2-13. アニスはサラに挑みたい
フン、フン、フン。
鼻歌まじりにアニスは二輪車を運転していた。
シズアはいない。
マーサの宿の手伝いが終わった後、アニスはそのまま一人で二輪車に乗って出掛けていた。
アニスが使っている二輪車は、マーダル組に納めたものと一緒に作ったものである。
マーダル組の二台は、大人の男がゆったり乗れる大型のものだったが、こちらは最初に作った二人乗りのものを一人乗りにした小さく可愛らしい車体となっている。
一人乗りにしたのは、アニス達が二人乗りのものを二台も必要としていないこともあったが、そもそも小さくしないとアニスの収納サックに入らないとの制約があったため。
車体色は、アニスの自称得意属性である水属性を由来とするアクアブルー。ちなみに最初に作った二人乗りの方は当初車体を白く塗っていたのだが、一人乗りの車体色をアクアブルーにしたのに合わせて、シズアの得意属性の風属性に合わせて緑系統の色に塗り替えようかと相談したところ、シズアのたっての希望でファイアレッドにした。
シズアの火魔法への想いは相変わらずなことをアニスは再認識させられた。
兎にも角にも、アニス達が一人一台の二輪車を手にしたことで、行動の自由度が広がった。
二輪車はともすれば馬よりも速く走れる。特にシズアが本気で二輪車を走らせると、父であるライアスが幾ら頑張って速く馬を走らせたところでまったく敵わなかったことから、二輪車に乗りながら逃げに徹すれば安全が確保できることは両親に理解して貰えた。
ただ、両親はそれだけでは安心には不十分と考えたようで、シズアには二輪車で運転しながら探知魔法のウィンドサーチを展開しつつ、いざという時にもう一つ攻撃魔法が撃てるようになることを求めて来た。つまり、二輪車の推進板に魔力を供給しながら二つの魔法の同時発動が必要とのことで、シズアは絶賛その練習中である。
一方でアニスの場合、複数魔法の同時発動は何ら問題にならない。二つだけでなく、三つでも四つでも同時発動が可能だったりする。ただし、魔力量の関係で初級魔法に限られるが。そうした意味で探知魔法の常時発動の方が課題だった。
ウィンドサーチは発動できる。しかし、それを維持していると攻撃魔法に回す魔力が不足する。加えて、両親に中級の風魔法が使えることを告白しないといけなくなるが、できればそれは避けたかった。
そうした諸々を考え合わせた結果、アニスはウィンドサーチを付与したイヤリングを作製した。付与魔法の方が消費する魔力量が少ないので少しではあれ魔力に余裕ができるし、何より両親に風魔法が使えると言わずに済むのが良い。勿論、魔法付与のイヤリングは自分で作ったとは言えず、再び賢者を言い訳にした。
それによってアニスは日の出ている時間帯であれば、二輪車で自由に行動することが認められ、今日のように一人で出掛けられるようになったのである。
さて、アニスの乗った二輪車は、緩やかな斜面になっている草原の中の道を走っていた。視界の左側では迷いの森の濃い魔素の靄がちらついていた。
もうそろそろ目的地が見えて来るところだと考えながら進んでいると、前方に人影があった。冒険者の格好をしたツインテールの少女、いや、年齢不詳の女性、サラだ。
「ごめん、サラ。待たせちゃった?」
アニスはサラの佇んでいた場所に到着すると、二輪車を下りた。
「いや、それほど待ってはおらぬ。それにまだ約束の時間には早いしの」
「あ、そう。それなら良かった」
サラは微笑み掛けるが、サラはむすっとした表情でいた。
「それよりお主、今日は何用で我をこんなところに呼び出した?」
二人が立っているのは迷いの森の手前の草原。先日、サラに連れられて村から賢者タキの家に向かう途中、迷いの森を眺めて立ち止まったところだ。
周囲には何も無いただの草原にどうして呼び出したのか、サラが気になるのも当然のことではある。
「サラに手合わせして貰いたくて」
相変わらず微笑みを浮かべ、友好的な態度を示す。
「手合わせであれば、こんな場所でなくともできるところはあるよな」
「人目に付かないところでやりたかったんだよね」
アニスの言葉に、サラの目が細くなる。
「お主、何を企んでおる」
「企んでるってことじゃなくて、思い切りやりたかっただけから」
それでサラが納得するかは五分五分かなと思いながら、アニスは言い訳をしてみた。
「思い切りか。確かにいつもより重装備ではあるよな」
「いや、これは普通の装備だけど」
剣もだが、胸当てや手甲や膝上まである皮のブーツも、外出の際にはいつも装備しているものばかりだ。
