5a-3. アニスは魔女と接触したい
日の落ちたパルナムの街中を北の貴族街に向けて駆けながら、アニスは思考を巡らせていた。
魔女とは何者なのか。
実のところ、アニスは魔女についてそれほど多くのことを知らない。
魔具職人としての師であるゼペックから聞いていたことは、魔女は不思議な力を持ち、魔導国と反目し合っていること、優秀な魔具職人を囲っていること、それに国家との関わりを極度に嫌い、秘密主義であることくらいだった。
ゼペックは魔女の力については殆ど知らなかった。少なくともゼペックは魔女がその力を行使するのを目撃したことは無い。唯一その力を感じたのは、魔女の作った結界が、ゼペックの魔力眼で確認できなかった時だ。
魔法が関与した結界なら魔力眼で視認できる。魔力眼で視えなければ、魔力とは異質の力によるとしか考えられなかった。
そんなゼペックに比べれば、アニスはまだ魔女の力を知っていると言えるが、それでも全然だ。
アニスを魔女にしたサラは、魔女の力について積極的にアニスに教えようとしなかった。その代わりと言うか、サラはアニスに三つの指示を与えた。一つ、魔女であることを隠すのに慣れろ。二つ、魔女の力を攻撃に使うな。三つ、感情に任せて攻撃をするな。
そもそも魔女の力を使った攻撃方法を教えていないアニスに、何故攻撃に関する指示を二つも与えたのかは分からない。だが、とても重要なことらしい。
「魔女の力は強すぎるからな」
そう言っていたサラの至極真面目な表情が忘れられない。
自分は、まだ見習い中の魔女。
一人前の魔女になり得るのか、試されているのだろう。
それは推測に過ぎないが、何にしてもアニスはサラの言い付けを破るつもりはない。
ただ、サラは魔女の力について知ろうとするなとは言わなかった。
なので、サラが教えてくれずとも、他の魔女に聞けば良い。
そう考えたものの、残念ながらそれも上手くいっていない。
タキはサラの教育方針に同調しているらしく、教えてと頼んでもサラの判断次第だからと言われてしまった。
トキノは結婚相手探しで頭が一杯で、ランは春告草のメンバーと行動を共にしているので魔女の話は中々できず。
それほどの数の魔女がいるようにも思えず、もう暫くは別の魔女には会えないのではと半ば諦めかけていたところに、ここパルナムで魔女の気配を感じた。
どんな魔女かは分からないが、ともかく一度は接触してみたい。
アニスは北の大通りを越え、貴族街の手前まで来た。
魔女の力の眼の届く範囲のギリギリのところに、魔女の気配を感じる。
できれば、そこまで行きたい。しかし、貴族街の中では路上のあちこちで人が動いている。ラウラが言っていた憲兵のようだ。
そんなところに用もなく入っていけば、怪しまれることは避けようもないし、最悪取調べに連れていかれてしまう恐れもある。
憲兵達が探知魔法で周囲の状況を探っているのも魔術眼で視えていた。道を避けて屋根伝いに進もうが、空を飛んでいこうが、魔女に近付こうとしたところで憲兵達に見付かってしまうだろう。
となると、魔女がこちらに戻って来ることに掛けるしかないか。
アニスは周囲を見回し手近な集合住宅の建物を選ぶと、人目が無いことを確認してから浮遊の付与魔法を使い、その建物の屋根の上に登った。
思惑通り、そこからなら貴族街が一望できる。
夜空は真っ暗だが、道を照らしている街灯のお蔭で、貴族達の屋敷の輪郭が浮かび上がって見えていた。遠見の光魔法を発動して、力の眼が告げる魔女の居場所に目を向ける。
しかし、そこに人影は見えない。建物の中だろうか。
あまり動いているように見えないから、きっとそうだ。
「ウーン、何してるんだろ?」
首を捻りながら、そのまま観察を続けるアニス。
数分の時が経つ。
それまで静止していた魔女が動き出した。
屋敷の中から屋根の上に。
「ん?」
再び首を捻るアニス。
魔女の力の眼で視ると屋根の上にいる筈なのだが、遠見の魔法で見ようとしても見えない。
どういうことだろう?
視覚を誤魔化す何かをしているのかも知れない。
ならば目は使わない方が良い。
アニスは収納サックから目隠しの黒い布を取り出すと、目を覆うように頭に巻き付け、頭の後ろで結わえる。
力の眼の訓練で使う方法だ。
これで力の眼で視ることに集中できる。
魔女はアニスの居る方へと動いていた。
それなりに強い魔女の力なので見落とすことはなく、力の眼で追い掛けるのは簡単だが、力の無駄遣いをしているようにも思える。効率よく力を使えば、ここまで魔女の力が漏れたりしないと思うのだが。
と、強い魔女の力の後ろに、凄く弱いが別の魔女の力を感じた。
魔女が一人ではなく二人いる。
二人目の方が魔女の力を上手に使っていて、漏れている力の量が少なかったので気付けていなかった。
二人で取り組んでいるとなると、余程重要な任務の途中なのか。
だとすると邪魔しない方が良い?
