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僕は曖昧に頷いた。正直なところ、この時は言っている事の意味が全然わからなかったからだ。ラジオの経済学講座を聞いているようなもんだった。
「腹を抱えて笑うとバカに思われる。だからみんな、冷笑か嘲笑だけする。バカにされる事を死ぬほど怖がってる。そんな世の中になっちまったんだ。冷め切ってて、口々に“つまらない”“下らない”って言うばっかりのな。どこへ行ってもその冷笑が付きまとう」
上半身を起こし、彼はうわごとのような口調から一変し、熱っぽく語り始めた。
「誰もがここから逃げ出したがってる。俺はほんのちょっとだけ、その願いを叶えてやりたかった。そいつだけの逃げ場を提供してやりたかったんだ。この世を圧力鍋に作り替えておきながら、安全弁すら取っ払おうとする社会からな。間違っても津田海里みたいな奴を幽霊にする為じゃない」
「でも、海里は……」
彼は苦々しげな表情をした。
「そこは誤算だった。ボトルの中に逃避したまま、もう二度と外に出る気がなくなる奴が想像以上に多かったってのは。だが信じてくれ、きっちり社会復帰を果たして俺に感謝してる奴だって少なくないんだぜ? 例外は確かにあるが……」
確かに彼の作ったボトルなしには、僕と海里は永久に出会わなかった。僕はさっき興奮して怒鳴った事を恥じた。
「で、だ。そろそろ結論を出さなきゃなんねえ。兄ちゃんよ、お前はどうしたいんだ?」
突然聞かれて、僕は目を瞬かせた。
「え?」
「俺を探してたんだろ? 用は話を聞きたいだけか?」
それもある。だがその先に、もう一つの動機が確かに存在している。今こそ、それを口にしなければならなかった。矛盾した感情を抱き、怖れ、そして「そんな事は出来るわけがない」という自らの諦観と冷笑を乗り越えてなお、僕は言わなければならなかった。その言葉を。
「海里を助けたい」
「そうだ、良く言った」
ホームレスは乱暴に僕の肩を叩き、高らかに笑った。
「女の為にカッコ悪く駆け回ってこその男だぜ」
「助ける方法があるの?」
「ないでもない」




