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異世界でわかる文学史~村を追放された吟遊詩人は謎スキル「文学全集」で成り上がる  作者: メガネを取るとイケメン
第四巻 言文一致運動

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「小説神髄」坪内逍遥

 二日後、ぼくたちを乗せた馬車は領都に到着した。そのまま、まっすぐ領城にむかう。

 ぼく“たち”の内訳は、領主に引き渡す孤児たちと、行きがかり上彼らを引率する事になったトリメ、トーレ親子である。

 なぜぼくもメンバーに入ってるのかというと、領主と対面するのを嫌がった親父に、村の名代を押し付けられたからだ。

 内弁慶にもほどがあるだろ。


「それにしても、驚いたよヒュー君。娘が言っていた“師匠”というのが、まさか君だったとはね」

 馬車の中で、トリメが複雑な表情をみせた。


「トーレを発見した功労者であるのは間違いないけど、そもそも君が余計なことを吹き込んだせいで、娘はあんな危険な魔導具を作ったんじゃないか?」

「そ、そうかも知れませんね……」


 ぼくは恐縮して首をすくめた。たしかに、彼女が熱気球を発明したきっかけは福沢諭吉なので、否定はできない。

 馬車の後部では、孤児たちにまとわりつかれたトーレが悲鳴を上げていた。


「何度いったら分かるの、ばっちい手で触らないでよ。このマントはお気に入りなんだから」

「キャハハハ、聖女さまがおこった~」

 子供たちは、怒った怒ったの合唱をとなえる。


「だから聖女じゃないってば、もう……」

 さすがのトーレも形無しである。聖女さまというあだ名の友達みたいな扱いだ。

 子供たちは不思議なことに、ぼくやトリメに対してはチョッカイをかけてこない。

 なんとなく「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない」という言葉が浮かんだ。

 領城に到着すると、ぼくとトリメはさっそく領主の執務室に通された。


「やあ、二日ぶりですなトリメさん。ヒューも元気してたか?」

 驚いたことに、領主の隣には横顔バリーが座っていた。


「あれっ? 故郷に帰ったんじゃないんですか? バリーさんの故郷って、もっと南の海沿いでしたよね」

「あのなヒュー、そもそもおれが呼び出されたのは、領主令嬢の結婚式で余興をやるためなんだよ。その令嬢の嫁ぎ先が、こちらのプラント伯のご子息だったわけだ。なので式はこの地で執り行われる。べつに無理して故郷まで行かなくても、ここで待っていれば、いずれ花嫁ご一行がやって来るという寸法だ」


「もともとバリー師匠は招待客リストに入ってるので、城の中に部屋を用意してあったのだ」

 プラント伯爵が話を引き取った。


「少々来るのが早かったが、べつに大した問題ではない。不意の来客には慣れてるからな。結婚式は四日後の予定だ。師匠に用がある時は、遠慮なく訪ねてくるといい。門番には話を通しておくから」

「しかし、よろしいんですか? 王太子が亡くなられたばかりだというのに、そのような祝い事は……」

 トリメが当然の疑問を投げかける。


「こういう時期だからこそなのだ。カスト王国の政治情勢は日を追うごとに混乱を増している。このままでは国が分裂しかねない。そこでこの機会に、王国の東の国境線を形成している、東部三州の結束を固めておきたいのだ。だから、あえて延期はしない」


 プラント伯爵は噂通りの有能な人物のようだ。

 彼の姿を見るのは初めてだが、国境地帯を治める領主らしく、がっしりした体格で頼もしい見た目をしている。


「なるほど、そんなに混乱してるのですか。要らぬ政争に巻き込まれるぐらいなら、うちの工房も東部に拠点を移した方がいいかもしれませんね」


 トリメは経営者の顔になって、今後の身のふり方を思案する。大手の魔道具工房ともなると、貴族とのつながりが深いから大変だ。

 やがて伯爵は殺された聖女の話題に移った。


「……引退したとはいえ、ソフィーは国の内外を問わず慕われていた人物だ。恨みを買うような人柄ではないし、政治的な野心もない。そんな彼女を、いったい誰が、どんな理由で手にかけたというんだ?」

