5.幽霊船とその持ち主
このヨット以外でちゃんと浮かんでる船はもちろん初めて見た。かなり大きいなクルーザーで、こちらからでは甲板を見上げる事も出来ない。
こっちの定員がせいぜい三人か四人なのに対して、向こうは二十人くらいが楽に生活出来そうだ。お手伝いさんを山ほど連れて船遊びにしゃれ込む金持ち向けのやつだろうか。
とにかく海里に聞こうと海を見下ろし、一度は僕自身潜って見たが、海中は見渡す限り無人だった。柔らかな虚空が満ちている。
もちろん船室も空だ。シャワールーム? ああ、いや、そこも探したよ。真っ先に。ちゃんと声をかけて、それからノックしたってば。
結論を出さねばならないようだ。海里は多分、あっちの船にいるんだ。だけど何の為に?
向こうは右舷後方に五十メートルほど離れた場所に佇んでいる。泳いで行けない距離じゃない。目を凝らして人影を探すが、窓辺も甲板もひっそりしていた。
何となく、不吉な予感が胸をかすめた。船の雰囲気が廃墟そのものなんだ。もうずいぶん長い間、誰も立ち入っていない場所だ。人間を拒絶する退廃のオーラみたいなものを霞のようにまとっている。
僕はどんどん不安になってきた。海里はまさか幽霊に連れ去られたんじゃあるまいな。
僕がパイレーツオブカリビアンのジョニー・デップみたいに勇ましかったらすぐにでも駆けつけた所だけど、あいにくあんたの目の前にいるこの少年は人並み以下の烙印を受けた引きこもりだ。せいぜい出来る事と言ったら、船室と甲板を行ったり来たりしながら目の前の現実が冗談か何かである事を祈るだけだった。いやあ、今思い出すと溢れ出す「おろおろ」って擬音で船が沈みそうだったな。
まあ、行くしかないだろ? ここで諦めてボトルから飛び出してボトルシップを窓から投げ捨てた内藤少年は、その後も引きこもりとしていつまでも末永く幸せに暮らしました。おわり。という話だったら僕だって人に聞かせようとは思わないよ。
行くと決めた後も、家の鍵やガスの元栓が気になっていつまで経っても外出出来ない脅迫観念症の人みたいに、僕はグズグズとその場で躊躇っていた。出来れば、海里がそこらの海面から顔を出して、「何やってんの?」って聞いてくれないかと期待しながら。
もちろん海里は現れなかったし、誰かが助けに来てくれるという事もなかった。すべてがそのままだった。
決意する、それが揺らぐ、また決意するを繰り返し、とうとうこれ以上は無理というところまで来ると、僕は頭の中で最終的な審議を行い、そして本当に最後の最後という結論を出した。当たり前の結論を。
行くしかない。




