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異世界でわかる文学史~村を追放された吟遊詩人は謎スキル「文学全集」で成り上がる  作者: メガネを取るとイケメン
第四巻 言文一致運動

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「当世書生気質」

「なんだか外が騒がしいな」

 ミロドロス島の代官、ナッコネン男爵は机から顔を上げた。城の前に人が集まって、ワイワイ騒いでいるようだ。


「セバス、ちょっと様子を見に行ってくれ」

 執事のセバストボリに命じると、ふたたび机に広げた結婚式の招待客リストに目を下ろした。

 ナッコネンは悩んでいた。この先自分は、どのように立ちまわるべきか。


 王太子が亡くなったあとのミロドロスの帰属先は、いまだに宙に浮いたままである。

 なぜなら彼の死から二週間たっても、王は後継者を決めかねているからだ。

 後継候補は二人いた。陽気な武闘派の第二王子と陰険な知性派の第三王子である。

 いまやカスト王国の貴族は、この二つの派閥に分かれて苛烈な政治闘争を繰り広げていた。


(完全に出遅れてしまった! 運がなかったのだ)

 爆破騒ぎの翌日から始まった長雨のせいで、海が荒れて島への連絡が遅れた。

 王太子の訃報を受けて王都へ駆けつけたときには、旧王太子派に対する勧誘はあらかた終わっていた。

 僻地の代官風情が座れる席など、もはや残ってなかった。

 自分のような、領地をもたない官僚貴族にとって、この状況は致命的である。島の帰属先が決まり次第、お役御免になるだろう。


(やはり地理的に近い東部三州を頼るべきだったか……)

