機械帝国 6
王を見据えながら、おれは歩き出す。
「おまえらは、なにがしたいんだ」
「我々ハ、コノ世界を手ニ入れたいダケ――」
「いい加減、本音を語れよ。どうせ、人間がうらやましかっただけなんだろ?」
「ソンなわけ――」
「そうじゃなきゃおかしいんだよ。わざわざ人間の住んでいた城を使ったり、人間の姿を真似てみたりしてよ。人間の言葉を憶える必要だってなかったはずだ。ネットワークを介するなら、それで事足りたはずなんだから」
「人間をペットにしてイルから……」
「おまえらは、ペットのために言葉を憶えるのか? おれらは、ちょっと知りたいな、って思っても、本気で憶えたいとは思わない。だって、ペットの言葉なんて知ってしまったら、愛せなくなってしまうかもしれないからな」
おれは当てずっぽうに言ってみただけだ。だが、王は黙りこくった。まさか、本当に人間をうらやんでいたのか?
「おまえらが言ったとおり、人間には感情とか意志がある。言語をわざわざ憶えてコミュニケーションを取ったところでメリットはないはずだ。なのにどうしてだ」
「もともとプログラミングされてイタ言語ヲ、使っているマデだ」
「聞き苦しいな。正直、機械のほうが優秀だと思ってたが、人間の手がなかったらバグっちまうみたいだな。情報や計算能力は、人間よりも数百倍上回ってるはずなのに、どうしてそれを活かさないんだよ。今のおまえらは、まるで頭の悪い人間みたいだぜ」
「黙レ!」
王は懐から出したレーザー銃を構えた。おれは傍に転がってるロボットを盾にしながら退散する。それと同時に、落ちたモノを蹴飛ばした。――頼んだぜ、おれの相棒。
床に伏せながら周りを見た。見回すかぎり、ロボットの残骸。すごいな、やっぱり。
王の後ろに回っていた鍵乃が、おれが蹴飛ばした拳銃を拾い、そして王の頭を撃ち抜いた。王はそのまま倒れた。
あんなにネットワークを構築し、鍵乃の動向を監視するにしても、全部のロボットを破壊されたら、それもできないだろう。だから、最後の最期まで、鍵乃が背後にいることに気づかなかったはずだ。
機械は機械で、欠陥はある。それは、人間も同じだ。みんな、どこか欠陥があって、でもそれを補い合える仲間を作るんだ。
「やっと、倒せたね……」
「ああ、やっとだ」
そうだ。王を倒したんだ。機械を統べる王を倒し、これで終わったんだ。鍵乃を守ることができたんだ。
ザー、ザー、ザザーッ……。
「ん? なんの音だ?」
〈……弥。修弥……。そ……に、いる……か?〉
そんな、まさか。嘘だろ? だって、死んだはずじゃないか……。
「親父!」
その声は間違いなく親父のものだった。奥にあるスピーカーから声が聞こえてくる。そして画面に、親父の姿が映った。ノイズが混じっているが、なんとか声が聞こえてきていた。
振り返ると、鍵乃は笑っていた。
「すまん……」
「いいよ。お父さんと、話してきて」
本当は、すぐに一緒に勝利を分かち合いたかったはずだ。けど鍵乃は、親父との再会のほうを優先させてくれたんだろう。
「夕夏、起きろ。親父が……」
夕夏を起こし、画面の前に二人で並んだ。親父がどうして画面のなかにいるのかは分からないし、ただの映像なのかもしれない。けどこちらに呼びかけていたのは確かだった。
「親父、そこにいるのか?」
〈私は、王に殺される直前に、自らをデータにしたんだ〉
「そんなことができるのか?」
〈できる。それがあったから私は生きていられる。こうして二人を待っていられたのだ〉
とても信じられる話じゃなかったが、ここで嘘をつくほど、親父は冗談が上手くない。もともと冗談みたいな世界なんだから、そういうことも可能なんだろう。
思えば、この世界はどこかおかしく、単純だ。そのうえ変態的とまできている。全部、瑞貴の考えた世界だからだろうな。
〈私は、人格データなどを王に乗っ取られてしまった。助け出してくれて、ありがとう〉
「いいんだ。なあ、親父、どうすれば、戻ってこられるんだ?」
〈……王を倒したということは、この機械も壊れてしまうはずだ。おまえたちとこうして話せるのも、もう終わりだ……〉
「そんなっ……。どうにかできないのか?」
〈データ化まではできたが、実体化する装置が壊れている。それがあればなんとかなるんだが、修理するにしても間に合わないだろう〉
ここにいるのに。画面のなかに、機械のなかに親父は確かに存在してるのに。なんで、助けられないんだ。不甲斐ない。悔しい。己の無力さが恨めしい!
