双子、拐かされ、惑わす事
白と黒の斑頭。
六本指。
鏡写しの、異形の双子。
全てを許容する聖母のように笑み、
全てを断罪する判事のように侮蔑する。
鏡写しの双子は浮かべる笑みの質さえ、鏡に写したのかのように、反転する。
どちらが兄で、どちらが弟だったのだか──。
聞く術はない。
恐らくこの歪な真珠達(と、主が銘打った)は、仏蘭西語を解さないだろう。
アルセーヌ・マクシマンは従者として、主人であるブランジ公爵の奇妙な嗜好に黙して語らない。
マクシマンは買ってきた二粒の『真珠』を睥睨する。猿のような顔が犇めく極東の中、少しばかり顔が輝かしく、そして異形であるというだけで主の寵愛を受けようとしている。長年仕え続けてなお、報われた試しのない己だ。これが醜い妬心である自覚はあった。
『真珠』を美しく磨き上げなければならない、と厳命されている。主人が購入した品を傷付けるなど以ての外だ。そうでなければ豚を調教するかのように拳を打ち付け、靴跡が残るまで蹴りつけていただろう。
言葉の通じない、極東の珍しい猿の仲間二頭に、マクシマンは断腸の思いで甲斐甲斐しく世話をする。
とはいえ、マクシマンがすることは意外に少なかった。それらは透き通るように美しい肌をしていたし、小粒の歯などそれこそ真珠のよう。試しにと紅の一つも差してみれば、怖気が走る程に変貌した。十と幾らかの歳を生きただけの猿の仲間が、艶麗かつ妖艶な、男女の境も危うい美貌となって、マクシマンの敗北感にとどめを刺したのだった。
緋色のレースのみでこさえたガウンなどを着せてみれば、少しばかり隠れた肌が輝いて、裸身よりも却って淫蕩にみえるのだから、堪らない。マクシマンはこの猿の仲間と侮蔑する異形の双子が、確かに歪な真珠であると、敗北感と劣情を抱きながら納得したのだった。
そして数日が経ち──
「ぼくが、あに」
不意に、真珠の一粒が流暢に語り始めた。
その時のマクシマンの驚愕と言ったらない。
「うぅん…仏蘭西語は物吉叔父様に少しばかり習っただけだからなぁ。通じているかな? 僕は首堂羽々斬。この、」
と言いながら双子の内の兄だという彼は、片割れの頰に手を伸ばし、寄り添った。
「僕の半身、首堂布都の兄だよ」
「あにさま、羽々斬」
双子は猫のように互いに寄り添い合い、絡み合い、そして二対の瞳がひたりとマクシマンに据えられる。
「あのフランジという男、我らを『歪な真珠』と」
「そうだね。ふふ、僕達は今や彼の所有物……ふふふ、ご主人様と呼ぶべきかな?」
「お止めください、あにさま。あのような低俗な趣味の輩を、主人などと」
「僕達を同好の士に見せびらかすふうだったけれど、何というか、まぁ、世の中には見世物小屋があるくらいだからねぇ。」 「外連味趣味の金持ちの娯楽、ということでしょう」
彼等は自身を彩る衣装や化粧の数々を好き勝手に弄び始めた。
貴族の少女が着せ替えをして遊ぶように、他愛なく。
しかし彼等の選ぶ服は”服”と形容して良いのかすら妖しいものばかりだった。元よりそうした趣向の品としての彼等なのだから、まともな衣装のあるわけがない。
裸身に宝石のみを纏ってみたり(青白く輝く肌の上を、ダイヤやルビーが踊る)。
緋色のシルクを細く裂き、互いに緊縛してみたり(シルクが食い込む肌の歪みと、法悦の息が艶めかしい)。
マクシマンは絢爛なる眩暈に襲われていた。 何かが、マクシマンの何かが、剥がれてしまう。
剥がれてしまえ、と双子の兄が唆し、
剥がれてしまうのか、と双子の弟が眉を顰める。
マクシマンは二律背反に、身悶える。
そしてその苦悩すら甘美で、涎が出る。
そうしてマクシマンは人であることを止めた。
彼等の犬に成り下がった。
「とりあえず、雄犬は去勢をしなければね」
「勝手に増えては迷惑だからな」
彼等の繊手によって、マクシマンを形作っていたものが、少しずつ、削られていく。
狂喜した。
言葉すら失った。
繊手を乞い、吠えれば、気紛れに撫でてくれるのだから。偶に無駄吠えをするなと鞭打たれることもあったが、それはそれで甘美だった。
そうして双子は少しずつ、フランジという巣を荒し、とうとう飼い主であるはずのフランジ自体を陥落させた。
好色かつ猟奇趣味のフランジは、その性故に、双子には抗えなかった。
仏蘭西当局からの入電に、首堂十束は海溝よりも深い眉間の皺を刻んだ。
それはつい先日、拐かされたという自身の双子の弟達の消息を伝えるものだった。
何の遊戯をしているのか、と呆れつつ、満足すればその内帰ってくるだろうと軽く見ていたが、矢張りあの双子は只では済まさなかった。
仏蘭西当局曰く──ある地元の名家の当主を筆頭に、狂乱、惑乱し、死に、殺し、そして逮捕あるいは死亡したという。当局が屋敷に踏み込んだ際、血塗れで、恍惚と微笑む羽々斬と、血塗れで、冷然と佇む布都とが居たのだという。
──早く引き取りに来て欲しい。
報せの声は震えていた。
「貴方の弟達は、どうにも──人を、惑わす」
十束は溜め息を吐き、洋行に出る支度を始めた。
本邦は全て世は事も無き──