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5-9

 ドアから漏れ出す霧から逃れようと、僕を引き起こし、というか半ば引きずって、すぐにその場を離れる。

 甲板にはもちろん霧はなかった。船内へ続く扉の付近でしばらく気配がしていたが、やがて霧ごと中へと引っ込んでゆく。しばらくしてからドアが独りでにバタンと閉じた。

 溜め息をつくことも忘れて、僕はその場に尻餅を突いた。腰が抜けるってやつだ。しばらく放心したまま、じっとドアの方を見る。



 あの感覚はまだ胃の底に残っている。思わずそこに手を当て、探ってみる。

「幽霊に触ったのね」

隣にしゃがみ込んだ海里に、呆然と頷いた。

「ちょっとの間で良かったわ」

「うん。本当にそう」

本心から答えた。

「あれは何なの? 船の持ち主って言ってたけど」



「前にもこんな船を見たの、何度かね。とにかく戻ろっか、ほら、立って」

 海に飛び込み、一緒にヨットへ戻った。幸いどこにも流れていっておらず、まだすぐそばにあったから、それほど苦労はなかった……と言いたいところだけど、ヘトヘトの体では二つの船の境はドーバー海峡のように感じられたもんだ。よく一度も沈まずに泳ぎ切れたよ。まあ、一応、僕も海里にこれ以上かっこ悪いところは見せたくなかったんだ。

 体をヨットの上に引っ張りあげて、寝椅子に横になると、やっと一息ついた。短い時間の間に起きた色んな事すべてを、溜め息になって吐き出す。



「隣に来たら?」

 向こうの寝椅子から彼女の声がする。

 そうすべきだと思った。僕はあの子を助けに行ったんだから、隣に寝椅子を置く権利がある。

 僕らは今こうして、初めて隣あって仰向けになった。

 翳されたビーチパラソルが日差しを和らげ、濡れた体にささやかな海風が心地良い。僕はしばらく、そのままじっとしていた。こうしていると、隣の海里の息遣いすら感じられるようだった。



 ちらと隣に視線をやると、海里は微笑みを浮かべてこっちを見ていた。すぐに視線を反らす事も出来ず、僕もまた彼女を見つめた。

「内藤くんの事を話してよ」



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