ただ、今日の手合わせに臨むにあたり、手を加えてはいる。それに気付かれている可能性もあるが、まずは白を切っておく。
「ふん、どうだか。しかし、我とやり合って怪我だけで済むとは限らんぞ」
死ぬかも知れないとの脅し、いや、忠告だよなとアニスは受け取った。
「分かってる。でもやらないといけないことだから」
既に腹を括っているアニスは、サラを真っ直ぐ見詰める。
「そうか、覚悟の上ならば良い」
サラはアニスに背を向け、二十歩ほど前に進むと再度振り返り、腰の剣を抜いた。
どうやら手合わせしてくれるらしい。
アニスはサラの対応に感謝しつつ、自らも鞘から剣を抜いて右に構える。
「我はいつでも構わんぞ」
サラは剣を抜いたまま構えを取らずにいたが、それで良いと言うことらしい。
ならばとアニスは皮のブーツに魔力を籠めて前へ出た。ブーツには風属性の加速の魔法を付与してあるので、魔力を籠めるだけで加速できる。
素早くサラに詰め寄ると、今度は手甲に魔力を籠めた。手甲には火属性の体力強化魔法を付与してある。
「はぁっ」
気合と共に相手の左肩目掛けて剣を振り下ろす。と、それまで動きのなかったサラが素早く剣を動かし、アニスの打ち込みを受けた。
アニスは手甲の付与魔法に物を言わせて剣を押し込もうと力を入れるが、ビクともしない。挙句の果てにはサラの側から強く押されてバランスを崩しそうになる。アニスは咄嗟に後ろに飛び退いて間を取り、体勢を立て直した。
強い。
なのに、サラの体に魔力は拡がっていない。普通なら魔力を使っていなければ手を抜かれていると捉えるところだが、アニスはサラに手を抜かれているとは考えていなかった。ただ単に対峙しているだけでも、アニスはサラから強い気迫のようなものを感じていた。それは手を抜いた状態で出せるような性質のものではなく、アニスの心に強く圧し掛かってきている。
しかし、サラの気迫に負けている場合ではない。
アニスは心を鼓舞して次の行動に入る。
「ウィンドビジョン」
風で相手の位置を捉える魔法を起動し、前に出た。
「ウィンド」
サラに耳に風を送り、聴覚の邪魔をする。
「フラッシュ」
サラの目の前で瞬間、大きな光の爆発を生じさせる。これで目と耳を封じた筈。
アニスはサラに近付きながら剣を大きく振りかぶり、その状態で魔力を体から切り離し、サラに向かって右から剣を振り落とすイメージで魔力を動かしつつ、魔力を抜いた肉体は剣を左に構え直して横からサラの脇腹目掛けて剣を振る。
ガシッ。
魔力によるフェイントも効果はなく、アニスの剣はサラの剣に阻まれて、サラの体に触れることは無かった。
だが、アニスはそこで止まらない。手甲に魔力を注ぎ、急ぎ剣を引いて右上に構え、相手の左から剣を振り下ろす。それもサラの剣で受けられてしまい、今度は右脇から突きの構えを取る。
その構えを見るや、サラは思い切り後ろに飛び下がった。
「どうして下がるの?」
「我とてすべての攻撃を防げるわけではないからな。必要なら距離を取る」
「だったら、それ以上は下がらなくて良いんだ」
「ならば、何とする」
問い掛けられたアニスは微笑む。
「行くよ、サラ」
アニスは魔力のすべてを剣に籠めていく。剣に付与されていた魔法の紋様の輝きが、籠められた魔力の分だけ強くなった。
「ヘルフレイム!」
力ある言葉と共に紅蓮の炎が剣から飛び出し、サラへと襲い掛かる。
サラは、自分に向かって来る魔法の炎を見ても動じることなく左手を掲げ、魔法の紋様を描き出した。
「アブソリュート・ゼロ」
サラの魔法が発動する。魔法の紋様から発した冷気は、向かってきた地獄の炎を尽く凍らせた。
凍った炎は、次の瞬間粉々に砕け散る。その中からサラが飛び出し、アニスに向かって剣を振り下ろしてきた。アニスは剣で打ち込みを受けるが、サラの剣戟は重く、正面では受けきれないと判断して脇へと逸らす。
だがそこでサラは身体を回転させ、勢いのままに回し蹴りを繰り出してきた。その蹴りをまともに横腹に喰らい、アニスは地面の上に転がされてしまう。
強く打ち付けられて痛む腹を庇いながら、アニスは咄嗟に起き上がろうとする。しかし、首元に剣を突き付けられ、それ以上動くことは叶わなかった。
「ここまでだと思うが」
サラの口調は淡々としたものだったが、不思議と怖さは感じない。
「そう、だね」
端からサラに敵うとは思っていなかった。しかし、目的は果たせていたのでアニスは満足だった。
アニスの思惑は、サラに勝つことではなかったようですが、さて。
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(2023/12/30)
後書きが無かったので追記しました。




