2-12. アニスとシズアは納車する
アニスとシズアは街中を歩いていた。
「ねえ、シズ。どんな具合にできてるかな?」
「勿論、素敵な感じにできているよ。だってあれだけ頑張ってデザインしたんだもの」
「まあ、確かに。シズ、気合入っていたし」
アニスはこれまでのことを思い返す。
マーダル組とひと悶着あった後、二人はゴンゾーから二輪車の購入を検討したいとの話を受けた。ただし、大人の男が乗れる格好良いものをとの条件付きで。
その注文がどうシズアの心に火を点けたのかは不明だが、翌日から、シズアは二輪車の新しいデザインの検討に没頭した。一日中、子供部屋から出ずにデザイン画を描いたり、ヴィクトルの工房でデザイン通りに作れるかを確認したり、マーダル組の事務所でデザイン案への意見を貰ったり、それらの結果を受けてデザインを見直したり、別のデザイン案を考えたり。
最終的に二輪車のデザインが固まるまでに、実に二週間の時を要した。
「二輪車って高い買い物だから、お客様にはできるだけ満足して欲しいんだよね」
「えっ、凄い、シズってば職人みたい」
アニスの賛辞にシズアは頬を赤らめる。
「私は職人じゃないよ、何て言うのかな、他の人に喜んで貰えると思うと、頑張りたくなっちゃうの」
「そう言うのを職人っぽい気がするんだけどかなぁ。ねえ、シズは前世で職人だったとかでもないの?」
シズアは静かに首を振る。
「違うわ。私はただのカイシャイン。まあ、技術者ではあったけど」
「カイシャイン?何それ?もしかして、異世界の言葉?」
「あー、そっか。こっちの世界にはカイシャって無いよね。カイシャに一番近いのは商会かなぁ。カイシャインは、カイシャという組織に雇われている人のこと。商会の店員みたいなものって言えば良いのかな。ギルド職員もギルドに雇われているという意味では似たようなものね」
シズアは考えながら、口にする。
「工房の職人も、工房に雇われているんだよね?」
「え?まあ、そうだと思うけど。アニー、貴女やたらと職人に拘るわね」
目を細めてアニスを見るシズア。
「あー、いや、シズってば物凄く根詰めて頑張ってたからさぁ。そう言うことができるのって、よっぽどのことだと思ったから」
「でも、それは職人かどうかという話より、性格的な問題だと思うわ。私、他人に対して中途半端なことをしたくないのよね」
「ふむ、そか。剣や魔法の練習が結構雑なのは他人が絡んでいないからなんだ?」
「ここでその話を持ち出すのはズルいと思う」
真っ赤な顔で頬を膨らませて抗議するシズアがとても可愛い。
お喋りで盛り上がっているところに、ヴィクトルの店が二人の視界に入ってきた。
「あ、シズ、ほら、あの店先に置いてあるの、頼んでいた奴じゃない?」
「本当だ。ゴンゾーのところに納めるものね」
お目当ての物を見付けたアニス達は、思わず走り出していた。
ヴィクトルの店先に置いてあったのは二台の二輪車。アニス達が乗っていたものは、二人乗りで一つ一つの座面が小さく、背もたれのない椅子にちょこんと座る形だったのが、目の前のものは一人乗りで背もたれも付いてどっしりと腰掛けられるようになっている。
背もたれの後ろには荷台があるが、これは二人目用と言うよりかは、荷物運び用だ。
車体の色は、一台はワインレッドと黒、もう一台はネイビーブルーと黒と、どちらも落ち着いた色合いに仕上がっている。
「いや、これ、格好良いよ、本当に。何だか私、これが欲しいかも」
「今更何を言っているのよ。それに、この大きさだとアニーの収納サックには入らないわよね?」
「勿論そうなんだけどね。でも、自分で欲しくなるくらい素敵な仕上がりだよ」
アニスは一台に近付いて各部を観察したり、ハンドルを握ってみたりしたあと、シートに腰掛けてみる。
「座り心地は良いけど、私には少し大きいね」