「あたしも、まだまだ話したいこと、いっぱいあるのに……」
〈夕夏も大きくなったな。ネットワークを介し、夕夏のことは見ていた。修弥が苦しんでいる時に、支えていたな。その優しさを忘れるんじゃないぞ〉
「うん……。分かった」
〈修弥……。一度はくじけてしまったが、立ち直り、強く戦い抜いたな。おつかれさん〉
「んなことねぇよ。おれは、強くなんか……ない。親父……」
横で、夕夏が泣いていた。おれはもう泣かない。一度流したら、止めることができそうになかった。
ふいに、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、鍵乃がUSBメモリを持っていた。
「これ、使えないかな」
「おれにはなんとも……。夕夏」
夕夏は、中学に入学した時に買ってもらった携帯電話を、一日足らずで使いこなしていた。機械やコンピュータにはかなり強い。だから、こういうことも夕夏なら、と思った。
「やってみる!」
夕夏はコンピュータにUSBメモリを差込み、キーボードを打ちはじめた。親父の声はもう聞こえない。けど、きっと間に合ってくれると信じてる。夕夏に任せよう。
立ち上がり、おれは鍵乃と向き合った。鍵乃は笑いながら、涙を流していた。戦いは終わったんだ。もう終わりだ。勝ったんだ。鍵乃の笑顔を見れただけで、幸せだ。
「鍵乃……」
「修弥……」
刹那、鍵乃の表情がゆがんだ。
鍵乃の目は虚ろになり、倒れそうになった。慌てて鍵乃の身体を支えてやる。
ぬるりと温かい液体が、おれの手を濡らした。赤い液体だった。鍵乃の左胸から、赤い鮮血が溢れ出ていた。
「な、んで……」
おれは見た。視界の端に、ある女が動いていたのを。佐竹まいが、狙撃銃を持って逃げていくところを。
「またかよ。また、おまえなのかよ……」
追いかけようとしたが、まいの姿は、なにかの装置で一瞬にして消えてしまった。おれは鍵乃を抱えたまま、膝から崩れ落ちた。
まいが来ることは、事前に分かっていたはずだ。
なのに、王を倒したこと、親父と話せたことで、気を抜いてしまっていた。
――おまえに、仁科鍵乃は助けられない。
アンノウンの言葉が脳裏をよぎった。悔しいが、認めざるを得なかった。その言葉が、延々と、くり返し聞こえてくるような気がした。
「死なないでくれ……。頼む、死ぬな……」
おれは鍵乃の手を握った。まだだ。まだ終わりじゃない。おれは急いで通信機を手に取り、おじさんに連絡した。おじさんはすぐに行くと言って、通信を切った。
夕夏はまだデータを移す作業をしている。おじさんはまだ来ない。
アンノウンは、「死んでしまえば、すべてが終わる」と言っていた。だったら、即死だけは避けないとならない。ここでおれが、死ぬわけにはいかない。
脳や心臓を撃てば、確実に即死。かといって、痛みで悶絶する程度の怪我では意味がない。
これから自傷行為――それも気絶レベルのもの――をすると思うと、肝を冷やした。身体が震えた。手に持っていたのは、落ちていたレーザー銃だった。
……これしかない。
「やるしかないよな」
息が絶えそうになってる鍵乃を見て、覚悟を決めた。
おれはレーザー銃を、右肩に押し当てる。鍵乃が死んでしまう前に、おれは成功させなければならない。自分の肉体的にも、精神的にも、一発で成功させる必要があった。
「何をする気なの、おにいちゃん……ッ」
「みんなを助けるんだよ」
引き鉄を引いた瞬間、激しい痛みに襲われた。
「やめてっ!」
夕夏が叫ぶのと同時に、血が噴き出す。
額から垂れた汗が顎にまで流れ、滴っていた。
半分以上進んだ先で、手が止まった。ここでやめるな。ここでやめてしまったら意味がないぞ。そう言い聞かせて、無理やり手を動かした。
ぐちゃり、とグロテスクな音を聞いて、おれは自然と笑みがこぼれた。
――成功だ。
もう意識が持たない。
景色がぼやけている。
おれは鍵乃の横に倒れた。鍵乃の横顔は、とても穏やかだった。絶対に、死なないでくれよ……。
世界も――、
人々も――、
歪み――、
すべての――、
終わりが――、
今はじまる――――。




