5a-4. アニスは少し不安になる
「ふー、ここまで来れば大丈夫なのにゃ。ワシらを追い掛けてくる奴は、もういないにゃ」
アニス達三人がいるのは、南地区の建物の中。
一旦は東地区にまで行き、随分と迂回しながらここまでやって来た。
追手を撒けた安心感で、ホッとした空気が流れる。
「それで、新人はどうしてパルナムに来たにゃ?お頭に何か言われているのかにゃ?」
「いえ、ここに来たのは火の山に行くためですけど。二人のことは何も聞いてませんよ」
「ふむ、なら良いのだがにゃ」
「あの、そろそろ目隠しを取っても良いですか?」
アニスは目隠しの布に手を掛けようとする。
「待つのにゃ、新人。まだひと仕事残っているにゃ」
「ひと仕事?また泥棒ですか?」
「そうではないにゃ。付いて来れば分かるにゃ」
それからアニスは魔女の姉妹に連れられ、南地区内のとある建物の屋根に来た。
「新人はここで見ているにゃ。スイ、ここから先はワシ一人で行くから、新人に付いててやるにゃ」
「分かったのです、姉様。スイはここで待っているのです」
スイの返事に頷くと、姉は一人で屋根から飛び降り、道路を挟んで向かい側の建物の扉の前に立った。魔女の力を感じるので、認識阻害を発動しているのだろう。周囲の路上に何人かの人がいるが、姉に注意を向ける者はいない。
誰もが無関心なのを良いことに、姉は無造作に扉を開ける。
そして、建物の中に何かを投げ入れ、更にもう一つ、今度は手に持った物に火を点けてから建物の中へと投げ込むと扉を閉めた。
少しして、パンッ、パンッ、と建物の中から弾けるような音が聞こえて来た。
「姉様は爆竹を投げ入れたのです。自分で音を鳴らさなければ、認識阻害が破れることはないので」
アニスが尋ねるより前に、スイが説明する。
「それじゃあ、最初に投げ入れたのは何?」
「それが何かは、もう少し観察していれば分かるにゃ」
二人のところに姉が戻っていた。
姉はアニスに笑顔を向けている。
まずは黙って見てみろと言うことらしい。
アニスは大人しく姉の魔女に言われた通りに、向かいの建物の扉に目を向ける。
それからさして間を置くこと無く、扉が開いて一人の人が姿を現した。
その人物は建物の前の通りの左右を確認すると、その場に跪いて祈りの姿勢をとる。
何かを呟いているようだったので、風魔法で音を拾ってみた。
「神よ。汝の御使いによる慈悲に感謝を」
壮年と思われる男性の声だ。
男性は祈り終えると立ち上がり、建物の中へと戻っていった。
「御使いの慈悲?何のこと?」
「分からないにゃ?あの男が誰なのかも想像付かないのかにゃ?」
「神官?と言うか、この建物、神殿っぽい気がするんだけど」
「その通り、と言いたいところですが、少し違うのです。目の前の建物は、その昔は南地区の神殿だったものです。貧民街が広がって治安が悪くなり、危険を感じた神官や神の巫女が中央の神殿に避難してしまい、それ以来、放置されているのです。先程の男性は、打ち捨てられた神殿を拠点に、貧民街の住民達を支援しようとしている有志の集まりの代表者なのです」
スイの説明で、アニスにも大体のことが分かってきた。
「その有志の集まりって、平民だけってこと?」
「一部の下級貴族も参加しているがにゃ、いずれも貧乏貴族なのにゃ」
「となると、活動資金が足りてない?」
「その通りなのです」
スイの隣で、姉が腕を組んでうんうんと頷いている。
「だからお金持ちの貴族から金貨を盗んて、あの人達に渡しているんだ?」
「大正解だにゃ。どうだ、ワシらは偉いにゃ?」
胸を張ってワッハッハと笑う姉。
「偉いとは思いますけど、それがサラの指示なんですか?」
姉の笑い声がピタリと止んだ。
「そ、その話をするには、ここはよろしくないにゃ。場所を移すにゃ」
そうして三人は移動する。
移動した先は、貴族街から戻った時にも立ち寄った、魔女達の住まいだった。
そこは、昔神殿だった建物から数ブロック東に位置している集合住宅の最上階。
屋根伝いに走って来たアニス達にとって、都合の良い場所だ。
「さて、もう目隠しを外しても良いにゃ」
そう言いながら、姉はさっさと目隠しを外した。
スイもアニスも続けて目隠しを外す。
ようやくここに来て、アニスは二人の魔女の顔をマジマジと見ることができた。
二人とも髪は短いが、姉の方がより短い。姉はノースリーブのシャツに短パンで、頭に猫耳、お尻に尻尾が付いている。