「そりゃそうだ。大人の男を基準に設計しているんだ。アニスの背丈じゃ、少し足りないのは当然だ」
「あ、ヴィクトル」
声のした方にアニスが目を向けると、一人のドワーフが立っていた。この工房の長、ヴィクトルだ。
「よう、アニスにシズア。どうだ、立派な仕上がりだろう」
「うん、素敵な出来映えだよ。私も欲しくなっちゃった。そう言えば、私達のは?」
「そっちのも出来てるよ。だが、まずはそいつらを納車しないと金が無いだろう?それで、肝心の推進板は用意できたのか?」
「あるよ。ちょっと待って。今出すから」
アニスは背負っていた収納サックを下ろし、中から三枚の金属板を取り出した。
「はい。これで良いよね?」
「おう」
ヴィクトルは受け取った金属板を一枚ずつ確かめ、期待通りのものであると確認すると満足そうに頷いた。
「これで良い。アニス、良く賢者様に魔法付与をして貰えたな」
「まあね。その分、お金は取られたけど」
アニスは苦笑して見せた。
が、これはまったくの嘘である。金属板に魔法付与したのはアニスであって、賢者は関係していない。実際に掛かった費用は、魔法付与の材料として必要な魔石の購入費だけだ。
そうとも知らず、ヴィクトルは笑っていた。
「そうさな。賢者様も霞を喰って生きているのでもなし、対価を要求するのは当然だよな」
「うん、まあ、仕方がないよね」
アニスは両手を広げてやれやれという演技をする。
「それはともかく、早速納車しに行きたいんだけど、推進板を取り付けてくれる?」
「ああ、直ぐにできる」
ヴィクトルは工具を使って座席の背もたれの根元にある螺子を外した。そして、後ろにある荷台ごと金属のフレームを持ち上げる。フレームは後輪の後ろでヒンジ経由で車体に接続されているので取り外すことはできず、ヒンジを中心に半回転と少しして片側が地面に着いたところでヴィクトルは手を離した。
そしてヴィクトルは推進板を一枚手に取ると、本体側のヒンジの上部にある取り付け穴に推進板を固定する。その上で、ヴィクトルはフレームに再度手を掛け、先程とは反対方向にフレームを回転させて元の位置に戻すと、螺子でフレームを固定させた。
推進板の取り付けの構造が大掛かりな形になっているのは、盗難防止のためである。車体は幾らでも作れるが、推進板の魔法付与はできる人が限られる。そうしたことから、簡単に取り外せないようにとシズアやヴィクトル達が考えた結果なのだ。
ともあれ、ヴィクトルは慣れた手つきでテキパキと作業を進め、二台分の作業を十分も掛からずに終わらせた。
「これで良いぞ。試してくれるか?」
「うん」
早速、アニスは二輪車のスタンドを外してシートに浅く腰掛ける。後ろ側を意識して魔力を流すと推進板から風が吹き出し、二輪車が前に進んだ。
「良い感じだよ。魔力の流れも良いね」
「そうだろう。推進板に繋がるフレームには、ミスリルを混ぜ込んだミスリル鉄を使っているからな。前のよりも扱いやすくなっている筈だ」
「うん、バッチリだよ」
アニスはヴィクトルに対してサムズアップしてみせた。
「シズはどう?」
「こっちも良いよ。私だと座れないけれど」
アニスより背が低いシズアは、座席に腰を当てることしかできていなかった。
「座れなくても大丈夫だよ。それじゃ、納車に行こう。ヴィクトル、また戻って来るから」
「ああ、お前さん達のも準備しておいてやる。気を付けて行けよ」
ヴィクトルに見送られ、アニス達は出発する。
ヴィクトルの工房も、マーダル組の事務所も、城壁沿いの道から一本内側の道沿いなので、道なりに進めば良いだけだ。街中なので速度は出せないが、それでも程なくアニス達はマーダル組の事務所の前に到着した。
「おおっ、これがあの二輪車かよ。いかしてるな」
事務所の前に出ていたトニーが二人の乗って来た二輪車を見て感嘆の声を上げる。
「そうでしょう。私も気に入ってるんだ。それでゴンゾーは?」
