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やあ、おはよう。気分はどうだい? 僕はいつも通りの最低のお目覚めだ。今日も一日頑張らないぞ!
酸っぱい腐臭のする自室のドアを開け、耳を澄ませる。わずかにテレビの音が聞こえる。その音を聞くと鬱陶しさと言うか煩わしさというか、そういうものがこみ上げて来た。まだ起きてるのか。
音を立てないように静かにドアを閉じ、部屋に戻って改めて横になったが、もう瞼を閉じっぱなしにしている事は当然出来なかった。
何となく手を枕元のあたりにさまよわせると、そのへんに積んであった本にぶつかった。それを手に取り、何となく開いて目を通すが、少しも頭に入って来ない。体は目覚めても脳ミソだけは未だぬるま湯の中にとっぷり浸かっていて、働くことを拒絶している。
本を次から次へと手に取ったり、読んだり、あるいは投げ捨てたりして、僕は時間が過ぎるのを待っていた。胃に満ちた不快な酸味は薄れつつあり、そろそろ何かを入れたくなってきた。
改めて立ち上がり、部屋のドアをちょっとだけ開いて階下の様子を窺う。テレビの音は消え、明かりも落ちていた。家は寝静まり、いかなる気配も感じられない。
やれやれ、これでようやく一日を始められるよ。
さっきまで居間にいた人物についての悪態を頭の中で並べ立てながら、僕は部屋を出て階下に降りて行った。居間に入って冷蔵庫に向かおうとした時、キッチンでシンクの前に立っている母親の姿にぎょっとして足を止める。
母親はちょうど寝る前の一服をしていた所だった。指に挟んだ煙草の先端が、闇の中に赤々と燃えている。
相手の呆れたような、軽蔑を含んだ視線に僕はたじろいだが、恐れを感じている事を認めたくはなかった。冷蔵庫に行くにはあいつの後ろを通らなきゃ行けないし、今更引き返せば負けを認める事になる。
僕は視線を反らして早足に冷蔵庫に向かった。相手の姿を見るだけでイライラするのはお互い様だ、と言わんばかりに、不快げに足を踏みならしながら。
母親は僕を見、定番の台詞を口にした。「こんな時間に起きて来て」「あんた見ててイライラするのよ」「学校行きなさい」大抵この三つのうちから一つを選んで(基準は不明)ぶつけた後、ありったけの嘲笑と軽蔑を込めて僕に聞こえるようにわざと大きく溜め息をつき、「困ったもんだ」と呟くというのが、まあうちの母親の僕に対する挨拶のようなものだ。
説教とか僕の為を思ってるとか、そんなものは何一つないって断言していい。あそこに籠もってるのはただ「お前のような息をする生ゴミを見せられて自分の気分を害した責任を取れ」ってだけだよ。