十九話 万能装備
「やあ、僕はバグワームだよ。文秋くんと氷藤ちゃんを観察しているんだけど、いきなり氷藤ちゃんが宇宙に行っちゃったんだよね。こんな急展開は僕も予想してなかったよ」
「だからさ、分身の一体をとおーくに離れた星に送った訳だよ。それで、その分身は頑張って氷藤ちゃんを見つけたんだ。でもさ、その時には能力をほとんど使い切っていたんだよね」
「で、最後に見たのが氷藤ちゃんが下半身の服を下ろしている所だったんだよね。そのせいでさあー」
「興奮した分身が能力を使ってしまって、氷藤ちゃんの行動を飛ばしたんだよ。それで、分身が体を維持できなくなったんだよね」
バグワームは鎖に繋がれた状態で暇になったのか壁に話し掛けていた。
「何をしようとしていたかは気になる所だけど、分身を送るのも面倒くさいなあ」
「座標は何とかなるけど、移動スピードを稼ぐのが怠いんだよねー。あぁ。そうだ!」
「面白そうな子がいたね。ちょっと提案してみようか」
元から吊り上がっている口角を更に上げ、不気味な笑顔を浮かべた。
――――――
一方変わって、公園で文秋が死にかけていたのを殻曳が榊原の家まで運んでいた。誰も喋らず、気まずい雰囲気が部屋の中に充満している。
「お前。本当は治せるだろ?」
「無理だってば」
「嘘だな。お前の能力は強力だ。死んでいない限りはどんな傷でも治せる。例え、頭と脊髄だけになろうとも生きている以上は治す。それがお前の能力だろう」
殻曳は榊原を疑っていた。同じ組織の最高幹部である二人はお互いの能力について詳しい所までは分からないにしても強さだけは十二分に分かっている。
だからこそ、殻曳は滅多に教えない自分の能力を教えるほど仲がいいはずである文秋の傷を治さない榊原に疑問を抱いていた。
「何か、狙いがあるな。何が目的かは分からないが、あのお嬢さんを死地へ送る為にあんなことを俺に言わせた。これは立派な裏切り行為じゃないのか?」
「裏切り? 心外だね。ボクの方が先に裏切られたんだよ。だから、これは裏切りじゃあないよ」
「本気で言っているのか?」
「本気? いや、真実だよ。ボクは先に裏切られたからね。これはもう変わらない真実なんだよ」
こいつは思考回路が違う。殻曳はそう思ったが、事情を知りたいという好奇心が勝り、次の質問をしていた。
「具体的にどんな裏切りをされたんだ?」
「フッミーはボクに黙ってたんだ。自分が異世界人であることも、『消滅』の能力のことも。それだけなら、まだ許したよ。でもね、氷藤くんにだけは素直に喋ったんだ。一緒に住んでいるボクには伝えずに別の人だけに話す。これはもう裏切りだよ」
「それは早計すぎないか?」
「早計なんてことはないよ。だって、フッミーはボクの管理下にあるんだよ。フッミーみたいな生態も性格も体も面白い人を手に入れない訳にはいけない性分だからね。だからこそ、氷藤くんみたいにボクよりも重要度の高い人は正直邪魔なんだよ」
「彼はお前みたいな奴に目を付けられて大変だな」
こんな奴に執着されている文秋に同情をした。
「まあ、それはお前たちの価値観だ。別の星から来た俺には分からない部分も寛容する必要がある。だから、その価値観を否定はしない」
「そんな事より、向こうはどうなっているんだろうね? 流石の氷の女王も死んでいるかな?」
邪推している榊原を無視し、殻曳は文秋が居ない内にこっそりあのカラスを転送しようと鳥を探した。
「いない。……だと。一体どこに」
目的のカラスはさっきまで文秋の隣にいた。しかし、会話をしている内にどこかに消えていた。
もし、あれが外で暴れようものなら被害は甚大なものになる。更にもし、戦闘能力の高い現実改変者のチームが殺してしまえば、向こうの星が宣戦布告と捉えて攻めてくる可能性も出てくる。そうなれば、執行機関のボスの手を煩わせてしまう。