いや、この機会を逃すと、二人はどこかへ行ってしまって会えず終いになるかも知れない。
アニスは意を決して、集合住宅の屋根から飛び出し、二人の魔女の進行方向にある屋敷の屋根の上に降り立った。
そして二人の行く先に立ちはだかるように両手を広げ、僅かに魔女の力を発散させながら声を上げる。
「待って!」
果たして、アニスの思惑通りに二人の魔女は歩みを止めた。
「うん?こいつから同族の匂いがするにゃ。でも、見たことが無い顔だにゃ。どういうことにゃ?」
面白い語尾を使う魔女だ。頭に猫耳があるように視える。猫人族?
「姉様。確かめてみるのです」
猫人族の魔女の後ろからもう一人の魔女が発現した。こちらは、人族のようだ。でも、姉様と呼んでいるとなると、姉妹なのか?
ともあれ、妹の方が魔女の力を三回強めて来たので、それに合わせてアニスも魔女の力を三回強める。
「姉様。どうやら同族みたいなのです。スイは新人さんではないかと思うのです」
スイの言葉を肯定するように、アニスはうんうんと頷いた。
「えっ、新人にゃのか?どうして新人がここに来ているにゃ?もしかして、ワシらがちっともお頭と連絡を取らないから、わざわざここまで指示を伝えに来たのかにゃ?」
組んでいて腕を解き、慄いたような声を上げる姉。
「姉様の悪戯がバレたのではないですか?」
「にゃんと。お頭のベッドにスライムを入れていたのがワシだと気付れたってことかにゃ?部屋の扉も開けっ放しにして、偶々外から入ったように見せかけておいたのにか?」
「姉様、自分から罪の告白をして、どうするのです?」
「おおーっ、しまったにゃー。うっかりしたにゃ。頼むからこのことはお頭には内緒にしてくれにゃ」
手を顔の前で組んで、姉の方が泣きながら懇願してきた。
「別に良いですけど」
アニスが承諾すると、姉は喜びに満ちた声になる。
「おおっ、お前、良い奴だにゃあ。これから仲良くしてやっても良いにゃ」
「それはどうも」
何だかよく分からないうちに、親密度が上がったようだ。
これなら魔女の力を使った技も教えて貰えるかも知れないと、アニスは期待に胸を膨らませる。
と、そこで甲高い笛の音があちこちで鳴り響いた。
「憲兵の呼び子だにゃ。もう気が付いたにゃ」
「姉様、早いところ、ねぐらに戻るのです」
「スイ、焦る必要はないのにゃ。認識阻害を使っていれば、見付かることはないのにゃ」
エヘンと腰に手を当てて胸を張る姉。
だがその姿が光の珠の輝きで照らされる。
そして、下の方から「いたぞ、三人だ」との叫び声が聞こえて来た。
「なぜだにゃ?あ、もしかして、新人、認識阻害を使っていないのか?」
「認識阻害って何です?」
「おーっ、どうしてお頭は新人に認識阻害を教えなかったにゃー」
姉は頭を抱えた。
「認識阻害ってどうやれば良いんです?」
「教えてやっても良いが、取り敢えずは逃げるのにゃ」
「何で逃げるんです?」
「ワシらが貴族の屋敷から金貨を盗んだことがバレたからにゃ。お前もワシらと同じように目隠しをしているから、仲間だと思われたにゃ。一緒に逃げないと不味いことになるにゃ」
「はい?」
魔女がどうして泥棒をやっているのだ?あまり考えたくないのだが、ラウラが言っていた泥棒とはこの二人のことなのか?
それに、なぜ同じように目隠しをしているのだ?あー、泥棒だからか。
アニスは妙に納得した。
「ともかく、全力で行くにゃ。分かっているとは思うにゃ、使うのは魔法だけにするにゃ」
そう言い置くと、アニスの返事を待たずに姉が風魔法で跳躍し、南の側の建物へと飛び移る。その後を追うようにスイも跳ぶ。
二人に置いていかれた格好のアニスだったが、周囲の道に憲兵が集まっているのを見ると、言い訳しても信じて貰えないだろうと判断して、二人の後を魔法を使って追い掛け始めた。
どうしてこんなことになってしまったのか。
とほほ感が漂うアニスだった。
まあ、魔女に出会うことには成功しましたが...。
(2023/11/5 付記)
すみません、少しだけ手直ししました。
姉の一人称を「私」から「ワシ」に。
会話の中で「魔女」の言葉を使わないように。




