9.秘密基地
「すっごく強いんだね」
夜の町を走る途中、僕は待ちに待った言葉をぶつけた。そこにはもはや隠し切れないほどの憧れと尊敬がこもっていたと思う。あんな姿を見せられた男なら当然だろ?
「よせよ。俺は正義の味方じゃねえ。ありゃあ、個人的な復讐だ」
ホームレスは顔をしかめたが、どこか照れ臭そうだった。
人気の絶えた夜の公園までやって来ると、自転車を降り、噴水の周囲に並べられたベンチに二人で腰を下ろした。都心の夜の公園と言えば逢瀬の場と相場が決まっているが、ここはホームレスの社交場になっているらしく、それらしい人影はない。まあ、段ボールの家を眺めながら愛を語らうってのもないだろう。
「で、こんな時間にこんなとこで何してんだ?」
彼の質問に僕は事情を説明した。母親をぶん殴った事は迂回して話そうとしたんだけど、結局口からこぼれ落ちてしまった。この世の誰にも喋らないと誓っていたのに。
多分、自分では認めたくはなかったものの、本当は誰かに相談したかったんだろう。
「テレビの評論家が言うような現代社会の病理の申し子だな、お前は。父権の不在だとか押しつけ教育の弊害だとかってのの」
僕のたどたどしい説明が終わると、ホームレスは頭を掻いて呆れたように答えた。彼が何を言っているのかこの時はよくわからなかった。まあ、自分自身がこの社会の「問題」の一部だなんて、当の本人は理解してないもんさ。
それを言うなら目の前のこのおっさんだって原理化した資本主義社会の闇の部分だとか脱落者を受け入れない閉塞した社会の何とかだとか、そんなどっかで聞いたような言葉がいくらでも当てはまるよ。
「だが、母ちゃんを殴ったのは良くねえぜ」
「そいつがクソ女でも?」
「親の事をそんなふうに言うもんじゃねえ。自分のであれ他人のであれ、だ」
僕が不満そうな顔をしていたのだろう、ホームレスは更に付け加えた。
「まあ、俺に言えるのは、お前の出した答えたベストだった訳じゃねえって事だけだ。他にどうすりゃ良かったのかは、ちょっとわかんねえが……でも、ベストじゃねえ。だろ?」
まったくもってその通りだ。彼が今言った事こそが、僕の本心でもあったと思う。目の前で不良をぶっ飛ばした時よりも更に強く、僕は彼に尊敬を感じた。
「ベストじゃない」