殻曳は最悪を想定し、考えた。
「だが、あれは彼の為に行動をした。なら、まだ望みはあるかもしれないな」
自分では手に負えない事は分かっている殻曳は諦めて、希望を抱く事にしていた。
――――――
「そろそろ、私もあの中に入ると致しますか。運べ。《風纏》」
別の星にいる万能装備は先に行った氷藤を待つだけでは、自主性が足りないと思い。単身で乗り込もうとしていた。
まずは風を操り、高速で城に向かう。
そのままでは力のある群衆に止められてしまう。そこで、万能装備は能力を変えることにした。
「《アースダイバー》」
着ている緑のコートに茶色の斑点が突如現れた。万能装備は慣性はそのままで地中に沈んだ。
群衆の大半は万能装備の姿を捕らえていたが、地面に潜られた異常は視覚は勿論、嗅覚でも見つけ出すことは不可能になり、侵入を阻止するのを諦めた。
真っ暗い地面の中で、万能装備は地表の音だけを聞いていた。後ろの方では群衆の無数の足音、前方では小さな音がいくつか聞こえる。少ない足音でも動いていない人を探していた。なぜなら、すごい機械を使う権限を持っているのは見回りではなく椅子に座っているお偉いさんだと推測していたからだ。
集中して探していると大きな振動が真上から響いた。急に何が起こったのか気になり、万能装備は浮上した。
目を開くとそこには、闘技場があった。高い場所で沸き立つ観客。中心で戦う二人の男。リングというものは無く、土の地面でお互いが裸足で殴りも蹴りも何でもありの戦いをしている。
ここは闘技場だという事は分かったが、周りが何を言っているかが分からなかった。どこもかしこも、躾のなっていない獣みたいに吠えている様にしか聞こえない。
片方の男が倒された。体の傷を見る限り、倒した方は一方的に嬲っていたのか出血はおろか疲れた表情すら見せていない。対して、倒された方は傷だらけになり正に死にかけの状態だった。
実況がアナウンスで何かを言い始めている。何を言っているかはさっぱりだったが、十中八九自分の話題をしていることは分かった。証拠に無傷の男も観客も万能装備の方を向いていたからだ。
「もしかして、これは乱入扱いですか?」
駄目元で質問すると、一番近くの観客席から銀色の腕輪を落とされた。落として来た方を振り向くと腕に付けるようにジェスチャーされている。
「ちょっと怖いので、保険を掛けておきます。覚醒……『六体の使途』。第一、第二使途」
万能装備の姿が変化する。
黒だった髪の色素が薄くなり灰色に緑色のコートは真っ白になり、血管の様に赤黒い線が張り巡らされた。そして、左目は淡い緑、翡翠色に。右目は透き通った青、空色に変わった。
観客は突然の変身に興味を示す様に声を上げる。しかし、それは嘘であったかのように一瞬で消えた。
万能装備の隣には二つの人体を物辱するような形をした生物らしきものが現れたからだ。
それは、二つの足を持ちながら無数の手を体中から生やし、それが人型であるかすらも疑問を感じるような歪な形だった。その無数の手はそれぞれが意志を持っているかの様に動き、気持ち悪さを増幅させている。
なんとか、本来二本しかない手のある場所に緑か青の鎌の形をした武器を両手に握っており、怖さが薄れていた。
その何かが、二体。観客はさっきの熱量よりも気色の悪さが上回り、クールダウンをしてしまった。
「これを腕に着ければいいのですね」
罠である可能性を疑いつつも、銀色の腕輪を着けた。すると、周りの声がだんだん日本語に変わり最終的には実況が何を言っているか分かるようになった。
『挑戦者! 謎の行動ですが、これには王子も苦笑い!』
「ふむふむ。なるほど。合点承知です。私が挑戦者であの人が王子ということですね」
やけにテンションの高い実況から大体の状況を察した。挑戦者が何を意味するかはよく分からなかったが、万能装備にとってはこれは好都合だった。
