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 窓に次々に水滴がついていく光景を、まだ少し肌寒い廊下で立ち止まって眺める。少し目線をあげれば、どんよりと暗い雲が広がっている。雨が上がる気配はない。


 今日は畑に行くことはできないだろう。ため息をつきそうになって、思いとどまる。部屋に戻って本でも読もう。


「おねえさま」

「エディット。どうしたの?」


 声をかけられて振り向けば、まるでお人形のように整った見た目の妹が立っていた。どういうわけなのか、お父様やお義母様と違って、彼女は私に対して冷たい態度を取らない。


 色素の薄い水色の瞳はこちらをまっすぐに見つめており、照れくさそうに笑うと、肩にかかっていた透き通るような金髪がさらりと流れ落ちる。私が憧れる外見そのものの彼女は、私が欲しいものをすべて持っている。それでも、彼女に対して強く当たる気にならないのは、この国では嫌われる黒髪を持つ私にも優しいからだろう。


「おねえさまもいっしょにお茶をしましょう」


 天使のような笑みを浮かべて、こちらに小さな手を差し出してくれるが、私はその手を取ることをためらった。


「……でも、お義母様が嫌がるのではなくて?」

「おかあさまが? どうして?」


 まだ幼い妹には、複雑な家族関係を正確に理解するのは難しいようで、コテリと首を傾げた。お義母様は、お茶の席に私が同席することを嫌う。それは、私が彼女の子供ではないこと、そして、この国で私が嫌われる存在であることが原因だろう。


 私が断ろうとすると、そのことを感じ取ったのか、エディットは眉を下げた。


「……だめ?」


 目に涙をためて見上げてくるエディットを見ながら、少し考える。これはどちらにしても怒られるのではないだろうか。彼女の願い通りにお茶を共にすれば、そのことを怒られ、ここで断って彼女が悲しめば、泣かせたと責められそうだ。


 どうせ怒られるのであれば、かわいい妹とお茶をして、束の間とは言えども楽しい時間を過ごした方が得なのかもしれない。


「ううん。誘ってくれて嬉しい。ありがとう」

「やった!」


 エディットの手を取れば、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。その様子を見ていた侍女たちの反応はそれぞれだった。エディットの侍女は、お義母様側の立場だ。そのため、私が同席することを快く思わないようで、私の侍女を肘で軽く小突いているのが目の端に映った。


 しかし、私の侍女も負けてはおらず、睨み返しているようで、やられっぱなしではないようだ。


 そのことに気が付いていないエディットは、私の手を一生懸命に引いて先導してくれる。どうやら、エディットの自室でお茶をするようだ。


 いつもは遠慮して近づくことのないエディットの自室へと向かう。嫌々といった様子だが、エディットの侍女は扉を開けて私に入室するように促した。


 一歩足を踏み入れてみれば、可愛らしい部屋が目に入る。白色で統一されているようで、エディットのイメージにぴったりの部屋だった。


「おねえさまはこっち」


 エディットは、部屋の中心に置かれている小ぶりなテーブルに駆けていくと、そこに置いてある二脚の椅子のうち片方を指さした。


「それで、わたしはこっちにすわるの」


 可愛らしく笑った彼女は、自力で椅子に座ろうとするが、まだ身長が足りずに少し難しかったようで、侍女の手を借りながらちょこんと座った。私も彼女の向かいに座る。


 どの家具も彼女のために揃えられたもので、私の部屋にある年季の入ったものとは異なる。歴史のある家具も素敵な部分もあるが、自分用に新しく買ってもらえるエディットを羨ましいと思ってしまった。


 ふと目線を上げると、ご機嫌な様子のエディットと目が合う。


「あのね、あのね、あたらしいお茶をもらったの」

「新しいお茶?」

「うん! おかあさまがくれたの。おねえさまも飲もう!」

「え、でも、それはお義母様がエディットに贈ったものでしょう? 私が飲んでいいのかな……」

「エディットお嬢様のせっかくの申し出を断るのですか」


 冷たい声に思わず背筋が伸びる。声の方向を振り向くと、ティーポットを手にしている侍女と目が合った。私を睨みつけるようにして、ふんと鼻を鳴らし、返事を聞くこともなく私の前に紅茶を差し出した。


 普通は侍女がこのように口を挟むこと自体許されないことだが、ここ侯爵家ではそれが許されている。それだけ私の立場が弱いということの表れだった。


「ちょっと!」


 苦言を呈そうとした私の侍女に対して、大丈夫と目線で訴えれば、渋々といった様子で口を噤んだ。私の侍女というだけで、彼女もまた立場が弱いのだ。私のために、さらに立場を弱める必要はない。


「おねえさま……。わたし、なにか悪いことした……?」

「そんなことないわ!」


 何が起きているのか詳細は理解できなくても、険悪な空気だけは感じ取っていたようで、彼女を不安にさせてしまったようだ。


「新しいお茶をおすそ分けしてくれるなんて、エディットは優しいのね。ありがとう!」


 私の言葉に安心したのか、エディットに再び笑顔が戻る。彼女に合わせて口に含んだ紅茶は、普段私が飲んでいるものよりも香りがよかった。爽やかな香りのおかげで、憂鬱だった気分も少し晴れるような気がした。


