5-15. アニスは先輩と呼びたい
「ねぇ、こっちじゃないかな?」
アニスが振り向きながら問い掛ける。
「いや、こっちだと思う」
エルフのランがアニスとは違う道を指しながら答えた。
アニスとランの意見が割れたのは、これで三度目だ。
アニス達は、サリエラ村を流れる川の水源を目指して進んでいた。
その目的地に向かうためには、乾いた川床を歩いていくこともできた。しかし、水源に到着して問題を解決すると川に水が流れることになり、帰りは別の道を探さなければならなくなる。
であるならば、最初から川ではないところを進んだ方が帰りが楽になるだろうと判断して、川沿いの道を進むことにした。
だが、それは思ったほど簡単なことではなかった。川の上流方面は山裾に広がる森の中になるのだが、奥に行くと魔獣に出会うと言われていたことから、手前の入口付近はともかく、その先にはまともな道がないのだ。
だが、まったく道が無かったわけでもない。
獣道のような細い道はあった。なので、アニス達はそれを見付けて辿っていた。
そして、その獣道が分岐しているところに行き当たるたびに、右に行くか左に行くかの議論が勃発していたのである。
メンバーは、アニスとシズアに春告草の四人。
主に進む道を主張していたのは、アニスと春告草のランの二人だった。
探索と言えば風魔法なのだが、シズアは未熟でアニスほど遠くまで調べることができない。
アニスは耳に付けているイヤリングに付与した風魔法を使って探索もしていたが、実際に頼りにしていたのは魔女の力の眼。その探知範囲は2キロメートルほどだが、すべてを精緻に見通せる訳ではなく、見落としも多かった。
ランも使っているのは風魔法だったが、長生きしているエルフだけあって魔法の熟練度が高く、アニスの力の眼以上に周囲一帯の様子をしっかり把握できているようだった。
なので、ランとアニスの意見が割れた過去二回、どちらもランの見立てに軍配が上がっている。
「うー、今度こそ私の方が合ってるんだからぁ」
アニスは唸るが、唸ったくらいで何とかなるのであれば苦労はしない。
「アニー、いい加減に諦めたら?これまでずっとランの方が正しかったじゃない」
「シズまでそんなこと言うんだ?」
シズアだけは味方かと思いきや、反対のことを言われて頬を膨らませるアニス。
しかし、シズアは容赦ない。
「あら、もう最初の時のこと忘れたの?泥沼に嵌りそうになって、大変なことになったよね?」
「あんなの無いよ。川が枯れているのに沼はしっかり残っているとか。どう考えてもズルだし」
「自然を相手にズルとか言ってもね。アニーの探索魔法の熟練度が、ランに届いていないのが悔しいのは分かるけど、そもそも経験値が違い過ぎるのだから諦めなさいよ」
そう言われてもアニスはめげない。
「経験値なんてなんのその、私は追い付き追い越してみせるんだ」
半分呆れ顔のシズアに向けてガッツポーズをして見せるアニス。
「あー、はいはい。気合だけは十分ね。で、今度は本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。探知できる外まで道は続いているから」
「でも、ランの言っている道も先まで続いているのではない?」
「そうだけど、あっちは遠回りだからさぁ」
「急がば回れって話もあるわよ。まあ、進めるなら良いけど、念のために確認してもらったら?」
話ながら、シズアはアニスの傍らに目を向ける。
「そうだね」
アニスも同じく自分の隣に視線を向けた。
「アッシユ、この先がどうなっているか、調べてきてくれる?」
バウッ。
グレーウルフのアッシュは、嬉しそうに吠えると、アニスの示した道の先に向けて走っていった。
アッシュの脚なら、数分もあれば結果が分かる。
その間に少し休むかと、アニスは水筒を取り出して水を一口、口に含んだ。
「水源まで後どれくらいと思う?」
アニスと同じように水筒を手にしたシズアが尋ねてきた。
「シズ、疲れた?」
「ううん。それは大丈夫。ただ、気になっただけ」
「そか。でも、ここからだと分からないんだよね。私がひとっ飛びして見てきても良いんだけど」
「それはやらないことにしたよね」
出発前、これくらいのことでと言うには語弊があるかも知れないが、わざわざアニスの魔術眼を他人に明かすほどの案件ではないと二人で相談して決めていた。
