随分と派手な事をするね)
「ぬおおおおおぉおおおおぉぉぉ―――――」
キサラの視界の端にラルフが空を舞い叫びながら遥か彼方に吹っ飛んでいく姿が映る。だが、今のキサラはもはやそんなことはどうでも良いという風に気にも止めなかった。
次話投稿は急ぎますがまた間が空くと思いますので、気長に待って頂ければ嬉しい限りです。