 エディットはまだそのままでは飲むことができないのか、ミルクをたっぷりと入れているようだった。少し澄ました顔で飲む彼女の前に、侍女がことりと小皿を置いた。小皿の上には、可愛らしいクッキーが並んでいる。当たり前だが、私の前に小皿が置かれることはない。そのことに気が付いたエディットは、不思議そうな顔で侍女を見上げた。


「あれ、おねえさまのおかしはないの?」

「申し訳ありません。今は焼き菓子を切らしておりまして」

「そんな……」


 不服そうに口を尖らせた彼女には見えないように、侍女は蔑むような笑みを私に向けた。本当に焼き菓子を切らしているわけではないらしい。私への嫌がらせのようだ。


 しかし、そのことに気が付いていない心優しいエディットは、小皿から一枚クッキーを手に取ると、私へと差し出してきた。


「はい、おねえさま。これあげる」

「ありがとう。でも、エディットが食べていいのよ。その気持ちだけで嬉しいから」

「そう……?」


 困惑したように、目の前のクッキーと私の間を何回か目線が行き来する。エディットは、少し迷った後に食欲に負けたのか、嬉しそうにクッキーを頬張った。サクッという音が響いたすぐ後に、扉が勢いよく開けられた。


 扉の向こうには口角は上がっているものの、冷たい目をしたお義母様が立っていた。その目は私へと向けられている。反射的に緊張で体が強張った。


「おかあさま!」

「あら、かわいいエディット。ペトロネラとお茶をしていたの?」

「うん!」

「そう、いいわね。でも、ペトロネラに少し用事があるの。連れて行ってもいいかしら」

「……いやだ。おねえさまとせっかくのお茶なの」

「ね、いい子だから」

「わかった……」


 少し不貞腐れたようだったが、最終的にはお義母様に従うことにしたらしい。口を少し尖らせながらも、うつむくようにして了承した彼女に優しく微笑んでいたお義母様はこちらを冷たい目で射抜く。つーっと冷や汗が背中を流れていき、一気に指先が冷たくなる感覚に襲われる。


「さ、ペトロネラ。こちらへいらっしゃい」


 エディットの前であるため、妙に優しい声であることが、余計に不安と恐怖を煽る。


「……はい、お義母様」


 この後に起こることに大方予想がついており、バクバクと心臓が跳ねる。お義母様の後ろに大人しくついていこうとすれば、心配そうな表情をした私付きの侍女が後ろについた。しかし、そのことに気が付いてお義母様は振り返ると静かに首を振った。


「あなたはここに残りなさい。ペトロネラと二人で話すわ」

「かしこまりました、奥様」


 お義母様に命令されては、侍女も逆らうことはできない。心配そうな表情はしているものの、その場にとどまった。私は精一杯の微笑みを彼女に向けて、大丈夫だと伝えようとした。


 廊下に出て、右に曲がり、他の部屋と少し離れた部屋へと連れていかれる。お義母様は扉を開くと、私に入るようにと促した。促されるままに部屋に入れば、そのまま背中を強く押される。


 よろめきながらも、何とか体勢を立て直し、転ばずに済んだのと同時に、荒々しく扉を閉める音が響いた。驚いて振り向くのと、目を吊り上げたお義母様がヒステリックな声を上げるのは同時だった。


「どうしてあなたがエディットに近づいているの!?」

「ごめんなさい、お義母様……」

「あなたにお義母様なんて呼ばれたくないわ!」

「ご、ごめんなさいっ!」


 身をすくめて反射的に謝罪の言葉を口にする。しかし、彼女の怒りは沸々と湧き上がる一方のようで、つかつかと私に歩みを寄せると、乱暴に私の右腕を掴んだ。


「いっ……」


 軽く持ち上げるように握られた右腕が痛むが、お義母様の怒りは増すばかりで、私の声など届いていない。


「近づくなとあれほど言い聞かせたわよね」

「ご、ごめんなさい」

「ごめんなさい? こういう時は、申し訳ありません、って言うのよ」


 投げ出されるようにして、床へと転がる。膝を打ち付けたのか、じんじんとした痛みが広がる。目の前の床に視線を落とし、ただひたすらに謝りながらお義母様の怒りが静まるのを待つ。


「申し訳ありません……」

「そうよ、あなたはそうやって床にでも這いつくばっていればいいのよ。隣国から嫁いできた女の娘なんて……あぁ! 虫唾が走る! 気持ち悪い」

「……申し訳、ありません」

「いいこと? もう二度とエディットに近寄らないで頂戴」

「……はい」


 言いたいことだけ言って満足したのか、お義母様は怒りのままに扉をばたんと閉めて出ていった。私は、彼女の足音が遠ざかっていったことを確認し、ほっとする。打ち付けて痛む手足を庇うように、ゆっくりと上体を起こす。ほっとしたのと同時に、どうしようもない思いが胸に広がる。


「……いったい私が何をしたというの」


 私がエディットに近づけば怒るのはもちろんのこと、エディットのお茶会を拒めば、それさえも怒りを買う。何をしていても、私が私であるだけで怒りを買うのだ。一体、私にどうしろというのだろうか。何度目かもわからないやるせない思いが、涙となってあふれ出し、ぽたりぽたりと床にシミを作った。

お久しぶりです。

仕事が落ち着いたため、ゆっくりですが投稿していこうと思います。

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