3-2
階段に背を向け、わざとらしく顎を手で撫でつつ水平線を眺める。やあ、青い空白い雲、気分は果てしなく爽快だ。いつまで見てても飽きないものだ……と、言わんばかりに。
彼女の爪先が甲板に達し、そして僅かな驚きと動揺を込めて停止した。水滴が落ちる音が絶え間なくする。
「来てたんだ」
歓迎しているとは言いがたい口調に聞こえた。僕は振り返りかけて、動きを止める。
「うん、まあ」
喉に唾を詰まらせながらそう答えた。
足音を甲板に響かせながら、彼女がこっちにやってくる。
今や僕の鼓動は世界中に聞こえてしまうのではないかというくらい大きくなっていた。
彼女はおかしそうに聞いた。
「何でそっち向いてるの?」
「鯨が……いた」
「鯨?」
「うん。潮噴いてた」
「そ、そう」
何て間抜けな言い訳なんだろうな。彼女はしばらく僕と同じ方向に視線をやり、僕が見たと言うものを探しているようだったが、やがて船室へと向かった。
後ろ姿くらい見ても罰は当たらないだろう。いや、というより本心を言えば、後ろ姿を見た事はバレないだろう。背中に目が付いてるわけじゃないんだから。
機密書類を発見したジェームズボンド並に鋭い視線を巡らせ、とうとうその先に彼女を捕らえた瞬間、僕は……えっと、何て言うか……いや、まあ、彼女に羞恥心のないってわけじゃなくて安心した、と言っておくべきだろう。
なんだ、水着を着てたのか。というか寝椅子に下着が落ちてなかった時点で気付くべきだった。服の下に着込んでいたんだろう。それでも視界の端に一瞬だけ映った、白いワンピースに包まれた小さなお尻とウエストのくびれは、僕を十分にどぎまぎさせたものだ。
前に組み立てた僕の寝椅子はそのままになっていた。いてもたってもいられない気分だったが、とりあえずそこに腰を下ろした。もちろんちっとも落ち着かず、さかんに彼女が降りていった船室の入り口を眺める。




