11-43. シズアは四番目の魔女と話がしたい
気が付くと、シズアは真っ暗な場所にいた。
「この世を灯す光の子らよ、集いて闇を照らし給え」
呪文の詠唱と共に、右手の掌に向けて魔力が流れていくのを感じる。
「ライト」
力ある言葉を受けて魔法が発動し、掌の上に光の球が現れた。
その光でシズアは辺りを見回すが、見えるのは一面の靄。
状況は先程と変わらない。
いや、足元すら見えていない今の方が靄は濃くなっている。
「アニー?」
姉に呼び掛けても返事はない。
「ラウラ?トニー?」
呼ぶ相手を変えても結果は変わらず。
どうやら一人にされてしまったらしい。
「デリア?デリアは、い、居るの?」
転生前の知り合いに会ったのはデリアが初めてだ。
その為だろう、緊張してしまう。
『あぁ、私は此処に居る』
先程と同じ声が聞こえて来た。
「姿は見せてくれないの?」
デリアの答えが返って来る迄に少しの間。
『今回は声だけだ。私は元々、こうして個別に話をするつもりも無かったのだよ。以前、君はシャル、あー、シャルロッテと二人で話をしたと思うが、私はその時のシャル以上の言葉を持ち合わせていない。しかし、それだと君の心の収まりが付かなさそうに見えたから、話す時間を作ることにした』
「そう。こうして話をしてくれるだけでも感謝しないといけないのね」
『何だが棘がある言い回しだな』
「そんなつもりは無いのだけど、少し感情的になっているのかも知れないわね」
デリアが姿を見せない事が何となく卑怯に感じられるような、モヤモヤとした感情を自覚していた。
『私との会話が君の心をかき乱すと言うのなら、早々に退散しようと思うのだが』
「いえ、それは駄目。でも、ごめんなさい。少しの間だけ、落ち着く為の時間が欲しいわ」
『分かった。此処で待っているから、話せるようになったら声を掛けてくれ』
「えぇ」
シズアは深呼吸をゆっくりと一回、そしてもう一回。
過去、デリア相手に緊張した事は無かったのだから大丈夫と、自分に言い聞かせる。
しかしそれで落ち着けたのかは良く分からず、取り敢えず会話を再開する事にした。
「あの、リアさん」
シズアは以前の呼び方でデリアに話し掛ける。
『何だ?』
「シノさんは元気?」
シノは、デリアの助手と言うか、右腕的存在の魔女。
前世で一緒に仕事をした仲だ。
『あぁ、元気にやっている』
予想通りの返事が戻って来た。
シノについては、まぁそうだろうなと思いつつ尋ねている。
本題はシノではない。
「お、お義母さんは?」
聞くのは怖いが、聞かずにもいられなかった。
『フェリか?体調面では問題無いんだが、精神面では立ち直り切れていないように見えるな』
「私が転生した事は知ってるの?」
『いや。君の事についてシャルから相談を受けたんだが、もう少し時間を置く事にした。まぁ、君が存命中に伝えないとフェリから永遠に恨まれ続けるだろうし、何時かは明かすつもりだがね。君はフェリに会いたいか?』
「そうね」
フェリ、正確にはフェリツィアだが、にシズアの事を伝えれば、シズアに会いたいと言い出すだろうとデリアは予想しているのだ。
シズアにも、そうなりそうに思える。
それだけフェリツィアはシズアに良くしてくれた。
「私がこちらの世界で楽しくやっている事は伝えたいけれど、合わせる顔があるのか悩ましいわね。結局、私は魔女になれずに死んでしまったのだから」
偽らざる気持ちを吐露するシズア。
『魔女になれなかった事は、君の落ち度では無いのだから、気にする必要は無いと思うがね』
「そうかも知れないけれど、魔女になれないのなら、事故には遭わずにお義母さんの側にもっと居たかったわね」
『それは、今となってはどうにもならない話だ。こっちの世界でやっていくしかない事は、君だって分かっているのだろう?そう言えば、シャルから聞いたぞ、将来は悪女になるそうだな』
「そうよ。いけない?」
何となく否定されたように感じたシズアは、ムキになって答える。
『駄目なことはまったく無い。寧ろ良い傾向だと考えているよ。まぁ、以前の素直で真面目だった君の印象からは想像できなくて驚きはしたが』
「折角転生したのだから、前とは違う自分になってみたいと思ったのよ。私は世界を動かす悪女になるわ。そうすれば、リアさん達の役にも立てるだろうし、一石二鳥よね」
『我々の事は気にして貰わなくて構わないけれど、君がどう成長していくかは楽しみにしておこう。悪女を名乗るには、まだ少し幼いみたいだし、これからだな』
デリアの声が楽しそうだ。
「背が足りないと言いたいの?まぁ、否定はできないわね。私もアニーくらいの背の高さになりたいのだけれど、中々背が伸びないのよ。いざとなれば、小さな悪女を目指すわ」
