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第1話 お宝は人間

 薄暗い洞窟の壁面を、ランタンが辛うじて照らす。古代王朝時代の文字が所々刻まれた壁に手をつき、ニノは目を細めた。保存状態が極めて良い遺跡や墓は、つまるところ侵入者が現れなかった事を意味する。


「よし、今回は当たりっぽいな」


 トレジャーハンターで一番大事な心構えは、諦めない事。ニノが最初に学んだのはそれだった。意気揚々と発見した遺跡に乗り込んでみれば中は空だなんて、ザラにあるからだ。何度外れだろうと、今度こそと期待を抱き続けるのが肝心だ。長らく抱えるだけだった期待がようやく報われそうで、早くも浮かれそうになるのを堪える。


 元々は天然の穴を掘り広げられたのだろう、洞窟内は狭いもののしゃがむ必要はなかった。あちこちに突き刺さっている朽ち果てた木製の棒には、ミミズがのたくったような字が薄っすらとこびりついている。卒塔婆だ、と見当をつけた。この島国にかつて存在していたとされる古代王朝の様式と一致する。


「埋蔵品とか財宝が沢山ありますように。数か月分の食費分位は収入欲しいなー……」


 期待を膨らませつつ、罰当たりな算段を立てる。死者への弔いよりも今を生き抜く方が、トレジャーハンターにとっては重要なのである。先程気を引き締めたのをもう忘れて、早くも皮算用を始めた。


「弾も補充したいし、そろそろ本格的に銃のメンテナンスを頼みたいよな。コートも新品に買い替えたいし」


 支出の推定額が膨らみすぎる前に、通路は終わりを迎えた。奥は通路と比べずっと広い空間が確保されており、中央には小さな祠のようなものが鎮座していた。サイズは、子供が辛うじて入れるくらいの大きさだ。木製の柱に、赤い漆をべっとりと何十にも塗りたくられた瓦の屋根。銅製の扉には南京錠がかけられ、更に祠を覆うようにして巻かれた太い縄には、古代王朝の文字が大量に刻まれている。いかにも何かありますと言わんばかりだった。


「オヤシロだっけ、こういうの。これなら今回は目ぼしいものは誰にも回収されてなさそうだな!」


 不気味だとか呪われそうだとか、そんな事を気にしていては食っていけない。腰のポーチからツールを取り出し、早速解錠に取り掛かる。しかし経年劣化で錆びた錠は小道具如きではどうにもならず、諦めて銃を構えた。ハンドガンから射出された弾丸は狙い過たず縄と錠を貫き、空薬莢が地に落ちる。何度も轟音を響かせてから構えを解き、成果を確認した。


「封印解除オーケーオーケー。さーて中身はっと」


 念の為銃を片手に持ったまま、腰にぶら下げたランタンを頼りに扉を開く。重たい金属の扉をどうにかして引っ張ると、錆びついた不快な音と共にゆっくりと動いた。数百年分の埃っぽい空気にむせてから、ニノはしかめ面を驚きへと変えた。


 中には、期待していた金銭の類は全くなかった。壁一面に刻まれた、不気味な文字の羅列。そこに押し込められるようにして、子供が目を閉じていた。十代半ば位だろうか、自分よりちょっと若い位にしか見えないとニノは思った。数百年以上封印された祠の中に生きた人間がいる筈がない。ミイラや死体にも見えないが、青白い肌からは生気がまるでなく、精巧な人形のようでもある。


「訳アリの子供……か」


 古代王朝の様式らしい白装束を着た、黒髪の少年。子供は後ろ手に縛られていた。服には布があちこちにまとわりつき、そしてやはり文字が刻まれている。封印したいのはこの子供であるとでもいう風に。


「……いや、銃はマズいよな」


 武器を構えかけて、やめる。至近距離で撃てば、縛られた少年も傷つけてしまう。死体だろうと生者だろうと、故意に傷つけるのは避けたい。ポーチからナイフを取り出し、手際よく縄を切る。ついでに子供の他に何も入ってない中身を確認して、がっくりと肩を落とした。


「金目のものは一切なしか。こいつを売るのは流石に人道的にマズいよなあ」

「盗人の癖に意外と道徳心があるやつだな」


 うつむいていた顔をハッと上げる。閉じていた筈の目が、開いている。黒曜石のように艶やかな黒目が、侵入者をじっと見つめていた。


「手が痛い。あと足も痛い。というか体中がものすごく痛い」

「あ、えーと……ずっと縛られて閉じ込められていたからじゃないか」

「ふうん、そうだったのか」


 告げられた事実に驚きもせず、子供はただ頷く。人形じみていた先程までが夢だったかのように、少年はよいしょと自分から祠の外へ出てきた。使い魔などの人外的なものというより、やはり人間らしい。ニノは何をどう発言したものか悩んでから、最優先事項を伝える事にした。


「俺は盗人じゃない、トレジャーハンターのニノだ」

「とれじゃーはんたあ? 聞いたことがないぞ」


 子供はこてんと首をかしげてから、ふらつきつつも立ち上がる。そして自分と全く違う服を着た青年をしげしげと眺めた。青い目をじっと覗き込むさまは、興味津々な幼子のようだ。


「異国の民か。変わった色の髪と眼だな。服も変だし」


 緑色の短髪をがしがしとかいて、ニノはしばし返答に悩んだ。この島国近辺では黒や茶色の髪と眼が普通で、かつては着物なるものが一般的な服装だったらしい。ニノが着ているジャケットやズボンなど初めて見たのだろう。


「そりゃあまあ、数百年前と比べたらファッションも様変わりしているだろうし」

「数百年前? 何言ってるんだ、今は、今は……いつだっけ」


 細い眉をぐっと顰め、少年は困り顔となる。うんうんと唸ってから、思い出せない、と呟いた。目覚めたばかりだからかぼうっとしている彼の記憶を確かめるべく、慎重に質問する。


「名前は分かるか」

「ええと……アダカって呼ばれていた、気がする」

「自分の状況について覚えていることはあるか。具体的に言うと、近くに埋蔵金とか金目になりそうな物が隠されているかとか」

「全然覚えてないな」


 収入なしか、とニノは肩を落とす。得体の知れない子供を発見したという意味ではプラスと考えるべきなのか。何事も前向きが肝心だしな、とどうにか気持ちを切り替える。目下の問題は、自分の状況を殆ど理解していない記憶喪失の子供だった。


「とりあえず外に行こう。街まで送る位はしてやるよ」


 ちょっとした親切心から、ニノはそう提案してやった。

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