お雪の恋文
結婚の準備が着々と進んでいる。
淳は次男だが、結婚後もお雪と一緒に実家に住むことになった。
淳の父の介護もあり、少しでも力になれればとのお雪のたっての申し出だ。
淳の母も助かる上に、にぎやかになると大喜びだ。
医者の嫁となる以上、もう黒田家の女中ではいられない。結婚を機に黒田家を暇することになった。
「奥様、少しだけお時間いただけますか?」
お雪は奥様の部屋の前にいる。
「私も、少しお雪と話がしたかったのよ。」
奥様は部屋に手招きした。
お雪は部屋に入ると手をついて深く頭を下げた。
「奥様、」
そう言うと、涙があふれた。
「何もできなかった幼い私に、いつも本当に優しく接してくださってお礼の言葉もありません。」
頷きながら、奥さんもたまらず涙を流している。
「お雪、わずか十才でここに来た時にはあなたのことがかわいそうで不憫でね。何もしてやれなかったけど、立派な大人になって。」
奥さんはお雪の手を握った。
「今までたくさん苦労したけれど、ちゃんとお天道様は見ていたね。」
そう言って、お雪を抱きしめた。
自分はこの奥様のおかげで今までどれだけ助けられただろう。この黒田家に女中に来れて本当に良かったとお雪は改めて思った。
お雪の境遇を知る両家は、お雪の花嫁道具を半分ずつ用意することにした。長谷川家には夫婦の部屋も用意され、準備万端だ。
後は結婚式を迎えるのみ。
お雪は残り少ない女中生活、黒田家に出来る限り御恩を返そうと毎日仕事に励んでいる。
庭の木々もお雪の幸せそうな姿を見て嬉しそうにざわざわしている。
お雪は今まで何度か淳から手紙をもらったが、まだ一度も返したことがなかった。
結婚を反対されていたころは、とても手紙など出せるはずもなかったから。
でも一度くらい、お雪も淳に手紙を書いてみたかった。
淳へ手紙が書けるのも、結婚式までの残りわずかだ。
お雪は淳に手紙を書いてみることにした。
長谷川 淳様
何度も先生からお手紙をいただいたのに、一度もお返事を出せなくてごめんなさい。
先生に初めて会ったあの雪の日から、早いものでもう三年です。
桃の節句の食事会で私のお腹が痛くなって、先生が介抱してくれましたね。
ご主人の体調が悪くなって二人で行った初詣。あの時は言えなかったけれど本当はすごく嬉しかったです。
土手沿いの道ではいつも先生を探しました。先生と他愛もない話をするのが私にはこの上なく楽しかった。
先生が私をお嫁にほしいと聞いた時、夢のようだと思いました。
ずっと無理だろうと思っていたけれど、そうなればいいのにと心の片隅ではその思いが捨てきれなかった。
そしてとうとう、先生のお嫁さんになります。
女中の私は何もできませんが、淳先生のため、長谷川家のために精一杯頑張ります。
どうぞ末永く宜しくお願いします。
長谷川雪になる予定の 雪より