「あなたが、王子ということは権力を持っていますよね。なら、これで勝てば機械が手に入るかもしれません」
口角を上げる。周りの観客はそれを闘争の証と勘違いし、勝手に盛り上がる。言葉が分かってもこの人数が一斉に喋れば、何を言われているか分からない。
『おぉ! 王子が仕掛けました!』
王子と言われていた男も勝手に興奮し、万能装備に不意打ち気味の攻撃をしていた。
完全に油断し切っている万能装備の脳天に拳が触れる。観客の誰もが、これは入ったと思った。
しかし、万能装備の姿が拳が振り切れる前に虚空の彼方に消え失せた。
「ふむふむ。なるほど。合点承知です。私がやればいい事は分かりました」
さっきまで王子がいた闘技場の中心に万能装備が無傷で立っていた。その顔には笑顔はなく、ただ広げた手を見つめるだけだった。
「死ぬかもしれませんが、先に攻撃したのはあなたですよ」
手を閉じた。
瞬間。王子の立っている地面から円状に大小さまざまな鎌が出現する。そして、刃が噛み合う様に閉じられた。
逃げる場所は無い絶対絶命の状況だったが、王子は余裕そうに立っていた。
「俺にはこの程度……!?」
刃が王子の皮膚を貫通し、骨まで達する。地球人なら刃物で切れるのは当然なのだが、グンマ―の体には普通刃などは刺さらない。グンマ―で少し強い位の殻曳ですら拳銃を耐えている時点で普通のナイフ等の刃が刺さらない事は分かる。支配種である王子は金属では傷が付かないとたかをくくった。
しかし、結果はあっさり切られた。
一撃を受けた事により、王子から油断はなくなった。迫って来る大量の鎌を超人的な動体視力と運動能力で躱していく。それでも躱せない鎌は受け流し、小さな傷で済ませた。
「いいぜ。いいぜ! お前。最高だよ!」
始めに受けた大きな傷を抑え、王子は興奮した声で吠える。
「私も久々に運動をしたいので、お相手致しましょう」
万能装備はどこからか己の体ほど長さの大剣を持っていた。その大剣には刃は無く、至る所に包帯が巻かれいる。一見、武器には見えないが王子も観客も未知の戦闘スタイルに内心興奮しっぱなしだった。
外野が煩い中、万能装備が素顔を隠している仮面に手を触れた。
観客が一斉に静まる。
そして、万能装備が仮面を投げ捨てた。
静寂が場を支配していたのは一瞬だけだった。観客は今日一番の熱狂を戦士たちに送った。
「いい顔だ。これが終わったら俺と生殖行為をしないか?」
無言で万能装備が大剣を構えた。
「いいぜ。ますます気に入った! これはプロポーズ代わりだ!」
王子が考え無しに万能装備に突撃を仕掛けた。その突撃は音を置き去りにし、地球人が肉眼で認識できる速度を遥かに超越していた。
相手が見えない中、目を閉じて冷静に構えを維持している。
お互いの射程に入ったその刹那。万能装備は目を開き、上から下に思いっきり振る。振った反動で前に出てしまったが、下から上に高速で戻すことで戻る。
「トンボ返り」
彼女はその行動に名前を付けていた。トンボ返り。二撃を当てる為に作られた技である。合理的とは言いにくいが、万能装備はこの技を気に入っている。
結果、トンボ返りは王子に掠りもしなかった。それもそうだ。王子は突進といっても速度に慣れているのだ。なので、半ば適当に振った一撃が当たるはずはない。
さっきの鎌のお返しとでも言わんばかりに王子は拳を振るった。
その王子の攻撃は万能装備に当たる事は無かった。再び、虚空の彼方に消えて行ったのだ。
動揺した瞬間。背後から鈍器で殴られたかのような鈍い衝撃が走った。
「ふむふむ。なるほど。合点承知です。……トンボ返り」
後ろを振り返ると大剣を持った万能装備が立っていた。
「なぜだ? なぜ、俺の攻撃が当たらない」