「理由は分かりませんが、首謀者はアマルギアの王様か上級貴族、あるいは教会のトップだと思いますよ」

 ぼくはずっと考えていた仮説をのべた。


「なんだと? それは一体どういう事だ」

「聖女ソフィーの“心理の足跡”を考えてみれば、おのずとそういう結論に達するのです」

 坂口安吾の「不連続殺人事件」に出てくるキーワードを使って説明した。


 アマルギア王国にはソフィーの支持者が大勢いる。イノチガケで彼女を守ろうとする人も少なくないだろう。

 それは孤児院があった辺境都市でも同様だ。

 ところが襲撃された聖女は、周囲の支持者を頼るという選択をしなかった。辺境都市を抜け出して人気ひとけのない山へ向かったのだ。

 人間の心理において、およそ有りうべからざる奇怪事である。この行動には、そうせざるを得なかった必然性がなければならぬ。

 すなわち首謀者は、生半可な支持者では太刀打ちできない人物、頼った先も無事では済まないような権力者に違いない。


「なるほど、相手が王侯貴族なら、その権力が及ばない場所まで逃げるしか選択肢はないからな」

「あと、狙われたのは聖女様じゃなくて孤児たちの方です」

「ほう、なぜそう考えるんだ?」

「孤児たちに事情聴取したところ、聖女様は重傷を負ってるにもかかわらず、ヘノク山まで馬車を運転していたそうです。狙われてるのが自分だけなら、何もそんな苦労をする事はないのです。一人で逃げれば済む話ですから」


「つまり命を懸けてまで、子供たちを安全地帯まで運ばなければならない理由があった、というわけだな」

「ただし、そう思って彼らに聞いてみたんですが、みんな狙われる理由に心当たりがないそうです」

 プラント伯爵は腕を組んで、しばらく目を閉じた。


「狙われたのが孤児の方だったとしたら、その理由は何なのか。彼らを城に置いて、じっくり調査しなくては……いや、これから招待客が大勢来る。城の中はまずい。近くに空き家を見つけて、新しく孤児院を作ったほうがいいかもしれん……」

 ぶつぶつと独り言をつぶやいたかと思ったら、急にこちらを向いた。


「ところでヒューといったな。なかなか見どころのある奴だ、ウチに仕官する気はないか?」

「はい?」

 意外な申し出に、どう返していいか分からずフリーズしてしまった。頭の中は完全に真っ白である。


「ヒュー君は抜けてるところもあるけど、外国の学問に通じてるし、非常に筋の通った鋭い推論をしますからね」


 不甲斐ないぼくを見かねたのか、トリメが助け舟を出してくれた。

 外国の学問というのは、トーレに読み聞かせた「窮理図解」のことを言ってるのだろう。

 そんな事はどうでもいい。早く何か答えないと。


「えーと、そうですね……宮廷楽士とか宮廷芸人としてなら、喜んでお仕えしますが」

 テンパって、おかしなことを口走ってしまった。これはかなり図々しい返答ではないか。


「そうか、おまえの本職は吟遊詩人だったな。さすがアルバートの息子だ、その偏屈さは父親譲りだな」

 プラント伯爵は豪快な笑い声をあげた。どうやら怒ってはいないようで、胸をなでおろした。


「伯爵は父をご存じなんですね」

「アルは腕の立つ剣士と評判の男だった。ぜひウチの騎士団に加えたいと思ったのだが、ある時ちょっとした口論になってね。あいつ、すっかりへそを曲げて、仕官を断わってきたんだ」


 そういえばロブ兄さんが言っていた。親父は剣術で身を立てるために村を出るという選択肢があったと。

 あれは、若いころ領主にスカウトされた出来事を指していたのだ。

 つまり自分は領主に失礼を働き続けている家系というわけだ。そのことに気付いて恐ろしくなってきた。


「親子二代にわたって、わがままを言って申し訳ありません。芸人云々は撤回します。小間使いでも何でもやらせてください」

「無理しなくてもいい。父親のしたことに、息子が責任を感じる必要はないからな。ただ、あいにくウチは家族そろって芸事に疎いもので、宮廷芸人のたぐいは置いてないんだ。そこで提案なんだが、少しのあいだ孤児院の院長をやってみる気はないか?」

