83話 少年の始まり
────はぁ、終わった……
基仁の抗争終了の宣言を聞くと、三春は一気に身体から力が抜けたのか、その場に深く尻餅を付いた。
もう既にピンピンしている篶成を見ながら相変わらず本当の人間なのかと思わず驚いた表情を顔に浮かべたが、すぐにその顔は笑顔へと変わった。
────みんな、一先ず無事で良かった。
篶成は膝に弾丸を受けたというのに普通に歩けている。その横にいる妹の美鈴も疲れているようには見えるが、外傷は特にないように見受けられる。
基仁や蒼矢も特に深い傷は無いのか、特に何かを痛がる様子も無く普通に歩いている。
修哉の事だけが三春にとっては気掛かりであったが、その不安はすぐに消されることになった。
三春の目の前に美鈴が篶成から離れて近寄ってくるとタイミングよく、修哉の状況を説明した。
「修哉さん、さっき無事だって連絡来ましたよ。三春さんはどうせ心配するだろうから伝えてくれって言われました」
「はっ、ハハッ……見事に見抜かれてるなあ」
この短時間で三春の性格を完全に把握された修哉の洞察力に三春は引き笑いを浮かべる。
しかしとりあえず不安は消えた。
修哉が無事とわかればこの抗争は完全な価値と言えるだろう。
凛の奪還も果たしている為もう何かを気負う必要はない。
三春は────やり遂げたのだ。
この街に来た当初の内気で、声を自らあげなければ存在すら消えてしまいそうだった市民Aはもういない。
三春はこの街で、本当の意味で東堂三春となったのだ。
三春が柔らかい笑みを浮かべながら抗争後の現場を見ていると美鈴が突如「あっ!」と声を上げてスマホに目を落とした。
「三春さん!時間!」
「えっ?」
美鈴の焦った言葉を聞いて三春は最初に呆けた表情を露わにしたが次第にその顔を幽鬼のように白くさせていく。
『私が今かけた魔術は今日の日付が変わる午前0時にプツリと解けてしまいます。解けたら再び痛みがじわじわと襲って来て三春さんは無事病院送りになるでしょう』
「どうしよう!まだ心の準備が!」
時刻は11時59分。魔術が解ける1分前。
三春の焦りが美鈴にも移ったのか、美鈴も若干慌ただしくしながら三春を落ち着かせる。
「とりあえず深呼吸を!来るとわかっていたらとりあえず落ち着いて痛みを受け入れましょう!」
「いや!来るとわかってるから落ち着かないんだよ!?」
焦りながらも冷静なツッコミをする三春。
一周回って三春の方が冷静なのではと思えるがそんな事は無い。
刻一刻と迫る痛みから逃れる術を模索する。
「消せないの!?この魔術!」
「解除しても痛みが戻りますよ!変わりません!」
「あぁ!もうダメだ!」
三春は頭を抱えながらその場に膝をついた。
誰がどう見ても絶望している姿。
遠目から蒼矢がそんな三春をニヤニヤしながら見ていた。
「何であんな落ち込んでのか知らんけど凛に手を出そうとした罰だろ」
「そう言ってやるな。あの子を病院に運ぼう。篶成、頼んだぞ」
「あー?」
基仁の願いを聞くと篶成はあからさまにその願いを受けたくないようなだるそうな声で返事をしたが、少ししてその場から立ち上がり三春に向けて歩き出した。
────ま、さっきの借りがあるしな。
篶成は三春の肩にそっと手を置く。
「篶成さん?」
肩に置かれる篶成の優しい手に三春は何か打開策があるのではと希望を見出そうとするがそんな事はない。
三春の表情は再びどん底に陥れられる────
「遺言は言っておいた方がいいぜ?」
空いたもう一つの手で作られたグッジョブマークと篶成らしい相手を嘲笑うかのような顔を見た三春は心底泣きながら言葉を口にする。
「僕は死にませ────」
直後、三春はフラフラの状態になり一瞬で意識を失い、その場に倒れた。
時刻は0時。魔術が解けたのであった。
三春の身体からは痛々しい痣が発現して来ており、堺家で受けたダメージがどれ程酷かったのかを表していた。
「じゃあ、送ってやるか」
「ふふ、そうだね」
篶成は三春を肩に担ぐと後ろを向いて基仁、蒼矢に別れを告げる。
「あばよ、後でやっぱり手伝った分の金振り込んでおけよ」
そういうと篶成は美鈴を抱き抱え、その場を飛び去った。
相変わらず人離れしているが基仁と蒼矢は見慣れている為、ツッコミなどは入れない。
しかしそれは篶成の身体に対してであって────
「振り込んでもらいたかったら口座番号教えろよ!」
「愉快な男だ。よし、我々も撤収しよう」
こうして『リバース』は堺家との抗争に敗北し、リーダーであるライムの逮捕によって幕を閉じた。
× ×
後日談────
「『リバース』は実質解散。今はその残党を追っている模様。あの廃工場も立ち入り禁止だ」
「堺家については載ってないの?」
「堺家自体が公言するのを拒んだんだろ。警察から何らかの報酬は貰ったんじゃないかね?毎回警察がお世話になってるわけだし」
「相変わらず久志君は詳しいね」
「情報集めが趣味なもんでな」
三春が意識を失った後。
篶成によって神田の元に運ばれた三春は、応急手当を受けて病院に寝かされていた。
昼頃に目を覚ますと、ベッドの横には丁度お見舞いに来ていた久志がおり、二人は会話をしていたのだった。
「にしてもこの街に来て初日でそれじゃ先が思いやられるな」
久志はやれやれと言わんばかりに首を振りながら三春に対して言うと、三春は愛想笑いを浮かべながら「たしかに……」と答えた。
しかし三春は今回の事件が結果的に悪い思い出に変わった訳ではない為、そこまで本心でこの街を嫌いになった訳ではなかった。
先が思いやれるのは確かだが、それ以上に得たものもある。
三春はこの街で本当の自分を見つけた気がしたのだから。
「まあ、とりあえず退院したらまた街を案内してよ!」
「お?おうおう?随分一皮剥けたなおい。安心しろ、言われなくてもそのつもりだ」
久志の相変わらずのテンションに三春は思わずはにかむ。
今の二人はまさに青春の1ページを刻む青い少年に見えた。
そんな会話の片隅に一つの音声がテレビ越しに流れる。
【初の外国人市長、『ハルネ・ハーネスト市長』です!】
「えっ!?この人昨日の!?」
「何だ知り合いか?」
「え?うん。ちょっとね」
「へえ、世界は狭えな」
「え、久志君も知ってるの?」
「んー、まあちょっとな」
情報屋関連で知り合った人物なので、久志はあまりハルネに関して語ることはしなかった。
少しでも三春に自身が身を置く『裏』の世界から遠ざけるために。
────にしても掴めない人だったなあ……ちょっくら調べてみるか。
「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。早く身体治せよ〜」
「あぁ!うん!ありがとう!」
三春の言葉に対して久志は背中を向けながら手を振り病室を後にする。
────今回は活躍場所が無かったからな。ハルネさんについて調べるついでにこの街で今起きてる事件について調べてみるか。
こうして、来たる大事件の幕は上がる。
今日も街は回り続ける。
ギシギシと音を立てながら────
どれだけ錆び付こうとも────
どれだけ軋んでいても────
どれだけ歪んでいても────
歯車は、愛を孕んで回り出す。
× ×