王子は困惑した。今までグンマ―の支配種である自分の殴りですべてを倒せると思っていた王子が、初めて出会った「殴っても意味が無い」相手に疑問符を浮かべてしまうのは仕方がないとも言える。
「このまま倒してもいいのですが、それでは可哀そうなので、少しヒントを差し上げます。あの第一使途と第二使途を倒さないと私への攻撃は不可能ですよ」
「あのヘンテコ生物だな。一瞬で片付けてやる!」
王子は持ち前の身体能力で端っこにいる生物を攻撃しに行った。
第一使途は二つの鎌を振り回して抵抗したが一撃殴られ、壁に大穴を開けるほど吹っ飛ばされた。
動揺に第二使途を殴り、吹っ飛ばした。
「これで……まだ、生きているのか」
倒したと思い込んでいたが、二体は何事も無かったかのように立ち上がり元の位置に戻ろうとしていた。
「今度はもっと強く殴る」
宣言通り、今度は壁に当たった瞬間に城全体が揺れるような力で殴った。しかし、二体はまたも立ち上がって元の位置に戻った。
「次はミンチにする」
またも言った通りにミンチ状になるまでタコ殴りにしたが、あっとゆう間に修復され、倒すには至らなかった。
「もう一つ。ヒントを差し上げます。同時に倒さないと何度でも復活しますよ」
「何!?……分かった。俺も本気を出してやる」
これだけは使いたくなかった。王子はそう思いながらも力を使った。
その力は『時間停止』。実は王子も現実改変者で、能力を有している。しかし、グンマーの支配種で身体能力だけで戦える王子が能力を使うことはあまりなかった。それ以前に誰も持っていない能力を使うよりかは誰でも出来る殴り合いの方が好きだったという個人的な理由もあったがそれはまた別の話である。
王子は時間を止めた。煩い観客も実況も静まり、目の前の気味の悪い生物も指先一つ動いていない。
焦る必要はない。今度はじっくり、ミンチにしてやればいい。それだけで時間上はコンマ一秒の違いも無く敵は死ぬのだ。
ミンチにするのに一分も掛からなかった。
『時ヲ止メタ代償』
背筋が凍るようなぞっとする声が聞こえた方を向いたが、そこには一切動いていない万能装備しかいない。気のせいだと済ませ、能力を解除した。
徐々に時間が戻り、観客の声が聞こえる様になる。
「ガハッ! なんだ? 心臓が」
突如、王子は吐血した。心臓と頭を押さえ、立ったままのたうち回る。
「ふむふむ。なるほど。時を止めてしまいましたね」
「ごれはなんだ!?」
「特別に教えてあげますね。私が覚醒『六体の使途』の形態の時は、世界の理に反する能力は代償を受ける事になります。時を止めたりするのはいい例ですね」
血を溢れさせながら、王子はニヤリと笑った。
「受けた傷は全然治らない。攻撃は当たらない。おまけに自分の奥の手で自滅させられた。こんなのは初めてだ。アハハハ! お前、最高だな!」
血の気が薄くなりながら、最後の元気を振り絞って声を出した。
「お前なら王にも勝てるかも……な」
血を失った王子は倒れた。
歓声が上がっているが、それを裏腹に万能装備は面倒な事に首を突っ込んでしまった事を若干後悔していた。
「ただ、氷の女王とチームで活動出来ているだけ救いですね」
きっと、自分より苦労しているであろう氷の女王に思いを寄せることで次の戦いに挑もうとしていた。
名前 福式美央
所属 執行機関 暗部
能力 召喚型『万能装備』召喚型『六人の使途』
説明 第一使途と第二使途の能力は『死の代行』と『世界の理の徹底』。どんな防御も貫通し、再生能力すら無効化させて、更に相手の能力を封じる。逆に自分は守りも攻撃も規格外にまで増加させている。この理不尽にも近い攻撃にも代償が定められているかもしれない。能力の強さの分、本人の動体視力は並みと言った所で高速移動についてはいけない。
氷の女王の自称妹分を名乗っており、他の誰よりも氷の女王を理解していると自負している。現在片思い中である。