『体格の話もあるが、雰囲気もだな。貫禄と言うか、気迫と言うか、まぁそうした物は経験により得られるから一朝一夕に身に付きはしないが』
「経験不足って事?まぁそうね、それも課題ね。平民では貴族ほど面倒事に見舞われる事も少ないし、いや、面倒事を探して飛び込んでいけば良いのかな?」
『そんな手間を掛けずとも、貴族になれば良さそうだが?地位は人を作る、とも言うしな』
「貴族になってしまったら、魔女の協力者になれなくなるから駄目よ」
シズアはそれが大前提だと考えていた。
だが、デリアは想定とは異なる見解を示す。
『原則論から言えばその通りだ。しかし、何事にも例外はあるし、我々の方針を良く理解している君ならば、貴族になったからどうと言う話にはならないと思うがね』
「ふーん」
デリアがそう言うのならそうなのだろう。
魔女達は組織的に動いている。
その中心となっているのは1番から10番迄の所謂シングルナンバーと呼ばれる最初の十人の魔女であり、二ノ里の長で3番のシャルロッテ、五ノ里の長で6番のフェリツィアもその一翼を担っている点ではデリアと同じだ。
然し、十人と言うのは物事を決めるには若干多過ぎであり、シングルナンバーの魔女にも其々得意不得意がある。
そうした事から、全体方針の決定に関わる者は、シズアの知っている時から変わっていなければ、三名に絞られていた。
デリアは、その三名のうちの一人。
だからデリアの言葉は重いのだ。
「今迄貴族は駄目だと考えていたわ。でも、リアさんがそう言うのなら、選択肢に入れても良さそうね」
『勿論、貴族間の揉め事には我々は一切関与できないから、そこは君の悪女としての才覚で何とかして貰う事になるがな』
「それは望む所よ。でも、貴族の立場で魔女の役に立てる事があるのかは気になるわね。きっと表立って協力し合うことは無理だろうし」
『我々への直接の協力でなくとも、今の王家が潰れないようにしてくれるだけで結構助かるがな。王家との協定が無効になると面倒だ』
「現状維持って事?簡単そうで難しい話ね」
『その通りだ。世の中は移り変わるのが道理だからな。然し、千年以上これでやって来た。そのお陰で一部に皺寄せが出てしまっているが、できれば後百年程度、持たせたい』
「百年かぁ。不安があるけれど、了解したわ」
『では頼む。尤も我々も動くから、君は君の出来る範囲で協力してくれればそれで良い』
「ねぇ、リアさん。今はまだで良いけれど、私がお義母さんに会いたいって言ったら会わせてくれる?」
デリアが去ってしまいそうだと感じたシズアは、急いで最後に要望を伝える。
『状況次第だが、希望がある時にはシャルに伝えておいてくれ』
「えぇ、そうさせて貰うわ」
『では君をアニス達の近くに転移させる。転移先の直ぐ傍の地面に埋まっている転移の魔石を発動させればアニス達と合流できるだろう』
「分かったわ。またね、リアさん。シノさんによろしく。リアさんと話せて嬉しかったわ」
『私もだよ。達者でな』
シズアの足元に白く丸い転移陣が描かれ、気付けば暗闇の中に居た。
再び光の球を呼び出し、辺りを確かめる。
周囲に靄は無く、前後に洞穴が続いていた。
足元に目を向けると、地面に光る物がある。
良く見れば、透明な魔石が埋められていた。
これが転移の魔石なのだろう。
それを発動させればアニス達に会える筈。
でも、合流する前に少しだけ頭を整理しておきたい。
「あと百年かぁ」
こちらの世界における人族の平均寿命は知らないが、感覚としては前世の世界よりずっと短い。
シズアがその時まで生きていられる可能性は低そうに思える。
が、本当の意味で悩ましいのはそちらではなかった。
「今のやり方で商会を大きくするのは難しそうね」
シズア達の商会が今の規模まで成長したのは、シズアの前世の知識とアニスの付与魔法の知識のお陰だが、どちらも世の中にとって新しい物であり、世の中の進歩に貢献する物だ。
そうした新商品を継続的に開発していけば商会は大きくなるだろうが、それに伴って世の中も大きく変わってしまうだろう。
それは魔女の望む所ではない。
後百年。少しの進歩は許して貰うとしても、新しい物になるべく頼らずに商会の規模を拡大するのか、貴族になるなり別の道を探るのか。
決断すべき時は、そう遠くない未来にやって来そうな気がする。
そんな予感を抱きつつ、シズアは転移の魔石に魔力を流し込み始めた。
シズアがシャルロッテと二人で話したとデリアが指摘したのは、6-31.のことです。
それと、デリアがあと百年と言っている話は、6-33. でサラがキョーカに六十年と言っている話と同じです。つまり、デリアはシズアには少し余裕をもって話したと言うことです。