妹のスイは半袖のTシャツにミニスカートに膝上丈のスパッツ。
どちらも活動的な姿だが、アニスの最初の感想は「途轍もなく似てる」だった。
目のくりくりした感じも、眉の太さも曲線も、鼻の高さも鼻筋の付き方も、口の形も大きさも、何もかもがそっくりだ。
アニスとシズアも良く「似てる」とは言われるが、この二人とは比べ物にならない。
唯一の違いと言えば、妹のスイの左目の目尻の下にある泣きぼくろくらい。
「どうした、口を開けたままだが?」
「あ、いえ、二人とも良く似ているなと思って」
感心したようなアニスの言葉に、ニヤリとする姉。
「それはそうなのにゃ。ワシらは双子だから似ているのは当然のことにゃ」
またまたエヘンと胸を張る姉。
「双子なのに、一人は猫人族で、もう一人は人族なの?」
「いや、ワシらは一卵性双生児だにゃ。だから、どちらも人族なのにゃ。ワシの猫耳はカチューシャなのにゃ」
姉が猫耳カチューシャを外してみせた。
確かに言われてみれば、普通に人の耳も付いている。猫人族なら猫耳しか無い筈なのにだ。
「何で猫耳カチューシャを付けているんです?」
「それはワシが猫人族をやってみたかったからなのにゃ。だけど、スイは人族が良いと言うからワシが猫耳カチューシャで妥協したにゃ。ワシは姉だからにゃ、スイには甘いのにゃ」
「姉様はいつもスイに優しいのです」
双子の魔女は、互いにニコニコと見つめ合っている。
そんな仲の良い二人を見て、アニスもほっこりした気分になった。
「やっぱり双子でも先に生まれた方が、ちゃんとお姉さんとして振舞うんだね」
それはアニスの素直な感想だったのだが、二人の顔が「えっ」となる。
「ん?どうかした?」
首を傾げるアニス。
「ワシらの中では、スイの方が先に生まれたにゃ。だからワシが姉になったにゃ」
「へ?」
まさか生まれた順番がアニスの想定と反対とは。
「なぁ、スイ。ワシの方がスイのことを姉様と呼ばないといけないかにゃ?何なら、今からでもワシのことはキョーカと呼んでくれにゃ」
「何を言っているのですか姉様。私達が生まれた時は、先に生まれた方が弟妹と決まっていたのですから、今まで通りで良いのです」
「そうか。そうだにゃ。ワシらは今まで通りで良いのだよにゃ」
ホッとした表情になる姉。今のやり取りで姉の名前がキョーカと分かった。
「キョーカにスイ、混乱させるようなこと言っちゃってごめんなさい」
「いや、新人、大したことではないにゃ。それより新人は何と言う名前にゃ?」
「アニス」
「歳は?」
「13」
「出身地は?」
「ザイアス子爵領のコッペル村」
フームと唸り声を上げながら、アニスを見詰める双子達。
「何か?」
アニスが首を傾げると、キョーカは慌てて両手を振ってみせた。
「い、いや、何でもないにゃ。それでアニスはお頭からどんな指示を受けているにゃ?」
「うん?特には。タキは手伝って欲しそうだったけど、私はまだ見習いだし。それでキョーカ達はパルナムで何をしてるの?」
「情報屋だにゃ。ここは共和国も近いから、沢山の情報が飛び交っているのにゃ。情報集めに丁度良いにゃ」
「それって魔女としての仕事ってこと?」
「まあ、一応それも兼ねてるにゃ」
何故かキョーカはアニスから目を逸らし、頬を手で掻く仕草をする。
「私達も明確な指示は貰っていないのです。でも、魔導国の動きは押さえておく必要があると考えて、ここで情報収集をしてるのです」
「えっ、そうなんだ。タキは人手が足りないようなことを言ってたけど」
「実は、前回、前々回と続けてを失敗したにゃ。ワシらにとっては不可抗力だったが、タキは後始末が増えてお冠だったのにゃ。それで奴と顔を合わせなくて良いようにパルナムに来たにゃ」
ニャハハと自嘲気味な笑みを浮かべるキョーカ。
話を聞いていて、魔女としてこの二人から得る物があるのか不安になってくる。
タキが言っていた「役に立たないアホの二人」とは、キョーカとスイのことではないかと思い始めていたアニスであった。
タキの発言は覚えておいででしょうか。忘れたよ~という方は、4-12.話をご覧いただければと。
それから、前話を少し手直ししました。変更点は前話後書きにて記しております。
なお、後先考えずに二日で投稿してしまいました。悩んだとしても、どのみちなるようにしかなりませんからね。




