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「普通、一つの瓶に二人が入った場合、瓶に触ってる人間の故郷が中に浮かぶ筈だ。しかし海里の場合はそうならなかった、と」
「うん」
ホームレスはボトルを机に戻すと、頭を掻いた。とんだ厄介事を背負い込んでしまったと言わんばかりだ。
「そりゃあ、そいつはもう家に帰りたくないんだよ。ずっとあの海にいたいんだ。そんで、いずれ……」
体の中がざわめき始めた。何故かこの瞬間、僕の脳裏をよぎったのは、あの幽霊船の事だった。もしかして……
「幽霊船?」
「見たのか?」
「うん」
今度は彼は溜め息をついた。
「船は持ち主の絶望に引っ張られる。ぼろぼろに錆びて、いつか持ち主と一緒に朽ち果てる。幽霊を見ただろ? 透明なやつ。船も持ち主も、そのままみんな消えてなくなっちまうんだ」
ああ、そうか。やっぱりそうだったんだ。ずっとどこかで不安に思っていて、考えないようにしていたけれど、やっぱりそうだった。あの幽霊船は、他のボトルシップの持ち主のなれの果てだったんだ。
「何でそんな事するんだよ?」
「俺のせいじゃねえ。俺はボトルシップを作れるが、その持ち主の行方までは責任を持てねえよ」
「じゃあ何でそんなもの作ったんだ!」
とたんに声を荒げて腰を浮かせた僕を、ホームレスは両手で「まあまあ」となだめる仕草をした。
「興奮すんな」
「うん……ごめん」
「作った理由か」
彼は背もたれに深く身を預け、天井を眺めた。
「息苦しい世の中だと思わねえか」
「え?」
「どいつもこいつも人の目ばっか気にしてやがる。誰も必死にならねえ、明るく振る舞おうとしねえ。暗いニュースを並べ立てて、頭がいい振りばっかしたがる。経験があるだろ? 何もしないのがベストだと思ってるのさ」