 東の国境地帯を固める東部三州は、政治闘争にくみせず静観の構えを見せている。


 実力者として知られるプラント伯爵を中心に、中立派ともいうべき独自の派閥を形成しつつあるのだ。

 伯爵の下男に鼻薬を嗅がせて、ようやく手に入れた招待客リストを見て、そのことを確信した。

 王子たちの権力争いに目を奪われていたので、派閥結成の動きに気付くのも遅れてしまった。

 今から使いを出しても到底式には間に合わない。三日後に届いた祝辞なんて、差出人の間抜けぶりを宣伝するようなもんだ。


「ああもう! こんな島に閉じ込められてるせいで、やる事なすこと後手後手に回ってしまう」

 苦悩のあまり思わず声が出る。言ってから、しまったと思った。

 開け放たれたドアの陰から、娘のジェニファーが顔をのぞかせていたのだ。


「ちちうえは、この島がおきらいですか?」

 泣きそうな声で聞いてきた。

 ちょうど十年前、この島に赴任した年に生まれた子だった。彼女にとってミロドロスは掛けがえのない故郷なのだ。


「ごめんごめん、もちろん私はこの島が大好きだよ」

 あわててジェニファーに駆け寄って抱き上げた。

 そこへ執事のセバストボリが血相を変えて戻ってきた。


「大変です! 島民が城を取り囲んでいます。どうやら反乱がおきたようです」

「反乱だって? そんな馬鹿な」


 信じられなかった。島民に対して苛斂誅求かれんちゅうきゅうをした覚えはない。税率だってカスト王国の平均的な数字を課しているだけだ。


「まあ、とにかく、騒ぎが起きてるなら、この子を安全な場所に避難させるのが先決だ。抜け穴を使うぞ」

「はっ」


 セバストボリは使用人を呼んで執務室の机を移動させた。その床をパカッと開けると、地下に続く階段が現れる。


「ジェニファーを避難させたら、すぐに戻る。机はそのままにしておけ」

 そう言って、ナッコネン男爵は地下道にもぐりこんだ。

 慣習的に城と呼んでいるが、建物自体はふつうの貴族屋敷と大差ない。本当に反乱だとしたら、容易たやすく暴徒の侵入を許してしまうだろう。


 この抜け穴は、十年前までここに住んでいた旧王家が作った物らしい。

 接収してすぐに発見したのだが、一通り見て回ったあとは放ったらかしにしていた。

 まさか、こんなものを使うハメになるとは思わなかった。


 出口に到着したので魔導灯籠(ランタン)のスイッチを切った。扉を開けると砂浜近くの小高い丘に出た。

 砂浜を見下ろしてみたが、幸いなことに人っ子一人いない。小さいボートが一艘、砂の上に転がってるだけだ。


「いいかい? 私が呼びに来るまで、ここでじっとしていなさい。一人で寂しいと思うけど我慢するんだぞ。おまえは貴族の娘なんだから」

「はい、おまかせください」


 背伸びして気丈にふるまう娘の姿がいじらしい。ナッコネンは微笑みながらその頭をなでた。


「偉いぞ、ジェニファー」

「ふふふ……念のため、こっちも見張っといて正解だったな。大物が釣れたぜ」


 岩場の陰から一人の男が姿をあらわした。長身でたくましい体格をしており、手には長剣を持っている。


「何者だ! 城の騒ぎは、おまえと関係あるのか?」

 男爵の問いを、男は無視した。代わりに空を見上げて、剣で南の方角をさした。


「あそこに平らな形をした雲がある。あれは鉄床かなとこ雲といって、嵐がくる前触れなんだ。きっと夕方ごろには海が荒れてくるだろうな」

「何の話だ」

「いやなに、ちょいと運試しをしてみようと思ってね。そこにボートが転がってるだろ? あんたの娘さんを、あれに乗せて沖に流すんだ。嵐の中で、果たして娘さんは生き残ることが出来るのか。おれとあんたで賭けをしようぜ」


「おまえ……まさかあの時の」

 ナッコネンの脳裏に十年前の光景がよみがえった。ちょうど同じ場所で、粗末ないかだにくくりつけられ、流された少年がいた。

 王太子と男爵のあいだで、生き残れるか賭けをしたのだ。結局、筏はそのまま行方不明になった。

 少年は死亡とみなされ、賭けに勝った男爵は代官の地位を得た。


「思い出したようだな。そうとも、おれの名はランドルフ・アトレウス。この島の王子だった男だ」

「生きていたのか!」


 王族なら抜け穴の出口を知っていたのも納得できる。

 ということは、やはり城の騒ぎはこの男の差し金だ。騒ぎを起こして網を張っていたのだ。

 ナッコネンは何とか状況を打開できないかと、周囲を見まわした。絶望した。いつの間にか数人の男に囲まれていたのだ。


「何をする! やめろ!」

「ちちうえ!」

 親子はあっという間に引き離され、それぞれ縄で縛られてしまった。


「悪いな嬢ちゃん、恨むなら親を恨むんだな。おれは男爵にやられた仕打ちを、そのまま返してるだけなんだ」


 ランドルフは娘を担ぎ上げると、ゆっくり丘を下り始めた。

 娘は恐怖で口もきけなくなっている。


「ふざけるな! ジェニファーは関係ないだろ! 復讐するつもりなら私にだけやればいい! 頼む……娘だけは……」


 ナッコネン男爵の叫びもむなしく、王子だった男はジェニファーをボートに放り込むと、ためらいなく海に押し出した。


       〇


 漁師ライナーは降り始めた雨に舌打ちした。

 本当ならもっと早く漁を切り上げるべきだったのに、ずるずる引き延ばしてるあいだに、退避が遅れてしまった。

 遠くで雷鳴が響いた。もう海が荒れ始めている。まもなく嵐がやって来るのだ。


(おれも焼きが回ったな。久しぶりの大漁に、欲をかきすぎたようだ)