「はっ! やらせていただきま……えっ、孤児院の院長?」

「言質を取ったぞ。ではよろしく頼む」

 ニヤリと笑って、伯爵はさっさと執務室を出ていった。


       〇


 城を出るころには、すっかり日が暮れていた。あのあとバリー師匠につかまって、「天保六花撰」の朗読をみっちりやらされたのだ。

 ぼくはふらつく足どりで兄さんの家にむかった。

 一年前に村を追い出されたとき、数日ほど厄介になってるので、場所は分かっている。五人家族が充分暮らせる家だ。


「ロブ兄さん、お邪魔するよ」

 ドアを開けて最初に目についたのは、大柄な女冒険者の姿だった。


「何でスカーレットさんが、ここにいるんですか」

「まあ、いいじゃないか」

 当然のように魔導冷蔵庫から赤かぶを取り出すと、塩をふってポリポリかじり始めた。


「良くないですよ、護衛は村までの約束だったでしょう。てっきり王都に帰ったものと思ってましたよ」

「そうそう、家主のロブスターは留守だぞ。急な商談が入って、しばらく出張することになったそうだ」

「ええ……」


 兄と再会するのを楽しみにしてたのに。

 何というか、今日は「思ってたのと違う」出来事の連続で、すっかり疲れてしまった。

 居間のソファには妹のジルが座っている。

 スカーレットは赤かぶをむしゃむしゃ食いながら居間に戻り、ジルの横に腰掛けた。妹も女冒険者を受け入れているようだ。

 ぼくはガックリうなだれて、無言で彼女たちの向かいに座った。


「ちょっとヒュー兄さん、一年ぶりに可愛い妹に再会したというのに、なんの挨拶もないわけ?」

「あーはいはい、可愛い可愛い」


 妹のことなんか、どうでもよくなっていた。スカーレットがまだいる事も大した問題じゃない。

 孤児院の院長になってしまったインパクトに比べれば、異世界のトラックが家に飛び込んできても、ささいな出来事である。


「来たかヒュー、ちゃんと村の名代の役目は果たせたんだろうな」

 奥の部屋から親父が出てきた。ぼくより一足先に領都へ戻っていたのだ。


「親父が領主に会いたがらない理由が分かったよ。若いころに失礼を働いたんだって? 知らなかったから、ちょっと焦ったよ」

「まあ、なんだ……今のお前ぐらいのころの話だ。わしもプラント伯も若かったからな」

 照れくさそうに頭を掻いた。


「ところで、スカーレットさんを連れてきたのは親父だよな? お袋が居るというのに若い女を連れ込んで、何を考えてるんだよ」

「人聞きの悪い言い方はよせ。彼女はわしの剣術にいたく感銘を受けて、弟子入りを志願してきたんだ」

「弟子入りだって? 親父に?」

「なんだ、その疑わしそうな顔は。冒険者にとって剣術は有用なスキルだ。領主に誘われるほどの腕前を持つわしに、学びたいと思うのは当然のことだろ」

「スカーレットさんはすごく感じのいい人よね。年下のわたしを、ちゃんと姉弟子として立ててくれるんだから」


 ジルも親父もすっかり彼女に気を許してるようだ。この二人は剣術馬鹿なので、腕前を褒められるとすぐ有頂天になる。

 ぼくは奥の部屋に飛び込んで、ベッドに横たわる母に聞いてみた。


「ねえ、スカーレットさんのこと、どう思う?」

「なかなか良くできた方だわ、ロブのお嫁さんにどうかしら」


 どうやら病気の母の世話を、率先して行なっているらしい。あの喋り方で、よくここまで打ち解けることが出来たもんだ。


       〇


 翌日からぼくは領城ちかくの空き家に引っ越した。といっても荷物は六弦琴と少しの着替えだけだが。

 言うまでもなく、聖女の孤児たちとの共同生活である。つまり本当に孤児院の院長になってしまったのだ。

 もちろんそれは表向きの話で、真の任務は共同生活を通じて孤児たちが狙われる理由を探ることにある。


 とはいえ孤児院らしい事もしなくてはいけないので、子供たちには読み書きや算術を教えた。

 あとトーレの要望により「窮理図解」の読み聞かせも行なった。そう、じつはエルフの親子もまだここにいるのだ。