「お頭か?ああ、呼んで来る」
トニーは事務所の中へと入っていき、ゴンザロスを連れて戻って来た。
「漸く出来たか。思った以上に立派なものになったな」
「畏れ入ります。ご注文いただいた商品をお渡ししたいと思います」
ゴンザロスが出て来る前に、アニス達は二輪車から降り、二台を並べて立てた後ろに控えていた。お辞儀をしながらいつにもなく丁寧な挨拶をしたのは、アニスではなくシズアだ。
「よし、俺が試し乗りしよう」
ゴンザロスは青い方の二輪車に跨り、魔力を籠めた。それに呼応して二輪車が走り出す。
そのまま走って見えなくなったが、暫くすると戻って来た。
「良い乗り心地だ。納品を認める」
「では、この受け取り証に署名をください」
シズアが書類と羽ペンを渡すと、ゴンザロスはその場でサッと名前を書いてシズアに戻す。
「ありがとうございます」
シズアが右手を差し出すとゴンザロスも右手を出し、二人は握手を交わした。
「では、私達はこれで」
会釈をして、アニス達はその場から離れていく。
「また、いつでも遊びに来て良いぞ」
「ゴンゾー、ありがとう」
アニスは後ろを振り返って大きく手を振った。
「後は商業ギルドに書類を持って行けば終わりね」
マーダル組の事務所が見えなくなると、シズアはホッとしたように話し出した。
「いやぁ、二台で24万ガルとか、見たこともない金額なんだけど」
「そうは言ってもヴィクトルの取り分は減るし、お金はギルドの口座に入るだけで現金を見る訳ではないけどね」
「まあ、それはそうだけどさ」
談笑しながら、二人は商業ギルドに向けて歩いていく。
「そう言えば、アニスってばサラッとヴィクトルに嘘を吐いたわね」
「魔法付与のこと?」
「そうよ。まあ、私からすれば悪女っぽくて良かったんだけど」
「シズより私の方が悪女っぽいってこと?」
「私が目指しているのは悪女っぽさじゃなくて、悪女そのものよ」
「え?どう違うの?」
相変わらず、アニスはシズアの目指すものが分かっていなかった。
「私の個人的なこだわりだから、気にしないでおいて。それよりまた賢者様の名前を使っていたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うけど、今度話しておこうかな」
「その方が良いわよ。でも、それを考えると二輪車でお金を稼ぐのはそう何度もできることではないわね」
「別に良いんじゃない?元々お金を稼ぐために二輪車を作ったんじゃないし」
アニスが何の気なしに口にした言葉に、シズアがハッとする。
「確かにそうだった。アニーって偶に鋭いことを言うわね」
「偶にって何?偶にって」
アニスがしかめっ面をしてみせると、シズアはそっぽを向いた。
「ちょっとした言葉の綾だから気にしないで」
「うー、何か誤魔化された気がする」
むすっとした表情のアニスを見てシズアが笑う。
「アニーは正しいことを言ったのに茶化しちゃって悪かったわね」
「まあ、シズが楽しいなら良いけどさ」
口を尖らせているものの、アニスは怒っている訳ではなくポーズに過ぎない。
「だからごめんって。でも、ともかく二輪車が手に入ったんだし、賢者様とサラには感謝しないとね」
「うん、そだね」
シズアの言葉に頷くと、アニスは前方に顔を向ける。
「でも、気になることがあるんだよね」
アニスの小さな呟きは、シズアの耳には届いていなかった。
二輪車が高く売れたからと言って、浮かれて本質を見失うようなことはシズアにもアニスにもなさそうです。
この話を挟まないと次の話に繋がらないなと、急に思い立って書いたのですが、思った以上に長くなってしまいました...。
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(2023/12/30)
この後書きの一文目を追記しました。