それに何でも楽してしまうと、経験が積めずに後で苦労しそうに思えたし、ランやエイミーから学べるものがあるのではとの期待もあった。
「ちょっと言ってみただけ、やらないって。でも、今日中に水源に着くのは無理そうな気がする」
「そうなの?どうしてそう思う?」
「川はもっと右側と言うか北側なんだけど、そっちは斜面の上の方になるよね。でも私達が進んでいる道は少しずつしか高くなっていないから、まだまだ登らなければならないんだろうなと思って」
「言われてみれば、そうね」
シズアは納得して頷いた。
アニスは随分と端折ってシズアに説明していた。
実はアニスには川が見えてない。これまでに随分と川から離れてしまっているのだ。
それもあってアニスは大丈夫そうな道である限り、川に向かう道を選んでいた。でも、それらの道はことごとく先には進めない要因があって、結果としてますます川から遠ざかって結果になっている。
シズアに説明した通り高低差の問題もあるのだが、相当の遠回りをしている感覚がアニスにはあり、まだこれから先の道のりは長そうだと捉えていたのだ。
そんなとき、アッシュから残念そうな感覚が伝わってきた。
「あーあ、こっちじゃないみたい。ラン、そっちの方に進も」
またしてもランの方が正しかった。
どうもランには敵わないと認めざるを得ないのかなとの気持ちが芽生えてくる。
「アッシュは良いのか?」
「後から来るよ。迷子になったら召喚すれば良いし、でもすぐに追い付いてくると思うから」
「分かった。それなら先に進もうか」
思い思いに休んでいた春告草のメンバーも全員立ち上がり、ランを先頭に再び歩き始めた。
道はずっと森の中を続いているが、木々の隙間からは遠くの景色が下の方に見えるようになってきている。
なのでアニスは時たま遠くの景色に目を向けていたが、段々とその余裕がなくなりつつあった。
歩いている道は相変わらず緩やかな登り坂のまま、左右の傾斜がきつくなってきたのだ。
右から左にかけて、上から下へと向かう斜面。そんな斜面の中に、細く道筋がついているだけで、少し間違えば滑落してしまいそうだ。
なので、ともかく足元に注意して前に進むようになっていった。
が、そんな時、前方で誰かが滑り落ちた。
「先輩っ!」
咄嗟に発せられたカズの叫び声。
斜面を落ちたのはリョウだ。
「ごめん、うっかりした」
幸いにもリョウは斜面の途中に生えていた木に引っ掛かって、止まっていた。
木の根元に足を掛けて立ち上がり、身体を叩いて土を落としている様子からして、怪我はなさそうだ。
ランが縄を取り出すと、その縄を斜面の上側に生えている木を通してから斜面の下の方へと伸ばした。そして、その縄に掴まったリョウを縄に体重を掛けて引っ張り上げる。
「ありがとう、ラン」
「問題ない」
「先輩、気を付けてくださいよ」
「心配させてしまって悪かったな、カズ」
リョウは詫びの気持ちを込めて、カズの肩に手を掛けた。
「リョウは『先輩』なの?」
二人のやり取りを見ていたアニスが不思議そうに尋ねる。
「ああ。前に探偵の仕事をしてたことは話したよな。俺達は同じ探偵事務所に勤めてたんだ。それで俺の後にカズが入って来たから俺が先輩で数が後輩。ただ、今は冒険者だし、冒険者になったのは二人一緒だから、普段は名前で呼び合うようにしているんだがな」
「ふーん、『先輩』と『後輩』かぁ。そう言うのも良いね」
ニヤリとするアニス。
「私も『先輩』って呼んでみたいなぁ」
「いや、俺は冒険者としては、お前の後輩だからな」
得も言われぬ迫力を感じたリョウが、引き気味に反応した。
「そうだね。だから私が『先輩』と呼ぶのは――」
と、アニスが辺りを見回す。
そして目が合った相手を指差して叫ぶ。
「ラン、これから『先輩』って呼ぶね」
「えっ」
急な振りに反応し切れず戸惑うランだったが、アニスはお構いなしに近付くと、ランの手を握る。
「これからよろしくお願いします。ラン先輩っ!」
「ど、どうも」
アニスの勢いに押し負けたランだった。
アニスを突き動かす何かがあったみたいです。『先輩』って言葉の響き、良いですよね。
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さて、「間に合った」と言って良いでしょうか。
次回は土曜日を目指します。
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