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MAGicaL DayS  作者: 椿楓
14/23

機械帝国 6

 王を見据えながら、おれは歩き出す。

「おまえらは、なにがしたいんだ」

「我々ハ、コノ世界を手ニ入れたいダケ――」

「いい加減、本音を語れよ。どうせ、人間がうらやましかっただけなんだろ?」

「ソンなわけ――」

「そうじゃなきゃおかしいんだよ。わざわざ人間の住んでいた城を使ったり、人間の姿を真似てみたりしてよ。人間の言葉を憶える必要だってなかったはずだ。ネットワークを介するなら、それで事足りたはずなんだから」

「人間をペットにしてイルから……」

「おまえらは、ペットのために言葉を憶えるのか? おれらは、ちょっと知りたいな、って思っても、本気で憶えたいとは思わない。だって、ペットの言葉なんて知ってしまったら、愛せなくなってしまうかもしれないからな」

 おれは当てずっぽうに言ってみただけだ。だが、王は黙りこくった。まさか、本当に人間をうらやんでいたのか?

「おまえらが言ったとおり、人間には感情とか意志がある。言語をわざわざ憶えてコミュニケーションを取ったところでメリットはないはずだ。なのにどうしてだ」

「もともとプログラミングされてイタ言語ヲ、使っているマデだ」

「聞き苦しいな。正直、機械のほうが優秀だと思ってたが、人間の手がなかったらバグっちまうみたいだな。情報や計算能力は、人間よりも数百倍上回ってるはずなのに、どうしてそれを活かさないんだよ。今のおまえらは、まるで頭の悪い人間みたいだぜ」

「黙レ!」

 王は懐から出したレーザー銃を構えた。おれは傍に転がってるロボットを盾にしながら退散する。それと同時に、落ちたモノを蹴飛ばした。――頼んだぜ、おれの相棒。

 床に伏せながら周りを見た。見回すかぎり、ロボットの残骸。すごいな、やっぱり。

 王の後ろに回っていた鍵乃が、おれが蹴飛ばした拳銃を拾い、そして王の頭を撃ち抜いた。王はそのまま倒れた。

 あんなにネットワークを構築し、鍵乃の動向を監視するにしても、全部のロボットを破壊されたら、それもできないだろう。だから、最後の最期まで、鍵乃が背後にいることに気づかなかったはずだ。

 機械は機械で、欠陥はある。それは、人間も同じだ。みんな、どこか欠陥があって、でもそれを補い合える仲間を作るんだ。

「やっと、倒せたね……」

「ああ、やっとだ」

 そうだ。王を倒したんだ。機械を統べる王を倒し、これで終わったんだ。鍵乃を守ることができたんだ。

 ザー、ザー、ザザーッ……。

「ん? なんの音だ?」

〈……弥。修弥……。そ……に、いる……か?〉

 そんな、まさか。嘘だろ? だって、死んだはずじゃないか……。

「親父!」

 その声は間違いなく親父のものだった。奥にあるスピーカーから声が聞こえてくる。そして画面に、親父の姿が映った。ノイズが混じっているが、なんとか声が聞こえてきていた。

 振り返ると、鍵乃は笑っていた。

「すまん……」

「いいよ。お父さんと、話してきて」

 本当は、すぐに一緒に勝利を分かち合いたかったはずだ。けど鍵乃は、親父との再会のほうを優先させてくれたんだろう。

「夕夏、起きろ。親父が……」

 夕夏を起こし、画面の前に二人で並んだ。親父がどうして画面のなかにいるのかは分からないし、ただの映像なのかもしれない。けどこちらに呼びかけていたのは確かだった。

「親父、そこにいるのか?」

〈私は、王に殺される直前に、自らをデータにしたんだ〉

「そんなことができるのか?」

〈できる。それがあったから私は生きていられる。こうして二人を待っていられたのだ〉

 とても信じられる話じゃなかったが、ここで嘘をつくほど、親父は冗談が上手くない。もともと冗談みたいな世界なんだから、そういうことも可能なんだろう。

 思えば、この世界はどこかおかしく、単純だ。そのうえ変態的とまできている。全部、瑞貴の考えた世界だからだろうな。

〈私は、人格データなどを王に乗っ取られてしまった。助け出してくれて、ありがとう〉

「いいんだ。なあ、親父、どうすれば、戻ってこられるんだ?」

〈……王を倒したということは、この機械も壊れてしまうはずだ。おまえたちとこうして話せるのも、もう終わりだ……〉

「そんなっ……。どうにかできないのか?」

〈データ化まではできたが、実体化する装置が壊れている。それがあればなんとかなるんだが、修理するにしても間に合わないだろう〉

 ここにいるのに。画面のなかに、機械のなかに親父は確かに存在してるのに。なんで、助けられないんだ。不甲斐ない。悔しい。己の無力さが恨めしい!