 ベテランのライナーらしからぬ判断ミスだった。ここ最近の不漁続きが、彼の感覚を狂わせたのだ。


「おい慧眼ホークアイ! いそいで網を引き揚げるんだ!」

「わ、分かりました!」


 慧眼ホークアイとよばれた助手が、あわてて網に飛びつく。

 頭は少々足りないが、抜群の視力の持ち主なので、老眼の進行してきたライナーにとっては得がたい相棒だった。

 早く港に戻らないと嵐に巻き込まれる。だがこうなってくると、船腹に詰め込んだ魚が、足を鈍らせる枷になる。

 おんぼろと言ってもいい漁船だ。魚を少し捨てようかと思案していると、助手の手が止まってるのに気付いた。


「おい、急げと言ったのが聞こえなかったのか? 早く網をしまえ」

「船長、あそこに小舟が漂ってます」

「小舟? それがどうした。どうせ、もやい綱が解けたから舟だろう」

「中に子供が乗ってるみたいなんです」

「子供だと! 本当か」


 ライナーは助手が指さす方向を見てみた。ミロドロスの島影に重なって分かりずらいが、たしかに何かが漂ってるようだ。

 一瞬迷ったが、ここは慧眼ホークアイの視力を信じて救助に向かうことにした。漂流者を見つけたら必ず助ける。それが海の男の掟だ。


 ライナーは魔導ウィンチのスイッチを入れて貯蔵庫の網を持ち上げた。網の中には今日の戦利品が詰まっている。

 続いて横柱ブームを動かして網を海面上に移動させると、ウィンチにつないだロープを鉈でぶった切る。

 一日の労働成果がすべて海中に消えていった。


「これで身軽になった、救助に向かうぞ。子供の様子はどうだ」

「すごく奇麗なドレスを着てる。ありゃ貴族の令嬢ですよ。しかも縄で縛られてるみたいだ」

「縛られた貴族令嬢か、厄介な……まあ、領主に預ければ、あとはあちらさんが何とかするだろう」

「でも、うちの領主は、娘さんの結婚式で留守にしてますぜ」

「だからといって、城が空っぽになった訳じゃないだろ。考えるのはあとだ。いまは救助に専念するんだ」


 手間取ってる間に雨脚が強まってきた。それに伴って船が上下する幅も広がっていく。

 難しい操船になりそうだ。

 船側せんそくに高波を受けると転覆するおそれがある。だから船首がつねに波に向いてる体勢を維持しつつ、小舟に近付かなければならない。

 それがどうした。おれは全盛期には罠師トラッパーと呼ばれたほどの凄腕なんだ。


「待ってろよ、お嬢さん」

 ライナーは魔導スクリューの回転数を上げ、木の葉のように海面を舞う小舟に向けて、おんぼろ漁船を走らせた。


 大粒の雨が顔面を叩きつける。

 海面には無数の小山が生じていた。その小山を一つずつ乗り越えながら、目標に近付いて行った。

 小山を登った時には眼下に漂っていた小舟が、下りたときには頭上に位置を変えている。

 ふと慧眼ホークアイの方を見ると、横柱ブームによじ登って何か作業をしているようだ。


「おい、何をやってるんだ」

「縄で縛られていたら、こちらの手を取ることも出来ないでしょ? そこで思い出したんです。いつか横柱ブームに吊り下げられた事を」


 そういえばそんな事があった。ある時、慧眼ホークアイが大ポカをやらかしたので、懲らしめるために彼を吊り下げた。

 ところが助手は子供のようにはしゃいでしまって、懲らしめにならなかったのを覚えている。


「おいらが小舟に飛び下りて子供を抱えますから、船長はウィンチでおいらを引き上げてください」

 慧眼ホークアイは新しいロープをウィンチにつなげると、もう一方の先端を滑車に通してから自分の胸回りに巻き付けた。


「やっぱりお前は恐怖心というものがマヒしてるんだな。しかし、いま必要なのはその蛮勇かもしれん」


 ライナーは右手で舵を取りながら、左手で操作レバーを倒して横柱ブームを動かした。船側から少しはみ出した位置に先端をもっていく。

 その間に助手は船縁ふなべりの柵につかまって待機を完了していた。


 小舟と並走状態になった。スクリューを停止させて速度を合わせる。

 微妙に舵を動かしながら船体を近づけていく。小舟がコツンと船側に当たった感触がした。


「今だ! 跳べ慧眼ホークアイ!」

「ヒャッハー!」


 少々頭の足りない助手は、躊躇ちゅうちょなく小舟に向かってジャンプした。彼の姿が甲板の陰に隠れて見えなくなった。

 頭の中で五つ数えてから、ライナーはウィンチのスイッチを入れた。ロープがゆっくり巻き取られていく。

 その様子をじりじりしながら見つめた。やがて――


「ウヒャヒャヒャ! こりゃ末代までの語り草ですね、船長!」

 雷鳴が轟く中、子供を抱えた慧眼ホークアイが、ゲラゲラ笑いながら引き上げられた。


       〇


「小説の主脳は人情なり。世態風俗これに次ぐ。人情とはいかなるものをいふや。曰く、人情とは人間の情慾にて、所謂百八煩悩(ぼんなう)是れなり……わわッ、こりゃまずい」


