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まず船室に戻り、クローゼットを開けて役に立ちそうなものがないか探してみた。別に拳銃や日本刀が見つければいいと思っていたわけじゃないが、武器に値するものは何もなかった。
防水仕様のフラッシュライトが一つ、浮き輪、救命胴衣、海里の着替えがいくつか(神に誓って彼女の下着には触れていない事をここに宣言しておく)。
とにかくライト以外に持って行きたいものはなかった。今にして思えばキッチンに包丁くらいあっただろうけど、何故かこの時はそこに頭が回らなかったんだ。まあ、結局そんなものあったとしても役に立たなかっただろうけど、それについて話すのはもう少し先になる。
さあ、出陣だ。水着に着替え、海に飛び込む。ああ、実は海里に頼んで僕の水着だけ船に置かせてもらってたんだ。毎回これを濡らして持ち帰ってたら母親が変に思うだろ?
クルーザーまではいくらもなかったし、船尾には甲板へと続く鉄の梯子が据え付けられていたから、多少は体力を温存出来た。少なくとも助けに来た僕に感激した海里を抱き上げるくらいにはね。
近くで見ると更にでかいこのクルーザーはヨットとは違い、艦橋ってんだろうか、甲板の上に数階層に及ぶキャビンが乗っかった構造になっている。船首の方にはプールまであった。こりゃあ持ち主は油田かなんか持ってるに違いない。トイレに紙がなかったら財布から万札を取り出してケツを拭いても一向に構わないというような金持ちだ。
カラーは白で統一され、白亜の城というところだ。だが手入れはあまりされておらず、所々ペンキの剥がれた場所に錆が目立つ。
僕はなかなか船内に入れずにいた。怖いんだ。当然だろ? 物音は何もしないし、窓から覗く内部は薄暗い。そこらのシミや錆はどことなく人の顔に見える。
現実で幽霊を見た事はないが、あいにくここは現実じゃない場所だ。僕が入った瞬間に何が飛び出して来てもおかしくはない。
とかく後込みする自分をけしかけ、ライトを灯す。ひどく軋むドアを開けると、途端にカビ臭い空気が忍び出て来た。ふとすれば回れ右して逃げ出したくなるのを堪え、お姫様を助け出すべく、世界一ひ弱な王子内藤は中へと踏み込んだ。
赤い霧みたいなものが浅く立ち込めていて、誰かが僕を脅かす為にドライアイスでも焚いているようだった。今にもサイレントヒルのテーマ曲が流れて来そうだな。
震える手でライトのスイッチを入れ、光線をさまよわせる。
「つ……、か……」