 東部に拠点をうつすことを画策するトリメ親方は、領都にアパートを借りて、精力的に周辺の調査を開始した。

 必然的に娘のトーレは日中暇になるので、唯一の知り合いがいる孤児院に入り浸るようになった。

 勉強は午前中に終わらせて、午後からは領城のバリー師匠に落語・講談の伝授を行なう。

 その間はトーレに孤児たちの面倒を見てもらった。


 三日かけて「第三巻 落語・講談速記集」の中身をひと通り朗読した。するとまたレベルがひとつ上がり、次の巻が解放された。

 第四巻のタイトルは「言文一致運動」である。

 坪内逍遥「小説神髄」「当世書生気質」、二葉亭四迷「浮雲」、山田美妙「胡蝶」の四作が収録されている。


 正確にいうと言文一致運動は二葉亭四迷からなんだが、坪内逍遥と彼は切っても切り離せない関係なので同じ巻になっている。

 さらにいうと、本当の意味で言文一致体を完成させたのは、少し後に登場する尾崎紅葉である。

 残念ながら時系列の問題もあって、紅葉の作品は後の巻に収録されている。


 新しいレパートリーが手に入ったことに満足したぼくは、充実した気分で師匠の部屋をあとにした。

 明日はいよいよ領主の息子の結婚式なので、城内はかなり賑わっていた。忙しそうに人が行き交っている。

 すれ違う人にいちいち頭を下げるのも面倒なので、建物の外を回っていこうと中庭に出た。

 すると茂みの奥から、シクシクと女性のか細い泣き声が聞こえてきた。


「どうかされましたか?」

 そこには、ぼくと同い年ぐらいの女の子が本を抱えて座っていた。


「いえ、その……」

 女の子は本を隠すように体をひねった。よく見ると、その本は表紙がビリビリに破かれているようだ。


「何か困ったことがあるなら、遠慮なく仰ってください」

「い、いいんです。不注意で本が破れてしまっただけですから」


 彼女は明らかにうそを言っている。どう見ても本はわざと破かれているからだ。不注意でここまでビリビリにはならないだろう。

 直感的に、いじめられてるな、と思った。三日間、孤児たちを観察し続けたおかげで、こういう事に敏感になっている。


「大事な本だったんですね」

「ええ、サボー夫人の日記です。こういう物はほかにないので、大事にしてたんですけど……」


 およそ百年前に書かれた日記だ。のちに夫となる人物との交際が細かく書かれていて、女性人気の高い一冊である。

 というか、この世界には女性向けの創作物が異様に少ない。前にもいった通り、物語といえば戦争か魔獣退治である。

 恋愛のドラマを味わえるものといったら、百年前のこの本が唯一の作品といってもいい。


「そうか、無いなら作ってしまえばいいんだ」

「えっ?」

「ねえ君、小説を書いてみる気はないか?」

「は? あの、ちょっと何を言ってるのか……」


 女の子は明らかに戸惑っている。しかしぼくは自分の思い付きに、すっかり酔っていた。

 この子に「小説神髄」を読み聞かせれば、この世界で初めての、女性向け恋愛小説を生み出してくれるのではないか。

 なにしろ自分が知ってる女といえば剣術馬鹿の妹を筆頭に、お騒がせエルフだの女冒険者だのガサツな奴しかいない。

 対して目の前の女の子はどうだ。繊細ではかなげで、いかにも文学少女という雰囲気を漂わせている。


 「小説神髄」は、早稲田大学の前身である東京専門学校の講師だった、坪内逍遥が著した論文である。

 日本で初めての体系的な小説論であり、小説の定義や変遷だけでなく、脚色法や叙事法まで詳しく述べられている。

 小説とは人間の心理を客観的に描写するものであると喝破し、近代日本文学の方向性をさだめた名著である。


「よし決まった、小説家になろう!」

 ぼくは中庭の茂みの奥で、さっそく「小説神髄」の朗読を始めた。

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