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第3話 海の近くでバイト三昧

 透明な水がさざ波を作り、波止場に打ち付ける。波が寄せて返すのなんて、船に何度も乗った事のあるニノは飽きる程見てきた。一方アダカは記憶がないのもあってか、随分と興味深そうに海の様子を眺めている。何にせよ動き回られるよりはマシと判断し、手早く乗組員との交渉を行った。


「貨物船でも何でもいいから大陸行きの便に乗せてくれ。船員としてでもいい。知り合いが病気で早く会いに行ってやりたいんだ!」

「そうは言ってもなあ……」


 船員は困り顔を浮かべてバンダナを巻いた頭をぼりぼりと掻いた。中々頷いてくれない船員をよそに、アダカはニノの袖をぐいぐいと引っ張った。聞かれる内容を察して、一旦船員と距離を取る。


「アダカに知り合いはいないぞ」

「しっ、黙ってろ。同情を買う方が融通を利かせてくれるかもしれないからな」

「清く正しい生き方なのかそれ」

「う……、嘘も方便ってやつだ」


 ニノは子供に悪い事を教えているような居た堪れなさに襲われた。しかもわざわざ嘘のエピソードを語った甲斐もなく、船員はやはり首を横に振った。


「悪いが時化で暫くは船を出せん」

「はあ、ここもか……」


 がっくりと肩を落とす。先程から幾つもの船に声をかけるも、軒並み断られてしまっているのだ。技術が進歩しようと、天候には逆らえないという事か。突然の休航には慣れているのだろう、船員の男は残念だったなと軽く笑い飛ばす始末だ。


「海神様の機嫌が直るまで気長に待つんだな」

「海神様、ねえ」


 大陸にも精霊や妖精の類は存在する。勿論文化や土地によって大きく様変わりするもので、この島国では異常現象やら災害は大体神様の仕業とされるらしい。なんともスケールの大きなたとえ話だ、とニノは思った。


「しょうがない、暫く大陸には戻れそうにないか。……アダカ?」


 船員とのやり取りに耳を傾けていた少年は、じっとこちらを見つめる。どうしたのかと訝しみ寄ってみると、波の音にかき消されそうな小さな声が辛うじて聞こえた。


「アダカは、この土地から出てはいけない」

「どういう意味だ?」

「……そう思っただけだ。なんとなく」


 束の間ぼうっとした眼差しが、すぐにいつもの子供じみたそれへ戻る。先程までの空気をかき消すようにスキップをして、アダカは軽快に笑った。


「海神さまの機嫌が悪いなら、仕方がない。船出はまたの機会にしよう」


 先程の言及を問い詰めるべきか悩んで、ニノはやめた。本人にも思い出せない記憶が関係しているのなら、聞いた所で答えは得られない。それに本人がこの島国を出たくないのなら、無理強いするつもりはなかった。どうせ一時の同行だ、自分が大陸へ帰る時に別れたらいいのだから。




※※※




 吊り下げられた橙色の提灯や地面に置かれた行灯が無造作に置かれた通り。客引きに勤しむ者の多くは着物を纏い、建物はレンガではなく土や木製でできた壁と瓦。かつてのミノハナの文化を敢えて色濃く残された歓楽街は多い。ニノ達が向かったのも、その内の一つだった。


「いかにも観光向けって感じだな。アダカ、少しは懐かしく感じるんじゃないか?」

「うーん、覚えてないからよく分からないな!」


 懐古の情が湧くでもなく、アダカは海の時と同じようにあたりをきょろきょろと見渡している。勝手にうろつかないよう声をかけつつ、手頃な店へ入った。


「お客さんかしら。いらっしゃあい!」


 割烹着を着た朗らかな女主人がカウンター越しに挨拶する。食事時から外れた時間だからか、客は自分達以外にいない。個人的な話をするには丁度よさそうだ、と席に座る。メニュー表を持ったアダカから期待に満ちた視線を向けられ、大人しくしているならいいかと財布から小銭をかき集めた。アダカの注文分を払うには足りそうだ。自分は注文しないでおこうと自制する位には、所持金が心もとなかった。


「なあ店主さん、泊まり込みで雇ってくれそうな店を知らないか?」

「あらぁ、お兄サン達仕事を探しているの?」

「そうなんだ。船は暫く出ないし、路銀も尽きそうでさ……。病弱な弟を食わしてやる為にも仕事が必要で」


 自分達のエピソードを(若干誇張しつつ)語る。呆れた様子のアダカを無視しつつ語ると、店主は存外親身に聞いてくれた。


「それならウチで働かない? 旦那が海に出て暫く留守だから、部屋もそこ使っちゃっていいわヨ」

「本当か!? 助かるよ!」


 自らの交渉力を誇るべく弟役へどや顔を浮かべてから、感謝の言葉を述べる。店主は注文したあんみつの皿をアダカの前に置いてから、調子に乗りかけたニノへ笑い混じりに付け足した。


「それとお兄サン、悪い事は言わないから、その下手糞なホラ話はやめときなさい。本当に困っているみたいだから助けてはあげるけどサ」

「…………」


 アダカがニヤニヤしてあんみつを食べるのをよそに、ニノは黙ってお冷を煽った。




※※※




 飯屋は食事時に賑わうものである。例にもれずこの店もそうで、店主のランはてきぱきとキッチンで調理を行い、手際よく注文の品を皿によそっていく。


「ニノ、これお客さんに持って行ってネ!」

「はい! 特盛り海鮮丼とラーメンセットお待ち!」


 愛想よく返事をして、トレイに乗せた料理を運ぶ。金欠で頻繁にバイトをしていたニノにとっては、配膳作業は慣れたものだ。通りがかりにコップの中身を見計らい、水差しからお冷をつぎ足すのも忘れない。食事を終えた客が立ち上がるのを見たランが声をかける前に、もう一人のバイトが受付へ陣取った。


「お会計はこちらになります」


 そろばんの玉を器用に動かし、アダカはつらつらと金額を伝える。一番の懸念だった彼は、学習能力が高いのか教えた事をすぐ吸収した。勝手気ままに振る舞うのではというニノの警戒をよそに、ランの命令に大人しく従い、客にきちんと敬語を使った。そろばんも最初から知っていたかのようにすぐ使いこなしたあたり、やはり記憶を失う前は高い教育を受けられる立場だったのだろう。


「ご来店ありがとうございましたー!」


 帰ろうとする客へ、三人が揃って明るい声で見送る。ニノ達のバイト時間は、その日も無事に過ぎていった。


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