 せっかく、ぼくが気持ちよく「小説神髄」を朗読してる最中なのに、無粋な邪魔が入ってしまった。

 まあ、たんに雨が降ってきただけなんだが。


「建物に入りましょう」

 ぼくは女の子の手を引いて城の中に戻った。

 女の子は本が濡れないようにギュッと抱え込んでいた。表紙がビリビリになっても、大事な本には変わりないのだろう。


「雨に降られましたか、災難でしたなナターシャ嬢」

 入口のところでプラント伯爵に出くわした。


「夕食までは、まだ間があります。お部屋に戻って、ゆっくり体を温めてくるといいでしょう」

 女の子は優雅にお辞儀すると、小走りで廊下を走っていった。


「あの方はナターシャというんですか」

「うむ、花嫁の妹だ。もっとも、半分しか血はつながってないらしいが」

「ははあ、なるほど」


 半分しか血のつながってない姉妹。ナターシャがいじめられてる原因はその辺にありそうだ。


「おまえもずぶ濡れじゃないか。今夜は嵐になるようだから、早く孤児院に戻ったほうがいいぞ」

「結婚式のほうは大丈夫なんですか?」

「まあ、いざとなったら城内でもできるから心配するな。ところで……」

 伯爵は顔を近づけて小声になった。


「例の件は何かつかめたか?」

「申し訳ありません。この三日間いっしょうけんめい観察しましたが、普通の子供たちなんです。他にない特徴というものは見つけられませんでした」

「すでに密偵をアマルギア王国に潜り込ませている。そちらの方で何か掴めるかもしれないから、あまり焦らないことだ。こういう事は長期戦の構えでじっくりやったほうが上手くいく。時間をかけて相手の信頼を得るのだ」


「長期戦ですか……」

 なんだか、このまま孤児院の院長が定職になりそうで不安になってきた。


「結婚式が終わってから、周辺領主の家宰たちが居残って会議をする予定だ。会議は何日も続く。だから、しばらくはこうして会う事も出来なくなるが、定期的な連絡は絶やすなよ」

 そう言ってプラント伯爵は去っていった。


 孤児院に戻ると、腹をすかせた子供たちがまとわりついてきた。彼らの食事はぼくが作っているのだ。

 なぜかトーレも「ハラヘッター」の合唱に加わっている。


「おまえはべつに、ここで食わなくてもいいだろ」

「だって師匠の料理は美味しいんだもん」


 独身生活の長い異世界人は料理も得意だった。ただ、手に入る食材が限られるので、まだ満足できる食事は作れてない。

 それでも、この世界では充分ましな部類に入る。裕福な家庭で育ったトーレが、こうして絶賛しているのが証拠だ。


「ししょー、おうたをきかせて―」

 孤児たちは、トーレの影響を受けてぼくを師匠と呼ぶ。食事のあとは彼らに歌を聴かせるのが日課となっていた。


 普段は豪傑バンダーやカルドーン逸話集を演奏するのだが、今日はせっかくだから文学全集の四巻から何かやろうか。

 色と欲にまみれた怪談噺や白波物は、教育上よろしくないので避けていたが、言文一致運動ならいいだろう。

 ぼくは画面に「当世書生気質」を表示させた。


 書生という言葉には①学生と②食客の二つの意味がある。この作品の書生は①学生の意味で使われている。

 作者の坪内逍遥は、旧来の戯作小説からの脱却を訴えた「小説神髄」の実践編のつもりでこの小説を書いた。

 ところが、はしがきで白状してるように上手くいかなかった。幼少期から親しんでいた戯作調が、どうしても抜けきらないのだ。

 たとえば冒頭部分はこんな感じである。


『さまざまに移れば換る浮世かな。幕府さかえし時勢ころおいには、武士のみ時に大江戸の、都もいつか東京と、名もあらたまの年ごとに、ひらけゆく世の余沢かげなれや』


 まるで歌舞伎の「白波五人男」である。

 しかし当時最先端の存在だった「大学生」という人種の、「世態風俗」を活写した読みものしては興味深い作品である。

 ぼくはその中から「第十回 生兵法大きな間違いをしでかして味方をぶちのめす書生の腕立て」を抜粋して朗読した。

 これは近眼の大学生が、学校の塀を乗り越えていた同級生を、泥棒と間違えて殴るという他愛のない失敗談だ。

 子供にウケそうだと思って選んだのだが案の定、


「キャハハハ、おなかいたい、しぬー」

 孤児たちの何人かは、笑いすぎてぶっ倒れてしまった。


 さて、明日はいよいよ結婚式だ。ぼくとトーレは余興の手伝いに駆り出されている。果たしてどうなる事やら……

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