7-14
それに布団から出たら、手に負えない現実と相対するようで怖かった。もうずっとこのまま亀のように手足と頭を引っ込めていたい。
グズグズしているうちに夕方になり、……こう言うとあっと言う間だけど、実際は時計が止まってるんじゃないかと思うくらい長い時間で、その間片時も海里の事は頭を離れなかった。
空腹で意識が朦朧としているのに、食欲はどこかでせき止められている。食い物を口に入れるのを想像すると、その瞬間に拒絶感で内蔵ごと吐き出しそうなくらい気分が悪くなった。
何も出来ないままでいると、床に僅かな震動を感じた。腹が減りすぎて感覚が鋭敏になっていたからだろう。規則正しく、だんだん近づいて来るトントンという音。それが一番上の段につくと、今度は短い廊下を進んで僕の部屋の前にやってきた。
ドアの前でしばらく躊躇う感じがあった。僕はとっさに布団の中に閉じこもりつつ、襲撃に備えた。母親を殴った時は百パーセント憎しみと怒りでみなぎっていて、例えあれが身長二メートル体重百キロの黒人だったとしてもそうしていただろう。だけど今、僕の頭の中にあるのは、復讐される事への恐怖だけだった。
布団から手を伸ばし、思わず目覚まし時計を手に取る。それを握り込んだ。果たしてこれが武器として役に立ってくれるかどうか。
ドアがノックされた。いきなり入って来ないのか? そうやって僕を油断させるのか?
「涼、俺だ」
聞き馴染んだ男の声がした。数年前を境にさっぱり聞かなくなった声が。
僕の返事を待たずにドアが開いた。そして、足尾が枕元までやってきた。恐る恐る布団から顔を出すと、高い場所から僕を見下ろす顔があった。
口の中で呟いたその言葉が、声になっていたかどうかはわからない。
「兄貴……」




