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祓火の番ー二十年の因縁と、封印された伝説の魔物。ハズレものの最強師匠に拾われた俺が、真実を焼き出す眼に覚醒して帝都の闇を焼き払うー  作者: ミスミシン
終章 神話の帰還

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エピローグ

 その日、帝都の空は、信じられないほどに澄み渡っていた。


 深神霧子が引き起こしたあの悪夢のような一夜から、数ヶ月。

 冬しかなかった帝都の季節は巡り、凍てつくような死の冬から命が芽吹く穏やかな春へと完全に移り変わっていた。

 オロチが最期に遺していったあたたかい風は、春の風を呼び、帝都を覆っていた真っ黒な煤も、凍りついていた冷たい氷も、すべてを溶かして優しく洗い流してくれた。

 焼け落ちた家屋はすぐに撤去されて跡地になり、今は真新しい木材の匂いが漂っている。

 一時期は絶望した市街地も、今は復興に向けて汗を流す活気ある人々の声で、明るく輝いていた。

 

 誰もが前を向き、新しい帝都を立て直そうと必死に、そして力強く生きている。

 だがその事後処理は、それこそ戦争以上の激務だった。

 

 あの騒乱は、後に歴史書で『深神(ふかみ)の叛乱』という大事件として記録されることになった。

 かつて帝都の水を司った火族(かぞく)四家の名家・深神家は、今や歴史の表舞台から完全にその姿を消している。

 霧子が自らの野望のために、戦いの前に一族郎党──使用人やその血族に至るまでをすべて夜住(よすみ)へと変え、呪いの尖兵として利用していたことが判明したからだ。

 あの夜に神風(かみて)屋敷を襲った夜住は、深神霧子が敵対している人間どころか身内すらも切り捨てた、その残穢だったのだと聞いた時、なんとも言えない心地になったものだ。

 

 だがその無数の夜住たちも、俺や(とばり)先生、そして和穂やハル、葵らの刀主(とうしゅ)灯守(とうもり)の手によってすでに掃討されている。

 結果として、深神家は文字通り「全滅」という形で、後腐れなくその歴史に幕を下ろすことになった。

 己の家を、自分という存在そのものを歴史に刻もうとした霧子の願いは、皮肉にも最悪の反逆者として名を残すという形で叶ってしまったのだ。

 

 残された火族の三家は──神風、明神、そして一番若い御神苗。

 どんどんと数を減らしていくこれらの中で火種を残すのは、今や神風のみ。

 これからの帝都の裏社会におけるパワーバランスは、唯一『神風の火種』を維持し続けた神風家へと大きく傾くことになった。

 

 これからの再建、そして各家の取りまとめ。

 当然、神風家への重圧は計り知れないものになる。

 だが、次期御神苗家当主となった和穂やハルたちは、それを不満に思うどころか

 「面倒なまとめ役を全部直紹(なおつぐ)さんに押し付けられてよかったー!」

 と、清々しい顔で笑い合っていた。

 俺も、全く同感だ。

 現場で刀を振るう方が、俺たちにはずっと性に合っている。


 和穂の腕は、直紹さんの治癒術を受け続けて今はすっかり元通りだ。

 あたたかくなってきた頃に左腕だけで腕立て伏せをしていた時は、どうしてしまったんだと思ったものだ。

 しかもその数を数えていたハルは「もうすぐ700回」と言っていたものだから、俺も負けん気に火がついてしまって。

 結局先生が止めに来るまで延々と腕立て伏せをしまくった両腕は3日後も痛くって、久し振りに馬鹿をやったと二人で大笑いしてしまった。

 

 そんな馬鹿をやっている俺たちの期待と丸投げを受けた直紹さんは、オロチの呪縛から解放されて体調が回復するや否や、凄まじい手腕で政府との交渉に当たった。

 

「帝都が火の海になり、無辜(むこ)の民が死に絶えようとしている時、政府軍はただ沈黙を守っていましたね。これに関してのご説明を願いたい」

 

 政府の重役たちを前に、直紹さんはあの涼やかな微笑みを浮かべたまま背後に葵を控えさせ、一歩も引かなかったそうだ。

 その上で、軍を動かさなかった政府の不手際と鈍重さを徹底的に突き、

 「すべての悪は深神であり、市民を救ったのは我々火族である」

 という事実を記録させ、帝都復興のための莫大な補助金を容赦なく分捕ってきたのだ。

 病弱で薄幸の美青年という仮面の裏にある、神風家当主としての恐るべき強かさと冷徹な頭脳。

 その報告を聞いた時、俺は心底、この人を敵に回さなくてよかったと胸を撫で下ろした。

 

 とはいえ、無理がたたって倒れる癖は相変わらずで、バリバリと仕事をこなしていたかと思えばぷつりと倒れる直紹さんの主治医を務めているのは、俺の両親だった。

 

「また徹夜で書類仕事をしたね! ちゃんと寝ないとダメだって言ってるじゃない!」

「す、すみません……ですが、復興の予算案がどうしても……」

「当主様、今日こそは胃に優しいお粥にしますからね!」

 

