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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
第八章 今際の際

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第九十一話 肉の身体、黒い肉体

 オロチ。その名が出てきた時、俺は無意識にホッと息を吐き出していた。

 理由は分からないが、「なんだかわからないもの」ではなかったことに安堵したのかもしれない。

 それに俺は多分、心の何処かで気付いていたのかもしれない。


 さっきあの空間で対話をした存在は──八岐之大蛇は、敵ではないのかもしれないということに。


「ぐっ」

「先生、大丈夫だ。全部出しちゃえ」

「み、明神? でも……」

「大丈夫だ! 多分! わかんないけど!! 俺の眼がそう言ってる! 気がする!」

「な、何も大丈夫じゃないじゃないかっ!」


 血を吐き続ける先生の背中を擦るために俺も地面に膝をついて、ゴシゴシと白い背を撫でる。

 発熱し始めているのか、それとも俺が強く擦りすぎているのか、先生の背中はやけに熱い。

 直紹さんは泣きそうな顔でワッと叫んだが、ぴょんぴょんと跳ねている火種が彼の顔に貼り付くと大人しく口をつぐんだ。

 彼の身体はまだ火がついていて、しかし熱くないからか気にした様子もない。

 こうして見ていると火種と一体化しているようにも見えて、なんだかおかしな心地だった。


「なによ、これっ!」

「なんだと思う?」

「お前に召喚術式なんかなかったはずよ!」

「……分かってない時点で、お前は先生の足元にも及ばないヤツだったんだな」

「なん、ですってぇ……!」


 出現した巨大な蛇の頭は、俺達の周囲の夜住を食い散らしながら、霧子を押し留めている。

 正確には、突如出現した巨大な蛇に動揺した霧子が動けないでいるだけだろう。

 先生は一目で、この巨大な蛇が何かを看破した。

 霧子にはそれが出来ていない、ということは──そういうことだ。


 夜住に己を食わせてまで力を求めた女は、目玉まで曇らせてしまったのかもしれない。


『正される、頃しもよ』

「なん、なのよっ!」


 オロチは、己の巨体で夜住を踏み潰すようにうごめくと、霧子を喰らおうと大きく口を開いた。

 しかしそこは流石というべきか、霧子は大蛇の牙に刀を当てると、反動で後方へ下がる。

 より広く開いた距離に、俺は火花を消して先生の背中を撫でた。

 オロチの目的は分からない。

 「正される頃しも」と言っているということは、言葉の意味からして何らかの歪みを正そうとしているのだろうとは理解出来るが、それが何なのかはさっぱりだ。


 何より、先生と直紹さんを包んでいる炎は、まだ消えていないのが気になる。

 先生はさらに一度、激しく血を吐いた。

 しかしその量はさっきまでより少なくて、身体中の血液を吐ききってしまったのじゃないかと心配になるほどに、肌は真っ白くなっている。

 それでも、不思議と肌は熱くって。

 俺は、吐き出され燃えている先生の血を眺めながら、これにも何か意味があるのだろうと、必死で考えた。


「直紹さんは、大丈夫ですか」

「わ、わからない」

「体調とか」

「そもそも燃えていることが異変すぎて……」

「それはそうなんですけど」

「うぅ、もう吐くもんないんだけど……」


 霧子を注視したまま、先生と直紹さんの前に出る。

 夜住を食らっているオロチは、途中で邪魔になっている霧子を弾き飛ばすだけで積極的に攻撃を仕掛けようとはしていない。

 霧子がこちらに向かってこようとするのを邪魔している形にはなっているが、完全に無視は出来ない。

 半端な状況に意識が分散する。


 俺にとっては、オロチよりも夜住よりも、あの女の方が始末すべき敵だ。


「う、わっ」

「直紹さんっ! こらお前、何してんだっ」


 しかし、背後で直紹さんが驚いた声が聞こえて、俺はつい霧子から意識を外してしまった。

 火種が、直紹さんの髪の下に潜り込んで背中にひっついているのだ。

 背中からうごうごと首筋まで昇っていく火種の感触に、直紹さんがくすぐったそうに先生から手を離す。

 自分のところの火種の謎の行動に、俺は反射的に火種を掴もうと手を伸ばした。

 しかし、当たり前だが火種を掴むことなんか出来ない。


 火種は、火だ。

 実体のない、ただ目に見えているだけの力の凝縮された存在。

 昔から火種を掴もうとしては失敗して、子供の頃には普通の焚き火を掴もうとして火傷したこともあった。

 そんなことはすっかりと忘れて、止めようと勝手に手が動く。


 風が、渦巻いた。


 背後でギャリッと甲高い音がして、鉄と鉄のぶつかるその匂いが、鼻腔をくすぐる。

 そのくらい近くで、霧子の長柄の刃と先生の太刀が、ぶつかりあっていた。


「ほんっと! 邪魔ね!!」

「おまえ、がなっ……!」


 口元を血で赤く染めた先生と、口に紅をひいている霧子の刃がぶつかり合い、火花を散らした。

 もうあとほんの数センチメートル。

 先生が止めてくれていなければ、俺は首を斬られて血を吹き出していただろう。


 先生は霧子の刃を止めながら、表情を歪ませる。

 霧子は一度刃を弾いて先生から離れると、刃に重心を乗せて長く広く、刃を振るう。

 弾かれた先生は背中を石床に叩きつけて倒れ、それを見た俺は持ったままだった刀で霧子の刃を地面に叩きつけるように上から止めた。

 ガツン、と、刃ではなく持ち手に刃がぶつかった鈍い音がする。

 持ち手は、重い木で出来ているのか、刃が食い込んで一瞬、攻撃の手がとまる。


 しまった。

 そう思っても遅く、霧子がニヤリと笑った。

 そのまま、霧子が俺の刀を柄に食らいつかせたまま上に振り上げる。


 あ、と声がした。

 バチッと火種が明滅したのが、光の加減で、わかる。


 直後、床にバサリと黒い何かが散って落ちた。

 髪だ。そう気付いて、ハッとする。

 

「直紹さんっ」


 まずい。

 俺は懐から懐刀を取り出すと、鞘を捨てて構えた。

 さっきもそうだったが、髪は呪術的に言えば本体とそう違わないほどの重要度を持つ部位だ。

 直紹さんの髪は、相当長い。

 術式に長けている霧子に使われたら、ただでさえ霧子の術が埋め込まれている直紹さんにとってはまずいことになるんじゃないか。


 そう思って再び霧子と少しでも距離を取ろうと立ち上がろうとして──俺は、火種が直紹さんの髪をバクリと食う光景を目撃してしまった。

 煤よりも鮮やかで、煤と同じくらいに真っ黒く長い髪。

 それを、まるで煤を食う時と同じような感覚で食べる火種に、思わず声をあげてしまう。


「ちょ、嘘でしょ!」

「バカ! 食べるな!」


 髪が火に煽られる、なんとも言えない不快な匂いがする。

 寝転がっていた先生も飛び起きて、髪を食われた直紹さんはぽかんとしたまま。

 霧子と火種をキョロキョロ見るだなんて、なんとも情けない光景もあったものだ。

 頭の中も、なんでこんな時に、とか、何をやらかしてくれているんだ、とかでいっぱいいっぱいになってくる。

 さっきまで戦いに集中していたのに、なんとも無様で情けなくて。


 けれど、直紹さんの火種を食い切って嬉しそうにぴょんぴょんと高くに跳んだ火種を、横からオロチがかっさらって食ったときには、流石の霧子も驚きで何も言えなくなっていた。

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