「あたしも、まだまだ話したいこと、いっぱいあるのに……」

〈夕夏も大きくなったな。ネットワークを介し、夕夏のことは見ていた。修弥が苦しんでいる時に、支えていたな。その優しさを忘れるんじゃないぞ〉

「うん……。分かった」

〈修弥……。一度はくじけてしまったが、立ち直り、強く戦い抜いたな。おつかれさん〉

「んなことねぇよ。おれは、強くなんか……ない。親父……」

 横で、夕夏が泣いていた。おれはもう泣かない。一度流したら、止めることができそうになかった。

 ふいに、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、鍵乃がUSBメモリを持っていた。

「これ、使えないかな」

「おれにはなんとも……。夕夏」

 夕夏は、中学に入学した時に買ってもらった携帯電話を、一日足らずで使いこなしていた。機械やコンピュータにはかなり強い。だから、こういうことも夕夏なら、と思った。

「やってみる!」

 夕夏はコンピュータにUSBメモリを差込み、キーボードを打ちはじめた。親父の声はもう聞こえない。けど、きっと間に合ってくれると信じてる。夕夏に任せよう。

 立ち上がり、おれは鍵乃と向き合った。鍵乃は笑いながら、涙を流していた。戦いは終わったんだ。もう終わりだ。勝ったんだ。鍵乃の笑顔を見れただけで、幸せだ。

「鍵乃……」

「修弥……」

 刹那、鍵乃の表情がゆがんだ。

 鍵乃の目は虚ろになり、倒れそうになった。慌てて鍵乃の身体を支えてやる。

 ぬるりと温かい液体が、おれの手を濡らした。赤い液体だった。鍵乃の左胸から、赤い鮮血が溢れ出ていた。

「な、んで……」

 おれは見た。視界の端に、ある女が動いていたのを。佐竹まいが、狙撃銃を持って逃げていくところを。

「またかよ。また、おまえなのかよ……」

 追いかけようとしたが、まいの姿は、なにかの装置で一瞬にして消えてしまった。おれは鍵乃を抱えたまま、膝から崩れ落ちた。

 まいが来ることは、事前に分かっていたはずだ。

 なのに、王を倒したこと、親父と話せたことで、気を抜いてしまっていた。

 ――おまえに、仁科鍵乃は助けられない。

 アンノウンの言葉が脳裏をよぎった。悔しいが、認めざるを得なかった。その言葉が、延々と、くり返し聞こえてくるような気がした。

「死なないでくれ……。頼む、死ぬな……」

 おれは鍵乃の手を握った。まだだ。まだ終わりじゃない。おれは急いで通信機を手に取り、おじさんに連絡した。おじさんはすぐに行くと言って、通信を切った。

 夕夏はまだデータを移す作業をしている。おじさんはまだ来ない。

 アンノウンは、「死んでしまえば、すべてが終わる」と言っていた。だったら、即死だけは避けないとならない。ここでおれが、死ぬわけにはいかない。

 脳や心臓を撃てば、確実に即死。かといって、痛みで悶絶する程度の怪我では意味がない。

 これから自傷行為――それも気絶レベルのもの――をすると思うと、肝を冷やした。身体が震えた。手に持っていたのは、落ちていたレーザー銃だった。

 ……これしかない。

「やるしかないよな」

 息が絶えそうになってる鍵乃を見て、覚悟を決めた。

 おれはレーザー銃を、右肩に押し当てる。鍵乃が死んでしまう前に、おれは成功させなければならない。自分の肉体的にも、精神的にも、一発で成功させる必要があった。

「何をする気なの、おにいちゃん……ッ」

「みんなを助けるんだよ」

 引き鉄を引いた瞬間、激しい痛みに襲われた。

「やめてっ!」

 夕夏が叫ぶのと同時に、血が噴き出す。

 額から垂れた汗が顎にまで流れ、滴っていた。

 半分以上進んだ先で、手が止まった。ここでやめるな。ここでやめてしまったら意味がないぞ。そう言い聞かせて、無理やり手を動かした。

 ぐちゃり、とグロテスクな音を聞いて、おれは自然と笑みがこぼれた。

 ――成功だ。

 もう意識が持たない。

 景色がぼやけている。

 おれは鍵乃の横に倒れた。鍵乃の横顔は、とても穏やかだった。絶対に、死なないでくれよ……。

 世界も――、


   人々も――、


      歪み――、


       すべての――、


           終わりが――、


               今はじまる――――。


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