 俺の母さんにこっぴどく叱られ、葵に過保護なまでに世話を焼かれている直紹さんは、以前の『死人のような白さ』からは劇的に改善されていた。

 「戦争で犠牲になるのはいつも弱いものだ」と言っていた父さんは、今、懸命に直紹さんの身体を根本から治そうとしている。

 オロチへの贄として幼い頃から奪われ続けていたゆえの貧血体質はすぐには治らないだろうが、それでも彼の身体は、少しずつ『生きるため』の肉体へと変わりつつあった。

 最近では和服だけでなく仕立てのいい洋装を着こなすようにもなり、街を歩けばすれ違う女性たちが振り返るほどだ。

 その活力も、このあたたかさが──オロチがもたらしたものだろう。

 命が循環している、と言ったのは、先生だった。

 

 そして俺。

 明神宗一郎は、右眼に宿っていたオロチの特別な力を完全に失い、ただの刀主に戻った。

 オロチを通して帝都中を見渡せたあの万能感はもうない。

 視力も共にオロチに返したから、俺の顔の半分は黒い眼帯で覆われている。

 仕方ないとはいえ、視界はいつもの半分で、ひどく狭くて頼りない。

 でも、不便だとは少しも思わなかった。

 むしろ、これが俺の本来の視界なんだと思うと、早く慣れなければという決意がわいてくる。

 神の奇跡は終わり、俺たちは人間の足で生きていく。

 その証のような気がしたからだ。

 

 けれど時折、春風が頬を撫でる時や、神風の屋敷の奥で火種がパチパチと爆ぜる時。

 右眼の奥がほんの少しだけ熱くなることがある。

 オロチの遺志は、完全には消えていないのだ。

 かつて川の氾濫という厄災として恐れられた神は、最後は人間の涙に触れて春風になった。

 その名残が、この世界を見守るための小さな、本当にあたたかい火種として俺や直紹さんの中に残り続けている。

 それは不思議と、俺の背中を力強く押してくれるような気がした。

 

 春のうららかな昼下がり。

 俺はいつものように、神風屋敷の縁側で先生と並んでお茶を飲んでいた。

 庭には、見事な枝垂れ桜が満開の花を咲かせ、時折吹く風に乗って薄紅色の花びらがひらひらと舞い落ちてくる。

 

「桜って、こんなに綺麗な色をしてたんだねぇ」

「俺も、初めて見ました」

 

 湯呑みを両手で包み込みながら、先生が目を細めて桜を見上げている。

 視力を取り戻し、オロチの呪いから解放された先生は、以前よりもずっと生き生きとして見えた。

 透き通るような青い瞳は、見るものすべてが新鮮で仕方ないといった様子で、あちこちの景色を嬉しそうに映している。

 俺はついお茶を飲むのも忘れて、その横顔に見惚れるようにじっと先生の目を見つめていた。

 

「なになに~? ソウちゃん。そんなにじろじろ見られたら照れるじゃん」

「何言ってんだか」

 

 不意に視線をこちらに向けた先生が、青い瞳を細めて楽しそうに笑う。

 からかうようなその口調は昔のままだが、俺を真っ直ぐに映すその瞳の輝きは、以前とは全く違う。

 自然と、俺の口角も上がる。

 

「……別に、見てないですよ。ただ、いい空だなと思っただけです」

 

 俺は照れ隠しに、先生から視線を外して空を仰いだ。

 雲一つない、真っ青な空。先生の瞳と同じ色をした空だ。

 

「ほーんと、いい天気だよね! ……こんなに明るい世界を、また君と一緒に見られるなんて、思ってなかったよ」

 

 先生の静かなつぶやきに、俺は湯呑みを置いて、今度こそ声をたてて笑った。

 俺より長く生きて、俺より長くオロチと戦い続けていた先生がそんな弱々しい事を言うなんて。

 でもそれも、全てが終わってまっさらな状況になったからなのかもしれない。

 

「これからですよ、先生。嫌って言うほど、いろんな景色を見に行きましょう。あっちこっち、出張予定入ってましたよ」

「直紹さぁ、仕事しすぎじゃない!?」

 

 うわー! と叫ぶ先生の声のあとに、思わず顔を見合わせてふふっ、と笑ってしまう。

 声がとろりと空に溶けていくなんて、初めて知った。

 それもこれも、この空気があたたかく、凍ったものを全て解かしていくせいなのだろう。

 

 後世の歴史書には、こう記されるだろう。

 唯一残された神風の火種は、『オロチが世界に呼んだ春風』の象徴。

 神を討ち、同時にその魂を救った明神は、『暗闇にいた神に明星を届けた者』。

 そして、そのすべてを支え、守り抜いた帳は、『神を屠る剣を守り通した結界』として。

 

 彼らの活躍によって帝都は救われ、新たな時代が幕を開けたのだと。

 

 だが、俺たちにとっては、そんな大層な名前や歴史はどうでもいい。

 この戦いも、それまでの日々も、俺達にとってはただの日常でしかない。

 俺たちはただ、このあたたかい春の空の下で、これからも生きていく。

 泣いて、笑って、喧嘩をして、共に飯を食いながら。

 

 チリン、と。

 先生の腰元で、元の姿に戻った鈴が、春風に揺られて小さく鳴った。

 その清らかな音色は、もう何かの終わりを告げる悲しい響きではない。

 

 帝都の夜は明け、新しい季節が今、はじまろうとしていた。


(完)


これにて完結です!

お付き合いありがとうございました!!

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